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偵察走 02


 僕等は険しい山中を進み、デナムの騎士たちが立ち並ぶ陣営の近くまで移動していた。

 道中にはこれといって警戒に立つ者も居らず、デナムの騎士たちもまた素人同然である事がうかがい知れる。



「なによアレ……、ほとんどが木偶じゃない」



 デナムが渓谷に構えた陣地を見下ろせる場所へと移動した僕等は、見つからぬよう身を隠しながら、眼下に構える騎士たちを見下ろす。

 僕などは最初から知っていたから何とも思わないが、地面に打ち付けられた大量の杭に鎧が着せられているのを見て、ケイリーはどこか呆れた反応を示した。



「ですが実際、まんまと騙されていましたからね。偵察を行わなければ、僕等はずっとアレを相手に睨み合いをするという間抜けを続けていたところです」


「そうだな。隊長の言う通り、戦場では第一に情報を得なければ始まらないみたいだ」



 僕も今初めて気付いたとばかりに、マーカスの言葉に賛同する。

 騎士隊がわけのわからないプライドで偵察をサボっていなければ、今頃は傭兵たちがデナムへととっくに攻め込んでいたはずだ。

 まんまとこんな単純な作戦に引っかかっていたのが、馬鹿馬鹿しく思える。



「やっぱり俺が突っ込んでいけば」


「だからレオ……、頼むから無茶な行動は慎んでくれよ。半分以上が偽物とはいえ、それでも圧倒的に人数が多いんだから」



 初めての戦場で浮足立っているのだろうか。

 レオは普段通りの抑揚ない簡潔な喋りではあるが、さっきからどうにも好戦的な発言が続いていた。


 彼の実力ならば、見かけ倒しな騎士たちの十や二十を一人で倒してしまってもおかしくはない。

 僕も装置の能力やエイダのアシストを使えば、それと同等以上の数を相手には出来るだろう。

 七〇やそこらの数ならば、僕等二人で殲滅するのも可能かもしれない。


 ただ可能性は限りなく低そうではあるが、もしも万が一デナムの騎士たちの練度が意外と高く、連携した攻撃をしてくるならば厄介だ。

 それに僕は全力で戦っている所を、皆に見せたくはない。

 数人を相手にする程度ならばともかく、数十人を薙ぎ倒すような明らかに異常な動きを見せて、奇異の目で見られるのは流石に勘弁願いたかった。





『それにしても……』


<どうされましたか?>


『いや、騎士らしくない手段だと思ってさ』



 エイダとやり取りを行い長、僕は眼下に見えるデナムの陣営を見下ろす。


 一見して敵から戦力を多く見せるための工作をしたりと、騎士にしてはなりふり構っていないやり方に思える。

 この点はウォルトンの騎士たちと異なり、見栄よりも実利を取る手段であると言えた。

 かと思えば周囲の警戒を疎かにしたりと、擬装を見破られないようにするための肝心な部分が抜け落ちている。

 その相反するデナム騎士たちの行動には、どこかチグハグな印象を感じずにはいられない。



『共和国から時間を稼ぐよう指示されているんだろうか……』


<可能性はありますが、現時点では何とも>



 返ってくる言葉は、差し障りのない物でしかなかった。

 彼女からして見れば、判断を下すに足るだけの情報が得られていないため、確定的な言葉を使えないのだろう。


 だが仮にそうだとすれば、ある程度は納得いくものがある。

 そもそもデナムは共和国と通じた末に、同盟を裏切っているのだから。



<ところでアルフレート。そろそろ日没になりますが、急がなくて良いのですか?>


『そうだった、急がないとな』



 今はまだ渓谷内を陽射しが覆ってはいるが、もう少しすれば日は傾いてしまう。

 まだここから更に東へと進み、共和国側の偵察も行わなければならないのだ。

 こんな場所でノンビリとしている暇はない。




「さて、ケイリーはこのまま戻って、この状況を報告してくれないか。マーカスはここで待機、監視を継続してくれ。何か動きがあったら報告に戻って欲しい」


「了解です。……お二人は?」


「僕等はこのままデナムの先、東の国境線へと進んで共和国軍が来ていないか探る。援軍が迫っていたとしたら厄介だ」



 実際には既に目と鼻の先まで来ている共和国軍だが、直接偵察をしない訳にもいかない。

 デクスター隊長からは、目下のデナムに関する情報を探って以降の裁量を任されている。

 ならば傭兵団に共和国軍接近の報を知らせるためにも、その情報を収集しに行ったとしても問題はないだろう。




「なんかさ、あたしの役割が軽すぎない?」


「そんなことはないって、重要な役割だよ。ここと本陣の間で、情報のやり取りをしてもらわないといけないんだから」



 振った役割が着に食わないのか、ジトリとした視線を向けるケイリー。


 だが実際彼女は身のこなしが軽く山道でも苦無く走っていけるが、猪突猛進というかジッとしていられない気質なため、潜んでの監視には向かない。

 なのでこの選択は、僕なりに彼女の適性を考えてのものだった。



 逆にマーカスは体格こそ大きいものの、弓手であることもあってか景色に溶け込んで耐えるのを苦とはしないようだ。

 ただ慎重な性格なため、一気に共和国側へ進むのは躊躇うかもしれない。


 そしてレオだが……。

 戦闘能力は高いのだが、コミュニケーション能力があまり高くなく、隊長への報告に戸惑う可能性があった。

