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彼方の影 05


『ではもう一つ聞こうか。我々地球と敵対する勢力、そこについて知っていることは?』



 衛星を介し、遥か遥か遠方の地球から届けられる通信。

 元イェルド傭兵団団長であり、ヴィオレッタの父親でもあるタクミ・ホムラ中佐からされた質問は、教師が子供に対し学んだ内容を確認するようなものであった。

 僕はその意図を察しかねてはいるも、頭の中へあった知識を掘り起し、大人しく内容を口にしていく。



「元は第2次の開拓船団ですよね。目的の惑星へ入植して間もなく、地球に独立を宣言したっていう」


『惑星へと入植を開始する前に船団内でクーデターが起き、丸々乗っ取られた末の出来事だ。独立の宣言と同時に、地球への宣戦布告もしたのだったな』


「よくもまあそんな無謀なことをしたもんです。あまつさえ地球と敵対して、勝てるはずなんてないのに」


『クーデターそのものは、船団内の食料供給が滞ったのが発端らしいのだがね。ただどうして地球と敵対しようとしたかまでは不明だ』



 ホムラ中佐の所属する軍を擁す地球圏国家群と敵対するのが、宇宙の遥か彼方に位置する星を拠点とする、"開拓船団独立共和国"だ。

 彼の国は中佐にも言ったように、元々地球から出立した開拓船団の2番目である、第2次居住惑星開拓船団から生まれた国家。

 なので現在この惑星のずっと上空で、地球側の軍勢と対峙しているのは、未知の異星人などではなく同じ地球をルーツとする人類であった。


 そして僕が幼い頃、家族と共に入植していた惑星を攻撃したのもあの国。

 小規模な第5次船団が開拓中であった惑星を、武力を持って侵攻してきたのが、開拓船団独立共和国と名乗る敵だ。

 なので僕にとって、連中は親の仇と言っていい存在になる。



『ともあれ連中はそれ以後、得た星を足掛かりとして勢力を拡大し続けている』


「よく独立を認めたものですね。地球も今の国家群になるまでも、随分と揉めたと習いましたけど」


『言ったろう、食料供給に問題が発生したと。途中までは地球から遠路はるばる物資輸送をしていたのだが、それがかなりの負担になっていたという訳だ』



 いったいどういった思考でこのような行動に出ているかは知らないが、連中は居住可能か否かを問わず、近隣の惑星を手中に収めていっている。

 そんな連中と知ってか知らずか、開拓船団が独立国家としての宣言を行ったところ、地球はその主張を認めたのであった。


 いったいどうしてと思っていたものだが、中佐の言葉を聞いてようやく納得をする。

 つまり食料生産プラントの損傷によって、食料自給が難しくなった船団へと、独立以前に地球は多くの物資を援助していたらしい。

 しかし距離が離れるにつれ徐々にその負担は大きくなっていき、過度の出費を嫌った地球側が、渡りに船とばかりに独立の宣言を承諾したようだ。

 身内ではなくなった以上、助けてやる必要はないということだろう。



『あとは地球としても、丁度よい戦場を欲していたということだな。兵器メーカーにも多少は潤いを与えてやらねばならん』


「そこはわかります。こちらでも似たような状況が多々ありますから」



 この辺りはどこでも変わらないのだろう。

 地球においては兵器を製造するメーカーが、そしてこの惑星では鍛冶師や冶金職人を潤すため、ある程度の戦場は必要となる。

 かつてこの地へ落ちてきた、パイロットであるマルティナの実家も似たような事情を抱えていたと聞いたことがある。

 故に地球は開拓船団からの宣戦布告を、好機として受け入れたようであった。

 このあたりは戦場を飯の種としてきた僕自身、あまりどうこう言えた筋合いではないのだが。


 だがそれの話がいったいどう繋がるのだろうかと考えていると、ホムラ中佐は一呼吸置いて切り出した。



『食料供給に問題を抱えた連中は、常に人口を少なく保つため増加を抑制しなければならん。だが地球との戦争をするには兵が足りん、連中はどういった手段を採ったと思う』


「……確かクローン技術の応用で、僅かな食料でも済むような兵を――」



 切り出された内容に、僕は一瞬沈黙しつつ記憶を引きだしていく。

 だがかつて、エイダを教師として習ったその内容を口にしたところで、僕は彼が何を言わんとしているのかをようやく理解した。



『つまりはそういうことだ。聖堂国が用いているのは、我々地球側が渡した技術ではない、開拓船団の連中からもたらされた物だ』


「……では地球と同じく、連中も以前からここへ?」


『そうなる。我々がミラー博士を送り込み、地球では非合法となる実験を行っていたのと同じだ。いったいどういう目的かは知らんが、随分前から人を送り込んでいたのだろう』



 告げられた内容に、僕は腰かけていたベッドへと身体を投げ出し頭を抱える。

 開拓船団独立共和国は、中佐の言ったように食糧事情が切迫しているため、常に人口は数百万人規模で抑えられているという推測がなされていた。

 故に戦場に人を送り込める数は限られ、戦場に立つのはほとんどAIによって自動化した機体であったり、人工的に生み出された人間。つまりはクローンだ。

 それらは一様に遺伝子レベルでの改造が施され、極僅かな食料で活動できるように調整されているとも聞く。



『ただ銃の類とは違い、技術を与えたからといって早々に使いこなせるものではない。おそらくは兵士の生産施設が存在するのだろう』



 中佐の発した言葉に、僕はベッドへ寝転んだままで深く息を吐く。

 それはこの惑星では到底成し得ぬ技術であり、可能性があるとすれば地球によって、何かの実験として行われているのだろうと思っていた。

 だがよもや地球と敵対する勢力、開拓船団独によるものとは思いもよらなかった。



「ですがそこまでわかっているという事は、地球では前々から情報を掴んでいたのですか?」


『私がそちらへ渡ったのと同時期には、軍上層部は察知していたがあえて放置していたらしい。当時の私の階級では触れることの叶わぬ内容だったが、今はそれなりに無茶も効く。古い資料を無理やり引っ張り出してようやく掴めた情報さ』



 確認するように問うた内容へと、ホムラ中佐は淡々と事情を語る。

 当時の彼は今よりもずっと階級が低く、ただ下された任務をこなしていくばかりであり、その裏で察知された情報とは縁遠かったようだ。

 それは同行したミラー博士にしても同様で、おそらく彼もまたこのことを知ってはいなかったのだろう。



『具体的にどうこうとは言えぬが、気を付けるといい。開拓船団の連中がその国で、なにを目的としているかは知らん。だが元来が我々と敵対している連中だ、君の味方にはなり得ぬと考えておいた方がいい』


