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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
316/422

産声 04


「よく来てくれました。お掛け下さい」



 騒動により滞っていた諸々の処務が粗方片付き、ようやく午後に茶の一杯も飲めるように鳴り始めた頃。

 僕は執務室へと姿を現した一人の人物と向き合い、極力穏やかな笑顔を作っていた。


 その人物は恭しく礼をすると、自身の右手に持っていた杖へと寄りかかりながら、ゆっくり身体を置かれたソファーへ静めていく。

 同時に僕も向かい合う椅子へと腰かけると、置かれた茶を勧めながら、挨拶として様子を尋ねた。



「お身体の調子は如何ですか、ゼイラム騎士隊長」


「おかげ様で。ようやく傷も塞がり始めましたし、ご覧の通り動く分には辛うじて」



 僕の前で座りながら再度頭を下げるのは、都市ラトリッジの騎士隊長であるゼイラムという男。

 実際の肩書には"元"という冠がつくのだが、その彼にここへと来てもらったのは他でもなく、先日ヴィオレッタと話した、都市を治めるに当たっての助言役を欲したためであった。


 都市を掌握する直前、彼とは直接合い見えた上に斬っているだけに、若干の気まずさが無いとは言い切れない。

 とはいえそこを除けば、別段彼とは何の確執があるわけでもなく、むしろ騒動以前から関係は悪くなかったと言っていい。

 僕自身実直な彼の気質を好ましく思っていたし、彼もまた僕に対してはそこまで悪い印象を持っていなかったとは思う。



「先日は申し訳ないことを……」


「いえ、あの時も申し上げましたが、互いの役割を果たそうとした結果ですので」



 見れば彼の羽織る上着の下へ、幾重にも巻かれた分厚い包帯が見え隠れしている。

 手にした短剣を根元近くまで刺したのだ、むしろこれで済んだのが奇跡と思えるほどであり、気になった僕はとりあえず謝罪の言葉を口にする。

 しかしゼイラム元騎士隊長は気にした風もなく、微かに口元を綻ばせていた。


 それにしても、彼は今となっては都市の統治者という椅子へ座るこちらへの敬意からか、以前にも増し随分と丁寧な口調で話す。

 であるのはわかっているのだが、逆にどうにも皮肉に聞こえてしまうのは、おそらく僕の思い過ごしや過剰な意識のせいなのだろう。


 彼を仕留め損なったというのは、一介の傭兵としては決して褒められた事ではない。

 もっともだからこそこうやって、サポート役をお願いできるのだ。ある意味でこちらにとっても幸運であるとは言えた。



「先日使者がお伝えしたと思いますが、是非とも協力をして頂きたい。我々には都市を動かす経験もなく、僕自身もまだまだ若輩者ですので」


「……生まれ育ったこの地で、まだやれる事が残っているというのは喜ばしい。是非ともお力添えをさせて頂きたく」



 前もって答えは用意していたのだろう。使者として向かった団員が伝えた内容を簡略した言葉に、ゼイラム元騎士隊長は早々に了承を示す。

 団員からは色よい返事があったとは聞いていたが、直接聞けたことでようやく安堵できる。

 本来統治者一族を排した僕等を快く思っていなくてもおかしくはないはずだが、元から彼はあまり前統治者たちに良い印象を抱いていなかったようなので、色々と思うところがあるのだろう。


