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妄執の水辺 02


 何度も何度も頭を下げ、統治者の老人がようやく天幕から出た後。

 外で作られていた料理の数々を、ミルンズの住民たちへと振る舞っていたルシオラは、それが一段落したところで戻って来た。

 そこで老人とした会話の内容を伝えたところ、彼女は眉を顰め開口一番問う。



「本当によろしいのですか?」


「……言いたいことはわかるよ。ミルンズを町ごと受け入れる利が、僕等にはほとんどないってことだろ」


「はい。多少はこちらも利益を享受するでしょうが、掛かる費用を考えれば割に合いません」



 迷うことなく、瞬時に浮かんだであろう見解を口にするルシオラ。

 彼女の言うことは間違っていない。単純に金銭へ換算した場合、ミルンズを傘下に治めるというのはむしろマイナス面が多い。



「ラトリッジは水産資源に恵まれません。ミルンズで夏季に獲れるそれは、高い需要が発生するでしょう。保存用に加工する塩は、こちらが手配すれば済みますし」


「そこまでわかっていて反対するんだ?」


「当然です。ラトリッジで賄うだけの量を捌ける加工場の設置に、運送に掛かる費用。それらを上乗せすれば相当な額になります。輸送を終え市場に並ぶ頃には、一般の住民たちが手の届く品ではなくなるかと」



 記された文章を読み上げるように、ルシオラは淡々と理由を口にしていく。

 彼女が言うように遠く離れたミルンズからラトリッジまで運ぶには輸送のコストがかかるし、いくら保存が利くよう加工しても、ある程度の劣化があるのは否めない。

 ならばより生産量が多く、街道も整備された大陸西岸の漁港から取り寄せた方が、よほど早く届くうえに安く、通年十分な量が確保できるというもの。

 ミルンズからの仕入れでは、結果的に赤字となってしまいかねなかった。



「確かにこの提案を受け入れれば、ミルンズの住民たちは生活を安定させられるとは思います。これまで叶わなかった、余剰魚類を現金化できるのですから」


「おまけにラトリッジで余剰な作物も消費できる。互いに悪い話じゃないよ」


「だとしても、費用に見合いません。……アルフレート様のことです、その程度は織り込み済みでしょうし、善意から了解したとは思えませんが」



 なかなかに勘の働く娘だ。そう感じた僕は、内心で小さく笑む。

 これら商業的な理由は、ミルンズの統治を引き受けようとした理由の内、極一部でしかない。

 勿論貧しいミルンズ住民を放っておくのがしのびなかったというのはあるが、それとて自分自身の立場を考えれば、断腸の思いで無視しなくてはならない場合がある。

 それでもあえて統治者の老人がする要請を受け入れようというのは、ぶっちゃけ軍事的な事情が多分に含まれていた。



「ミルンズは同盟領の北東、そのほぼ端に位置するのは知っているだろう?」


「はい。北方の小部族連合と、東のワディンガム共和国の国境が交わる地域です」



 事前にこの地へ来る前に確認したのか、それとも元々頭に刻まれた知識であるのか。

 あえて声を潜め確認するように問いかける内容へと、ルシオラは言い澱むことなく肯定をした。



「ここミルンズも本来であれば、三国が国境を接する防衛の要所となる土地。それでもこれまでこの地には、防衛のために拠点を構えようという話しすらなかった。どうしてだと思う」


「ここが戦場には成りえないからです。短い夏を除き長く雪に閉ざされ、行軍もままなりません。共和国側には険しいモーズレイ山脈があるため、おいそれと越境は叶いませんし、小部族連合が欲しているのは穀倉地、ミルンズは完全にその対象外です」



