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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
317/422

産声 05


 吹き付ける冷たい風によって、カタカタと揺れる木窓が鳴る音に、ただ唯一の暖房である簡素な暖炉で燃える薪が爆ぜる音。

 都市ラトリッジの深い路地へ広がる、都市内でもあまり治安が良いとは言えぬ暗い住宅地。

 僕はそこに在る我が家へと戻り、リビング中央のテーブルを囲み座っていた。


 傭兵団の団長という立場となり、今ではその傭兵団も都市を掌握したというのに、実のところ僕はまだこの古い家に住み続けている。

 単純にそういった物欲が薄かったというのもあるが、ここにはかなり想い出もあるためだ。


 傭兵団の訓練キャンプを卒業し、正式に傭兵という立場となって初めて得た仲間と、一緒に苦労して修繕した我が家。

 少ない予算でやりくりして買った安いテーブルや、もう中の綿が潰れてペシャンコになっている中古のソファー。うっかり踏み抜いてしまった床板に至るまでに想い入れが深い。

 今はレオだけとなってしまった、チーム初期メンバー全員との良い記憶が、ここには沢山しまい込まれている。




「私はそこまで深刻に考えずとも良いと思うぞ」



 その古ぼけた我が家で囲むテーブルの向かい、片手で頬杖着くヴィオレッタは、存外楽観的な態度で質問に返してきた。

 話している内容は、昨日ゼイラム元騎士隊長が提案してきた内容。

 傭兵団がこの都市を統治していくに当たって、一旦都市国家という枠を解体し、新たな国家として生まれ変わるというものだ。


 彼から提示された案を検討するため、その翌日である今この場に集まっているのは、住人である僕とレオにヴィオレッタ。あとはあえて言うならエイダだろうか。

 最初はヘイゼルさんも呼んで話をしようと考えていたのだが、事情を告げるなり彼女は「そんなのはお前たちでどうにかしろ」と言い、鼻で軽くあしらわれてしまった。


 そして他の傭兵団幹部たちにも、ヘイゼルさんと同様の反応をされている。

 幾つもの都市や拠点へ散っている人間を除き、現在は都市中央の邸宅へと詰めているため、そこで確認したところそのような反応を返されるに至っていた。

 以前に東部の都市に居るデクスター隊長からも聞いていたが、古株である彼らはもう、半ば楽隠居する気満々であるようだ。



「ようは気の持ちようだ。実際お前だけで統治を担う訳ではない、時間はかかるだろうが、補佐できる人間を増やしていけばいい」


「とは言ってもね……。現状助けてくれるのが、ゼイラムさん一人だけじゃ」


「お前が自信を表に出さないでどうする。それに私たちも当然補佐はする、頼りない素人であるのは否定せんがな」



 気楽な調子で言い放つヴィオレッタは、目の前へと置かれた茶へ口を付けながら、自身を頼れといった意志を向けてくる。

 彼女自身もわかった上で言ったように、素人であるのは否定できない。しかし長く傍に居てくれる戦友が、そう言ってくれるのは心強い限りだ。


 ヴィオレッタに感謝を示す代わりとして、僕は軽く笑んで頷く。

 次いで彼女の隣へと腰かけるレオへ視線を向け、彼にもまた同じ考えであるかを確認してみる。



「レオも、ヴィオレッタと同意見か?」


「俺は最初から反対などしていない。アルが上に立つなら賛成だし、他の団員たちもほとんどはそうだろう」



 レオもまたヴィオレッタと同様に、こちらを支えようとする意志をもってくれていたようだ。

 むしろ彼は最初から乗り気であり、この問いそのものが今更と言っていいのかもしれないが。


 ただそのレオは自身だけではなく、多く抱える団員たちの心情を口にした。

 あまり傭兵団の運営云々を得意とはしていない彼は、現在遠征時以外は団員たちの訓練担当として、彼ら彼女らの訓練に付き合い毎日を過ごしている。

 なので多くの団員と直接顔を合わせる日々を送っているだけに、団員たちがどういった考えを持ち、何を感じ取っているかという点を鋭敏に察しているようだ。

 勿論直接聞いてみないとわからぬ面も多々あるだろうが、レオがそう言うのだ、僕にはその言葉を信じたいという想いが強くあった。



「そうか……。二人が反対するなら、誰か押し付けられる人dも探そうかとも思ったけれど」


「諦めろ。お前がこの都市でどういった地位を名乗るかは知らん。だが全員とは言わぬまでも、私たちはお前が都市の上に立つのに異を唱えはしない」


「俺は他に良い人間を知らない。ならアルがやってくれればいい」



 我ながら冗談とも本気とも取れる、少々無責任な内容を口にする。

 しかし直後二人揃って苦笑すると、逃れようのない罪を宣告する裁判官のように、逃げ場の無さを断言されてしまう。



「全員で僕に押し付けようとしてないか……?」


「そこも否定はせん。だがこれまで積んできた実績の結果だ、大人しく受け入れるといい」



 いつの間にか席を離れ、棚の一つへと近寄っていたヴィオレッタ。

