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狂信 03


 目出度くも労の多い挙式を終えた僕等は、打ち上げの会場となる駄馬の安息小屋で、多くの来賓を迎え入れた。

 しかしその来客たちが帰っていったところで応対した、神殿から来たと言う一人の人物。

 神殿の責任者であるというトイアドと名乗ったこの男は、ここまで恍惚と自身の信仰を語っていた様子から一変、酒場内の空気を張り詰めさせる一言を放った。



「我等神殿の指導者、ハウロネア教皇猊下もこの新たな国が、真に正しき教えを共にすることを望んでおられます」



 その発された言葉が、閑散とし始めた酒場の中へと響く。

 決して大きな声ではない。むしろ潜むかのような、とても静かな声量。

 だが来客たちを見送り戻って来た一部の人間、ヴィオレッタやレオ、それに酒場の主人であるヘイゼルさんなどが、一様に反応し視線を向けるのに気付く。



「……では貴方は、聖堂国からの使いであると認識してもよろしいので?」


「滅相もありません。わたくしなどは巨大な神殿組織の端くれ、猊下や国のご意志を代弁する立場とはとても」



 若干声に鋭さを込め、トイアドへと問いかける。

 しかし彼は飄々と首を横へ振り、自身が使いなどという大それた存在ではないと否定をした。


 トイアドの告げた言葉によって、僕はこれがただの勧誘などではなく、非常に大きな意味を持つものであると理解した。

 "教皇"。この言葉が指す人物というのは、僕の知る限り一人しか居ない。

 おそらくこれまで多くのデータを収集してきたエイダにしても、この惑星内で該当する対象となるのはただ一人だろう。

 神殿の教皇、それは西方都市国家同盟の南方、東西へ伸びる山脈を越えた先の国、"シャノン聖堂国"の国主を指す。


 過去に一度だけ、ワイアット・ミラー博士を迎えに行くため潜入した彼の国は、完全なる宗教国家。

 聖堂国の国教こそがトイアドの信仰する神殿であり、そこの頂点に立つ教皇こそが、シャノン聖堂国の頂点でもあるのだ。

 トイアド自身は使いであることを否定したが、教皇がこの都市に神殿を国教として受け入れさせたがっているというのは、つまりこういうことだ。



「僕にはこう聞こえるんですがね、自分たちの軍門に下れと」


「軍門になどと人聞きの悪い。ただ教皇猊下は貴方がた信仰を持たぬ哀れな民へ、清浄なる聖堂国臣民たちへするのと同じく、より良い道を指し示そうとされているに過ぎません」