 スラスラと答えていくルシオラに、僕は満足しつつもやはり惜しいという感情が芽生える。

 別に執事としての能力に不満はないのだが、やはりこういった人物は軍に欲しいと思えてならない。

 執事としても優秀な女性であるため、それはそれで手放すのが惜しいのだが。


 ともあれ彼女の言うように、ミルンズの東に在るモーズレイ山脈は大陸の最高峰。

 自然の要塞であるそこの唯一となる通り道は、ラトリッジの東に位置する渓谷くらいのもの。なのでこの近隣は共和国の侵攻ルートから外れる。

 一方の小部族連合は、北方の民であるため豊かな穀倉地帯を欲しているのだが、あいつらはどういう訳か、足掛かりとなる土地を確保しようとはせず、直接欲した場所を攻めてくる。

 なので必然的にこの地は忘れ去られ、三国に囲まれつつも非常に目立たぬ存在となっていた。



「……ですがこれがどう話しに繋がるのでしょうか?」


「いや、ただ単にね、共和国が今も山を掘って侵攻ルートを構築しようとしているらしいんだ。直近の話ではないけれど、十数年後には繋がるみたいだよ」


「な……っ!」



 卓の上へ置かれた茶を口にしつつ、ノンビリと告げる言葉に、ルシオラはすました表情を強張らせ絶句する。

 珍しいものが見れたものだと僕は密かに喜ぶのだが、彼女にしてみればただ事ではない。

 これまで一本しか存在しなかった侵攻ルートが増え、対共和国の防衛地点が二つとなる。それは単純に戦力を二分して守るという以上のものであると理解したが故に。


 以前に衛星からの映像で、山脈の反対側にごく小さな集落が形成されたのは確認していた。

 その後マーカスに情報の収集を行ってもらい、それが新たな侵攻ルート確保のため、トンネルを掘るためのものというのが判明したのだ。

 おおかた共和国内の侵略に強硬な派閥が、勝手に始めた事だろうけれど。



「かなり先の話だけど、開通後すぐ仕掛けてくるだろうね。雪が解けた夏、ミルンズは共和国に占領される破目となってしまう」


「それで提案を受け入れると……」


「今の内に監視拠点を構築しておこうと思ってさ。こういう面では傭兵団であった頃の方が手間が無かったな、国としてだと他地域への拠点確保の障害も多くなる」



 僕はそう言って手にした茶を置き、深く息を衝く。

 傭兵団であったころも何かと手間が必要であった拠点確保だが、国家となった現在においては、苦労もその比ではない。

 他所の土地へ小さな家一件建てるだけで、下手をすれば侵略と見なされないため、相手側との入念な擦り合わせが必要となる。

 そういう意味では今回の申し出、渡りに船と言っても過言ではなかった。



「一応他言無用だよ。下手に混乱をきたしても困る」


「承知いたしました。極力思い出さぬように努めます」



 自身の関わる範疇を大きく超えていると判断したか、ルシオラもこれ以上は何も言うつもりがないようだ。

 うっかり漏らしてしまわないようにか、自身の記憶から聞いた話を締めだそうとする様子すらうかがえた。



「あとは都市王国ラトリッジに対して、好印象を持つ人を増やしたかったってところかな。都市の住民以外でね」


「その点に関しては同意いたします。……それにしても、いったいどこからそのような情報を。アルフレート様が独自の情報網を持っているというのは、ゼイラム様からそれとなく聞いてはいますが」



