表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
326/422

網 03


「先ほどした指示、あれは都市内で起きた異常事態に対し、どう行動するかの命令を出す手段なんだよ。ホラ、聞こえるだろう?」



 つい先ほどまでとはうって変わり、こちらへの敵意を剥き出しとし始めるトイアド。

 そんなヤツの態度を無視した僕は、そう言って窓際へ移動し、応接間の窓を大きく開け放つ。

 すると外からは鐘の高い音が入り込み、不規則に鳴るそれは都市中を巡るように広がっていく。


 報告のため飛び込んできた警備の兵へ出した指示は、この屋敷の屋上へと設置された鐘を使い、都市内に居る多くの人間へ命令を送るため。

 現在都市内には元傭兵団の団員であり、今の都市王国ラトリッジ正規軍兵士たちが集まる詰所が、複数個所に点在している。

 そこへの非常時の連絡手段となるのが、この鳴り響いている鐘。

 鐘から発される音のタイミングによって、非常事態の内容や対処の手段が異なるため、各詰所には信号に対応する表が置かれており、それと照らし合わせて行動を起こすのだ。

 警備兵の青年へ間違いなくと指示したのはこのため。


 出した内容は、都市無い複数個所での火災発生の知らせと、それが人為的に行われていることに伴い、検問を実施せよというもの。

 また検問の範囲指定もあの音の中に含まれているため、内容を照らし合わせて早々に行動へ移っているはず。


 詳細だけは伏せながらも、そういった内容をトイアドへ教えてやる。

 するとヤツはまだ僅かにこれがハッタリである可能性が残ると考えたか、虚勢らしき引き攣った笑いを浮かべた。



「……どうやってその範囲を探るつもりです。今しがたされた報告では、とてもわかりようがない」



 ヤツの言わんとすることはわかる。

 飛び込んできた兵が口にした内容だけでは、都市のどこへ火災が起き、どの程度の規模であるのかまでは含まれていないのだから。

 指示をするにも本来であれば、消火活動を急ぐよう告げるのが関の山。

 それにエイダからは知らされているが、都市内での暴動めいた動きなども、まだ手元には届いていない。

 なので僕がした言動が、主導権を引き寄せる為のブラフであるとトイアドが受け取るのも仕方がなかった。

 ただそう思わせておくのも癪であり、すぐさまトイアドへと真っ直ぐに向き口を開く。



「都市内で発生した火災は六件。内一件は既に鎮火したが、それ以外にもちょっとした騒動が五か所で起こっているな。都市内で万遍なく」


「それは……!」


「行動しているのは元騎士の連中だろう? なんだかんだで土地勘だけはある、逃げるのは容易と踏んだってところか」



 起きている状況をスラスラと挙げていくと、トイアドはスッと表情を強張らせ口をつむぐ。

 おそらく完全に一致とまではいかないものの、ヤツが都市内で起こそうとした騒動の数と、大体合っている数を言われ驚いたのだろう。

 今のヤツから見れば、僕はさぞ超常の力を行使しているように見えているだろうし、宗教者としてはあまり看過できる事態ではあるまい。

 実際には衛星から確認できている範疇の内容を、ただ読み上げているだけであるのだが。

 騎士連中が行っている云々に関しては、傭兵団時代からの情報網が活用されているため、あながち特異な方法ばかりとは言えないけれども。



「具体的な情報の把握方法については秘密だ。流石にそこまで教えてやることは出来ない」



 眼を見開くトイアドは、僕の挑発めいた言葉に顔を赤くさせた。