 今度は明確な敵意を表に出し告げるが、やはりトイアドは目だけが笑わぬ気持ちの悪い表情を浮かべるばかり。

 他国の国主がトップに立つ神殿を国教として認めるというのは、シャノン聖堂国をラトリッジの宗主国であると認めるというのに等しい。

 いくら口では否定しようと、聖堂国の体制を知る他者から見ればそうとしか思えない。


 そしてどうやら内容を聞く限り、トイアドの頭には一つの図式が構築されているようだ。

 頂点に教皇、その下へ自身のような神殿関係者。次いでシャノン聖堂国の民、そしてそこからずっと落ちて、神殿の教義を信仰しない他国の人間。

 口調こそ穏やかではあるが、言葉の端々からは侮蔑と嘲りが混ざり、明確な格下を相手にしていると言わんばかりの態度であった。




「いかがでしょう。我々に習い、正しき信仰を――」


「ではこの場で返答を。今すぐお帰り下さい、この国でそのようなモノを広めるつもりは一切ない」



 これで交渉をしようという気があるのかないのか、トイアドはなおも話を続けようとする。

 しかしいい加減それに付き合うのも馬鹿らしくなり、僕は言葉を並べ立て続けようとするトイアドの話をあえて打ち切った。

 このような内容を受け入れるメリットがそもそもないし、第一この男の態度が実に不愉快だ。



「もし貴方たちの頂点に立つ方が、本気でその教義を広めようというのであれば、相応の立ち位置の人間を寄越せばいい。正直、あなた程度では話にならない」


「何故でしょう? 我々は真理を理解せぬ愚鈍なる者たちへ、清浄なる光を照らそうとしているのに」


「それに答える必要はありません。こちらも少々忙しいもので、お引き取りを」



 僕は食い下がるトイアドの言葉を払い、この場から帰るよう告げる。

 こういった輩は相手にするだけ時間の無駄。名目上教皇からの指示で動いていないというのであれば、今はあえて丁重に扱う必要などない。

 もし本当に教皇とやらの意向で来たのであれば、どれだけ腹が立とうと相手をせねばならないが、どちらにせよこのような提案を受け入れられようはずがなかった。



「わかりました。おめでたい日です、ここで引き上げるとしましょう」


「是非そうしていただきたい。貴方がたの信仰に関する内容を一切強制しないというのであれば、いつ来られても歓迎いたしますよ」


「……折を見てまた伺います」



 まだ到底諦めたようには見えないが、これ以上粘っても良い返答は期待できないと考えたらしい。

 トイアドは渋々ながら一礼すると、踵を返し酒場を跡にしていった。


 僕はその姿が見えなくなったところで、ようやく身体の力を抜き嘆息する。

 よもやこのような日に、こうも厄介事が降りかかってくるとは予想もしていなかった。

 それは僕だけでなく他の面々もそうであったようで、やれやれといった表情を浮かべ、こちらへ近寄り労をねぎらってくれる。



「賢明だな。ああいった手合いは、早々に退散願うに限る」


「あんな要請を受けるつもりもないしね。……というか到底無理な話だ」



 すぐ隣へと立ったヴィオレッタは、最初と同じく花嫁衣装のままで、僕へ冷たい飲み物を差しだした。

 どうやら彼女もまた着替える暇すらなかったようで、終始笑顔を浮かべたまま、来客者たちへの応対に走り回っていたらしい。

 僕はヴィオレッタが渡してくれた、涼感のある茶を口へと含みながら、いつの間にか凝り固まった肩を回していく。



「しかし大丈夫なのか? これを口実に、あの国が介入してこないとも……」


「おそらくそこは問題ないと思う。前の統治者たちにも同じ要求をしていたようだし、どうにかするならとっくにしているよ」



 トイアドの出て行った扉を凝視するヴィオレッタは、静かに懸念を口にする。

 ただ実際のところ、同盟領下において神殿の力は脆弱で、こちらに圧力をかけるような真似が出来ようはずもない。


 それにもしシャノン聖堂国が武力をチラつかせても、突っ撥ねることは十分に可能だ。

 今は地球へ居るワイアット・ミラー博士が、過去に研究施設の確保と引き換えにもたらした銃という存在。それは聖堂国の軍人に配備されており、こちらにとっては非常に大きな脅威。

