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偵察走 03


 僕等二人は断崖の岩場に隠れ、徐々に接近する共和国の斥候の行動を窺っていた。


 頭の中ではエイダが定期的に、対象との距離を報告してくる。

 向こうは僕等と同じく二人組の斥候だが、こちらとは逆に一切急ぐ様子がなく歩く速度はゆっくりとしたものだ。

 急ぐ道行であるというのに、ただ接近してくるのを待つと言うのはじれったいものがある。


 岩陰から目を覗かせると、進んでくる斥候の姿を捉える。

 軽装の鎧を纏い、腰には短剣。その姿恰好からして明らかに兵士。

 ここに来て今更近隣に住まう猟師だと言われても、流石に信じることはできないだろう。



「どうやら共和国の斥候みたいだね」


「なら本隊も近いのか?」


「おそらく、間違いないと思う」



 最初から共和国軍の接近を知ってはいるのだが、一応今知ったという体でレオに伝える。


 さてどうしたものか。

 このままただやり過ごし、戦闘を避けるという手もあるかもしれない。

 その場合は偵察から戻る時にも、再びあいつらをやり過ごさねばならなくなる。

 二度もこんな事を繰り返すのは、どうにも時間がもったいなかった。


 それに連中を行かせてしまえば、万が一デナム近辺を監視しているマーカスと遭遇してしまった時、戦闘となってしまう可恐れがある。

 斥候たちがどの程度の実力かはわからないが、マーカス一人では対処しきれない可能性は否定できなかった。


 ならば……。



「レオ、始末してしまおう」


「……いいのか?」


「このまま斥候が進んでいけばマーカスが危険だ。それにウォルトンとデナムが睨み合ってるのを報告されれば、進軍の速度を速めてしまうかもしれない」



 少々過激かとは思うが、これは必要な事であると思える。

 それに同盟と共和国は永年小競り合いが続いており、僕等が手を下したのを切欠に関係が悪化するといった状況でもない。

 ならば仲間を守るという点からも、ここでその芽は摘んでおくべきだ。



「わかった。このまま待ち伏せるか?」


「ああ、連中は幸いにもまでこっちに気付いていない。時間はもったいないけれど、もう少しだけ引きつけて不意を突こう」



 別にこのまま出て行って戦っても、問題なく勝てるのは間違いない。

 逃げても易々と追いつけるし、近くには他に斥候らしき姿も見当たらない。

 ただもしも何がしかの、本隊へと異常を知らせる手段などを持たれていれば厄介だ。


 エイダによる衛星からの監視も万能ではない。

 この周辺には他に居ないようだが、探知の範囲外に在る山の木々などに隠れていてはどうしようもないのだ。

 相手に行動を許さぬ距離まで近寄らせ、一気に制圧する。これが一番無難であるはずだった。




 そこから僕等は息を潜め、斥候が近づいてくるのを待ち続けた。

 上空から得られる映像を頼りに見れば、近づく二人は時々周囲を見回しながらゆっくりと移動する。

 互いに距離を置いて僕等の隠れている岩を回り込むように移動されると面倒だったが、そういうこともなく隣り合って進んでいた。

 時折談笑している様子からも、あまり警戒感を強めているとは言い難い様子が窺える。



「他の連中はそろそろ飯時だろ? だってのに俺らは飯抜きで使いっ走り、堪ったもんじゃねぇな」


「まったくだ。こんな役割、下層の連中に任せておけばいいってのに」



 兵士たちは何やら不満気な様子を纏い、会話をしつつ自身の気配を隠そうともせず迫る。


 そのいかにも素人然とした様に呆れつつも、僕は音の鳴らぬようゆっくりと腰の中剣を引き抜く。

 同様にレオも自身の持つ大剣の柄を握り、その視線をこちらに向ける。

 僕はそれに対して浅く頷くと、剣を持たぬ左の指を三本立て、一つずつ折ってカウントをしていった。