 思いのほか頭に血が上り易い性質であるようで、今までしていた相手を見下げる態度などどこへやら、今にも掴みかかりそうな形相へと変わっている。

 そして遂には限界へと達したようで、続けて告げた内容に対し、これが本性であるとばかりに激昂した。



「もっとも都市の掌握を目論む神殿が、火を放つなどという蛮行に出るとまでは予想していなかったがね」


「……それがどうした。これだけ入り組んだ街だ、逃げ延びるなど赤子の手を捻るも同然。それに騎士どもはすぐにまた行動を起こす、貴様等などすぐに灰にしてくれるわ!」



 応接間の壁すらも抜け、外に響かんばかりの大声を発すトイアド。

 ヤツは笑みと怒りが同居した、なんとも気味の悪い興奮を発露させ、こちらへ明確な脅しをかけて来た。

 だがそんなトイアドの態度に僕は軽く息衝き再び腰を下ろすと、平静さを意識したままで言い放つ。



「そいつは無理ってもんだ」


「なんだと?」


「神殿がいつコレを計画したかは知らないが、おそらくは君が最初にこちらへ接触してきた後。だがちゃんと決行する直前に、下見くらいはしておくべきだ」



 そう言って足を組み告げると、トイアドはしばし意味がわからないといった様子を見せる。

 神殿の信者すら見下しかねないこの男にとっては、さぞ癪に障る態度であろうとは思うが、今はそれどころではないようだ。

 頭にはひたすら疑問が駆け巡っているであろう、難しそうに表情を動かしている。

 そんなトイアドへと僕は、ソファーへもたれたままでゆっくりと口を開く。



「都市内を縦横無尽に張り巡らされた細い路地、これらは逃走の手段としてこの上なく有効だ。だからこそそれを潰さず放っておくわけがない」


「……まさか」


「前々から準備していたんだけどね、昨日から一斉に路地の封鎖を始めている。この街で縦横無尽に伸びる路地網、その全てはこちらの手の内だ」



 先日傭兵団が都市を掌握した際の騒動でも、無計画に伸びた路地を使われ、拠点が敵に包囲され攻め込まれていた。

 普通の敵に対しては有効な防御手段となりえるが、だからこそこの細い路地は、地理に明るい物にとっては武器となる。


 なので都市の防衛体制整備と同時に着手したのは、都市の区画整理と再開発。

 人の住む住居と空き家が混在しているため、多くの人を纏め空いた古い建物を取り壊し、より防衛に向いた構造に作り替えようというものだ。

 ただその前段階として、現在不要なほとんど使用されていない路地を、木箱や木材などで封鎖しているのだった。

 意図して残す道、隠れられて見つけにくい道、これらを振り合分け取捨選択し、検問を行い易いよう要塞化を行う。

 不幸中の幸いにも昨日から実行に移したこれは、住民に理解を求めるのに随分と苦労したものだが。



「騎士連中はそんなこと一言も……」


「神殿と騎士は仲間などではなく、実際にはお互いに利用し合う関係だったのだろう? ならば連中も、わざわざ報告してやり義理などないと考えたに違いない」



 どうやら何も聞いていなかったようで、トイアドは唖然とした表情へと変わる。

 推測ではるが、おそらく今回の実行役である騎士は、決して信仰心に目覚めて教会の門を叩いたわけではない。

 あくまでも騎士連中はこちらへの復讐を果たすため、神殿が口にしたであろう甘言に乗ったにすぎず、そこには信頼や敬意などといったものが皆無。

 なので路地の各所が潰され、計画に問題が生じていても報告を上げず、自分たちだけで処理をしたのだろう。



「それにしても丁度良い時に仕掛けてもらえて、逆に君たちへ感謝しなければいけないな。今回起きている内容が周知されれば、都市の再開発に賛成してくれる住人は増えるだろうから」


