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狂信 02


 傭兵団が掌握したことにより、都市国家ラトリッジは解体。単純ではあるが、以後はその名を都市王国ラトリッジへと改められた。

 当初は名前も一新しようという意見が多かったのだが、都市名そのものにどうこうという印象があるわけでもない。

 そのため周辺の他都市国家への通りの良さもあって、あえて国としての名はそのままに、体系を王政とするだけに留まったのだ。


 西方都市国家同盟の南部、シャノン聖堂国などはその政治体制から"王国"と呼ばれたりはするが、実際には巨大な宗教組織のトップが治める国。

 なので正式に王という存在を頂点に置く王政の国は、この大陸で唯一となる。

 かつて大陸中央部にはいくつか点在したそうであるが、隣国のワディンガム共和国の侵攻を受け、その全てが滅亡しているため、ある意味でゲンの悪い名であると言えなくはないかもしれない。


 とはいえ実際には数ある都市国家の一つであるのに変わりはなく、円形の外壁に囲まれた旧市街と、その外に築かれた新市街のみの国。

 あとは周辺の国境も曖昧な丘陵地帯と、ごく僅かな穀倉地帯を持つばかりで、これといった特色もない。

 ……いや、一つだけ他所とは大きく異なる特徴があったか。




「この度はおめでとうございます。お二人のご婚姻と、新たな統治者となられた件を合わせて。これから更なる発展に期待させていただきますぞ」


「そう言っていただけると励みになります。皆さんの期待を裏切らぬよう、邁進していくとお約束しましょう」


「これは頼もしい。やはり若い方に任せると、活気づくというものですからな!」



 酒と料理を手にした男性は、くっつかんばかりの近さで立つ僕とヴィオレッタへ、大きな声で祝いの言葉を述べていく。

 僕はそれに対し差し障りのない、通り一辺倒の社交辞令的な言葉を返し続けていた。


 ヴィオレッタとの挙式も終わり、逃げるように広場を跡にした僕等。

 ヘイゼルさんが呼んでいるというラティーカの言伝を受け、着替える間もなく傭兵団の拠点へと戻っていた。


 そこで一休み出来るのであればなによりだが、やはりそうはいかないらしい。

 目の前に立つ壮年の男は、都市の商業地区を代表する地区長を担う人物。

 僕とヴィオレッタはその彼を相手とし、疲れた気力に鞭打ち表情を作り、必死に会話を続けていく。

 だが相手をしなければならない相手はこの人物一人だけではない。

 他にも鍛冶や冶金職人を統率する組合(ギルド)の長や、公園管理を担う団体の責任者。それに新たに築かれた新市街の地区長にも挨拶をしなくてはならなかった。

 これもある意味で、新たな国を築く生みの苦しみだろうか。



「そういえば、これから先も傭兵団を率いていかれるとお聞きしましたが?」


「ええ。まだ統治者として代替わりしたばかりで、治世が安定しているとは言えませんので。当面は落ち着くまで、自身がそちらも統率していこうかと。いずれはそちらを誰かに任せようかとは考えていますが」


「文武の双方に長けた人物というのは、また頼もしいものですな。傭兵団の皆様も、さぞや心強いことでしょう。……いや、今はラトリッジ王国軍でしたな」



 談笑の内容は一通りのお世辞や謙遜の応酬から、傭兵団に関するものへと移っていく。

 壮年の地区長はイェルド傭兵団のことを、丁寧に"王国軍"と言い直した。


 今回都市を国として再編するに当たって、イェルド傭兵団はその立場を傭兵から国の正規軍へと変えることとなった。

 国の元首が率いる武力集団が、民間の組織であるというのも如何なものかという意見が発端となったのだが、団員たちの立場が安定することを思えばあながち悪い話ではないのかもしれない。

