偵察走 04
西方都市国家同盟の最前線で、ワディンガム共和国と睨み合っていた都市国家デナム。
だがその成り立ちを正確に言い表わせば、都市国家として存在していた場所が最前線となったのではない。
デナムは前線基地という役割を担う為に造られた都市である、というのが正解だった。
故にその立地で何よりも優先されたのは、防衛における優位性。
両脇を切り立った崖とも言える地形に挟まれ、敵が来るとすればまず正面からのみ。
そんな場所を選んで築かれた都市であるため、必然的にデナムは耕作地に恵まれてはいない。
農業をするには不向きなキツイ斜面と岩場、牧畜をするにも餌となる牧草が無く飼育は非常に困難。
それなりに大きな都市規模であるため住人も相応な数で、更に騎士や傭兵を維持するため必要な食糧は、農耕の盛んなウォルトンに依存せざるをえない。
デナムが本来の役割を果たし続ける限り、ウォルトンからの食糧供給は必須と言える環境だった。
「だが今は違う。デナムが同盟を離反した以上、ウォルトンからは支援を受けられない」
<当然です。現在は直接敵対する関係なのですから>
独り言のような僕の言葉に、エイダは何をいまさらとばかりに返す。
食料を自給するのが不可能なデナムは、同盟を離れたため困窮した状況であるというのは目に見えていた。
今はまだ、デナムに居る戦力は騎士たちのみ。
だが今後共和国軍一千と合流すれば、食料が一気に不足するのは間違いない。
戦力を維持しつつ、不満を抑えるため街の人たちの食糧を確保するには、共和国側から運ばれてくる物資輸送が不可欠。
逆に言えば、そこを断たれればデナムを占領し続けるのは不可能であると言えた。
「明らかに窮地へ追い込まれるとわかりきった場所へ飛び込むほど、共和国も無謀ではないはずだ」
物資を運んでいる部隊を叩ければ、本隊は進軍もままならなくなる。
だが逆に物資を破壊し過ぎてしまうと、引き返すことも出来ず、早くデナムと合流してウォルトンを攻め落とそうとするだろう。
そのさじ加減は少々難しいかもしれない。
<意外と色々考えているのですね、アルフレート。その外道ぶりに感心します>
「その嫌味はどうにかならないのか……」
どこからこんな性格を構築したのか。
エイダは先へと進みながら考えを整理する僕へと、揶揄するような言葉を続けて放つ。
だが言わんとしている事も多少は理解できる。
それにこれは案外、ともすれば非道な結果を招きかねない行為を行おうとしている僕の、ストレスを軽減しようという意図が含まれているのかもしれない。
もしそうだとすれば、多少なりと感謝する必要はあるだろうか。
直接言葉に出して言うのは御免被るが。
現在日没はとうに過ぎ、日付けも回って深夜。
エイダに見張りを任せて僅かな仮眠を取り、僕は再び移動を始めていた。
月明かりだけでは覚束ない足元も、ペンダントに搭載されたセンサーによってしっかりと起伏を検知している。
感知した地形は僕の脳へと直接映像として送られ、足を踏み外すと言った心配はほどんどない。
そんな装備の数々を味方につけ、僕は常人では成しえない速度で岩場と木々の間をすり抜けて進んでいた。
得られた情報によれば、もう少しで共和国軍の本隊が目視できるはず。
などと考えていると、視線の先に在る渓谷の底から、ぼんやり明りが見え始めてきた。
松明と思われる複数の明り。間違いなく共和国軍が野営を行っている場所だ。
<一時方向一三〇m、人型の動体反応>
本隊の近くともなれば、それなりに見張りを置いているようだ。
この辺りは流石、デナムの騎士たちとは違ってマトモだと言っていい。
エイダからもたらされる情報をもとに、極力発見されぬよう忍びながら先を急ぐ。
