妄執の水辺 09
ミルンズの湖畔を舞台とした、土地を護るための戦闘。
それは最初の銃による攻撃を経て、結局は泥沼の乱戦へと移行することとなった。
「一旦引け! いつまでそんな武器でやり合うつもりだ」
「ですが……」
「まだ全員が落とし穴からは抜け出ていない。今なら武器を替えるだけの余裕はある!」
僕は折れた剣で敵と打ち合っていた兵の一人を助けると、彼にすぐさま下がり新しい武器を持つよう指示する。
数の不利を補うべく、事前に地面へは穴を深く掘り、土は障害物として誘導するよう積んでおいた。
連中は夜闇に目が慣れていた中で、かがり火で薄く照らされた場所へ来たため、目が眩みそれなりの効果を表してくれていた。
とはいえそれも最初の内だけ。次第に穴からは敵も這い出てきているし、そいつらが合流すれば厳しくなるのは避けられない。
<湖の東側から十一人の移動する敵影>
「新手か……。ハイザー、ヤスラ、デミトリオ! 湖を迂回して接近する連中を迎え撃つんだ、全弾叩き込んでやれ!!」
敵の動きを監視し続けるエイダは、湖の反対側にも回っている敵の動きを感知、すぐさま報告をしてくる。
僕はそれに対し、手近に見えた数人に対し対処するよう指示した。
どうしてそんなことに気付いたのかという疑問は、彼らにも沸くだろうが、今はそれどころではない。
彼らもまた疑問より行動を先とし、短い言葉を発し駆けて行く。
最初の銃による攻撃で二十数人は倒せており、そこから次弾を装填し撃った段階で、もう十数人ほどは沈黙したはず。
思いのほか良い初撃となったとは思うが、接近してしまえば銃という有利も成り立たない。
そういう意味ではやはり銃というのは難しく、これが威力こそ劣るものの弓であれば、もう一撃くらいは食らわせてやれたはず。
とはいえ連中の頑強な身体を考えれば、どちらが正しいかとは言えないのだが。
次々と向かってくる小部族の戦士をいなしながら、三十数名の兵たちは奮闘を続けた。
精強な人間を選抜して連れてきたのもあるが、一対一では使う武具の質もあって、こちらが優位に立っている。
しかしやはり数の不利は抗い難く、敵の死体が積み上がり湖の縁へ血が滲んでいく中、遂には数人の敵へ突破を許す破目となった。
「追うんだ、絶対に町の中へは入らせるな!」
その姿を確認するなり、比較的後ろで戦っていた兵の一人へと指示を出す。
戦う術を持たぬ住民たちでは、部族の戦士を前にした時点で怖気づき身を震わせるだけで、逃げるという選択すら採れないだろう。
市街には戦いに長けたルシオラも居るが、都合良く対峙してくれる保証などどこにもなかった。
かといって僕がここを離れるわけにはいかない。
最初よりもかなり数を減らしてはいるが、いまだこちらより敵の方がずっと数は多い。
最初からギリギリの状態で対抗しており、敵が減っていく反面こちらの体力も消耗しつつある。今自身が離れれば、すぐさま全体を突破されかねない。
<アル、突破した連中の行く先に……>
「なんだ、今忙し――」
<シェリスティアが居ます。申し訳ありません、そちらにまでは警戒が及んでいませんでした>
突破した数人の戦士に関しては、任せた兵が上手く対処してくれるよう祈る他ない。
だがそう考え、自身と対峙する戦士の胸を短剣で抉ったところで、エイダからは突然の報が飛び込んできた。
その言葉に反応し振り返ってみれば、突破をした戦士数人が向かう先には、漁を行う際に利用しているであろう小屋が。
ただ小屋の陰には少しばかり顔を出し、こちらの様子を窺っていたであろうシェリスティアの姿が見えた。
どういう訳か戦闘が行われるエリアに姿を現していた彼女は、迫る敵の戦士の姿に目を見開く。
シェリスティアはただの一般人であり、当然のように戦う術などは持たない。
おそらくは兵が追いつくよりも先に、部族の戦士が彼女へと近付く方が早いだろう。
そのことを示すように、走る戦士は手にした剣を構え、シェリスティアへ向け方向を転換していた。
「誰か銃を、急げ!」
今から向かっていたのでは、では到底間に合うはずもない。
そのため弾の込められた銃を探そうとするも、こんな乱戦となった状況では、ほとんどの者がとっくに撃ち終えている。
