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網 04


 先日までの長々と降り続いていた雨が一変し、この日は早朝から快晴。

 その晴れた昼下がりのひと時、屋敷に在る執務室で、僕はゼイラム元騎士隊長から事後の報告を受けていた。



「以上が、実行犯37名全員の罪状です。処罰の内容は如何いたしましょう」


「これ……、僕が全員分の裁きを下すんですか?」


「勿論でございます。まだ専門の機関による裁判が稼働できていない以上、当面は陛下に下していただかなくては。執行そのものはこちらで行いますが」



 神殿の信徒らによる、ラトリッジへの放火騒動及び暴動から二日。僕はそれを実行した連中の刑罰について頭を悩ませていた。

 だがゼイラム元騎士隊長は、歳の割には伸びた背を逸らせ、当然のことを言うなとばかりに断言する。


 この西方都市国家同盟領においても、当然ながら一定の罪に対する刑罰の指定は存在する。

 基本的には大まかな法に則って、それぞれの都市や町村で顔役などが裁きを申し渡すのだが、実際にはその時々の心情やら人々の声で結果が変わってしまうのだ。。

 故に僕は国の法を新たに整備すると同時に、地球で行われているような裁判の仕組みを簡略化したものを導入しようとしているのだが、これがなかなかに難航していた。


 まず発布されたばかりの法だけに、当然の如く把握している者が存在しない。

 裁判を行う場も必要であるし、その場が公正なものであると人々に周知してもらうことも必要。

 そしてこれが一番ネックとなっているのだが、袖の下を受け取らぬ裁判官の確保。

 清廉潔白が美徳とされるどころか、ある意味では愚か者の称号とすらされかねない、非常に荒んだこの世だ。

 やはり意識の面を含め一から育成する他ないのかと、肩を落とすばかりだ。



「ゼイラムさん……」


「なんですかな?」



 誰かに押し付けてしまいたいと、善からぬ考えが頭をよぎるも、彼は到底許してはくれまい。

 この日はヴィオレッタが先日の後始末に奔走し、執事のルシオラも所用で屋敷を離れているため、代わりに彼が手伝いをしてくれていた。

 そのゼイラム元騎士隊長へと視線を合わせた僕は、小さく彼の名を呼んだ。

 彼が手にした紙束へ落としていた視線を上げたところで、僕は用件を切り出す。



「別にこの件には関わらなくても結構ですよ。いくら袂を別ったとはいえ、連中は貴方の部下でした」


「……お気遣いは無用です陛下。手続きを進めるのに、支障はありません」



 神殿関係者の処罰に関する作業、ここだけは手を引いてくれても構わないと告げる。

 しかし彼は一瞬の逡巡を経るも、首をゆっくり横へと振って否定した。

 元騎士隊の隊長であったゼイラムは、今回捕らえた元騎士たちの上に永く立っていた存在。

 当然そこにはある程度の想い入れもあるだろうし、手を下すというのは酷ではないかと考えた。なにせ既に老齢となりつつある身だ、あまり無理をさせるのも気が引ける。



「本当にいいんですか?」


「はい。それにいかな境遇に落ちようと、連中とて元は都市と人々を護る騎士であった身、しでかした罪の重さは理解しておりましょう。ならばワシもまた、自身の役割を果たすのみ」



