彼方の影 04
シャノン聖堂国が都市ベルバークを占拠したとの報は、瞬く間に同盟領内を駆け巡った。
それと時を同じく、僕は聖堂国と行っていた交易の停止を宣言したのだが、当然その結論は多くの都市が納得するに足るものであった。
ただ中にはこれに反発の意志を示す都市が、少なからず存在する。
特に同盟領の中央部、広い穀倉地帯を有する都市に顕著であり、買い上げていた余剰分が売れなくなるというのは困ると、独断で交易中止を宣言したこちらへの批判を声高に叫んでいた。
「で、どう連中を説得してきたのだ?」
「そりゃベルバークの件を前面に押し出してさ。"金になる代わりに征服されるが、それでもいいのか?"って」
「完全に恫喝だな。とはいえ我々は元傭兵だ、逆にそういった説得はお手のモノか」
ラトリッジに建つ屋敷の執務室。そこで束の間の小休止を挟む僕とヴィオレッタ。
置かれた温かい茶を口にするヴィオレッタは、その間に茶請けの代わりとばかりに、他都市とのやり取りに関する話を問うてきた。
つい先日、余剰穀物を買い上げていた相手となる、周辺都市国家の統治者たちと顔を合わせてきた。
そこで連中は最初こそネチネチと嫌味ったらしい言葉を向けてきたのだが、ベルバークの一件を口にすると流石に押し黙る。
このまま取引をするのが危険であるというのばかりは、流石に容易に想像がついたせいだろう。
おそらく都市を制圧されれば、自分たちの権力を取り上げられるばかりか、命すら危うくなるなど言うまでもない。
その一方で交易停止に諸手を挙げて賛成したのが、同盟領南部に存在する諸都市国家。
南部は聖堂国ほど大量にとはいかないが、一定量の鉱石を産する地域。
ラトリッジが鉱石の入手を、聖堂国に依存するのではと懸念していたそれら都市は、商売敵が減ったと喜ぶばかりであった。
「これで自分たちだけでも、聖堂国と交易しようという都市はなくなるはず」
「当然だ。次にやられるのが己となるかも知れぬし、そもそもベルバークが協力してくれぬのであれば、実質輸送路は断たれたも同然だからな」
「海岸線に在る他の都市では、大型船が接舷できる深さの港もないからね」
ともあれこれで、聖堂国は同盟との交易がそもそも物理的に不可能となる。
彼の国に関して全てを知る訳ではないが、輸出できるような物と言えば、鉱石や武器などといった物品であり、となれば小型の船で輸送できるような代物ではない。
そもそも聖堂国は、造船技術や海運に関してが弱いようなので、どちらにせよ無理だとは思うが。
「ところで……、例のやつらに関してはなにか判明したのか?」
他都市とのやり取りに関してを伝え、しばし緩やかな微睡みめいた沈黙が流れる。
そんな空気を肺へ吸い込み、少しばかりの小休止を挟んだヴィオレッタが次いで問うた言葉に、僕は口元へ運びかけたカップを持つ手を止めた。
彼女が口にする疑問形の言葉が、いったい何を指すのかなど言うまでもない。
今はその身も灰となり残ってなどいないが、都市ベルバークを占拠した連中の中に、全く同じ容姿と肉体を持った存在が居た件だ。
「私自身はそれを目視していないせいで、俄には信じがたい話ではある。しかしマーカスまでもがそう言うなら間違いはない」
「随分と僕は信用がないな……。ともあれそうだよ、何から何までまるで同じ見た目をした連中が5人」
「マーカスのやつは、お前の故郷に関わるものではないかと考えているようだが」
「そこまではまだ何とも。ただよく似た兄弟だったり、偶然そっくりな他人ってことはなさそうだ」
ヴィオレッタの言葉からは、少しばかりの疑いが滲む。
ただあの光景を見ず、人から聞いただけでは信じられないというのも無理はない。
過去にはラトリッジでも、四つ子までなら出生例があるそうだが、それ以上ともなればもっと稀。
もしも仮にそうであったとして、全員が兵士となり一か所に工作員として派遣されるなど、余程の事情が無い限り行われないだろう。
「今はマーカスが言った可能性が本当にないかどうか、確認を進めてもらっている」
「確認だと? ……というとあそこにか」
「他にこんな事を頼める相手は居ないよ。君の父親以外にはね」
まさかと思いつつも、マーカスが言った地球が関わっているのではという予感は捨てきれない。
なのでこちらとの窓口になる相手、今は解散したイェルド傭兵団の元団長であり、ヴィオレッタの父親でもある人物と久方ぶりに連絡を取ったのだ。
その父親に確認を進めてもらっている事を告げると、ヴィオレッタはどこかゲンナリとした様子を見せる。
別に折り合いが悪い訳ではないのだが、一時は永久に会えぬと覚悟した父親であるだけに、こうも簡単に連絡がついてしまえば、色々と思うところがあるのだろう。
<そのホムラ中佐からメッセージが届いていますよ。都合の良い時に連絡をするようにと>
『ならすぐにでも。今の内に片付けておくにこしたことはない』
嘆息しながら茶を飲むヴィオレッタを、苦笑しながら眺めていると、頭にはエイダの声が響く。
どうやらそれはつい今しがた届いたようで、僕はそのこと彼女へを告げながら立ち上がる。
その間に残りの執務を片付けていると告げるヴィオレッタに断りを入れ、執務室から出て自室へと移動。