 全ての指が掌に収められ握り拳を作ると同時に、僕とレオは岩の両側から飛出し、一直線に共和国の兵士へと駆ける。


 斥候たちは互いに顔を見合わせて会話をしている最中で、剥き出しの刃を手にした僕等に気付くのが僅かに遅れた。

 飛び出してから半分ほどの距離を詰めたところで、斥候はようやく前を向き僕等の存在を認識する。

 そこから驚愕の表情を浮かべ、手にした短剣を振り回そうとしたがもう遅い。



「なんだお前た――グアァっ!」



 距離を詰め、手にした剣を左から右へ、僅かな溜めをもって薙ぎその胸を抉る。

 断末魔の悲鳴と、一瞬の後に吹き上がる飛沫。

 仰け反るように倒れる斥候の首元へと、止めとばかりに追い打ちをかけ剣先を突き刺す。

 少々一刀目は浅かったように思えたが、これで確実に仕留められたはずだ。


 首を振ってレオの方を見てみれば、僕よりも若干遅れて大剣で斬りかかるところだった。

 振り下ろした大剣は防御する斥候の短剣を易々とへし折り、その肩口へともぐり込む。

 ズバリというよりは、グシャリと表すのが正しいと思えるような嫌な音を撒き散らし、斥候は身体を足元の岩へと叩きつけられた。



 僕が倒した相手はともかくとして、向こうは間違いなく即死だろう。

 確認作業の必要すらなく、岩に打ち付けられた衝撃で肢体は折れ曲がり、滔々と血を溢れさせるばかりでピクリとも動きはしない。



「こっちは片付いた」


「ああ、お疲れさま。とりあえず死体は岩の影にでも隠しておこう。血は……、ちょっとどうしようもないけれど」



 僕は倒れた斥候の襟を掴み、引きずって斜面にある窪みへと移動する。


 同様に引きずって移動するレオが倒した斥候をもう一度見てみると、たったの一撃であるというのに身体はズタボロ。

 大型の武器である大剣によるせいもあるが、それにしたところで無残な姿だ。

 斬られたというよりは、圧殺されたようにも見える。



『相変わらず化け物じみた怪力だな……』


<本当に、人間ワザとは思えませんね。遺伝的にもそう異なりはしないというのに>



 僕が心の内で呟くと、エイダは即座に同意を返す。


 ふとレオの顔へと視線を移す。

 今は収まっているが、さっきは僅かに瞳の色が変わっていたようにも見えた。


 こちらの原因は未だ判明していない。

 最初の頃は僕の心理状態が起こした幻覚かとも思ったものだが、確認してみるとケイリーやマーカスも同じものを見たことがあった。

 エイダの分析では身体的には常人とほとんど変わりはないというのに、いったい彼の身に何が起きているというのだろうか。



 そんな事を考えながら死体を運び岩の隙間へと落とそうとした時、男の手から木製の小さな物体が転げ落ちてきた。



「……やっぱり持ってたか」



 拾い上げてみるとそれは細長い筒状の物体。

 細かく加工されており、一目見た限りでそれが笛の類であると知れた。

 万が一の時には、これを鳴らして遠くに居る仲間へと異常を知らせるようだ。


 どんな音が鳴るのか気にはなるが、ここで試しに鳴らす訳にもいくまい。

 僕はそれを足元へと転がすと、ブーツの踵で踏んで破壊した。




 さて、斥候が姿を見せた事実によって、共和国が迫ってきているという事態を知らせるだけの材料は整った。

 おそらくデクスター隊長も、これ以上を僕等に求めて指示などしていないだろうし、このまま報告に戻っても十分成果を上げたと評価してもらえそうだ。


 ただ斥候を片付けた事により、共和国側もいずれ戻ってこぬのを不審に思うはず。

 そこで進軍の脚が緩むかもしれないが、逆に早めてくる恐れが無いとは言えない。

 出来る事ならば、確実を期すためにも何か足止めとなる工作をしておきたいところ。



「レオ、先に戻ってマーカスと合流後に帰還してくれないか」


「それはいいが、アルはどうするんだ」