 どうやらその決意は固いようで、ゼイラムの見開かれた目は真っ直ぐに僕を捉え、むしろ自身に責を負わせろと言わんばかり。

 こうも断じられれば、これ以上気を遣うのも野暮というものだろうか。

 僕は座る椅子の背もたれに体重を預けると、軽く苦笑し小さく頷いた。



「ご理解いただき感謝します。では罪状に照らし合わせ、一人ずつ刑罰を決めていきましょうか」



 ゼイラムはすぐさま表情を崩し、手にした紙束の中から一枚を差し出す。

 そこには今回拘束した一人の名前と、犯した罪の内容が記されており、これをもとに刑罰を指定していかなくてはならないようであった。

 ただ三十数名に及ぶ人数の全てを行うには時間がかかるのが目に見えており、僕はゼイラムの持つ紙束の厚さにげんなりとする。


 とはいえこの内大部分が、都市からの永久追放であったり、あるいは処刑とするのが既定路線。

 前者は都市内を混乱させるため暴れていた者で、後者は市街に火を放った者たちが該当する。

 禁固刑などは閉じ込めておく設備の問題もあるが、生かしておくにも費用がかかるため、今は採用する予定が無かった。

 この辺りは追々、国の治世が安定して以降の話になるのだろう。



「結局こいつらは、僕等への恨みだけで行動していたってことか」


「そのようです。神殿に利用されているだけと知りながら、復讐心ありきで形だけの信者となったようで」


「貴方のように害意なく国作りへの協力をしてくれるなら、一般の住民として普通に迎え入れたんですがね。……13番、こいつは処刑で」


「了解いたしました。とはいえ難しいでしょうな、永年持ち続けた自尊心がどうしても邪魔をする」



 ゼイラムとて、なにも好んでかつての部下たちを処罰したいわけではなかろう。

 だが彼は嘆息混じりとなり、確定した刑の内容を確認しながらも、元騎士たちが大人しく都市の一員となっていたかもしれない未来を否定した。


 結局捕まえた元騎士たちであるが、案の定連中が神殿の指示に従っていたのは、信仰心が芽生えたためではなかった。

 あくまでも自分たち騎士を追放した僕等を妬み、復讐を果たすため利用されるだけとしりながら、神殿の一員となっていたのだ。

 互いの利害が一致した結果の協力であったようだが、だからこそ余計に罪は重い。騙され利用されていたのではないのだから。




「最後はこいつか」



 そうして次々と刑罰の決定をしていく中、最後に出された一枚の紙を凝視する。

 ここまでは犯した罪の内容に照らし機械的に決めてきたが、若干一名、与える刑罰を慎重に考えねばならぬ相手が。



「トイアドか。……どうしたもんだかな」


「ヤツが忍ばせていた武器からは、毒物が確認されました。明確に陛下を殺害する意思があるので、ここは衆人環視の下による処刑が無難かと」


「別にそこはいいんだけど、処刑した後が問題になるんだよな……」



 人の命がそこまでの重さではないこの惑星では、重罪人が公開で処刑されるというのが珍しくはない。

 この都市でも極稀に行われているし、他の都市でも何度かそういった場面に出くわしてきた。

 トイアドは一国の王を殺害しようとしたのだ、当然その罪は他の比ではなく、刑罰を定めるのが僕自身でなくても同じ宣告を下すだろう。

 なので処刑が無難であると言うゼイラムの言い分はわかるのだが、ヤツの立場が立場であるだけに、二の足を踏むのは否定できない。



「問題は神殿だ。ヤツを処刑してしまえば、それが向こうの国へ伝わるのは避けられない」



 手にしたトイアドの罪状を記された紙を置き、僕は卓へと頬杖をついて眉を顰める。

 神殿の総本山が存在するシャノン聖堂国。彼の地を統べる国主こそが神殿の教皇であり、その信徒であるトイアドを処刑するというのは、あの国へ喧嘩を売るのと同義。

 なにせヤツは名目上、信仰を広めるという名目でここに居るのだ。いかな罪を犯したとはいえ、向こうが好意的に解釈してくれるかは疑わしい。


 それに処刑されたという知らせは、すぐシャノン聖堂国へと伝わってしまうだろう。

 ラトリッジに居る神殿信者の全てを拘束してはいないし、他の都市にも信者は一定数が存在する。

 連中は本国と連絡を取る手段を何がしか保有しているであろうし、完全にそれを阻止するというのも難しい。



「こうなれば関係悪化は避けられないかと、元々国交などは存在いたしませんが」


「あの国を恐れて処罰を見送れば、それもまた大きな問題になるか……」


「まずは国内の統制が先です。毅然とした態度でもって、罪人を罰するのが最善と愚考いたします」



 国交のない他国との関係を気にしすぎ、首謀者の罪を不問とする方がより問題か。