装飾の一切を取っ払った簡素ながらも広いその部屋で、大きなベッドへと腰かけた僕は、エイダに指示をして通信を繋いでもらった。
『やあ陛下。ご機嫌麗しゅうございます』
「……嫌味ですか?」
あちらと通信を繋いでもらうなり、頭へ響くのは聞き馴染んだ軽い声が。
本来なら先にオペレーターが出そうなものだが、そこをすっ飛ばして目的の人物へと繋がっているようだ。
その件の人物、ヴィオレッタの父親であるホムラ中佐は、カラカラと笑いながら僕が置かれた立場を冗談として使っていた。
『そう言わないでくれ。私とて一国の王と話をする機会などそうないのだ、ちょっとくらいお遊びもしたくなる』
「そりゃ一介の軍人には、そういった機会はないでしょうけれど。でも勘弁してください、僕だって最初は不本意だったんですから」
『しかし最近では、随分と立場が板についてきたと聞いているよ』
「いったい誰からですか」
『もちろん君の相棒であるAIからさ。時折近況報告を受け取っているものでね』
愉快そうな口調で告げる彼の言葉に、僕はガクリと肩を落としエイダへと恨みがましい心情を抱く。
たぶん向こうの要望なのだとは思うが、逐一こちらの状況をまとめ、ホムラ中佐に報告していたとは思ってもいなかった。
もしエイダに実体があったなら、ギロリと鋭く一瞥してやったところだ。
「そ、それはともかく……。お願いした件なのですが」
『ああ、そうだったな。ちゃんと調べておいたよ、かなり多方面に恨みを買うような調べ方だったがね』
ともあれ今回連絡を取ったのは、こんな世間話をするためではない。
誤魔化すかの如く一度咳払いをした僕が、早速本題へと移ると、ホムラ中佐はこれまでしていた軽い調子を収めた。
元来が地球の軍で諜報を担う立場であるため、そういったことはお手のモノであると聞く。
それでもなかなかに危ない橋であったのか、情報を集めるのにかなりの労があったことを匂わせた。
なにやら不穏な気配を感じられる物言いに、僕は背へ緊張が走るのを感じ、本当に知ってしまってもいいのかという考えすらよぎる。
「ということは、そちらが関わっていたということですか?」
『そう話を急くものじゃないよ。……一切無関係という事はないが、直接関係があるとは言い難い。といったところかな』
となればマーカスの推測は間違ってなかったのだろうかと思い、先んじて問い質す。
しかし返されたのはどちらとも言えぬ、なんとも中途半端な内容であり、僕はホムラ中佐の言い様に首を傾げてしまう。
『君のAIが送ってくれたデータを見るからに、確かにアレはまったく同じ個体だ。極僅かな差異はあれどね』
彼は手元でエイダが渡したと思われる、5人の敵やその前に見た2人に関するデータの内容を口にする。
あちらでそれを精査した結果、やはり全く同一の個体であるとの結論に至ったようだ。
そこから次いで告げられたのが、あの連中がおそらくクローン体であろうということ。
これそのものは想定の範囲内であったので、今更驚くものではないのかもしれない。
ただそうなるとやはり、当然この惑星に存在するような技術ではなく、地球が関わるものであるという可能性は高い。
なので知らされていないだけで、ミラー博士が聖堂国へ与えた技術の中に、類するものが混ざっていたのかもしれないと考える。
だが直後にホムラ中佐から問われた内容に、僕は眉を顰めることとなる。
『君は"居住惑星開拓船団"という名を知っているかな?』
「ええ、それはもちろん。僕が幼い頃には教科書にも載っていましたし、そもそも僕自身がそこで生まれましたから」
中佐の告げた名へと、僕はすぐさま答えを返す。
僕が生まれる数十年前、人類の母星である地球から順次飛び立ったのが、彼の言う"居住惑星開拓船団"と呼ばれる大規模な移民船団だ。
地球と月などを含む周辺の総人口が180億を超え、雇用減少や食糧難となったことに端を発するこれは、社会を維持するための新天地を遠く異星に求めようというものであった。
第1次以降大小様々な船団が組織され、10億を超える人間が地球を旅立つ。
地球から遥か彼方へ飛ばした衛星により確認された、入植可能と思われる星へ向けての航海。
僕はそんな船団の中で5番目、比較的小規模な第5次開拓船団の航海中に船内で生まれたのだが、物心つく頃には目的の惑星へと到着、以来入植活動に従事していた。
『そうか……。そういえば君は確か、第5次船団が入植した星に居たのだったか』
「僕自身はほとんど覚えてはいませんけどね。ですがその船団がなにか?」
『ではもう一つ聞こうか。我々地球と敵対する勢力、そこについて知っていることは?』
いったい僕の出自でもあるその船団がどうしたというのか。
ホムラ中佐は僕の問いかけに対し、あえてであろうか、再度の問いを持って返してきた。
それにしても、妙にもったいぶった物言いをするものだ。
こういった会話の仕方が癖な人物と知ってはいるが、今日はやけにその傾向が強い。
なにやらその先について、あまり言いたくはないような、それとも口にしてはいけないような。そんな空気さえ感じさせる。
不穏な気配すら覚えるも、先を聞くべく彼の質問へと答える。
だがその先を聞いた僕に返されたのは、頭を抱えるに十分な内容であった。