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疑念 01


 都市国家ラトリッジを解体し、新たに都市王国ラトリッジへと生まれ変わって一年あまり。

 新たに国一つを創り直したにしては、ここまで比較的穏やかだったのではないかと思う。


 多少は都市内で騒動も起きたし、他地方の小都市を併合するなどのゴタゴタはあったが、この程度ならばまだ平穏無事と言える範疇。

 毎日平常通りに市場は開かれているし、新市街の外へ築きつつある壁の建設も着々と進んでいる。

 時折発生する犯罪にも、ヴィオレッタが率いる治安維持を担う部隊が早々に対処していた。

 周辺他都市国家や、それこそ内側の住民たちをもして傭兵国と言わしめる国にしては、随分と平穏であるとは思う。


 そんな穏やかな都市が、徐々に秋の深まりを感じ始めた頃。

 僕はここまでの思いのほか起伏ない王様生活とは相反し、屋敷の執務室で数枚の紙を前にし眉間へ皺を寄せていた。

 手を伸ばし、机の上に置かれた小さな紙片に触れる。

 再度そこへと書かれた内容へ目を通すなり、どうしたものかと深く息を吐く。



「何か良くない知らせか?」


「まぁ……、そう言えなくはないかな。読んでみなよ」



 嘆息した僕へと問うてきたのは、珍しく執務室に顔を出していたレオ。

 彼は新兵たちの訓練をある程度消化したところで、その報告がてらここへ茶を飲みにやってきていた。

 この邸宅へ越してきた僕とヴィオレッタ、それにイレーニスとは異なり、レオは相変わらず路地裏のボロ屋へ住んでいる。

 そこで彼の同類であり、妹も同然であるリアーナと共に生活を送っていた。


 レオは僕の言葉に頷き、卓上に置かれた紙を手に取る。

 そして黙したままで記された字を目で追うにつれ、不可解そうに首を傾げていた。



「不審な人間を拘束、か」


「七日くらい前に、南端の山脈付近で捕らえられたらしい。僕等がシャノン聖堂国へ行く時に通った、あの坑道のすぐ近くだ」



 眉間に皺を寄せるレオへと、僕は腕を組み椅子へもたれ掛りながら告げる。

 僕等がまだ傭兵団の一団員であった頃、当時の団長であるヴィオレッタの父親に指示され、地球の同胞であるワイアット・ミラー博士を迎えに行くべく、山脈に開いた坑道を通りシャノン聖堂国へと潜入をした。

 レオとヴィオレッタを伴い通ったそこいら一帯は、常時数人の人員を派遣し、近辺の警戒に当たらせている。


 その警戒を行っている人間が、坑道の入り口付近でうろつく人物を見かけ、その後拘束したというのが今回届いた知らせ。

 そいつはどうやら浅黒い肌に身体を覆う白装束という、山脈の向こうに存在する国、シャノン聖堂国住民としての風体をしているようであった。



「これといった抵抗もしなかったそうだけれど、そいつは自分を聖堂国からの使者であると自称しているらしい」


「本物なのか?」


「わからない。ただ向こうの人間であるのは間違いなさそうだし、民間人って事はなさそうだ」



 外見的な特徴だけであれば、まだ正式に派遣されてきたとは断じることができない。

 ただあの入り組んだ坑道を通ってきたのを考えれば、おそらく聖堂国からの使いであるというのは間違いないのだろう。

 他にこちらへ渡るルートがないとはいえ、ただの一般人があのような場所を通るとは思えない。

 あの廃坑道の地図を持っているとなれば、やはり国が関わっていると考えるのが普通か。



「現在はマクニスラで監視下に置かれている。ただいったいどういう目的で廃坑を越えてきたのかは、一切話そうとしないようだ」


「聖堂国からの使者なんだろう? いったいどこへ行くつもりなんだ」


「ここだよ。そいつはラトリッジに来て、直接用件を伝えたいらしい」



 手にして読んでいた紙をレオへ渡すと、彼はそちらへも目を通し、静かに納得したように頷く。

 いったいどうしてあのような大国が、ラトリッジのような同盟内でも中堅の、それも新興の国に使いを派遣して来たのか。

 ただその内容は一切口にしておらず、直接相対してでないと、託された内容は口に出来ないということであった。


 しかし僕は一つの可能性が頭へと浮かぶ。

 それはレオにしても同じであったようで、目元をなお険しくしていた。



「まさか、リアーナのことか?」


「……どうだろうね。あの時点では彼女の存在を知っていたと思えないし、どちらかと言えば向こうを引っ掻き回した、僕等に用があるって方が自然とは思う」



 レオは自身の妹も同然であり、今は同じ家に住むリアーナの名を挙げる。

 聖堂国からミラー博士を連れ出す際、使った飛行艇に乗せられていたのが、まだ調整漕に入ったままで目覚めてもいなかったリアーナ。

 もっとも彼女はミラー博士が、人工的に密かに生み出した存在であったため、あちらが把握していたとは考え難い。

 むしろ脱出の際に戦闘を重ね、あちらの兵を何人も片付けた方が問題となるはずだ。


 ただそれにしても、この件で聖堂国が苦情を言いに来たとは考えにくい。

 なにせ当時の僕等が同盟の人間であると予想されたとしても、イェルド傭兵団の人間であったと考える材料はないはずだから。



「他にあえて理由を挙げれば、神殿の件かな」


「ああ、そういえばそんな事もあったな」


「神殿の総本山は聖堂国にあって、あそこの国主は神殿の教皇でもある。となればいずれは問題になるのが避けられない。仕方がなかったとはいえ、司祭を一人処刑しちゃったからね」