「……わかりました、ご忠告感謝します」


『私が語れるのはこれで以上だ。君たちの無事を祈っているよ』



 注意とも警告とも取れるホムラ中佐の言葉に言葉を詰まらせながらも礼を述べる。

 すると彼は穏やかな口調へと代わり、労う言葉と共に通信を遮断した。



 脳内へと響く声は止み、シンとする室内で呆と天井を見上げる。

 そこで頭痛を覚えんばかりの頭をしばし休め、気が落ち着くのを待ってベッドから起き上がった。

 ベッド脇へ置かれた台の上から、湯冷ましの入った小壷を取り、コップへ移すことなく一気に煽る。

 中身を一息に飲み干し終えたところで、僕はようやく先ほどのやり取りについて思考を向け始めた。


 結局マーカスがしていた想像は正しく、この惑星のものではない技術によって、あの全く同一の存在と思われる連中は生み出されていた。

 ただし正確には地球のものではなく、その地球と敵対する勢力、"開拓船団独立共和国"からもたらされたもの。

 これはホムラ中佐曰く、ずっと以前からあの国がこの惑星へ干渉していると、地球の軍も把握していたというのだから間違いないのだろう。



「地球と開拓船団、敵対する双方が聖堂国で同時に活動していたってことになるのか」


<シャノン聖堂国の他国との国交を一切断つという特異性が故に、共に彼の国を利用しようとした結果でしょう>


「開拓船団が何をしているかはわからないけれどね……」



 かつて地球から独立を果たし、以来母星であるはずの地球と戦闘を続ける国家。

 本来であれば人口にして100億を超える地球と、元々が一船団なうえに人口もたった数百万に過ぎぬあの国では、あまりにも国力が違い過ぎる。

 それでも建国以来ずっと戦闘状態にあれるのは、単純に地球側が戦場の維持を望んでいるからだ。

 その開拓船団が、ずっと以前から密かにこの地で活動をしていたという話は、僕にとって困惑以外になにものでもなかった。


 いったい何の目的でと思いはするが、存外あのクローン体が存在するという事、それそのものが目的であるのかもしれない。

 中佐はその目的を推測としても口にはしなかったが、食料難に苦しむ開拓船団は、より優秀で食料を食い潰さぬ兵を製造したいと考えているはず。

 となるとこの惑星上で生み出されたクローン体の実験をし、データだけを本国に送信しているという可能性は捨てきれない。

 もっとも都市ベルバークで対峙したクローン体たちは、特別高い能力を有していたとは言い難いのだが。


 地球の軍がこれまでそれを黙認していたのは、下手にちょっかいを出すことによって、自分たちがやっていることまで表沙汰になるのを恐れたためだろう。

 非人道的と言われかねない後ろ暗い行為であるため、互いに無視と不干渉を決め込んだのだ。



「ともあれ聖堂国のバックには、開拓船団が居る率が高くなった。となるとこっちが想定していた以上に、聖堂国の戦力は大きいのかもしれない」


<もしそれが本当であれば、こちらの戦力はかなり心許ないやもしれませんね>


「ああ。連中がどのルートで侵攻を企てるかは知らないが、急いでこっちの戦力を拡充しないと」



 先日ベルバークが占拠された時には、事前に怪しい気配を察していたため、早々に手を打ち増援を来させなかった。

 しましまさか一度占拠に失敗したからといって、それで全てを諦めるとは思えない。

 となれば第二第三の手段を講じてくるはずで、ただ手をこまねいて見ているだけでは、いずれ本当に征服されてしまいかねない。

 なにせ敵は未知の戦力を多く持つと思われる大国なのだから。