 まだ建国から間もなく、王政という在り様に都市住民たちもまだ慣れてはいない。

 ここで弱腰と陰口を叩かれる選択をすれば、出だしから躓く事態になりかねないのはゼイラムの言う通りだった。



「わかりました、近日中に刑を執行します。場所はすぐ前にある広場を」



 グッと意を決し、ペンを奔らせ紙に承認を示すサインを記していく。

 彼の国との間には高い山脈が聳え、そこを通るにはかなり特殊なルートを通る必要がある。

 大軍を動かすにはあまりに不向きなため、すぐさま戦闘に至るということもなく、国境へ防備を置かずに済む理由となっていた。

 だからといって勿論安穏とはしていられないが、一応対抗するだけの手段も持ち合わせているため、早々に攻め込まれるということはないはずだ。



「お屋敷のすぐ前で執行されるおつもりで? 玄関先が血生臭くなりますぞ」


「今更なにを。目の届かない場所だけを血で汚しても意味はありませんよ。それに貴方の身体にだって、僕が付けた傷の跡が残っているでしょうに」


「言われてみればそうでしたな。ではそのように進めさせていただきます」



 ここはあえて、屋敷のすぐ目の前で刑を執行する。

 単純に一番広い広場がそこであるというのもあるが、断固たる姿勢を崩さぬという意志をしめすために。

 やり過ぎると恐れられるが、都市に火を点けて周ろうとした重罪人のリーダーだった男だ、住民たちも別段反対はすまい。


 全ての書類にサインをし終えると、ゼイラムは紙束の端を整え一礼し、そのまま執務室の外へと去っていく。

 今から連中を拘束している場所に行き、刑の執行確定を告知するのだろう。



 彼が去って一人となった部屋の中、若干の手持無沙汰感を感じた僕は、ふと思い立って窓際へと移動する。

 目の前には先ほどゼイラムへ指示した、処刑の場となる広場が見えた。

 数日もすればここを大勢の人々が埋め尽くし、トイアドの処刑が行われることとなる。


 今回もまた向こうから仕掛けてきたものだが、これが国を安定させるために行う二度目の粛清。

 一度目は秘密裏に行ったが、今回は衆人環視のもとだ。

 絞首刑か斬首かはこれから指示するが、加減を間違う訳にはいかない。ともすれば暴君と言われかねないのだから。



「……ん?」



 どこか陰鬱とした気分で、ようやく覗いた晴れ間の空を眺める。

 だがふと視界の隅、広場から放射線状に延びる道の一本がある箇所へと、一人の人物が立っているのに気付く。

 それは先日こちらを窺っていた神殿の信者と同じようであり、明確に僕へと視線を向けているようにも見えた。



<少し前から居るようです。処罰を免れた信者でしょうか>


「かもしれない。……いったい何をやらかすつもりやら」



 その男はどうやら、僕がゼイラムと話しをしている最中から立っており、ずっとあそこから一歩も動いていないようだ。

 格好そのものは、いたって普通の都市住民のようであるのだが、そんな奇行に出るのは特別な人間くらいのもの。

 広場でたむろし座っていただけの信者数十人に関しては、これといった行為に及んでいないため処罰の対象外となっている。

 なのでその中に居た一部連中がトイアドの指示を遵守し、ヤツが捕まった後も嫌がらせよろしく続けているだけかもしれない。


 だが広場の向こう、遠く小さく見えるそいつをジッと見るなり、僕は背筋を寒気に襲われる。

 小さくハッキリとは見えぬはずなそいつの表情が、ニタリと歪んだように見えたからだ。

 おそらく……、いやきっと気のせいではない。本当にそのような、気味の悪い笑みを浮かべている。



「……もっと、警戒を続けた方がいいのかもしれない」


<と言いますと?>



 警戒に歯を軋むほど食いしばり、僕はエイダへ口を開く。

 その時にはいつの間にか道の隅へ立っていた人物の姿は掻き消え、いつもと変わらぬ長閑な広場の光景が広がっていた。


 だが今見えたあれ、まず神殿の人間で間違いないのだろう。

 しかし末端の信者や、トイアドのように地方を統括する司祭などではない。もっと中枢に近い意志だ。

 ヤツは僕が気付くのを待ち、あの場に立ち続けていたように思えてならない。警告のために。



「神殿は敵に回った。遠くない将来、やり合う日が来るかもしれない」



 男が視界から去った後も、まだ背には寒気にも似た感覚が残る。

 しかしそんなものを抑え込みながら、僕はエイダに対してかそれとも自分に対してか、それすら定かでない言葉を口走った。



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