 とはいえそれと同じ物、いやそれ以上に強化された銃が、既に傭兵団内では量産されている。なので数の不利はあれど渡り合う余地は大いにあった。

 第一攻撃してこようにも、両者の間には巨大な山脈が横たわっているのだ。そう易々と大軍が越えられるような障害ではない。


 これらの理由によって、勿論油断はできないまでもある程度の楽観視ができていた。

 しかしそんな僕の考えを否定するように、背後からは別の懸念が浴びせられる。



「だが警戒だけはしておけ。あんな怪しい連中だが、最近密かに信者は増えつつある」



 声を発したのは、瀟洒ながらも大胆に肌が露出するデザインをした、夜会向けのドレスを纏うヘイゼルさんだ。

 彼女は自身の縄張りであるバーカウンターへ縋りながら、腕を組み難しそうな表情で呻る。



「そういえば言う機会を逃していました。その格好、よくお似合いですよ」


「やかましい。……ともあれ今言った通りだ、以前は数人程度の細々とした集団だったが、今じゃ三十人を超す大所帯さ」


「俄には信じがたいですが……。となれば警戒だけはしておく必要がありそうですね」


「実際にはもっと居るかもしれないさね。主義主張や思想に関するモノだ、広まる時は一気にいく。おまけに口をつぐめば見つけ出すのも難しい」



 片目でジトリと見据えるヘイゼルさんの言葉に、僕は背筋へ緊張が奔ったのを感じる。

 トイアドなどは神殿の責任者という形があったが、増えつつあるという信者はその姿を認識し辛く、どこへ居るかもわからない。

 商店に立つ人間、家の近くへ住む隣人、そして新たに生まれ変わった王国軍。

 そのどこへ潜んでいるかもわからず、あるいはその全てに存在するかもしれない。

 ここまで想像した所で、ヘイゼルさんの言う言葉の恐ろしさが、ジワリと身体を侵食していくような感覚を覚えた。



「精々注意することだ、お前の配下連中を動かしてでもな。国の頂点に安穏と胡坐をかいていると、すぐに足元を掬われるぞ」


「……ご忠告、痛み入ります」



 スッと近づいて来たヘイゼルさんは、僕の頭を軽く小突きながら告げる。

 その言葉へ息を呑みながら礼を言うと、彼女は満足気な表情を浮かべ、手を振って酒場の奥へと引っ込んでいった。

 僕が傭兵団の訓練キャンプを卒業し、この都市へ来た時からずっと世話になっている人だが、立場が大きく変わろうとヘイゼルさんには頭が上がりそうにない。

 それはヴィオレッタやレオも同じであるようで、見れば苦笑し肩を竦めていた。


 ともあれここは大人しくヘイゼルさんの忠告を反芻し、行動に移す必要があるだろう。

 まずは彼女の言っていた、配下の連中とやらを動かすところから。

 ヘイゼルさんによって人払いが済まされていたのか、いつの間にやら閑散とし僕等だけしか居なくなっていた空間で、小さくヴィオレッタへ頼みごとをする。



「悪いけれど、マーカスを呼んでくれ。誰にも知られないようにね」


「承知した。結婚早々、厄介事を抱え込んだものだな」


「仕方がないさ、ある程度は覚悟の上だし。……悪いね、当分気楽な王妃生活は送らせてあげられそうにない」


「むしろ好都合だ。屋敷の中でノンビリ他所のお嬢様連中と談笑など、私の性に合わん」



 フッと微笑むヴィオレッタは、「その前に着替えだけ済まさせてもらう」と告げ、酒場の裏手へと引っ込んでいく。

 普通であれば式の当日に起こった揉め事に、機嫌を悪くしてもおかしくなさそうではあるが、なんとも頼もしいことだ。


 そんなヴィオレッタを見送った僕は、手近な椅子へ腰かけ思案する。

 普段都市内に潜み情報を集めているマーカスであれば、神殿の様子なども察知しているかもしれない。

 彼は今日のような祭りの日も、この場には居ない。むしろ祭りの最中であるからこそ人々の口は軽くなり、情報が集めやすいと嬉々として市街へ潜み探っているためだ。

 おそらく今頃も酒を酌み交わす人々の輪に混ざり、酔ったふりをして聞き耳を立てている頃だろう。



「警備をする連中の装備だが、帯刀させておいたほうがいいか?」



 ヴィオレッタが着替えに入ったところで、今度はレオが確認をしてくる。

 彼は人を統率するのに向いている方ではなく、もっぱら訓練の監督というか監視役のような役割が多い。

 だがそれでも今は人の上に立つ存在となり、有事には大勢を引き連れ戦闘を担っていた。


 現在都市内を巡回警備している人員は、基本的にそこまで重装備ではなく、持っているのも木剣や短剣などといった代物。

 レオとしてはまたもや都市内に騒動が起こる前に、彼らへ相応の装備を持たせておきたいと考えたようだ。



「いや、まだそこまでは必要ない。神殿の連中が何かしでかすと決まってはいないし。……でも人数は少し増やしておこうか」


「ああ、非番の連中へ頼んでおこう。詳しい事情はまだ話さない方がいいか?」


「まだ黙っておいた方が良いかもね。配置の詳細は後で知らせるよ」



 軽く頷いたレオもまた、すぐさま行動に移るため酒場の外へと出て行った。

 僕はいつの間にかシンとした、宴席の跡だけが残された酒場の中、一人高い天井を見上げ息を衝く。


 以前は都市の統治を行う連中など、いったい何をしているのかよくわからず、居ない物としてすら考えていた。

 結局はこちらに牙を剥いたことで排除した対象ではあるが、今にして思えば、前任の統治者連中もこのような苦労をしていたのだろう。

 ただ逆にそういった事が続いたが故に、自分たちを脅かしそうに思える存在へ過敏となり、その挙句敵対したのだろうかとすら思える。



<同じ轍を踏む訳にはいきませんね>


「勿論だ。僕は……、討たれる側に回るのは御免被る」



 瞼を閉じ一人思考に耽る僕へと響く、エイダの単調ながらも重い声。

 僕はそれに対し小さくも力強く返すと、目を開け拳を握りしめた。



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