 彼女は僕の言葉を笑い飛ばすように宣告すると、棚から取ってきた酒壷からカップに中身を移し、音を立て僕の前へと置く。

 我が家に置かれた幾種類かの酒の中で、最も高価であるそれは、芳醇ながらも強い酒精を放つ。

 その眩暈のするような香りは手にしようとする権力、強いアルコールは権力に対する責任の強さを表すかのようだ。


 実際ヴィオレッタが、そういった意図で出したかは知れない。

 ただ全員分ではなく僕だけに差し出したところから察するに、受け入れるなら景気付けに飲み干せと言いたいようだ。


 ジッと、強い酒が注がれたカップへ視線を落とし凝視する。

 しかしほんの数秒程度が経ったところで、僕はそいつを手に取り一気に煽った。



「……了解だ。嫌々その席へ着くくらいなら、いっそ自分から決めた方がマシかもしれない。もう退路も断たれているようだし」



 こちらの返答を待ち沈黙し続けていた二人へと、見せつけるようにカップの中身を呑み干し、宣言するように大きく告げる。

 するとヴィオレッタは穏やかな表情を浮かべ、さらに取り出した二つのカップへと、同じ酒を同じ分量だけ注ぎ入れ、自身とレオの前へ置く。

 彼女が先ほど言った通りだ、自分もこちらの背負う負担に手を貸そうという意思表示。


 僕は強い酒精の香り漂うそれを一気に飲む二人を眺めながら、テーブルの下で強く拳を握る。

 これから先、今までのような自由はなくなるのだろう。

 傭兵団団長となった時以降、身の軽さはある程度束縛されるに至ったが、こうなれば尚更だ。



 強いアルコールにむせ、咳込むヴィオレッタ。

 一方で平然とした無表情のまま、三人分のカップへと酒を注ぎ足していくレオ。

 僕がそんな二人を声に出さぬまま眺めていると、今度はエイダが声を発してくる。ただなにやらその声はしんみりとしており、僕はその口調に僅かな驚きを覚えた。



<アル、わたしは嬉しく思いますよ。あなたがこのような仲間を得たことを>


『どうしたんだよ、急に。らしくない』


<あなたがこの惑星へ落ちて、ここまで十数年。AIという人工物ではありますが、わたしは貴方の親代わりを自称してきました。思うところがあるのは当然でしょう>



 このような場の空気に当てられたのか否か、エイダから発せられた言葉は、これまで聞かなかった感傷的な言葉であった。

 幼少期に親を亡くした僕にとって、エイダは親代わりであるのは確か。

 育ててくれた今は亡き老人が父親代わりであるなら、合成された女性の声で話しかけてくるエイダは、さながら母親であると言っていい。



<これを機に、あなたがこの手を離れる日が近いのではないか。そう思えてならないのです>


『……そうなのかもしれない。僕も地球の暦で言えば、十分大人として見られておかしくはない』


<そろそろわたしも役目を終える頃かもしれませんね。もしその時が来れば、大人しく引き下がろうとは思いますが>



 あえてここは感情の色を出さず、無機質な声を作って語るエイダ。

 地球であればともかく、この惑星においては年齢的にも十分大人扱いされ、式は挙げてないが既にヴィオレッタという妻も居る身。

 母親代わりを自認してきたエイダにとって、自身の役割が終わりを迎えようとしているのではという不安は、これまで表に出さぬまでも持ち続けていたモノであるらしい。


 だが普段はこちらをからかうか叱咤するばかりで、決して自身の感情を口にしないエイダだ。

 「まだ居てもらわなければ困る」と、そう言って欲しいのかもしれない。AIという存在ながら、そこまでの意志を持つだけの進化をしているのだから。



『でも引退には早いよ。エイダは肝心なことを忘れている』


<はて? なんでしょうか>


『僕は言葉が話せない。ある程度はこっちの文字も読めるようになったけれど、ヒアリングの方はまだ全然なんだから』



 どこか気恥ずかしさを覚えた僕は、あまり堂々と言えたものではない内容を、あえて冗談めかし揚々と告げた。

 実際エイダが会話と同時進行で行っている翻訳によって、僕はここの住人たちと問題なく会話を行えている。

 だからこそこの惑星における言語習得の必要性に迫られず、ずっとおざなりにされてきたのだ。

 一時期は本格的に覚えるべく勉強もしたが、最近ではサボリがちであり、むしろエイダの助けがなければ配偶者であるヴィオレッタとも会話できない有様。


 それに言語の翻訳以外にも、エイダが担ってきたことは多岐に渡る。

 衛星を使っての情報収集に分析、これまで得た情報をデータベース化し即座に照会してくれたり、複数の采配を並行して行うために一部を担ってくれるなど。

 若輩でしかない僕が傭兵団の団長として、これまでなんとかやってこれたのは、当然周囲の助けもあるが何よりもエイダのおかげという面が大きい。


 正直エイダの助力無しでは立ち行かなくなるし、これから更に忙しくなる以上、居て貰わなくては困る。

 僕は気まずさと若干のテレを抑えつけ、それらを正直に伝えていった。



<言われてみればそうですね。自信過剰と捉えられかねませんが、わたしが担う役割は相当な割合を締めます。それに翻訳の方も、行うのが常であったせいですっかり忘れていました>


