彼方の影 02
都市ベルバークにほど近い場所まで移動した僕等は、闇雲に接近するのも危険と、ある程度離れた場所で野営をすることとなった。
そこで目立たぬよう簡素な陣を敷き、火を熾すことなく寒空の下で震えつつ今後の方策を練っている時、ベルバークの方角から一人の娘が近づく。
マーカスの配下であるというその娘は、僕等が近くまで来ているであろうことを予測した彼によって、都市内で起きている状況を伝えに来たのだ。
衛星からの画像によってある程度は把握していたが、既に都市ベルバークの全域は、シャノン聖堂国の寄越した兵によって制圧。
現在は都市の各所に敵兵が立ち、住民たちが反抗せぬよう監視の目を光らせていると言う。
使いとして来た彼女には、そこから幾度か都市とを往復してもらい、敵に関して正確な情報を得てから、僕等は速攻での攻撃を行う事とした。
そんな都市ベルバークを正面に望むだだっ広い平原。夕陽に染まりつつあるそこを駆けるのは、13体の影。
激しく地面を蹴り土埃を巻き上げるそれは、眼前へ広がる都市へ向けて、一直線に驀進していた。
全てが人の跨った騎乗鳥。揃って重圧な鎧を纏い、それに反して若干小振りとも思える短槍を構えている。
港湾都市ベルバークへと突撃を行うその騎兵たちは、勢いを落とすことなく正門を突破。
迷いなく都市中央を奔る大通りへ向けて駆け、途中で幾人かずつに分かれて散らばっていった。
「後れを取るな、続け!」
先を行く騎兵たちに負けずと、僕も手に剣を握り、背後に続く残る大勢の兵へ檄を飛ばし走る。
背の低い草の中から飛び出し、突如として突っ込んできた騎兵たちの姿に敵が目を奪われている隙に、都市の正門へと雪崩れ込んでいく。
都市へと斬り込んでいった騎兵たちと異なり、僕を含む徒歩の兵たちは全員が軽装。
最低限の防具のみという、少々危険な出で立ちではあるが、おそらく本格的に戦闘となれば重装備はさして役には立たない。
というのも、今から相対しようという相手が持つ武器は、重厚な鎧が用を成さぬ可能性が高いからであった。
「他には目もくれるな。目的の連中だけを探せ!」
既に制圧されているとはいえ、ベルバークの市街では人々が生活を営んでいる。
大通りに立つ市では、猛烈な勢いで突っ切っていった重装備の騎兵たちによって、人々は騒然とし困惑を露わとしていた。
この様子を見ると、どうやら彼らは役割を果たせているようだ。
先行して突撃した騎兵たちの役割は、実際に敵と相対しての戦闘ではなくかく乱。僕等徒歩で進む側は、それによって生じた混乱の隙を突くのが目的であった。
真っ向から攻撃を仕掛けても、こちらが甚大な被害を出す恐れがある。
なにせ敵は聖堂国が送り込んできた連中、つまり平時から武器として銃を携行しているような存在であり、東の共和国や北の小部族連合を相手にするのとはワケが違う。
当然騎兵たちは危険に晒されるが、彼らはそれを承知の上で突っ込んでくれている。
ならば無事で済むうちに、早く制圧しなくてはならない。
「レオ、予定通り港湾地区を頼む。僕は統治者の屋敷を攻める」
「わかった。……本当に連中を斬ってもいいんだな?」
「構わない。ここまできたら、話し合いで済みはしないからね」
数十人の兵たちを連れ市街を駆ける中、僕は前もって打ち合わせていたようにレオへと港の制圧を任せた。
レオは狭い場所で細々とした戦闘をするよりも、広い場所で力に物を言わせる戦い方を好むためだ。
そのレオは短く承知を告げるも、直後確認するように問いながら自身の武器を軽く掲げた。
おそらく彼は聖堂国の兵を斬ることにより、これを切欠に全面対決へ発展するのではと懸念しているのだろう。