 これ以上ミルンズとの件に突っ込むつもりがなくとも、情報の出所の方は気になったらしい。

 この辺りは執事としての職務以上に、若さから来る好奇心が勝る面があるようだ。

 詳しく聞いたことはないが、年齢的には僕よりほんの少し下くらいであろうし。



「流石にそこまでは言えないかな。もし君が軍に入るなら、案外口を滑らすこともあるかもしれないけど」


「ではこれ以上の詮索は自重させていただきます。自分は執事という立場が気に入っておりますので」



 それとなく軍への勧誘を勧めてみるも、アッサリと断られてしまう。

 先ほどの察しの良さに加え、個人としての戦闘技量も高いだけに、喉から手が出る程欲しいのだが。

 まあいい、もし気が変われば向こうから言ってくるだろう。



「さて、ずっとここに座っているのも退屈だし、ちょっと僕は外を歩いてくるよ」


「承知いたしました。護衛は……、不要ですね」


「そうしてくれると助かる。なに、少し湖の周りを歩いてくるだけだからさ」



 会話に一区切りついたところで、僕は立ち上がって大きく伸びをする。

 統治者の老人と話す前に居眠りをした辺りから、この固い椅子へずっと座りっぱなしだ。

 いい加減凝り固まった身体を解したいと考え、立ち上がってルシオラへ散歩してくると告げた。


 彼女も今この時点では、ミルンズに危険はないと判断したようで、早々に首を縦へ振り了解してくれる。

 そんな彼女にここの片づけを任せると、分厚い天幕の布を押し開け外へと歩き出た。




 外では広場の至る所で人が座り、木製の深皿を手に談笑を交わしている。

 今の時期は湖での漁が最盛期であるはずなのだが、豪勢な料理が振る舞われるとあってか、老若男女問わず大勢が集っていた。

 数にして五百かそこらではあるが、おそらく都市住民のほとんどが集まっているであろうその広場を通り抜け、車輪の跡によってつくられた道をノンビリと歩く。

 しばらく道なりに進んでいくと、突如として町並みが途絶え、視界一杯へ広がる巨大な湖が姿を現した。



「こいつは凄い。上から見る以上だ」


<面積は約420平方kmで、貯水量はおおよそ15万立方m。水深が定かでないので、推定ではありますが>


「それだけあれば、相当量の魚が獲れるだろうな。にしても、冬はこいつが丸々凍るのか……」


<流石に凍結するのは湖の表面だけと思いますが。だとしても到底漁は行えませんし、さぞ悔しいことでしょう>



 目の前に広がる巨大な湖の威容に、僕は息を呑む。

 衛星からはその広大な姿が確認できたが、実際に肉眼で見るとまた印象が異なるものだ。

 湖畔の至る所には木製の船着き場が整備され、数多くの小舟が浮かんでいる。

 夏の間はあれらが一斉に湖へと漕ぎ出し、網を投げ魚を捕まえるのだろう。


 エイダの言うように、凍結した時期ばかりは漁が行えないというのは、なかなかにもどかしいモノがあるというのは想像に難くない。

 古い記録映像で、氷の表面に穴をあけ釣り糸を垂らす光景を見た記憶があるが、大抵かかるのは極々小さな魚ばかりであった。



「でも今晩の食事は期待していいかもしれない。久しく魚も食べていないし」


<海辺の町を除いて、魚は高価ですから。まさか今の内に食い溜めをするつもりですか?>


「当然。王様になっても食事はほとんど変えてないからね、たまには腹いっぱいの贅沢を――」



 これだけ広大な湖、いったいどんな魚が獲れるのだろうかと、今夜の食事への期待を膨らませる。

 体形も気になるため普段は節制に努めているだけに、こういった機会くらいは贅沢が許されてもいいはずだ。

 そのうち老人に話した内容も広まるだろうし、持って来た酒を町の人たちに振る舞うのもいいかもしれない。


 などと考え、密かに今夜行われるであろう酒宴への期待に浮足立つ。

 しかし僕はふと、視界の端へ湖畔に立つ人影が映るのに気付いた。

 見れば他の人たちが広場に集まっているというのに、その人だけは一人ジッと湖を眺めており、まるで微動だにしない。

 もしや身投げかと思うも、様子を窺う内に女性と思われる人はしゃがみ、手にしていた花束を湖へソッと浮かべた。



<気になりますか?>


「ああ……。ここでは花も貴重なはずだからね」



 エイダの若干揶揄が込められていそうな声に、僕は反論をすることもなく肯定する。

 いくら夏場であるとはいえ、この寒冷な土地で花というのはあまり豊富に摘める物ではない。

 どれだけの需要があるかは知らないが、下手をすればちょっとした額になるそれを、迷うことなく湖へ返すあたり、なにか色々とありそうではあった。


 本来なら干渉せず、放っておいてあげるのが無難なのだろう。

 それでもどこか気になってしまった僕は、湖のほとりで立つ女性へ向け近寄り、意を決して声をかけた。



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