「僕はもう少し先へ進んで、共和国軍の兵数なんかを確認してくる。でもまずは共和国が進軍してきてる事実だけは、隊長に伝えておきたい」


「了解。無理はするな」


「それはこっちの台詞だよ。勝手にデナムへ突っ込んだりしないでくれよ?」



 軽くからかうような口調でレオへと注意を促しておく。

 本音で言えば、彼を少々一人で行動させるのは不安な面があった。

 決して信用していない訳ではないが、どうにもケイリーとは別の意味で猪突猛進なところがあるせいだ。



「大丈夫だよ、決して無理はしないから。数だけ確認して、そこからすぐ戻ってくる」



 それだけ告げると、一応は僕の言葉に納得してくれたようだ。

 レオは小さく頷くと、大剣に付着した血を斥候の男が着る服で拭い、岩の境へと放り込んでもと来た道を引き返して行った。


 アッサリと引き下がって帰って行ったものだが、僕に対する無関心ではなく、信頼の結果であると信じたいところだ。





「さてと……。エイダ、どうやったら上手く行軍を遅れさせられるかな」


<私は軍事用に開発されたAIではありません。戦術、戦略面の助言はしかねますが>


「それもそうか。どうしたものかな……」



 実のところ何とかしようとまでは思ったものの、その手段までは考えていなかった。

 レオを戻したことによって、密かにバックパックへと忍ばせている二つの武器に関して、使うのに躊躇いはなくなったと言っていい。

 それを用いれば、状況次第だろうけれど数十以上の兵を同時に相手にしてもなんとかなるはず。



「でもなぁ……、流石に千人近くともなるとな」


<体力が尽きて袋叩きにされるのがオチでしょうね>



 作戦に関しては口出しをする気のないエイダも、ことこういった面に関しては警告をするようだ。

 いくら装置の力を借りて身体能力を強化しているといっても、やはりそこは人の身。

 いずれ限界を迎えて動けなくなるのが目に見えていた。



 僕は比較的移動の楽そうなルートを選び、小走りで先へと進みながら考える。

 あまりにも大きな打撃を与えては、次回の侵攻でより多くの戦力を引き連れて来かねない。

 かといって軽微な損耗では、進軍の速度を緩めるだけの効果は得られないはず。

 特別大きな被害を与えず、尚且つ進撃を躊躇わせる手段……。



「補給部隊を狙うか」



 やはりこの辺りが無難な所だろうか。

 僕も度々そういった役目を担ってきただけに、そういったものの重要性は理解しているつもりだった。

 国境のほぼ真上に在る共和国最前線の砦からデナムまでは、距離にして八〇km近く。

 それだけの長い距離を、千人近くが狭い渓谷内でゆっくりとした速度で移動しているのだ。

 持って移動できる食料にも限りがあるだろうから、追って後方には補給の部隊が居ると考えていいはず。



「一応衛星で確認してくれるか?」


<了解しました。――確かに、大量の荷を積んだ一団が、本隊の後方七kmの地点に確認できました>


「よし、決まりだ。そっちを狙うとしよう」



 行動は決まった。

 おそらく共和国の補給部隊も、この狭い渓谷の中で本隊の後方に位置する自分たちが襲われるとは考えていないはずだ。

 それもたった一人の相手によってなど。

 一瞬我ながら名案であるようにも思えてしまい、ほくそ笑みそうになるが、油断大敵とばかりに首を振る。



「気を引き締めていこう。確かこんな言葉もあるもんな、『慢心は最大の猫を殺す』って」



 僕がヨシと気合を入れていると、エイダは僅かに呆れたような調子を作り、僕へと訂正の言葉を吐いた。



<アルフレート、それは正しくありません。『慢心は人間最大の敵』です。『好奇心は猫を殺す』と混ざったのでは?>



 エイダによる茶々とも教育とも取れる言葉に、僕は歩を速めながらも僅かに頬を染めるしかなかった。



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