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妄執の水辺 08


 草木さえ寝静まるかのように、静寂に支配された深夜のミルンズ。

 夏であるとは言え、湖の上を駆け冷やされた風が吹き付け、外套の一枚もなければ凍えそうになる。

 所々へ灯されたかがり火へ近寄りたくなる欲求を堪え、僕は湖のほとりで夜闇を凝視し続けていた。


 小部族連合の二部族が行動を開始してから五日。

 衛星で監視を続けるエイダからは、刻々と敵の接近してくる様子が伝えられており、もう数時間もすれば接触という状況。

 限られた戦力ではあるが当然斥候も出しており、近付きつつあるという情報は全体に伝わっている。

 故に警戒を続ける陣には、ピリピリとした緊張感が張り詰めており、多くの住民は僕等さえ恐れ近寄っては来なかった。



「アルフレート様、少しくらいお休みになられては?」



 湖面から吹く風に身を震わせていると、すぐ背後から執事であるルシオラの心配する声が響く。

 いくら戦闘の技量が高いとはいえ、彼女はラトリッジ正規軍に属しているわけではない。

 なので市街の建物内へ避難しているよう告げたのだが、執事としては身の回りの世話を負うことこそ至上命題と考えたようで、一向にこちらの言葉を聞く素振りは見せなかった。



「今から寝ても中途半端だしな……」


「万が一貴方様が倒れられては、全体の指揮に関わると思うのですが」


「寝起きで戦うよりはマシだと思ったんだけれど……。仕方ない、少しだけ仮眠させてもらうよ」



 午前の内にそれなりの時間眠っているため、別段眠気を感じたりはしていない。

 しかしルシオラはこちらの体調管理は自身の役割とばかりに、無理にでも眠るよう半強制的に背を押し陣へ向けた。


 どうやら言っても聞きそうにないし、仕方なしに僕は大人しく歩を進める。

 確かに眠れないまでも、瞼を閉じ横になるだけで十分体力は温存できるだろう。

 それに自信過剰と取られかねないが、現在ミルンズに居る中では僕自身が最大の戦力。ならば最も動けるよう体調を整えるのも必要かもしれない。



 ルシオラに押される僕は、渋々と陣へ向けノンビリと歩く。

 軽く腕を回してコリをほぐしながら進み、陣の置かれた広場へと移動し天幕へ入ろうとする。

 しかしそこへ手をかけたところで、すぐ近くへシェリスティアが立っているのに気付いた。

 彼女は僕とルシオラの姿を見るなりゆっくりと近寄って、持つ盆の上に置かれた夜食を勧めてくる。



「ありがとう、頂きますよ」


「お手数をおかけいたします」



 僕等は大人しく、片手で食べられるよう作られたそれを頂戴する。

 聞けば他の住人たちが怯え家に閉じこもっている間、彼女はずっと炊き出しなどを手伝ってくれていたらしい。

 どうしてと思いはするも、結局マーカスからは離別を告げられたらしく、忙しく動いていないと耐えられないということであるようだ。

 暇となれば考え込んでしまい、思考が悪い方へ堂々巡りするというのはわからないでもない。



 そのシェリスティアも既に炊き出しが一段落しているらしく、あとは敵との戦闘が始まる前に、家に戻っているよう指示されたと告げる。

 そんな彼女から受け取った夜食を平らげた僕は、思考を沈め始めたシェリスティアの背へ触れると、市街に在る彼女の家へ送ると申し出た。

 仮眠は出来そうもないが、このまま外に放っておくこともできない。

 ここに至ってはルシオラも口出しをせず、彼女が一人天幕へ入っていくのを余所に、僕はシェリスティアを伴い歩く。



「離れていても気持ちは一緒だと考えていましたが、本当は一方的に私だけが想っていたみたいです。お恥ずかしながら」



 歩くうちに多少は気が上向いたのか、シェリスティアは小さく独白するように語る。

 ただマーカスからされた話がよほどショックであったようで、薄く漏らす笑いは非常に乾いたものであり、痛々しいまでの心情が溢れ出ているかのようだ。



「"自分のことは忘れてくれ、君にはもっと相応しい相手が居る"。これしか言わないんです」


「理由は何も話してくれなかったのですか?」


「ええ、一切。きっと深い理由があるに違いないと思い問い質しましたが、まったく口にはしてくれません。きっととっくの昔に、私からは気持ちが離れてしまっていたんですね」