「き、キサマあぁぁ……」



 座り足を組んだまま、大仰な身振りで腕を広げ挑発的に軽く頭を下げる。

 当然立ったままのトイアドは、顔をなお憤怒に赤く染めていく。


 本来であればここから数年、十数年がかりで進める大事業だが、急いで進めて正解であった。

 無論全ての路地を封鎖などしてはいないが、細かい網目のように張られたそれらは多くが潰され、比較的主要な道ばかりが残されていった。

 それでも十分に数が多いのは否定できないけれど、こうなれば道を封鎖するのには十分。

 なにせ現在は600を越える数が戦力として都市に居り、包囲のエリアが狭まれば狭まるほどに、逃げるため越えねばならぬ壁は高くなっていく。



<アル、向こうも上手くいっているようですよ>


『そいつはなによりだ。ヴィオレッタの苦労の賜物だな』



 血走った眼で睨みつけるトイアドを無視し、エイダからの報告へ笑む。

 衛星からの映像を見れば、通りの随所に兵士たちの姿が見られ、小動物一匹すら通さぬとばかりに立ち塞がっていた。

 そこへと差し掛かった元騎士とみられる輩は、検問に立つ姿を見るなり踵を返し、その不審さから速攻で拘束されていく。

 比較的路地の中でも大きな通りばかりであるため、辛うじてその光景が映っているのだが、エイダの言うように相応の効果を上げているようだ。


 なにも個人が直接戦闘を行うだけが能ではない。

 僕等はこれまで傭兵団という組織で戦ってきたし、今後は国として戦いをしていくのだ。

 元が傭兵であった現在の兵たちも、重々それを承知し動いてくれているようなので、まだ都市内に潜んでいる連中も捕まるのも時間の問題だろう。



「聞こえてくる様子からすると、騒動は拡大していないようだ。早々に失敗したみたいだが、君はこれからどうするつもりかな?」



 再度立ち上がった僕は窓際へと寄り、開け放たれた窓から外を窺う。

 そこから聞こえてくる外の喧騒は、先ほどよりもずっと弱くなっており、衛星から見た通り沈静化が進んでいるというのを示すようだ。


 それはトイアドにしても同じ印象を抱いたようで、わなわなと身体を震わせながら俯く。

 ただ観念したかと言えばそうではなく、こちらを睨みつけるなり、目元を不敵に歪めながらも悠々と吐き捨てる。



「確かに、見事なまでに失敗してしまったようだ。貴様らが姑息な手段を弄したせいでな」


「姑息だなんて人聞きの悪い。やるべきことを成しただけさ、国の頂点に立つ者としてね」


「うるさい! ……ハハハッ、そうだ、最初からこうすればよかったのではないか」



 一瞬、激昂に大きく声を上げるトイアド。

 だがヤツはすぐさま笑い声をあげると、ゆらりと酩酊したように身体をフラつかせるなり、自身の纏うローブの中へ腕をしのばせた。



「我等が教義を受け入れぬ輩、あえて諭そうとしてやったのが間違いであったのだ。貴様らがやったのと同じことをすれば、全て上手くいくというのに」



 そう言って差し入れた腕を引き抜くトイアドの手には、細長い一本の短剣が握られていた。

 僕はそれを目にするなり、緊張を覚えるよりも先に嘆息が漏れる。


 いくら細いとはいえ、短剣は長さにして40cmはあった。

 小さな国の就任したばかりの王とは言え、その邸宅であるここへ入るには、当然のことながら客人であってもボディーチェックが行われる。

 よもやこんな代物に気付かぬとは思えないため、そんな物を持ち込めたということは、わざと見逃したということに他ならない。

 ならば警備を行っている兵の中に、神殿の信者が紛れていたということか。



「こう見えても、僕は元来が傭兵なもんでね。都市の中で堕落に耽っていた騎士とは違って、戦場で前線にも出ていたんだ。君が一人でどうこうできる相手ではない」


「……私一人であるならな。我等の同士は至る所に居る、当然ここにもだ」



 すぐさま実力では勝てぬと明言するも、トイアドは聞く耳を持とうとはしない。

