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彼方の影 03


 徐々に陽も昇っていき、冬の長い夜が終わりを告げようかという頃。

 僕は都市ベルバークに在る港湾地区の一角で、制圧を終えたレオら別れた一団と合流する。

 前もって都市へ潜入していたマーカスからの情報が随分と役に立ち、早々に都市内に居る全ての敵を無力化。

 主要な施設である都市統治者の邸宅や、ここ港湾地区を制圧し、僕等は晴れて都市を聖堂国の手から取り返すことに成功していた。



「こんなモノ、いったいどうされるおつもりですか?」


「ちょっと確かめたいことがあってね。とりあえず全て横並びに置いてくれ」



 徐々に周辺は朝焼けに照らされつつあり、焚いていたかがり火も消された港湾地区。

 そこへと立つ僕は怪訝そうにする兵たちへ指示し、荷車によって運ばれてきたそれを降ろし並べるよう指示した。

 固い岩を削って造られた港で、強い陽射しのもと一列となって並べられるのは、都市を取り戻す際に斬った敵兵。

 数にして57人。その全てを横一列へ並べ、全員の被っていたフードを剥ぎ取っていく。



「漁師や海運商が気味悪がっていますよ」


「仕方がないだろう。広い場所が必要だし、かといって広場でやる訳にもいかない」


「それはわかりますが……。で、これをどうしようと?」



 すぐ横へ立つマーカスは、並べられていく敵兵の死体を兵たち同様に訝しげに眺める。

 確かにこのような行動、戦いとは無縁の漁民や商人にとっては、想像を絶するおぞましい光景であるのは間違いない。

 遠巻きに見る住民たちは、一様に不安そうな空気を発しているのがありありとしていた。


 戦場において状況が落ち着いた後、死体を一か所に集めるというのは別段珍しい話ではない。

 しかしそれはすぐに燃やすか土に埋めるかして、臭いや感染症の元を断つというのが主な目的。

 都市内においてはそうもいかぬため、マーカスや多くの兵が疑問に思うのも当然だが、僕とてなにもこれから解剖や検死をしようというつもりはさらさらなかった。

 あくまでも目的はこいつらの顔を見る事。そして全員を見比べる事だ。


 ただマーカスは自身で問いながらも、すぐさまこちらがどういった意図でこれを行おうとしているのかを察したようだ。

 驚愕めいた小さく声を漏らすと、外套のフードを剥すのを手伝い始める。



「マーカス、居たか?」


「……ええ、こっちは二人です」


「そうか。こっちは三人だ」



 一列に並べた敵兵の骸。その半分から右側を受け持つマーカスは、丁寧に顔を見比べ終えたところで、気味が悪そうに数を述べる。

 左側半分を見た僕もまた、その結果に嘆息衝きながら口を開く。

 57人中の5人。最初にマーカスから指摘された、全く同じ容姿を持つとされる人間がこの中に居たということであった。



「これはいったい。まさか全員が兄弟……、なんてことはないでしょうね」


「さてね。場合によってはあるだろうけれど、これに関しては違うと思うよ」



 全く同じ。それこそ髪の癖まで、寸分違わず同じな五人の聖堂国兵士。

 一応今回もエイダに確認をしてもらうも、やはり結果は前と変わらない。多少の誤差はあるものの、骨格から筋肉量などなにからなにまでが同一。

 そんな一種異様な、それこそ複写されたかのような存在が5人も。いや、ここまで異常であると、5体と言い表わした方がいいだろうか。


 そしてその奇怪な状況は、死体を並べた兵たちの一部も気付くに至ったようだ。

 徐々にざわめきが沸き起こり、僕はその彼らへ向け、この場で見た物は一切口外せぬよう厳命する。



「貴方の故郷に関わるモノですか?」


「……違う。と言いたいところだけれど、まだ何とも言えないな。こんな怪しい存在、普通ならお目に掛かれないものだし」



 死体を見下ろすマーカスが呟き問うのは、僕の出自である地球に関して。

 詳しい部分までは理解していないものの、僕が遥か彼方の異なる土地から来たことだけは知っている彼は、そこによる"何がしかの"技術が関わっているのではと考えたらしい。


 もしそうだとして、真っ先に浮かぶとすれば、一種のクローン技術を用いた存在だろうか。

 地球においても21世紀の初期ごろには既に確立されていた技術であり、現代となっては人間ではなく小さな生物ではあるが、学校の初等教育でキットを使い創れてしまうようなものだ。