 騎士隊も解体したことで、都市内の治安維持を担う部分が空白化したというのもある。もっとも連中は、これまでも治安を維持して来たとは言い難いが。


 とは言うものの然程これまでとやる事は変わらず、都市内の治安維持に加え、他都市からの要請を受け戦場へ赴くというのが役割。

 つまり傭兵という稼業が、この国そのものの産業となる。これが同盟内外を含め、最も他国とは異なる点だ。

 そのためラトリッジの住民たちは、この新たに興った国を密かに、"傭兵国"との通称で呼び始めていると聞く。

 決して悪い意味を込め揶揄している訳ではないとは聞くけれど。



「もっとも我々としては、この酒場が今まで通り使えるというだけでありがたいですがな」


「ずっと好評をいただいていますから。住民の皆さんからの要望を聞いたところ、真っ先に挙がったのが酒場の維持ですからね」


「酒良し、料理良し、給仕たちの器量も良しとくれば当然でしょう。それに他では聴けぬモノもある」



 酒が入って機嫌を良くしているのか、地区長の男性はカラカラと大きく笑う。

 傭兵団が国の正規軍として再編はされたが、これまで団の拠点となっていた酒場、ここ"駄馬の安息小屋"はそのまま維持されることとなった。

 それもひとえに以前から住民へと解放し、好評を博しているというのが理由。


 隣り合う建物も買い取って拡張したことで、なかなかの広さを誇る酒場だ。

 ジェナというベテランを筆頭に多く雇い入れた女性給仕たちが忙しなく駆け回り、美味い酒と料理が消費され、愉快そうな声が毎夜漏れ聞こえる。

 カルミオとリーンカミラの双子による歌もまたここの名物であり、今も二人は壇上で流麗な音楽を奏で続けていた。

 変わらずここの主人であるヘイゼルさんによれば、都市を訪れる行商人らからも評判がいいらしい。


 以後はここでの収益も国庫に納まるため、なかなか馬鹿に出来ないものとなりつつある。

 もっともここのせいで、都市内には閑古鳥が鳴いた酒場もあると聞くので、その点は良し悪しかも知れないが。




「そろそろ失礼いたします、あちらにもご挨拶をしなくてはなりませんので」


「ああ、これは申し訳ないことを。では私はもう暫く楽しませていただきましょう」



 少しの間談笑を交わした僕は、きりの良いタイミングを見つけやんわりと断りを入れる。

 彼も都市の重要な人物ではあるが、他にも挨拶をしなければならない相手は多いのだ。


 僕は彼と離れると、次いで新市街を担う地区長の立つ場所へ向かおうと歩を進める。

 だが丁度その時、ふと視界の隅へ一人の人物が映るのに気付く。

 灰色のローブに頭へ深く被ったフード。そして手には金属製のネックレスにも似た、ゴテゴテと装飾が施された輪。

 その人物はここへ来ている都市内の有力者たちを見た後では、妙に浮いているように思えてならず、案の定周囲の人間はそいつへ近寄ろうとしてはいなかった。



「あれは……」


「神殿の人間だ。ここを開いてからずっと居るらしい」



 そんな怪しい出で立ちをした人物を訝しく思っていると、すぐ近くへ居たレオがそっと教えてくれた。

 "神殿"というのは、ラトリッジ新市街の中でも寂れた地域に、一軒だけポツリと建つ宗教施設。

 他の都市にも一軒ずつくらいは建っているようで、一言"神殿"と言えばそこ以外に指す場所はない。


 ただこのラトリッジに限らず、西方都市国家同盟の領土内に在る国の多くは、あまり信仰の類に関して熱心とは言い難い。

 なので決して大きな勢力や組織であるとは言えず、同盟内ではさしたる存在感を示すこともなく、ヒッソリとその存在が認知されるといった程度であった。



「……確か呼んでなかったと思うけれど」


「そのはずだ。だが別に招待券も配ってないからな、勝手に入ってきたみたいだ」


「名目上は誰も拒んでいないけれど、正直かなり浮いているな」


「ヘイゼルも困っている。だがアルと会うまでは帰らないと言っているらしい」


「僕と?」



 レオは僕等の式を遠巻きに見た後、すぐこの場へと移動していたらしい。

 そこで戻った直後からここへ入ってきているという、あの人物を見つけたらしいのだが、招待もしていないため帰るよう促しても、僕へ会うまではと居座っているとのことだ。

 わざわざここへ来たのだ、主賓である僕やヴィオレッタと話したいというのが目的なのだろう。

 ただこれまで接点がほとんどなく、都市内でも目立たぬよう在り続けてきた神殿が、どうしてこのタイミングで。


 ともあれここで考え込んでいても始まらないと、僕はひとまず他の人たちへの挨拶へ周ることにした。

 場違いな風体をした神殿の人間も気になるが、まず先に招待をした人たちと優先して言葉を交わす必要がある。