だが連中が武装し都市を占拠した時点で、開戦するのは避けられず、これまで交易してきた相手だからと遠慮する筋合もない。
レオへとそのことを明確に断じると、彼とは別れ僕は市街の中心部へ脚を加速させた。
連れてきた戦力の約6割を従えた僕は、幾つかの地点を経由し、途中で複数のグループに別れつつ都市統治者の邸宅へ向かう。
途中で聖堂国の人間であることを証明するような、薄灰色をしたローブを纏う連中と交戦しながら。
「リエリア、住民の避難誘導を優先しろ!」
傭兵となって以降、これまで行ってきた戦闘の多くは、主に剣や槍に弓といった代物によるもの。
だがこちらも聖堂国の兵士も、その手に持つのは剣だけではなく、金属と木材によって作られた無骨な銃。
故に今行われているのは金属の弾による応酬。いつのまにかこの惑星における戦闘も、随分と世紀の進んだものへと変わりつつあった。
だが接近戦での戦闘以上に、銃による撃ち合いは罪のない住民が死傷してしまう恐れがある。
連なる白壁の民家の陰へ隠れ、敵のする攻撃をやり過ごしながら、僕はすぐ隣へ居た兵へと住民を避難させるべく指示を飛ばしていく。
「陛下、お下がりください! お怪我をされでもしたら……」
「断る。自信過剰と思われるのを承知で言わせてもらうが、僕は君たちより銃の腕が立つ。今は少しでも素早く制圧するのを優先させたい」
隠れた家屋の白壁が、放たれた弾によって粉砕されていく振動に身体を震わせ、鈍い音が耳に響く。
それと同時にすぐ横へ近寄った一人の青年は、自分たちにこの場を任せるよう口にする。
最初にこの作戦を立てた時点でも反対されはしたが、今となってもやはりまだ僕を後方に下がらせたがっているようだ。
もっともこれは当然の発想であろう。総大将が倒れようものなら、ここへ来ている戦力だけでなく、ラトリッジそのものが混乱してしまうのは避けられない。
とはいえその青年も僕がした反論に、すぐさま口をつぐむ。
都市攻撃の直前にマーカスから得た情報は、その時点で敵がどこへ配置につき、どういった動きをしているかというもの。
時間が経つほどその情報は有益さを失っていくため、作戦の遂行が遅れるというのは、こちらにとって最も避けたい事態の一つであった。
「わかったら行くぞ。向こうに居る敵は三人、次弾の装填までにかかる隙に突破する」
「では自分が先頭に」
「任せた、合図したら飛び出すんだ。援護くらいはさせてもらうよ」
こちらを説得するのは諦めたのか、せめて先頭を進む役割だけは代わると告げる青年。
流石にそこまで押しのけ先陣を切るのも悪いと思い、僕はその役割を彼に任せることにした。
散発的に撃ってくる敵の銃声と、同時に襲い掛かる着弾の衝撃をカウントしていく。
そうして連携の不備からか、僅かな隙が生まれたタイミングを見計らい、次弾の発射までかかるであろう時間を逆算して叫ぶ。
「行け、走れ!」
そうして叫ぶなり、若い兵たちは臆せず身を晒し通りを走る。
僕もまた引き鉄に指を掛けた状態で、身体を赤い陽光に晒すと、駆ける兵たちのさらに向こうへと銃口を向けた。
勢いよく進む兵たちの先には、先ほどのこちら同様に身体の半身を家屋に隠す敵の姿が。
そいつらは迫るこちらの姿に慌てた様子で、急ぎ銃へ弾を込めていく。
僕はそいつらが僅かに覗かせている身体へ向け、片膝立てた状態で一発。
極僅かな弧を描き飛ぶ弾丸は、壁から僅かに出ていた敵の肩へと命中し、血肉と共にくぐもった悲鳴を撒き散らす。
まずは一人。しかしその一人を倒したことで、排除するための牽制としては十分であったようだ。
残る二人の敵兵が動揺し、弾を込めるのに時間を食っている隙に、突っ込んだ兵たちは肉薄し全員を斬り捨てていく。
「制圧!」