 見たところヤツは戦いに慣れた風でもなく、おそらくは訓練さえ碌に積んではいない。つまりは普通の一般人。

 狂気に滾っているとはいえ、そんな人間が向かってきたところで、傷一つ負わせることなく殴り倒されるのがオチだ。


 しかし激昂しながらも勝算だけはあるようで、トイアドは堂々と勝ち誇らんばかりの声を上げる。

 まるで古い映画に出てくる小悪党然とした物言いだが、おそらくその言い様からすると、この屋敷内にも神殿の信者が居ると言いたげだ。

 このような武器を持ち込んでいるのだから、それも十分にあり得る。

 ただトイアドが短剣を手ににじり寄ろうとした時、その背後にある扉から、淡々とした声が応接間へと響く。



「同士というのは、この連中でございますか?」



 突如として聞こえてきた声に驚き、振り返るトイアド。

 その視線の先にあったのは、いつの間にか開かれていた扉の向こうへと立つ、屋敷の執事であるルシオラの姿であった。

 彼女の手は男の襟首を掴んでおり、気絶していると思われるそいつは、ダラリと脱力し床へ半身を落としている。

 見れば背後にも数人が転がっており、その全員がメイドや料理人、あるいは警備兵など、屋敷で働く使用人達であった。



「こいつはまた、随分と多いな。それで全員かい?」


「おそらくは。今まさにこちらへ押し入ろうとしていましたので、とりあえずは全員を無力化致しました」



 姿を見せたルシオラは、呼吸や着衣を乱した様子など一切見せず、淡々と行った対処について口にしていく。

 いきなり姿を現したルシオラに、呆気に取られ呆然としていたトイアド。

 だが急にハッとしたかと思えば、ヤツは手にした短剣の矛先をルシオラへと変えるなり、奇声をあげ突進していった。


 そんなヤツの行動を止めることもせず、僕はあえて見送る。

 その代わりルシオラへと軽く肩を竦めると、彼女はそれを見て頷き、手に掴んでいた男の襟首を離すと、叫び突進するトイアドへと一気に間合いを詰めた。

 武器を持たぬルシオラの拳は下から唸りをあげ、短剣を躱しトイアドの下顎へと深くめり込む。

 衝撃がこちらへと伝わってくるかのような、重い重い一撃を食らい、幾本もの歯を口から撒き散らしたトイアドは、白目を剥いて脱力し床へと崩れ落ちていった。



「これでよろしいでしょうか?」


「上出来。悪かったね、手間を掛けさせて」


「いえ、この程度でしたらお安いご用で」



 トイアドを沈黙させたルシオラは、今まさに一撃のもとに叩き伏せたとは思えぬ、滑らかな動作で一礼する。

 その彼女へと労をねぎらった僕は、グッタリと床へ伸び、気を失ってしまったトイアドを跨ぎ越えると、廊下に転がっている使用人達の近くへと寄った。



「やはり受け入れる前に素性の調査は必要だな……。こんなに潜んでいたとは」


「それがよろしいかと」



 トイアドが来たという知らせがあった時、ルシオラには警戒を厳にするよう伝えていた。

 神殿は近頃急激に信者を増やしていたため、屋敷内にも信者が居る可能性は当然あり、そいつらが何かを仕出かさぬよう見張って欲しいと。

 案の定頃合いを見計らって、応接間へと雪崩れ込もうとしていたようなので、予想は当たっていたということになる。

 見れば最初にトイアドが来たと知らせに来たメイドも、倒れている使用人の中に含まれていた。



「それじゃルシオラ、今度は使いに走ってもらおうかな。首謀者は捕らえたし正体もわかっているから、逃げ回っても無駄だって騎士連中へ教えてやらないと」



 振り返ると、トイアドを縛り上げている途中であるルシオラへ告げる。

 彼女は立ち上がり頷くと、トイアドを引きずったままで足早に廊下を進み、視界から消えていく。

 そんなルシオラの背を見送った僕は、彼女によってものの見事に制圧された信者たちを見下ろしながら、惜しさを全面に出して呟いた。



「……やっぱり、今からでも軍に移ってくれないかな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