 最も可能性があるとすれば、この件だろうか。

 おそらくというよりもまず間違いなく、同盟領内には密かに聖堂国の諜報要員が潜んでいる。

 北方の小部族連合でさえ、そういった情報源となる人間を使い始めているのだ、大陸有数の大国であるシャノン聖堂国がやっていないとは考え難い。


 ならばこの国が興ってすぐ、神殿が行った工作活動による結果、司祭が処刑されたことも伝わっているはず。

 むしろあれを指示したのが本国であるとすれば尚更だ。



「となると、次の敵は聖堂国か」


「そこはまだなんとも。まず用件を聞き出さないことにはね」



 簡潔な思考で考えるならば、レオの言うように宣戦布告というのが思い浮ぶ。

 だがこれまで他国と接触を嫌ってきた聖堂国が、言っては悪いが一地方の神殿を処分されたくらいで、武力行使に出るだろうか。



『エイダ、もう一度確認するけれど、これといった動きはないんだな?』


<肯定です。現状シャノン聖堂国領内において、大規模な軍勢の動きは確認されません。ただ貴方自身も知っている通り、彼の国は厳しい気候条件によるため、地下へ大規模な施設を建造する傾向がありますので>


『上から確認できない場所で、準備が進んでいる可能性もあるか……』



 知らせが届いた時点で、エイダには衛星を使って確認をしてもらっている。

 それでも念を入れてもう一度だけ問うてみるも、やはりされる報告は同じものであった。



「もし戦闘になったとして、勝てると思うか?」


「単純な戦力だけを考えれば、まず勝ち目はないよ。こっちも銃を相当数用意しているし、改良を進めているとしても」



 まだどうなるか不透明であるとはいえ、訓練を監督するという立場上、気構えだけはしておきたいのだろうか。

 レオはグッと表情を引き締め、対決となった場合の予想を問うてきた。

 僕は一瞬、楽観的な思考が頭をよぎるも、ここはあえて厳しいと告げる。


 現在都市王国ラトリッジの戦力は、訓練課程に在る者たちを含めれば、傭兵団時代の三百人少々から倍増どころではなく増えている。

 傭兵団という荒くれの印象が一変したことや、正規軍の兵士という安定した立場を求め集った者が多いためだ。

 なのであくまでも推定ではあるが、西方都市国家同盟内に存在する総戦力の内、相当数をラトリッジが占めることとなった。



「前よりもずっと増えたとはいえ、人数にして"たった"の七百人少々だ。一矢報いることは出来ても、全面対決となれば勝利は不可能と言っていい」


「……そうだな。数が少なすぎる」


「僕等が勝利し続けているのは、地理的な条件によるところが大きい。出来るのは精々が小競り合いだけに留め、諦めて引いてもらうことくらいさ」



 僕の口にしたあまりに非情な現実に、レオも深く息をつく。

 同盟は山脈や深い森林地帯、そして海や厳しい雪原など、自然によって他国から隔離されている。

 そのおかげでこの程度の数でもなんとかなっているに過ぎず、南のシャノン聖堂国や、東のワディンガム共和国と比べれば、兵の人数そのものは雲泥の差であると言っていい。

 おそらく純粋な兵数だけで言えば、同盟よりずっと規模が小さな国であるはずの、大陸最東のスタウラス国よりも少ない。

 他の大陸と比較してどうかは定かでないが、そちらもきっと同盟よりは多くの戦力を有しているはずだ。


 つまりもし聖堂国が軍勢で山脈を越えてきたとすれば、僕等に万に一つの勝ち目もない。

 そして逆に地理的好条件という優位を手放し、あちらへ攻め入ったとすれば、僕等は無残に散るだけだろう。



「と言っても、あまり気にし過ぎる必要もないかもね。なにせもし連中が戦争準備を行っていたとしても、今のところ侵攻ルートが存在しない。あまり海上交通が発達してはいないようだし」


「もし連中が山脈を越える手段を持っていたとしたら?」


「前もって潰すための工作をするさ。そこらへんの情報集めは、マーカスにでも任せるとするよ」



 ここでようやく、執務室へ張り詰めた緊張感を緩めるように軽く言い放つ。

 とはいっても、決して生易しいものではないとわかってはいるけれど。


 僕はそう言って立ち上がると、窓の近くへ立ち外を眺める。

 高価な玻璃が多く使われたその窓越しに見えるのは、ノンビリとした普段通りの光景。

 広場では子供たちが走り回り、露天商の男に邪魔をするなと怒鳴られ、慌てふためき一斉に逃げ出す。そんな穏やかな都市の日常。



「なんにせよ、まずは直接会ってみよう。悪いけれどレオ、何人かを連れて護送を頼めるかな」


「わかった。念の為腕が立つのを連れて行くぞ」


「よろしく。こっちも警戒をしておくけど、一応気を付けて」



 執務室内へと振り返り、ジッとこちらを見ていたレオへと指示をする。

 すると彼は任されたとばかりに大きく頷き、準備をするため足早に執務室を跡にした。


 レオが去ったのを見届けるなり、再び窓の外へ視線をやる。

 まだ聖堂国の使いと称する人間が、どのような意図でこちらと接触を計っているのかは不明だ。

 しかしこの豊かで穏やかな光景、もしも害しようとする存在が居るのであれば、決して許したりはしない。

 都市を護るのは王として、軍を率いる者としての責務。

 僕は平時も常に上着の内へ忍ばせている、短剣の柄へと触れながら、目を細め遥か南の空を睨みつけた。



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