『だろう? ずっと頼りっぱなしだったせいで、あんまり言語の習得が進んでいないんだ。甘やかしたツケは払ってもらうよ』


<……仕方のない子ですね。いいでしょう、これからは容赦なくいかせてもらいます。疲労などを言い訳にはさせません>



 まだ助力が必要である理由を並べ立てると、エイダは淡々と以後は厳しくしていく旨を口にした。

 先ほどと変わらず無機質な合成音声。だがどこか嬉しそうな気配すら感じられ、それがおかしく知らず知らずのうちに苦笑が漏れてしまう。



 そんな僕の表情を見て、エイダと会話をしていると察したであろう、ヴィオレッタがその場ですっくと立ち上がる。

 彼女は酒の注がれたカップを掴み、意気揚々と腰へ手を当てる。



「アルも覚悟を決めたことであるし、準備を始めねばなるまい。これから忙しくなるぞ」


「準備……? 統治権の移行とかに関しては、一昨日あたりに済んだけれど」


「何を言っている、祭りだ祭り。大々的にお前という存在を知らしめるためにも、そして住民たちの機嫌を取るためにもな」



 立ち上がったヴィオレッタが告げたのは、この都市で例年行われている大祭について。

 そろそろ春も近い。冬が開けた所で毎年行われているそれだが、今回は別の意味も込めて開催しようというようだ。

 確かにそういった場は、権力の移行を高らかに宣言するに丁度良さそうではある。

 愉しい祭りの最中に水を差すだろうが、傭兵団持ちで酒や料理を振る舞い、リーンカミラとカルミオの双子に歌を披露してもらえば、そういった野暮もある程度許してくれるだろう。


 既に乗り気であるヴィオレッタを眺めつつ立ち上がった僕は、自身も目の前に置かれたカップを手に取る。

 そしてジッと彼女へ目線を合わせると、これも良い機会だろうとばかりに、しばらく前から考えていた案を口にした。



「なら、ついでに僕等の式も挙げようか。今まで忙しさを理由に先延ばしにし続けていたけれど」


「んなっ!? ど、どうしてそういう話になるのだ!」


「ヘイゼルさんが急かすんだよ。いい加減堂々と式を挙げて、身を固めたと宣言しろってさ。どうやらまだ、何人かの女の子から狙われてるらしくて」



 これまで度々機会こそ窺っていたものの、結局まだヴィオレッタとの式は挙げられていない。

 というのも傭兵団再編のゴタゴタや、都市内で起こった騒動、それに宇宙からの来訪者などトラブルに事欠かなかったため。

 ヴィオレッタへと指輪を贈ってから、もう既に二年が経過している。いい加減可哀想だと言うヘイゼルさんの主張も、僕とてわからなくはなかった。


 それにヘイゼルさんから聞いた話によると、自分で言うのも小っ恥ずかしいが、虎視眈々と横に立つ役割を狙う女性がそれなりに居るらしい。

 僕とヴィオレッタがどうこうという話は伝わっているはずだが、式が成されていないという事から、まだ脈があると考える人が多いようだ。

 この辺りはここいらの文化というか、風習の問題であるので、自身の立場も相まってそろそろ解決せねばならぬ話でもあった。



「だからと言って祭りの最中でなど……。都市中で晒し者となるも同然ではないか!」


「いいじゃないか、晒し者。カワイイお嫁さんを自慢できる、またとない機会だしさ」


「……っ!」



 動揺しながらも難色を示すヴィオレッタへと、僕は止めとしてもうひと押し。

 すると彼女は室内の明りに照らされ、赤く染まった顔をさらに赤面させ、遂には押し黙ってしまった。

 しかし別に本気で嫌がっている訳ではないらしい。ヴィオレッタは顔を伏せながらも手に持っていた、並々と酒で満たされたカップを照れ隠しのように突き出してくる。

 僕はそれに自身の持つカップを合わせ乾杯すると、密かに口元を綻ばせるレオと目配せし笑い合う。



「決まりだ。ヴィオレッタ、レオ。これから先も頼むよ、色々とさ」



 それだけ二人へ告げ、満たされた酒を再度一気に煽る。

 高い度数の酒が喉を焼き、思考さえも熱く染め抜いていく中で、僕は赤面し俯くヴィオレッタと、酔いからか愉快そうなレオを眺めつつ想う。


 決して大きいとは言えない、人口にして三万少々という中規模な国。

 たった一つだけの街と、他国との境界線すら定かでない丘陵地帯。それに傭兵以外に特筆するようなものがない産業。

 それが大陸の西部、西方都市国家同盟の中央部にポツンと存在する、都市国家ラトリッジの全て。


 傭兵となって以降長く親しみ、多くの仲間と家族が住まう街。僕はこれからそこを護るため、三万の人たちを背負って立つ。

 だがこれまでは前座も同然。ここが僕等の出発点。

 都市の奥深く、陽も多くは当たらぬ薄暗い路地裏へ建つボロ屋の中で、傭兵たちによる王国は産声を上げる。



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