狂信 04
新たな国家、都市王国ラトリッジにおいて行われる祭りに乗じ行われた、僕とヴィオレッタの婚姻の儀。
あれから十日近くが過ぎ、彼女の父親から受け継いだイェルド傭兵団は、正式にこの日をもって解散となった。
以後はその看板を都市王国軍と付け替え、国が保有する集団として活動を行うこととなる。
ただ実際のところ、これまでやっていた事も西方都市国家同盟の正規軍相当な役割であったので、ある意味で本来収まるべきところに納まったと言えるのかもしれない。
他都市との大まかな交渉は済み、今まで通り同盟からの依頼によって、敵対他国との戦場へ向かうという点でも変わらない。
そのため住民たちが口にするように、"傭兵国"という俗称が定着するのも時間の問題であるのだろう。
「アル、新しく入ってきた連中の扱いはどうする。合流したはいいが手持無沙汰になるぞ」
「当面は遠征もないし、どっちにしろまだ戦場へ送れる状態じゃないか……」
「ではレオに預けて鍛え直してもらうか。近々また野営訓練に行くと言っていた」
「それもいいんだけど、都市の方にも慣れてもらいたいんだよ。交代で守備隊に回してやってくれないか」
祭りの後片付けも完全に終わり、春の陽気が強くなりつつある時期、僕等は再び忙しさに襲われていた。
もっぱら行っているのは、新たに入ってきた人員の割り振りであったり、住む場所の確保といった当面の問題。
正規軍化したことによって志願者も増え、まだ訓練キャンプでの初期特訓中ではあるが、その数は500近くにまで膨らんだ。
そろそろ傭兵団前任者が率いていた頃の規模に戻りつつあり、形の上でも軍として格好がつくようになりつつある。
ただ国のトップに立ったというのに、いまだ直接僕とヴィオレッタはそういった作業の先頭で動き続けていた。
軍の編成などというのは、そこの責任者にでも任せてしまえばと思いはするが、実のところその座はいまだに空いたまま。
傭兵団解散を機に、僅かに残っていたベテランたちもそのほとんどが引退し、数だけは増えたが人手不足はますます深刻化。
なので傭兵団の団長であった頃と、やっている事は大して変わらない。
「守備隊か……。すまないな、名だけは残してもらって」
「一向に構わないよ。こっちとしても愛着があったし、無くすには惜しかったから」
「私もだ。生まれた時から側に在り続けたからな、やはりなくなれば寂しい」
都市中央に建つ屋敷の一室で、大量に積まれた書類と格闘する僕とヴィオレッタ。
作業へ没頭しつつ交わした言葉に反応したヴィオレッタは、どこか感傷的な素振りを見せ小さく呟く。
イェルド傭兵団は解体されたが、その名は破棄されることなく、新たにラトリッジ内の警備を専任とする守備隊に引き継がれることとなった。
新たにイェルド守備隊という名の看板を掛けられたそこは、当人の希望によりヴィオレッタが隊長を担うこととなる。
やはり彼女は安穏と怠惰を友とし、王妃の座でぬくぬくと暮らすつもりなどないらしい。
一応断りは入れておくべきであろうと、前団長であるヴィオレッタの父親へ連絡は取ったのだが、彼は別段気にはしていなかったようだ。
僕がこのような立場になった経緯などを話すなり笑い、息災ならそれで十分だと告げていた。
「ところで、家の方はどうなった?」
「粗方片付いたぞ。とは言うが、衣類や食器は向こうが用意してくれると言っていたから、ほとんど移す物はないのだがな」
少々しんみりとしてしまった空気を打ち払うべく、僕はヴィオレッタへ別のことを尋ねる。
僕等が傭兵となって以降、ずっと住み続けていたボロ屋。
なんとかやりくりした金を使って、幾度かの回収を行い人並みとなった家ではあるが、遂にそこを引き払う事となったのだ。
慣れ親しみ、想い入れの深い家であるだけに、別に引っ越さなくてもいいと思っていた。
しかしゼイラム元騎士隊長や、現在雇用している執事らに強硬に反対され、都市中央の邸宅であるここへと移るよう迫られた。
彼らに言によれば、一国の主君として路地の奥へヒッソリと建つ家に住むなど、言語道断という事らしい。
あの家でこの国の建国が決まったというのに、なんとも侘しい話だ。
だがあまり強く押し切る事もできず、結果僕等は僅かな私物だけを持ち、新居への引っ越しを余儀なくされてしまう。
「だがやはり、あの二人は残ると言い張っている。自分の立場であれば、ここに残っても問題ないだろうとな」
