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疑念 05


 シャノン聖堂国との、互いに多くを産する穀類と鉱石による交易。

 最初こそ荷車にして数台程度という少量であったが、回を重ねるごとに取扱量は増加、現在では当初の十数倍以上という量に上るようになった。

 結果輸送に使う船も一艘から大幅に増やし、今では大型船四艘という体制。

 個人的には交易量の増加は断りたかったのだが、都市ベルバークの海運商や統治者からの要望もあり、断ることが出来なくなってしまったのだ。


 ただいくら穀物が売れるといっても、ラトリッジだけで賄い、備蓄倉庫を空にするというわけにもいかない。

 なので他都市の余剰分をこちらでいったん買い上げ、経由地であるベルバークへと集めた物を、聖堂国への便に載せるという形を取ることとなった。

 結果それによって、聖堂国との交易は都市王国ラトリッジだけでなく、他の穀類生産地や港湾都市ベルバークなど、同盟領の広い地域が恩恵を受けるものとなっていた。



「ご苦労様、なにか目立った異常はないか?」



 徐々に寒風吹き始めた初冬、都市ベルバーク港湾地区の隅へ建つ一軒の倉庫。

 僕はその内へと静かに入るなり、木窓の陰で隠れるようにジッと外を眺めるマーカスへと声をかける。

 彼は現在この小さな倉庫で、港へ停泊している交易船の監視を行っていた。

 高空の衛星からでもそれなりの情報は得られるが、地上から見るとまた別に気付く点があるかもしれないという理由からだ。



「今のところはなにも。普段と同じ、淡々と荷の積み下ろしをしているだけですね」


「こっちもこれといって無いな。でもあまりにも動きが普通すぎる」


「逆にそれが不審であるという、アルの言い分もわからなくはありませんがね。ところで見送りの方は、上手く誤魔化せたのですか?」


「おかげ様でね。一度思い込ませたら後は楽なものだよ」



 特別報告するほど、おかしな点はないと返すマーカス。

 彼はそれがむしろおかしいと言っていた僕の言い分へと、今更ながら同意をしつつ、ここへ来るのに必要であった小芝居の状況を問うた。


 一国の国主となった僕が、自らこのような監視地点へ出向くなどまずあり得ない。

 普通はその前に誰かしらに見つかってしまうし、そうなった時にこの都市の統治者らは決して良い顔をしないだろう。

 だが街を出た辺りで一旦人目から隠れ、僕と似た体格の人間が、少しばかり豪奢な外套を深く被っていれば誤魔化すことなど容易。

 海沿いには初冬の冷たい風が吹き付けているのだ、そういった恰好をしていても誰も怪しみはしなかった。

 マーカスの配下にその影武者役を任せた僕は、密かに移動しこの監視地点へと様子を見に来たのだ。




「ところで、他に新しい情報はあるかい?」


「ええ、勿論。聖堂国からの使者ですが、少し前からは同乗して来るのが複数人になりました」


「……こっちには相変わらず一人しか来ていないよ。となると他の都市へ行ったか」


「そのようですね。ラトリッジでアルたちと会っている裏で、複数都市の統治者との接触が確認されました」



 新たな情報はないかと問う僕の言葉に、マーカスは木窓の外へと視線を向けたまま、小さな声で嫌な話を伝えてくる。

 ただこれ自体は、前々から予想していた話ではあった。

 聖堂国からすれば、あえてラトリッジ一国だけと交易を交える必要はない。

 いくら求めている穀物をそれなりに多く産する地域とはいえ、海から遠く離れた内陸に位置し、流通という面では不利な立地であるためだ。

 となればここベルバークを始めとして、同盟内で主だった都市と接触するのは当然であると言えた。



「諸手を挙げて歓迎したろうな。今じゃ聖堂国は、同盟にとって"良いお客様"だ」


「そのようですね。むしろ統治者の側から、聖堂国へすり寄ったのかもしれません」


「だとすると厄介だな。影響力が強くなりすぎる」



 これまでシャノン聖堂国は得体が知れないが故に、仲良くせずとも敵対もしていなかった相手であったが、今は一気にその扱いが変わりつつあった。

 不気味な隣人から良き取引相手に。そして良き取引相手は最重要かつ離れられぬ交易相手に。

 経済発展という意味ではとても良いのだろう。しかし内情の読めぬ相手であるだけに、僕には一抹以上の不安を感じるのも事実。

 まだ明確な根拠はない、ただの直感ではあるのだが。




「それじゃ、僕はこの辺りで退散するよ。監視は当面継続してくれ、まだ連中を信用するには早すぎる」


「了解です。なにか異常があればすぐにでも知らせ――」



 マーカスと幾つかのやり取りを交わした僕は、腰を降ろす間もなく倉庫からの退散を告げる。

 いくらバレている様子がないからといって、いつまでも長居は出来ない。

 何かの拍子で都市の役人が訪ねて来て、相手が僕の顔を知っている恐れは捨てきれなかった。


 だが倉庫を出るべくマーカスへ背を向けようとした時、彼の発していた言葉が突如として途切れる。