代わりに懐へと手を伸ばし投擲用のナイフを取り出そうかと考えるも、こんな場所から投げて上手く当てられるかはわからぬし、そもそも刺さってくれるか疑わしい。
ならばどうする。と、僕は焦燥感ばかりを感じ続ける。
だがそんな時、すぐ真横を一人の兵が駆けて通り、敵味方入り混じった一団の中から飛び出す者が居た。
その人物は一直線に射線を確保するなり、背負っていた矢筒から一本を取り出し、手にした大弓を一気に引き絞り放つ。
放たれた矢は緩やかな弧を描き、追う兵のすぐ横を通り過ぎ、シェリスティアへと迫る戦士の一人へと達した。
明確な殺意を込めた矢は、寸分の狂いもなく戦士の頭蓋を貫く。
目を見開きつつも矢を放った影へと向ければ、弓を構えたままで鋭い視線を向ける、マーカスの姿がそこにはあった。
「すみません、ここはお願いします」
彼はそれだけ告げるなり、一足飛びに駆け、シェリスティアの近くへ居た他の戦士へと肉薄する。
発されたマーカスの声は意外にも静かで、平静さを前面に出したもの。
だがそれが逆に彼の激情を表しているように思え、案の定感じたその印象は間違いではなかったと思い知らされる。
突然に頭を貫かれた仲間の姿に、動揺し立ち尽くしていた部族の戦士。
そいつへと肉薄したマーカスは、恵まれた体格を生かし勢いのまま拳を顔面へ叩きつける。
そうして背から倒れた戦士の上に跨ると、彼は腰へ差していた短剣を迷うことなく胸へと振り下ろし、直後それを抜いて首筋へと這わす。
暗がりの中でもわかるほど、勢いよく舞う鮮血。
「こっちへ来るんだ」
「え、マーカ……、ス?」
「いいから早く!」
目の前で起こった光景が理解できず、唖然とし続けるシェリスティア。
今まさに起きた光景は、シェリスティアには強烈に過ぎるものではあるが、この時点で既に呆然自失も同然。
目の前に現れたマーカスの存在に、ただただ困惑するばかりであった。
そんな彼女へと叫び腕を掴んだマーカスは、少しでも早く安全な場所へ連れて行くべく、陣が置かれた市街へ向け駆ける。
普段は穏やかさが際立つ彼も、この時ばかりは流石に切羽詰った表情となっているようで、それが余計にシェリスティアの動揺を誘うものであったようだ。
「下がれ、町に近い位置まで下がるんだ! 住民を逃がすのを援護しろ!」
一方の僕も、そんな二人をただ眺めてはいられない。
戦いを続ける兵たちへと大きく指示を出し、徐々に後退をしながら、マーカスがシェリスティアを逃がすための盾となる。
当然移動を試みながらであるため、こちらの危険性が増すのは言うまでもない。
だがそれ故に敵の攻撃はこちらへと集中し、陣へ向けて動いた二人は、標的から外れることとなった。
「……ちゃんと逃げ切ったな。反撃だ、一人残らず土へ還してやれ!」
なんとか二人の姿も夜闇へと消え、ようやく戦いに集中できる状態となる。
そんな状況に安堵した僕は、すぐさま交戦を続ける敵へと向き合うなり、猛々しく兵たちへと鼓舞した。
我ながら荒々しい言葉だとは思うが、不利な状況で戦い続けた兵たちには、相応の鬱憤が溜まっていたようだ。
その声に雄々しく返す声は、部族の屈強な戦士たちすらたじろがせるものであった。
そこからは一転盛り返し、次第に戦闘は優勢へと傾いていく。
敵も長距離の行軍による疲れが出ているのか、一人また一人と数を減らし、徐々に撤退を選択肢とするムードへ変わっていた。
あと一息でこちらの勝利だろうかと、兵たちを鼓舞する言葉を発しようかという時。気がつけば隣へシェリスティアを逃がし終えた、マーカスが立ち並んでいるのに気付く。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「構わないよ、もう勢いはこっちに傾いている。……シェリスティアさんは?」
「無事陣へ。アルの執事さんが異変を察して出ていたので、彼女にお願いしました」
どうやら怪我の一つもなく町へと戻り、安全な場所へ任せられたようだ。
外に出ていたというルシオラには、後で小言を言う必要がありそうだが、ともあれこれで一安心。
僕は一言「わかった」とだけ呟くと、最後の一押しをするべく、もう一度兵士たちへ向け鼓舞するべく叫んだ。