「いかにもレオが言いそうだ。でもそうだな……、二人に関しては何も言われていないし、当人たちが望むなら」
ただ引っ越しを半ば強制された僕等と異なり、レオはその辺りに自由が利く。
そのため住み慣れた我が家を引き続き使いたいと考えたようで、話が出た時からずっと移ることを拒絶し続けていた。
実際僕もできることなら、愛着あるあの家に住んでいたいと考えていたくらいだ。
「リアーナもレオの側を離れるのはイヤなのだろう」
「いいんじゃないかな。彼女もレオと一緒の方が、なにかと気が楽だろうし」
「まあ……、馬鹿でかい屋敷に住むよりは、ずっと居心地は良いだろうな」
僕等と共に住むリアーナは、真っ白な髪に透けるように淡い肌という、レオと同じく非常に目立つ容姿をしている。
元々人工的に生み出された彼女は、同じく人為的に命を操作されたレオのいわば妹にも近い存在であり、彼もまたリアーナをそのように扱っていた。
そんな彼女にとっては、むしろあのひと気の少ない地域の方が、ずっと住み易い環境であるのは確かなようだ。
それに最近ではリアーナもレオに対し、兄へ向ける以上の感情を抱き始めているのがありありとしている。
ならば要らぬ世話を焼かず、望むようにさせてやるというのが無難。
という訳で僕とヴィオレッタ、それにまだ少年であるイレーニスの三人が、前の統治者たちが住んでいた館へと引っ越すことになった。
「とりあえずはこんなところかな。……そろそろ昼時か」
「先に休憩してくるといい。私はもう少し、きりの良いところまで進めておく」
「ならお先に。そうだな、たまには外に行ってこようか」
話と書類仕事が一段落したところで、僕は立ち上がって凝り固まった身体を伸ばす。
太陽も真上に差し掛かり、時刻は丁度昼時。いつの間にか腹もいい具合に減ってきており、午後からも続きをするため、何か入れておいた方がいいだろう。
ヴィオレッタはまだ少し続けるつもりであるようで、先に食事をしてくるよう告げる。
その言葉へと甘えることにし、たまには外の屋台で食べるのも悪くはないと、財布一つを懐へ忍ばせ執務室を出た。
都市の頂点に立って少し経つが、なってみれば案外自由が利くものだ。これまで気づかなかっただけで、前の統治者たちもこうして外へ出ていたのかもしれない。
「アルフレート様、どちらへ?」
「気分転換も兼ねてね、外へ食事に行ってくるよ」
執務室に残るヴィオレッタを残し出たところで、廊下の向こうから来た一人の人物と顔を合わせる。
廊下で出くわした人物は、モノトーンで飾り気のない執事服に身を固めた女性。
とはいえ以前からこの館に居た執事ではなく、僕がこの座に据わって以降、新たに雇い入れた人物だ。
現在はご意見番となっている、ゼイラム元騎士隊長の紹介で迎え入れたのだが、なかなかに気の利くため僕としては非常に助かっている。
その彼女は僕を"王"や"陛下"ではなく、あえて名で呼ぶ。
普段から近くに居ることとなるため、あまり役職で呼ばれ続けるのを敬遠し、そう呼ぶように頼んでいたためだ。
「お食事でしたらすぐにご用意いたしますが?」
「言ったろう、ちょっとした気分転換さ。毎日毎日豪勢な食事じゃその内飽きてしまうよ、贅沢な話だけれど」
「かしこまりました、ではお気をつけて」
「悪いね。もし食事が出来ているなら、夜にでも回してくれていいよ」
見送るため深く頭を下げる女性執事へと、軽く手を振り既に用意させてしまっているであろう、食事の扱いを伝えておく。
流石にそのまま捨ててしまうのは勿体ないし、彼女らの立場としては、それを自分たちの食事に回そうともすまい。
ならば後で食べると言っておいた方が、互いに気も楽かもしれない。
もっとも、彼女はそのようにしてくれるかは疑わしいが。
城と見紛うばかりな屋敷を出た僕は、門番の青年とあいさつを交わし、真っ直ぐ市街大通りへと向かう。
所々ですれ違う通行人達がこちらに気付き、頭を下げ挨拶をしてはくるものの、別段恐縮した様子などはない。
やはり傭兵団の団長となり、その後都市を王国と改め王の座に据わったところで、やはり傭兵団で下っ端の若造であった頃の印象が強いようだ。
ただ変にかしこまって平伏されるよりよほど気楽であるし、人口三万少々という小国、このくらいで丁度よいのかもしれない。
「やっぱりこういった物の方が落ち着くな……」
大通りで適当に見つけた露店に向かい、そこで肉や野菜の串焼きを数本と、常食されている薄いパンを購入。