 ともあれゼイラム元騎士隊長自身は、これまで都市の運営に携わってこなかったが、立場上近くで見る機会というのは多々あったと聞く。

 なので少なくとも僕等よりは、ずっと物を知っているはずだ。



「ただこの身も老齢に差し掛かっております、何から何まで全てをとはいきません」


「わかっています。諸々を覚えるまでの当面と、都市を離れている時の代理をお願いしたいので」


「かしこまりました。この老骨に出来る限り、お手伝いさせて頂きましょう。ではまず――」



 もう既に以前対峙したことなど割り切っているのか、杖を突きゆっくりと立ち上がると、恭しく一礼する。

 ゼイラム元騎士隊長にしてみれば、これまで仕えてきた相手が変わっただけで、そう受け取り方が異なる物ではないのかもしれない。

 その彼は一呼吸置き腰を降ろし直すと、早速何やら思うところがあったようだ。真っ直ぐにこちらを見据えるなり、いたく真面目な調子で口を開く。



「ではまず、お手伝いをさせて頂くに当たって、私から一つ提案が」


「お聞きしましょう」


「ありがとうございます。傭兵団が新たにこの都市を統治するというのに、異論をはさむつもりはありません。しかしこれまでに他の都市でも前例のないこと。ならばいっそのこと、新たな国として創り直してはいかがかと」



 ゼイラム元騎士隊長の発した言葉に、僕は一瞬だけ怪訝さから眉を顰めてしまう。

 彼の言葉をそのまま受け取るとすれば、この都市国家ラトリッジを解体し、新たに別の国家として再構築するというもの。

 そんなことが可能かどうかと言えば、全く出来ないことはないのだろう。しかしあえてそこまでする理由があるのだろうか。



「住民たちは表向き平静ですが、その実は不安を抱えております。これまでは顔すら知らない人間が統治していましたが、一定の不満はあれど日々を送って来れた」


「そこはなんとなく理解できます。しかし僕等は前の統治者と違い、これまで住民たちと近い場所に居ました。最近では団の酒場にも一般の人たちがよく来ますし……」


「近くで見てきたからこそ、余計に不安なのです、戦争に明け暮れていた傭兵に、本当に都市を治められるのであろうかと」



 なかなかに辛辣な内容ではあるが、ゼイラム元騎士隊長は遠慮なく自身の抱いた印象を突き付けてくる。。

 ただ彼の言うことはあながち解らないでもない。僕等はいわゆる戦争屋であることは事実であり、都市の統治などという役割からは無縁の存在。

 となれば住民たちが口に出さぬも、密かに不安を抱えていてもおかしくはなかった。



「ならばいっそ武人らしく、国という型を破壊してしまうのも手です。根底から変えてしまった方が、後々やり易くなってよろしいかと」


「一から創り直すと? 傭兵団が統治し易いように……」


「正確には、"貴方が"統治し易いように。ですな」



 ゼイラム元騎士隊長はニヤリと、どこか思わせぶりな、今まで見せたことのない笑みを浮かべる。

 なかなかに悪辣というか、陰謀屋の気配が漂ってくる。

 しかしやはり彼を迎え入れて正解であったのかもしれない。

 これまでは表に出ることがなかったが、存外蓄えた見識や異なる視点というものを持っているようだ。

 その彼はふと表情を持ち直すと、座る僕のすぐ近くへと移動し、杖を頼りに悪戦苦闘しながら膝を着く。



「遥か北西の地、海を幾日も越えた先に在るという大陸は、二つの国によって二分されていると聞き及びます。そしてこの双方は、一人の人物によって代々保有統治されていると」


「僕にそうなれと? ですがこれまでも、統治者一族の筆頭が代表して治めてきました。ならこれまでとそう変わらないでしょう」


「ですのでこれから先は、統治者とは異なる名を称されると良いかと」



 目の前で膝を着き、少しばかり見上げるようにしてジッと僕を見据えるゼイラム元騎士隊長。

 ここまで来れば、僕は彼が何を言わんとしているか察しが付く。

 そして彼はこちらが瞬時に予想していた、あまり好ましくない単語を明確に口にした。



「"王"と」



 実際にはエイダの翻訳によって、こちらに理解できる単語へと直されているだけに過ぎない。

 しかし彼が口にしたそれは、重く重く、ズシリと圧し掛かってくるような気配を纏う言葉であった。

 これまでも同じ意見が無かったわけではない。団員たちからも「団長を頂点に」という言葉は聞かれたし、レオなどは案外乗り気であった。



「あまり……、好ましい立場ではないですが」


「諦めなさいませ。誰か一人を大将として頂くというのは、実に単純でわかりやすい構図です。東の"ワディンガム共和国"のような政治体制は理解されぬでしょうし、南の"シャノン聖堂国"のように、宗教色の強い国でもありません」