今回はレオと一緒だった時のように、見つけ次第始末してしまう訳にはいかない。
こんな状況でそれをしてしまえば、下手をすれば血の臭いや戦闘音でバレてしまう可能性すらある。
僕は横目に野営地を見下ろしながら、そこを通り過ぎて一路その後方に居るであろう補給部隊へと向かった。
▽
共和国軍の本体を通り過ぎ、僕は一路後方の物資運搬を行う部隊へと向けて駆ける。
木々を掻き分け、大きな岩を一足飛びに乗り越え。
そんな状態で小一時間ほど進んだだろうか。
視線の先には先ほど同じく、本体よりも小規模ながら複数の松明を焚いて野営を行う、一つの集団が目に映った。
数匹の騎乗鳥と、大量に荷が積まれた荷車。そしてそれを操る兵士。
間違いない、あれが本体の後ろに続いている補給部隊だ。
<周辺に反応はありません>
「そうか、こっちは随分と不用意だな」
エイダから周辺状況を聞きつつ、補給部隊を見下ろせる切り立った崖の上へと近づいて覗き込む。
眼下に居る兵士たちを見るに、武器を手にする者も僅かで、見張りや襲撃を警戒している様子は感じられない。
気楽なものだとは思うが、同盟へと繋がる狭い渓谷上には味方の本隊が居るのだ。
敵が来るだなどと考える方がおかしいのかも知れなかった。
僕はその場へと陣取り地面を慣らすと、背負ったバックパックを下ろし中から一つの金属塊を取りだす。
一見して拳銃にも見える、伸縮するよう作られているそれを伸ばし、身を低く保って停められている荷車へと向けた。
「コイツを使うのは初めてだな……」
僕は手元で展開したそれを撫で、小さく呟く。
ライフルと同様の形状となったこれは、僕が持つナイフ型をした金属切断用の工具と同じく、航宙船に積まれていた代物だ。
一方が作業を手元で行う為にナイフ型であるのに対し、こちらは離れた場所から作業するための物。
小型ではるが高出力のレーザーによって対象を破砕するためのもので、本来は宇宙空間に浮かぶ小さなデブリを排除する用途であるようだ。
マニュアルを斜め読みしただけなのだが。
何でそんな代物がライフルの形状をしているんだとか、普通は航宙船に備え付けられた砲がその役目を果たすんじゃないのかなどと思いはする。
だが僕とその家族が戦火から逃れる時に乗り込んだ船は、そういった作業を生業とする業者が保有する船であったのだろう。
「照準は任せた」
<了解しました。映像の投影を行います>
ペンダントのセンサーを介し、僕が構える銃によるレーザーの起動を予測した映像が脳内に投影される。
少しずつ銃身を動かし狙いを定める先は、渓谷の底で並んで置かれている荷車。
鋼鉄などもいとも簡単に破砕してしまう威力を持つはずなこの工具だ、木製の荷車程度であれば、少し照射するだけで十分のはず。
これまでは使うだけの機会もなく、実際に使用するのは初めてなので何とも言い難いが。
「…………よしっ」
小さく自身へと気合を入れ、ライフルの引き金に指を掛け安全装置を解除する。
同盟が今まで共和国の侵攻を抑えられていたのは、要塞となるデナムの防御力あってのもの。
それが失われている現状では、ウォルトンに居る傭兵だけで一千近くの共和国軍を抑えきれはしない。
ここは何としてでも成功させる必要があった。
意を決して引き金を引くと、光線状のものこそ黙視できないものの、照射されているであろう場所が一瞬にして赤く染まり始めた。
このまま炎上するに違いないと、直後に引き金から指を離そうとした僕であったが、その予想は大きく裏切られる。
ほんの僅かに荷車の車輪へ火が走ったかと思うと、それは一気に縦横へと広がり、激しい爆裂音と共に周囲の兵士たちを薙ぎ倒す。
上空に舞う爆炎と、キーンと鼓膜を揺さぶる轟音。