 そのためにもまずは人員の確保。そして対抗するに最も使う武器であろう銃の製造。

 火薬は既に量産体制が整っている。銃身の原材料となる鉱石は、癪ではあるが聖堂国との交易によって溜めこんだ分が一定量ある。

 それに同盟南部で産出される分も、ずっと継続して買っていたからある程度であれば……。




「アル、そろそろ終わった頃だろう。 ……どうしたのだ?」



 水の入っていた小壷を荒々しく卓へ置き、指示を出すべく部屋を出ようと取っ手へ手を伸ばす。

 ただ丁度そのタイミングで扉を開けたヴィオレッタは、こちらの表情を見るなり眉を顰めた。

 どうやらかなり険しい表情をしていたようで、彼女はすぐさまこちらの様子から、なかなかにのっぴきならぬ状況を感じ取ったようだ。

 そんな彼女へと、僕は事情を話す間もなくどれだけの戦力を増やせるか確認する。



「ヴィオレッタ、すぐに都市内外を問わず、新規で募兵をする必要がある。どの程度までなら追加で受け入れられるだろうか」


「戦場がまた増えるのか? 住居の方は古い空き家が多いから問題ないとして、装備品の調達量が課題だ。……そうだな、今すぐにとなれば最大で500人程度といったところだろう」



 彼女は発した問いに疑問を浮かべながらも即答する。

 都市の治安維持を担う部隊を率いるヴィオレッタは、都市内のおおまかな状況から、住居に関してはある程度不足がないと考えたようだ。

 しかし人だけ集めても戦うことなど到底できず、そのためには身に纏い手へ持つための武具が必要となる。



「聖堂国からの鉱石入手が止まったせいで、工房は生産量を減らしている。余剰分は一定数あるが、すぐ全員に行き渡らせるとなればここいらが限界だ。そちらはお前の方がよく把握しているだろうが」


「すぐに南部から追加で買い付けて、増産体制に移りたい。当面懐事情は切迫するけれど、そう遠くない内に聖堂国ともう一戦交えることになるはずだ」


「……わかった、工房には準備だけさせておこう。詳細は後で聞く」



 それだけ告げると、ヴィオレッタは踵を返し自身も使う私室から出て行く。

 事情を語ってもいないというのに、信じ聞くことなく動いてくれる彼女の行動が、こちらへの信用を露わとしているように思え、僕は胸の内で感謝をするばかりだ。



「エイダ、もう一度でいい、侵攻ルートになりそうな箇所を探ってくれないか。それと聖堂国の監視も強化したい」


<衛星から得られる情報では限界がありますよ。南部を重点的に監視すれば、そこ以外の他国に対する監視は当然甘くなります>


「もちろん地上からも探りを入れるさ。北の小部族連合や東の共和国も気になるけれど、今となっては聖堂国はそれらと比べ物にならない脅威だ」



 ヴィオレッタが去り再び一人となった私室で、僕は呟くようにエイダへと監視の指示を出す。

 いったいどれだけの設備が聖堂国に存在するかは不明だが、もしあのような連中が量産されようものなら、ただでさえ不利な戦力差が広がっていくばかり。

 なにせクローン体は改良が可能で、先日見た能力のままであるとは限らないのだから。


 それにしても、もし厄介事が起こるにしても、当分はこの惑星内に関するものだけで済むと思っていたというのに。

 突如として彼方から生じた、にじり寄るような影の気配。

 それらから降り注ぐ火の粉を払うために、マーカスらへ監視を強化するよう指示を出すべく、僕は再び執務室へ向け重く足音を響かせた。



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