 神殿の人間も流石にそこは察しているようで、これといって近づく事もなく、ただ酒場の壁へ沿うように待ち続けていた。



 一通り挨拶も済ませ、多くの招待客たちが酒場を出て帰途につき始めた頃。

 僕はようやく神殿の人間の前へ行き、少々わざとらしいかとは思いながらも歓待の言葉を向けた。

 まだ着替えることすらできず、式を挙げた時と同じ窮屈な格好のままではあるが、こればかりは致し方あるまい。



「ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします」


「お初にお目にかかります新王。わたくし新市街に小さな居を構えております、神殿の責任者トイアドと申します」


「やはり神殿の方でしたか」


「はい。申し訳ありません、招待も受けていないというのに」



 神殿の人間は長く待たせていたというのに、思っていた以上に腰の低い態度で、自身の非礼を詫び深く頭を下げる。

 ただ彼が僕のことを"新王"と呼んだ点が少々引っかかった。他の人間は大抵"陛下"、あるいは"王"。傭兵団出身者たちは"団長"などと呼んでいるのだが。



「構いませんよ。……ですが神殿の方がいったいどのようなご用件でしょう、ただ挨拶に来たとは思えませんが」


「勿論でございます。この度わたくし共、新たにラトリッジの王となられた貴方様に、是非ともお願いしたいことがございまして」



 通り一辺倒な挨拶を交わし終えるなり、僕はトイアドと名乗った神殿の人間へ、すぐさまその要件を問う。

 彼らのような泡沫勢力は、大抵自身の規模を大きくしようと考える前に、その身を護るというのを第一に考えるもの。

 信仰する者は少なくとも、これまで問題なく在れたのだ。いくら統治する人間が変わったからといって、早々アピールに来るモノだろうか。


 しかしそのような考えに反しトイアドは単刀直入に、僕へ要望があると告げる。

 どうにも嫌な感じだ。宗教の一切を否定する気はないが、それでも妙な怪しさを感じてしまう。

 加えていまだフードを脱ごうともせぬ彼の目が、布の下で爛々と輝いているように見えたせいもあるだろうか。



「……ご要望に沿えるかはわかりません。ですがお話だけは伺いましょう」



 僕は一定の警戒を維持しながらも、表情だけは努めて友好的を装う。

 どうにも嫌な予感を覚えはするが、彼ら神殿の人間もまた、この都市王国ラトリッジの国民であることに変わりはない。

 露骨に嫌な顔を見せるわけにもいかず、とりあえず聞くだけは聞いてみようと耳を傾けた。

 だが話を促す僕は、怪しく笑むトイアドの言葉に、危く表情を顰めそうになる。



「では新王。わたくしが今回お願いしたいのは、神殿の説く教義、信仰をこの国の国教として認めて頂きたいということなのです」


「国教……、ですか」


「はい。現在までこの国は、嘆かわしいことに我らに相応しい扱いをしてはきませんでした。以前の統治者は歯牙にもかけませんでしたが、連中を追い払った貴方様であればと」



 なるほど、このトイアドと名乗った神殿の人間が、僕を新王と呼んだ理由がわかった。

 前の統治者にもこの提案をしていたようで、その時にはにべもなく断られたようだ。

 つまり彼にとって、というよりも神殿にとっては、僕は次の交渉相手に過ぎないということ。だからこその新王という呼び方であったらしい。


 さてどうしたものか、と僕は彼の言葉を聞きながら考える。

 それは決して提案を受け入れるか否かというものではなく、どうやって断りを入れようかというもの。

 ラトリッジに限らず、同盟領の大半は土地柄気候も比較的安定しており、作物も問題なく供給される。

 飢餓に見舞われることもほとんどなく、信仰に縋る必要性がほとんどない土地なのだ。

 故に宗教の力を頼らずとも十分やってこれたので、あえて神殿の手を借りる必要もない。それはおそらく前任の統治者も同じ見解だっただろう。


 なのでアッサリと断りたいというのが偽らざるところ。

 だがトイアドの言い分を聞くうち、僕は実際に表情へは出さぬものの、滲み出始めた異様な気配に後ずさりたくなっていた。



「信仰薄きこの地を、教皇猊下の御威光で照らすことにより、より人々を穏やかで豊かとするべく――」



 己が信仰する対象について語っているのだ、このくらいの調子は案外普通であるのかもしれない。

 しかしフードの下から覗く目にはどこか色が無く、反面恍惚とした表情と相まって、一種異様な空気を感じてしまう。

 それに彼がスッと姿勢を正して次いだ言葉に、僕は身体が警戒心に緊張するのを自覚した。



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