 まさかとは思うが、かつてのミラー博士とは別件で、聖堂国において研究を行っている地球の人間が居るのだろうか……。


 とはいえ現状ではそれを確かめる術がない。

 当の本人たちはこうして命を終えているし、おそらくは碌に詳細を知りもしない可能性が高そうだ。

 それにそもそも知っていたとして、教えてくれるとも思えなかった。




「どうしましょう、箱にでも放り込んでラトリッジへ持ち帰りますか? 今の時期ならば帰るまでに腐敗するということはなさそうですし」


「いや、流石にそこまではしなくていいよ。持ち帰ったからといって、これといって手掛かりにはなりそうもない。すぐに燃やしてしまおう」


「ではそのように」



 嘆息し頭を掻く僕へと、マーカスはこいつらの処理についてを確認する。

 実際強く気にかかるのは確かだが、運んだところで向こうで詳しく解析を行う設備があるでもなし。

 エイダにはとりあえず全員分のデータを取ってもらっているので、どちらにせよその必要はなさそうだが。

 後で地球の方へ連絡を取り、この件を報告しておけばいいだろう。



「僕はここの統治者と会ってくる。マーカスは兵たちへもう一度念押ししておいてくれないか、ここで見た物は絶対に口外するなって」


「了解です。そういった役回りは得意ですので」


「穏便にね。彼らは味方なんだから」



 穏やかな笑顔を浮かべ、マーカスは自信を表に出し了解を口にする。

 ただ諜報要員である彼の立場的に、そういった言い様はどうにも嫌な印象を受けてならない。

 なので僕は冗談めかしながらも釘を刺しつつ、マーカスへこの場を任せることにし、一人統治者の屋敷へ向け歩を進めた。




 長旅と戦闘の疲労に身体の力を抜きながら、僕はノンビリと歩き都市の中央へと移動する。

 釘を刺すと言えば、最もしなければならない相手はここの統治者だ。

 どうもマーカスが得た情報によれば、聖堂国がこの地へ大量の人間を送り込んだとき、統治者は抗議するどころか一切口をつぐんでいたらしい。


 その統治者が住む屋敷へと辿り着くと、警備に立っていた騎士はこちらの姿を見るなり、怯えた様子すら露わとし慌てて正門を開ける。

 つい先ほどこの屋敷を解放した時、占拠する聖堂国兵士を速攻で屠っていった姿が目に焼き付いるのだろう。

 つまりこの騎士が抱くのは、こちらに対する敬意などではなく畏怖であるようだ。


 軽くその騎士に挨拶だけすると、ズカズカと屋敷内へと入っていく。

 ラトリッジへ立つ僕が住む屋敷よりも、ずっと立派で巨大なその建物を奥へと進み、酷くゴテゴテとした意匠で飾られた扉を勢いよく開け放つ。



「失礼する。少しお時間よろしいですかな?」


「ええ、ええ。それは勿論! どうぞお座りください」



 開いた扉の奥へと、相手の了承すら待つことなく踏み込む。

 そこに居たのは小太りとなった中年の男と、腕を組み壁へもたれかかったレオの二人のみ。

 小太りなその男、ベルバークの統治者は勢いよく椅子から立ち上がると、慌てふためいた様子で近寄り僕へと若干大き目な一人掛けのソファーへ座るよう促す。


 僕自身は一国家の王を名乗ってはいるが、実際の立場としては男と同じ統治者同士。

 ただ都市規模的にはラトリッジよりも、ここベルバークの方がずっと大きく、むしろ格上とすら言える存在であるというのに、男の態度は酷く卑屈だ。

 だがそれも当然かもしれない。なにせ聖堂国の兵をアッサリと受け入れた上に、都市まで明け渡してしまったのだ、肩身が狭いのもわかる。



「こ、この度は助かりました。一時はどうなる事かと……」


「礼には及びませんよ。我々は同盟の盾となり戦うのが役割、それを果たしただけですので」



 おずおずと、恐縮そうに礼を述べるベルバーク統治者の男。

 ただ僕はそれに対し、気にするなとばかりに軽く笑んで、自分たちの義務を強調した。

 現在の都市王国ラトリッジは、イェルド傭兵団であったころの役割を継承し、西方都市国家同盟の軍としての立場を担う。

 実際にそのため報酬も受け取っており、都市が危険に晒されれば戦うというのは、こちらにとって当然の選択であった。



「おお、そう言っていただけると助かります。是非これからも――」


「ただ、今後もそう在り続けるのであれば、護る相手が最低限信頼できる相手でなければならない。この都市ベルバークは、我々の味方であると言えるのかどうか」


「そ、それは……」



 表情を開かせ安堵の色を浮かべる統治者の男。

 しかし僕はその彼が言葉を紡ぐのをあえて断つと、ギラリとした視線を交えて苦言を呈した。


 ここベルバークへは、聖堂国との交易に当たり陸路での移動を行う際の護衛として、常時十数人ほどの兵を派遣している。

 ただ都市の一角へと密かに居を構える彼らは、ベルバークが聖堂国の兵によって占領された時、抵抗する間もなく真っ先に投降する破目となっていた。

 というのも聖堂国側を刺激したくない都市側が、保身のためかあちらに拠点の情報を渡し、一番最初に奇襲を受けたためだ。