通りに置かれた適当な椅子へと腰かけ、パンに串焼きを挟んで齧り付く。
最近続いている手の込んだ料理よりも、こういった気負いなく食べられる方がずっといい。
それにここしばらく、駄馬の安息小屋へも顔を出せてはいない。引っ越してまだたったの数日ではあるが、様変わりしてしまったライフスタイルが懐かしく思えてくる。
即席のサンドイッチを齧りながら、そんな感傷へと浸っていく。
しかし陽光に身体を晒しノンビリとしていたところで、僕はふと視界の隅へ移る姿に気づく。
それは数人の男女が一列に並び、大通りの隅を潜むように移動する姿。
だがその格好は一様に灰色のローブを纏っており、隠れるかのような動きに反し非常に浮いたものとなっていた。
「……っと、あれは」
<神殿の人間ですね。以前アルへ会いに来た、トイアドと同じ格好です>
喧騒の中、一定の速度で一列に進む一団。
僕がその存在が何であるかに気付くと同時に、エイダもまたそれを口にする前に肯定をしてくる。
少し前まで泡沫勢力に過ぎなかった神殿だが、今では信者の数が百に達していると聴く。
三万少々という人口でしかないラトリッジにおいて、意外にも馬鹿に出来たものではない比率だ。
「この辺りはマーカスに任せているけど、できれば全員の素性が知りたいところだな」
<現在のところは対立をしていませんが、将来的にどうなるかはわかりませんからね>
「五人か……。エイダ、とりあえずあの中に知った人間は居るか?」
神殿の人間が進む進路上、大通りを歩く人たちは気味悪そうに道を開けていく。
僕はそんな光景を眺めながら、小さな声でエイダへと確認をした。
<――前を歩く三人は普通の住民でしょう、これといって情報はありません。ですが後ろの二人は、該当するデータがありました>
「誰だ?」
<双方ともに、以前騎士隊へ属していた人間です。先の騒動が収まった後、一度姿を現していましたが>
エイダが口にした内容に、僕は僅かに表情を顰める。
都市が多くの傭兵を雇い、傭兵団と相対した騒動の少し前から、騎士隊の人間は多くが行方をくらましていた。
それは自身も戦力として駆り出され、負傷したり死亡したりするのを恐れたため。
これそのものは別におかしなものではない。訓練の一つもしてこなかった連中だ、実際の戦闘を前に怖気づくのが当然。
ただ騒動が終結し、傭兵団が都市を掌握して以降、少しずつではあるが騎士連中は戻って来ている。
多くは戻るなりこちらと接触を計り、これまで通りの特権を回復するよう要求してきた。
当然そのようなモノ受け入れるはずがなく、全てを突っ撥ね追い払っているのだが。
「居場所を失った連中が神殿へ逃げ込んだのか……?」
<その可能性はあります。おそらくこの都市で彼らを受け入れてくれる場所は、早々見つかりはしないでしょう。普通の都市住民であれば、今まで騎士連中がやってきた行いを忘れはしないはずですし>
かつての地位の回復を蹴られ、戻って来ても帰る場所を無くした騎士連中の末路は悲惨だ。
マーカスを介して得た報告によれば、多くは渋々都市を離れ、他の都市で騎士として迎えてもらおうと考えたらしい。
しかし当然向こうにしてみれば、新たな特権階級を増やしてやる義理などない。
あちらでも体よくあしらわれ、結果他の都市で犯罪へと手を染める者が後を絶たぬそうで、中には大規模な強盗を働き処刑された者も居ると聞く。
真っ当な市民となった者は数える程。ほとんどは犯罪に走るか、あるいは何処かで行方不明となるか。
ただ僕等はそうなるとわかっていて連中を追い払った。これまで見逃されてきた罪は、今更裁く手段がないために。
この対応そのものは、ゼイラム元騎士隊長も了承している。
彼にしてみれば連中の内面を知っているだけに、受け入れることで新たな国に、混乱しかもたらさぬと考えたようだ。
そのゼイラム元騎士隊長自身に関しては、贖罪も兼ねてか自らの意志で無給を申し出、仕えてくれているのであった。
「騎士か……。僕等は恨まれている可能性が高いだろうね」
<否定はできません。というよりも、間違いなく憎悪を滾らせているでしょう>
ただ騎士たちへそのような扱いをしたとなれば、当然一つの懸念が浮かんでくる。
どういう訳か舞い戻り、神殿の一員となっている騎士隊に属していた人間たち。
彼らがこちらへと強い悪意や妬みを抱えていると想像するのは容易で、僕はそのことに酷く警戒感を覚えずにはいられなかった。