少し離れた位置に居るものの、僕は咄嗟に顔を伏せ、その衝撃によりしばし身動きが取れずにいた。
「なんだこれ……」
しばし衝撃に身を伏せていたが、ようやく轟音は収まり僕は薄目で眼下を見下ろし呟く。
視線の先では爆風により倒されて突っ伏し、あるいは轟炎に巻かれて黒い塊と化しつつある多数の兵士たち。
そして少しだけ離れた場所では、何が起こったのか理解が及ばずただ呆然とする兵士の姿。
予想だにしていなかった状況に、僕はしばし呆けるしかなかった。
だがいつまでもそうしてはいられない、この状況は少々マズいことになりかねないのだから。
「しまった、威力がデカすぎた! こんな音を出したりしたら……」
<本隊にも聞こえた可能性は高いでしょう。夜間でもありますし>
だがただでさえ音の響き易い夜間で、こんな轟音を立てては異常に気付いて下さいと言わんばかりだ。
与えた被害に関しても、十分すぎると言っていい。
それどころか物資の大部分を吹き飛ばしてしまい、この後予定していた本隊側の物資を狙う必要性すらないと思えるほどだ。
しかしこうなっては事前に懸念していた、消耗させすぎて逆に進軍を速めてしまうという可能性が現実のものとなりかねない。
それにここの状況を確認するために、本隊の一部が引き返してくるかもしれなかった。
「聞いてないぞこんな出力があるなんて!」
<そもそもが宇宙空間でデブリを排除する以外に、白兵戦時に航宙船のハッチを破壊する用途にも使われるので、威力が高いのは当然かと>
「……ってコレ軍事用かよ!」
僕は急ぎライフルを仕舞い込むと、バックパックを背負い元来たルートを引き返す。
遠距離からの狙撃などという手段を、この惑星の住人が想像するとは思えない。
だが突然の出来事に襲撃を想像しないとも限らず、急いでこの場を離れる必要はあった。
急ぎ逃走を始めた僕がチラリと荷車の在った場所を見ると、爆発した地点の地面は大きく抉れている。
炎は未だ轟々と派手に天を衝き、周囲を明るく照らし続けていた。
ほんの一瞬だけの照射であったのだが、まさかここまでの威力を発揮するとは。
「勘弁してくれよ……」
単純に邪魔な障害物を除去する用途であると考えていたのだが、まさか兵器の一種であったなど予想だにしていなかった。
なんでそんな代物が一介の民間船に積まれていたのかとも考えるが、もしかすると海賊対策か何かで、護身用に積んでいたのかもしれない。
ただ完全な違法行為であるのは言うまでもない。
何にせよこれは地上で使うには威力が高く、想像していた以上に使い勝手が悪いものであったようだ。
こんな物を工具箱にナイフと共に入れていた、本来の持ち主を呪いたい。
しかし考えてもみれば一番悪いのは、マニュアルを碌に読んですらいなかった僕自身だ。
「エイダ、共和国軍の本体に動きはあるか!?」
<――現在野営地周辺に動きがあります。複数の騎兵がこちらへ向けて移動を開始している模様>
それなりに距離が離れているとはいえ、あんな音をさせては気付かれるのも当然か。
ということは、本体周辺の警戒も厳しくなっているはずだ。
僕が緩い考えで想定していた中で、状況は最も悪いものとなりつつあった。
本隊の方には手を出していないが、物資の多くを失った共和国軍はこのまま進軍の足を速めてしまう可能性がある。
更には僕の取った行動が、同盟による未知の攻撃であると判断された場合、次回以降により膨大な戦力を投入される可能性も。
良かれと思ってした行動であったのだが、これは余計な結果を生む破目となってしまったのかもしれない。
僕は自身の迂闊さへと内心で罵声を浴びせながら、未だ燃え盛る炎を背に受け逃走を始めていた。
ヒロイン(仮)が(ようやく)顔を見せるのは数話先。
メインタイトル回収はもっと先。