 それにさきほどからの発言を聞いていると、どうにも戦闘を望んでいる節すらあるため、監視を任せるというのは些か不安。

 ただもしこの先で共和国の斥候と遭遇でもすれば、彼の力は大きな戦力となってくれるはず。


 必然的に、こういった割り振りとなってしまうのだ。

 人を割くことに多少不安はあるが、タイムリミットを考えると同時進行していくしかあるまい。



「……わかった。気を付けて行ってきてよね」


「ああ、二人も頼んだ。行こうレオ」



 僕等は互いに頷き合い、この場にマーカスを一人残して各々の役割を果たすべく移動を始めた。


 傾斜した山中を早足となって進む僕の背後を、レオはピッタリとついてくる。

 体力そのものも高い彼のことだ、もう少し足を速めてもいいのかもしれない。

 僕は一言レオに断りを入れ、少しだけ進む脚を早めた。







 陽射しはかなり傾き、渓谷内が夕日によって赤く染まってきた頃。

 僕等は道とも形容できぬ山中を黙々と進んでいき、落ち葉と土の地面から、岩が剥き出しの崖に近い地形へと移動していた。


 足元がぬかるまないのは結構なのだが、足を一歩でも踏み外してしまえば、深い谷底へと真っ逆さま。

 恐ろしいとは思う。だがある意味ではこちらの方が遥かに進み易いので助かる。

 その代わりに身を隠す木が減っているというのは、斥候として考えれば決して良いとは言えない状況だった。




「ちょっと進むのが早かったか?」


「大丈夫だ。もう少し速度を上げてもいい」



 背後を振り返りレオへと問うも、彼が平然と言い切ったことに安堵する。

 デナムの城郭脇を密かに通り抜け、ここまで一時間近くを移動してきたが、どうやら彼はまだまだ走るだけの余力を残しているようだ。

 その言葉に甘えさせてもらうことにしよう。


 極力早く移動したいと考え、僕は左手首に嵌めたバングルへと意識を向け、ほんの僅かに出力を上げた。

 このまま順調に走っていければ、日付を跨いだ頃には共和国軍の野営地を確認できるはずだ。



『にしても、デナムも離反するなら共和国と合流してからにすればいいのに』


<何も考えず、先走ったのでしょうか?>


『その可能性はあるな。あるいは本来は今頃合流しているはずなので、共和国側で大幅に遅れる理由があったかだ』



 僕はエイダ相手に予想を立て合う。

 ただ現状ではどれが真実かを判別するだけの材料に乏しく、結論など出ようはずもない。


 そのような事を考えていると、ある程度は予想していた範疇ではあるが、不意にエイダが警鐘を鳴らしてきた。



<警告。前方八〇〇mに二体の人型動体反応を検知>


『共和国側の斥候か?』


<断定はできませんが、おそらくは>



 どうやら彼らは、デナムの騎士たちのように暢気な訳ではなかったようだ。

 当然と言える行動ではあるが、少数の人員を行軍する本隊よりも先行させている。



「アル、どうした」



 検知した共和国の斥候について考えている間に、少々呆としてしまっていたのだろうか。

 それによって進む速度を緩めてしまっていた僕に、レオは何事かと問うてくる。

 彼はいつの間にか僕より前へと進んでいて、小岩に片脚を乗せながら振り返っていた。



「ゴメン。……レオ、ちょっと止まってくれないか」


「ああ、何があった?」



 急ぐ道程ではあるが、無理に進んで見つかっては元も子もない。

 先に進みたい気持ちはあるが、ここはより確実性を取りたい。


 まだかなり距離が離れた状態ではあるが、待ち伏せるために隠れておいた方が無難。

 そう考え、手近な岩場の影を指して告げる。



「向こうで何かが動いた気がした。共和国軍かもしれない、少し様子を見よう」


「わかった、任せる」



 レオは変わらず簡潔な言葉で、僕の提案を了承してくれた。

 疑うような素振りもなく、こちらの言葉へとただ頷く。


 どうしてそこまでこちらを信用してくれるのか。

 不意に気になって岩陰に隠れながらそれを問うてみると、レオは何を言っているんだとばかりに返す。



「アルは毎回襲撃に気付く。一度も外したことが無い」



 言われてみればそうだったか。


 僕等は一見してあまり強くは無さそうに見えるのか、輸送任務の最中などに幾度となく野盗の襲撃を受けてきた。

 それだけ多くの野盗が存在するということでもあるが。


 ともあれ僕はその度に、襲撃に対処できるタイミングで察知するフリを続けている。

 流石に毎度それが続いては怪しまれるとは思うのだが、今のところ誰一人としてその理由を問うてきてはいない。

 現実として危険を回避しているのだから、彼らとしては何の不満もないということだろう。



「偶然だよ。たまたま人影が目に入って、それが運……、悪くかな? 敵だったってだけで」


「そうなのか?」


「そうさ。僕自身に何か特別な能力がある訳じゃないんだから」



 我ながら無理のある言い訳だとは思う。

 一度や二度は偶然というのもあるだろうが、それが毎回続けば何かが有ると考えるものだ。

 だがレオはこれ以上聞いてくることはなかった。

 僕自身も彼ならそういう反応をしてくれるだろうと考えていたため、こんな無理やりな言い訳で済ませているのだが。


 これがレオ自身による気遣いによるものかはわからない。

 だが今の時点では、それに甘えさせてもらうことにした。


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