 つまり都市ベルバークの統治者は、こちらの兵を連中に売り渡した形となる。



<度し難いものです。本来は都市を護るのも、統治者の役割でしょうに>


『聖堂国との関係悪化を何よりも恐れたんだろうな。こうまで都市自体が親聖堂国に傾くと、もうどうしようもないのかもしれない』



 ソファーへと腰かけたまま統治者の男を眺める僕へ、エイダは平坦ながらも憤慨したかのように言い放つ。

 エイダの言うように、こいつは本来であれば自身を危険に晒してでも、都市と住民たちを護る役割を負うはずの存在。

 だがそれを期待するのは酷かもしれない。実際向こうは屈強な兵ばかりであり、本来抗う手段となるはずな手駒の騎士は、当てにできないのだから。


 僕が向けた嫌味とも恫喝とも取れる言葉を受け、統治者の男は震え上がり視線を泳がせる。

 すぐ近くへ立つレオが、こういった相手の前であるというのに、あえて腰へ剣を差したままであるというのも、恐怖感に拍車をかけているようだ。



「一応確認させて頂きますが、貴方がた都市ベルバークは、我々都市王国ラトリッジの味方ですか?」


「それは……、その……」


「簡潔にお教え願いたい。味方か、それとも撃ち滅ぼすべき敵か」



 しどろもどろとなる統治者の男。だがこちらとて、一度は手痛い裏切りに遭い危く被害を被りかけたのだ。容赦してやる筋合もない。

 その男へと強い口調で、明確な二択を迫る。

 すると統治者の男は震え涙目となりつつも、小さく味方であると返す。

 完全なまでの恫喝ではあるが、ここでどちらに就くかを選択させ明言させねば、また同じことを繰り返す可能性があった。



「素晴らしいお答えを頂き安心しました。では我々はこれで失礼します」


「つ、次にまたあいつらが来たら……」


「当面はもっと多くの兵を駐留させますのでご安心を。といっても、これで交易もご破算ですので、また来るかどうかは定かでありませんが」



 それだけ告げると、僕は軽く会釈して部屋を出て行く。

 背後にはレオも着いて歩き、屋敷の外へ出るまでにすれ違う使用人達は、そそくさと壁に寄り深く頭を下げていた。

 都市規模の程度は置いておくとして、使用人たちの態度を見る限り、ラトリッジとベルバークの間に明確な序列が形成されたのは間違いないようだ。



 そうして屋敷の外へ出るなり、一人の見知った青年兵士が駆けよる。

 彼は僕等が出てくるのを待っていたようで、目の前に立ち敬礼をすると、都市を出立する準備が完了したと告げた。

 打ち倒した聖堂国の兵に関しては、ここから一旦都市の外へ運び出し、ある程度離れた場所で火葬することになったようだ。

 その青年兵士が急ぎ都市正門へと去っていったのを見送ると、隣へ立つレオがこちらを向きもせず声を発する。



「あれだけでよかったのか?」


「あれって、統治者への対応がかい?」


「そうだ。一度は裏切ったんだ、またそうしないとは限らん」



 すぐ側で聞いていたレオにしてみれば、僕のした対処は酷く穏便に思えたらしい。

 恫喝めいた言葉で脅しをかけはしたものの、それでも同じ同盟に属している身内への裏切りにしては、緩いものであったのは否めない。



「ならまた統治者を討って、ラトリッジのようにこの都市も治めると? そいつは勘弁してもらいたいかな」


「だが俺はどうにも信用できない」


「言わんとすることはわかるけどさ……。それに元はと言えば、こっちがそうなる切欠を作ったんだ。あまり過度に責めることもできないよ」



 レオは釘を刺したとしても、ベルバークの統治者がまたやらかすのではという疑念が尽きないようだ。

 そもそもここは海運で富を築いた商売人達の街であるだけに、金さえあればいくらでも相手を騙しにかかるのではと、レオはそう言いたいのだろう。


 ただよくよく考えずともわかるが、そもそもこうなったのはラトリッジが聖堂国との交易を始めたのが発端。

 途中から混ざり交易量の拡大を要請してきたとはいえ、ベルバークはそれに乗っかったにすぎない。

 これとて自都市の利益を考えれば、責められるような云われはないだろう。



「今後は駐留の兵を増やすし、その中から監視役も置く。それにさっきも言ったように、これを機に交易は終了だ。侵略ありきで行っていたのが明確になったからね」



 まだ若干ながら納得いっていないと思われるレオへと、僕は問題ないという意志を込めて告げた。

 もう少しすれば到着するであろう、後続の一団を再編成し、この都市の防備に当たらせることになる。

 他沿岸部の都市にも遣る必要はありそうだが、最も大きな港を持つここが最優先だ。


 とはいえ交易が停止する以上、駐留する兵の役割は大きく変わる。

 これからは護衛ではなく、防衛と名を買える役割に、僕は腹の奥へズシリと重い物が乗るような感覚を覚えていた。



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