「よし、そのまま前進する。手順は今と同じだ、さっさと片を付けるぞ」
三人の敵を全て無力化したのを知らせる合図。
その声を聞くなり、僕は小走りとなって進みながら即座に次の目標へと移動するよう指示した。
兵たちは簡潔な返事のみをし、自身の剣を腰へ差し銃を握って通りを駆けていく。
僕はその彼らを追いかけようとするのだが、斬り捨てられ倒れた三人の敵の横へ差し掛かると、少しばかり立ち止まってそいつらを見下ろす。
「こいつばかりは救いかもしれない。武器は以前に見たのとまったく同じだ」
<さらなる発展をさせる知識が、ミラー博士から与えられなかったためでしょう。確かにこれであれば、こちらにとって優位に立てるやもしれません>
腰を曲げて敵兵の持っていた銃を拾い上げ、視線を落とし小さく笑みながら呟く。
その言葉にエイダは同意をしつつ、補足するようにその理由を告げた。
敵の使っている銃は、地球の科学者であるミラー博士が、自身の研究施設確保と交換に与えた技術で作られた物で、こちらよりもずっと早くに生産し兵たちへ行き渡らせていた物。
ただ向こうのそれは、かつて聖堂国に潜入した時の物とさほど変わっていないらしい。
連中は一発撃つ度に一々腰に下げた袋から道具を取り出し、火薬と弾を先端から込めていく。
一方で現在こちらが使用しているのは、銃身の中ほどから折れ、そこから弾丸を込めて撃鉄によって撃ち出すというもの。
なんのことはない、僕がこの惑星に落ちてきた時に乗っていた航宙船に残されていた、私的な趣味の代物と思わしき歴史資料から原理を拝借しただけだ。
「こうやって優位を得たいがために、工房へは無茶を言って作らせたわけだしね」
<ですがそれが功を奏しそうです。あまり知られてしまっては、敵側にも改良を促す破目になりそうですが>
「その時はもう少しばかり横槍を入れて、もっと強い武器を作るしかないな。際限がなさそうだけれど」
聖堂国の兵が銃を持っているのを初めて見た時、将来的にこの銃口が僕等へと向けられる予感はヒシヒシと感じていた。
なので本来この惑星で進むであろう、技術発展の速度を無理に捻じ曲げてでも銃を作ってもらったのだ。
とはいえ聖堂国以上の物を作るのに、冶金職人や火薬の製造を担う人には、相当の無理を押し付けてきた。
それに銃本体はともかく、弾丸の方がかなりの高コストであるのは否めない。
ともあれ僕は後で回収するべく、その銃を建物の陰へと放り隠す。
そして先を行く兵たちを追おうと踵を返しかけるのだが、ふと妙に気に掛かることがあり、薄灰色のローブを纏った敵の死体へと視線を向ける。
そいつは最初に僕が撃ち無力化した兵士で、肩からは夥しい血が流れ出しながらも絶命している。
僕は腰に差した剣を鞘ごと抜き、目深にかぶったフードへと差し入れる。
そして先端を軽く動かし、顔を夕陽の下へと晒したところで、自身が呼吸すら忘れ硬直するのを自覚した。
<アル、これは……>
「…………わかっている。でも今は都市を開放するのが先だ、こいつは後でじっくり確認させてもらう」
フードから剣の鞘を抜き、腰へと差し直す。
そして未練を振り払うように駆け出すと、先で敵が拠点を構えているであろう建物へと急いだ。
だが先を進む兵たちに追いつくべく走る最中も、今見た敵の顔が脳へと焼きついていく。
アレはいったい何なのだ。一度目はこの都市の港湾地区で、二度目はラトリッジへの帰路で、そして今見たので三度目。
ここまでくればただの偶然や、他人の空似などという言葉では片付かない。
今しがた倒した敵の顔。それは現在まったく別の場所生き、今も上空から監視を続けられているはずな、聖堂国の青年とまったく同じものであった。