 どうしたのだろうかと思い、背けかけていた身体の動きを止めマーカスを見ると、彼はジッと木窓の外を凝視し、怪訝そうな表情を浮かべていた。



「どうした?」


「いえ、あの人間なのですが」



 すぐ真横へと移動し問いつつ、僕も木窓の隙間から外を窺う。

 マーカスの指さす方向を見ると、そこでは数人の船員たちが談笑を交わしている光景が。

 その中から少し外れ、建物の壁際で作業をしている人物であると告げる彼の言葉に倣い、そちらへと視線を集中する。



「聖堂国の人間だな。あの青年がどうかしたのか?」


「実は前にも同じ顔を見た覚えが……」


「他人の空似じゃないのか?」



 マーカスの告げた対象、それは南方である聖堂国の国民に多い、浅黒い肌を持つ一人の青年。

 幾つかの木箱を並べているその青年は、見た目からして聖堂国から来た荷運び役であると思われた。

 ただ若さこそ感じるものの顔は没個性と言え、一度見て次に見かけた時に覚えているかは自信がない。

 僕は気のせいか、あるいはよく似ただけの人間であるかと告げるも、マーカスは納得した様子は見られない。



「それに同じ人間であってもおかしくはないだろう。交易船の乗員は同じ人間が担っているだろうし」


「そうではありません。前に見たのはつい昨日、そいつは既に荷をラトリッジへ移送するため、ベルバークを離れているはずなんです」


「だとすればやっぱり他人の空似なんじゃ」


「いいえ。実を言えばこれと同じ状況、以前にもありました。その時は流石に気のせいだと思っていたのですが……」



 僕の言葉に、マーカスは確信を持って否定を口にした。

 彼は人の個人差を見極め、監視し追跡するという役割へ何年も従事してきたのだ。

 こういった行動をエイダに頼り切りな僕などより、マーカスの方がよほどそういった目が養われているし、勘も強く働くはず。

 その彼がこうまで確固とした自信を持って断じるのだ、長年の付き合いである僕には、信じるに十分足るものであった。



「信じるよ。すぐ動かせる人間は居るか?」


「何人かは。一人を監視に回しましょう」


「頼んだ。わかったことがあれば、すぐに報告を。僕はラトリッジへ向かった連中を確認する」



 それだけを告げると、僕はサッと踵を返し静かに倉庫から出て行く。

 建物の間の狭い路地を抜け、外套を着こんで紛れるように往来の中へ。そのまま市街の外れで待機させていた、数人の兵たちと合流し都市を跡にした。



 深く外套のフードを被った状態で、一騎の騎乗鳥が引く幌付き荷車の上に腰かける。

 そこで外界との空気を遮断するように布を引き視界を遮ると、揺れる荷車の中で人心地着くべくフードを脱ぎ放つ。



『マーカスが言っていた、昨日出立した連中はどの辺りに居る?』


<現在ラトリッジとベルバークの中間に差し掛かろうとしている、といったところですか。荷が重い鉱石であるため、然程早くは移動できていないようで>


『なら上手くすれば明日の夕刻には追いつくな……』



 暗い幌の中、僕は一人頭の中でエイダへと位置関係を確認する。

 どうやらマーカスが見たという輩は、護衛を引き連れて目下ラトリッジへと移動の真っ最中。

 途中で僕に成りすまして帰路についた人間と入れ替わった後、偶然を装って合流することは可能だろう。

 そこで好意的なフリを装って顔を出せば、確認は容易であるはず。



『エイダ、さっきの人間の顔や体格の情報は記録しているだろう』


<それは当然。目の前に出してもらえれば、ある程度細かに差異を割り出せます>


『ならその時には頼むよ。よもや同じ人間だなんてことはないだろうけれど……』



 僕は念の為エイダに確認をしてもらうよう頼みながら、荷台の椅子へグッと身体を預ける。

 全く同じ人間が同時に二か所へ存在するなど、ホラーによくある類の話だ。

 あるとすれば一卵性の双子であったり、偶然よく似た他人であったりという可能性の方が高いだろう。

 だがマーカスがああも断言する以上、与太話として聞き流すこともできやしない。

 なにせ彼はこれまで全てとは言わぬまでも、何度となく確実な情報をもたらしてくれたのだから。



「所用が出来た、少しだけ急いで進んでくれ」



 一旦降ろした腰を浮かせ、幌から顔だけを出し外を歩く数人へと声をかける。

 彼らはその言葉へと何も言わず、首を縦に振り了承を返すなり、荷車の縁へと足をかけて外で掴まるように乗って騎乗鳥の速度を速めた。

 彼らもまたマーカス配下の人間であり、僕が誰であるかを知ったうえで護衛を行ってくれている。


 その彼らが乗り速度を上げた荷車へと引っ込んだ僕は、一人暗い幌の中で息を吐く。

 元々聖堂国が、何かしら善からぬ企みを持っているのではと疑ってはいたが、俄にキナ臭くなり始めたように思える。

 ならばそれが形として突き付けられる前に対処をせねばと、僕はエイダへさらなる警戒の指示を出すのであった。


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