 沈痛な面持ちで語るシェリスティアの言葉に、僕は自身のこめかみへ指を当て呻る。

 どうやら彼女がこうなっている一番の理由は、マーカスが離別を申し出たその理由を、一切話してくれぬためだ。

 当然本当の理由など言えたものではない。

 だがせめてそれらしい嘘の一つでもつけばいいだろうと思うのだが、普段あれほど頼りになるマーカスにしても、色恋が絡むとすっかりヘタレてしまうらしい。


 僕は少しばかりどうフォローしたものかと考え、なんとか言葉を絞り出す。



「詳しくは話せません。しかしマーカスには相応に貴女を遠ざける理由がある、彼の気持ちを汲んでやってもらえると……」


「理由、ですか?」


「ええ。僕はその理由を口にはできませんが、これはマーカスの優しさだと思いますよ。彼のことを想うのであれば、受け入れてやってはくれませんか」



 あまりマーカスの側にも事情があると話さぬ方が、完全に切り離せるのかもしれない。

 ただそれでは、きっとシェリスティアの方が持たない。下手をすれば湖へと身投げでもしかねない、僕にはそう見えてならなかったためだ。

 ならば真実を話さないまでも、ある程度察してくれるよう促した方がマシというもの。

 当然シェリスティアには未練が残るだろうが、こう言えば彼女のことだ、多少なりと自身を抑えてくれるだろうと考えた。



「……では彼の気持ちは」


「たぶん離れてはいませんよ。しかし貴女がマーカスを待つのはもう終わり、これからは彼と別の道を進まなくてはならない」


「それでも、……私は」



 グッと息を呑み、確認するように僕の顔を覗き込むシェリスティア。

 しかしそんな彼女へと、望みが薄いであろう事をハッキリ告げる。

 彼女はその言葉を聞き、失意を満面に浮かべて地面に俯くも、それでもやはり想いを捨てきれぬのか口を開きかけた。


 だが彼女が自身の感情を吐露しようとする時、不意に湖の方から甲高い音が響き渡る。

 高い音を発す鐘によるそれは、奥底にあった不安感を押し上げるように、強く一定のリズムで

届いてきた。



「シェリスティアさん、早く家の中に入っていてください」


「え、……え?」


「敵が来ました。絶対に、外へは出ないように!」



 困惑するシェリスティアへと念を押すと、僕は急ぎ湖の方へと駆ける。

 想定していたよりも随分と早いが、偵察に出ていた兵が早めに接近を知らせてきたのかもしれない。

 一応衛星から確認してみれば、間近まで迫った時点で急いだのか、前に確認した時よりもかなり進んでいた。

 こちらが部族の数人を拘束したことで、戻らぬのに訝しんで行動を速めた可能性もある。


 本当に直近となればエイダが知らせてくれるので、ノンビリ歩いて向かえる程度の距離はあるのだが、知らされた以上は急ぎ防衛の前線へ向かわなくては。

 シェリスティアのことも気にはなるが、まずは兵たちの指揮をすべく前へ行くのが先決だ。




 シェリスティアを置いて湖へと向かうと、そこでは既に多くの兵たちが集まり、手に武器を持って緊張感を露わとしていた。

 本当ならば交代で休息を摂りながら防衛するのが理想なのだが、たった三十弱という人数ではそれも叶わない。

 僅かな救いがあるとすれば、小部族連合の連中は真正面からの対決を善しとする志向であるため、側面や背後からの強襲をあまり心配せずに済むという点か。

 勿論不測の事態に備え、衛星からは常に監視を続けてもらってはいるが。



「全員揃っているか?」


「既に。そういえばあなたの執事がまた来たのですが、流石に帰しましたよ。傍で世話をすると言ってなかなか聞きませんでしたが」


「助かるよ。彼女も居たら居たで、かなり腕が立つんだけれどね」



 防備を整えた兵たちの中へ入るなり、僕は丁度すぐ近くへ立っていたマーカスに声をかける。

 彼は変わらず深く外套のフードを被ってはいるが、いつの間に調達したのか得意とする武器の大弓と銃を手にし、ジッと北へ視線を向けていた。



「さっき聞いたよ。離別する理由を話さなかったんだって?」


「……どう誤魔化したものか、まったく思い浮ばなかったもので」


「らしくない。てっきり舌先三寸で言いくるめると思っていたんだけれど」


「アルはいったいボクに、どういった印象を持っているんですか」



 つい先ほどのシェリスティアとの会話を思い出し発した揶揄する言葉に、マーカスは困ったように嘆息する。

 やはり彼もまた、他の人とそう変わらないということなのだろう。

 例え表沙汰に出来ぬ裏の役割を担うとはいえ、その部分を排除すればただの青年でしかない。


 そのマーカスへと、僕はシェリスティアと話した内容と、彼女の様子を大まかに告げる。

 するとしばし考え込む様子を見せながらも、彼は少しして感謝らしき言葉を向けてきた。

 大切に想っているからこそ遠ざけようとする、そのマーカスにしてみれば、絶望し身を投げられる方がよほど堪える事態であるせいだろう。



 以後はこれといって言葉を交わすことなく、ただ敵の接近を待ち続けた。

 僕にしてもマーカスへこれ以上伝えるような話もなく、時折届けられる報を聞き指示を返す以外は、ただジッと暗闇を見つめるのみ。

 そうしてしばらくの時間が経った頃、暗闇の奥から無数の人によるものと思われる咆哮が響く。

 小部族連合へ存在する部族が多く用いる、戦いの前に行う儀式のようなものだ。



「やることはいつもと同じ、初撃で可能な限り敵の数を減らす。人数が圧倒的に違うんだ、気にせず一掃してやれ」



 塹壕の中で身構える兵たちへと、軽くそう言い放つ。

 するとすぐさま、ガチャリと金属を打ち鳴らす音が多く響く。いつでも銃を撃てるよう、弾を込め発射の体勢を整えているようだ。


 たった30ほどで100を超える敵を相手とするのだ、一人頭で4人以上を倒さねばならぬ以上、まずは第一射でどれだけ数を減らせるかが勝負の分かれ目。

 遠距離の攻撃手段が弓しか持たぬ敵と比較すれば、使う武器の差は酷く不公平だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。

 僕等はなによりも、新たに迎え入れるミルンズの地と住民を護らねばならないのだから。



「まだだ、もう少し引き寄せろ」



 自身も手にした銃を構え、塹壕の中でジッと暗闇へと視線をこらす。

 敵の戦闘に立ち駆ける戦士の姿はぼんやりと見え始めるが、まだ一撃で仕留めるには遠い距離。

 気の急き始めた兵たちを抑え、十分近づくのを待つ。

 そして先頭を駆ける敵の数人が、掘っておいた穴に足を取られるのを確認したところで、僕は引き金に力を込めながら叫んだ。



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