 淡々と話すゼイラム元騎士隊長は、王という概念に難色を示すこちらの言葉を打ち払う。

 彼は独学によって学んでいたのか、あまり一般に知られてはいない他国の政治体形まで、多少なりと知っているようだ。



「先ほどお話しした北西の大陸では、王自らが先陣に立ち率いると聞きます。ですので傭兵団を率いながら国を治めるというのも、あながち両立できないことではないかと」


「……それって相当の才覚が要ると思いますけどね。で、貴方は僕が留守にする間は代理の王ですか?」


「これも先ほど申し上げましたが、老体に鞭打つのも次第に辛くなって参ります。今更権力を得たところで、メイドたちに身の回りを世話させる以外使い道はありませんな。ですから早めに後任をお探しになるのがよろしいかと」



 少々冗談めかして告げるゼイラム元騎士隊長は、愉快そうにしながらもその目はいたく真面目であった。

 つまり彼自身には、そういった野心がないと言いたいようだ。たぶん……、それは本音なのだろう。


 僕はたった二人だけの空間で暫し黙り、軽く目を閉じて思案する。

 そうして十数秒ほどの時間を掛けると、嘆息しながらゼイラム元騎士隊長へと返答の保留を申し出た。



「一晩だけ時間をください。仲間と……、話をしてみます」


「ゆっくりお考えなさいませ。なに、急ぐ話ではありませんからな」



 僕がその言葉を発すると、彼自身は話を急かしすぎたと考えたらしい。

 同じく緊張を払うように息を吐き出すと、視線を和らげ大きく頷き告げる。

 その表情は先ほど見せたような鋭さや、これまで見てきたような力強い騎士隊長としてのモノとは異なる、非常に穏やかなものであった。


 確かに傭兵団のトップは僕だが、一人の意志だけでこのような決定をしてしまうのは、流石にどうなのだろう。

 なにも僕は都市内の権力を自分にだけかき集めたい訳ではなく、むしろ面倒な役割は放り出したいとすら思っている。

 名目上は傭兵団として統治者の位へ立つ以上、重要な決定はある程度合意の上で決めた方がいい。



 そこで一応の話を終えたため、重そうに身体を持ち上げ立つゼイラム元騎士隊長を見送り館の外へ。

 また近々相談をしに行く旨を告げ見送り、彼の乗ってきた客車が引かれ見えなくなるのを確認したところで、脱力し門へともたれかかる僕へと響く声が。



<就任をお喜び申し上げます、陛下>


「五月蠅い」



 愉快気に挑発するエイダの声を瞬時に黙らせるべく、短い言葉を放つ。

 ただついうっかり声に出してしまっていたようで、正門を護る傭兵の一人がビクリと反応しこちらを見るのに気付く。

 その彼に気にしないでくれとだけ伝えると、僕は邸宅の中へ入りながらエイダへ不平を吐露する。



『気楽な立場はどこへ行ったんだか……』


<もう諦めては? 都市の統治者も王様も、さして変わりはないでしょう。語感から来る印象の違いですよ>


『その語感の違いが、大きなストレスになりそうだ』



 エイダの言う通り、今更やる事にそれほど違いはないのかもしれない。

 しかし廊下を歩く最中、窓から空を見上げてみれば、ドンヨリとした分厚い雲に覆われており、その薄暗さは自身の心象を表すよう。


 人口だけを見れば三万と少しという、大陸東部地域としては中規模の都市であるラトリッジ。

 地球の基準で考えれば、地方の小規模な町といった規模だろうか。

 しかしだからこそ、ゼイラム元騎士隊長の言葉を否定できない。

 三万人規模の都市で、数十人を越える人間が統治を担うというのは過剰だ。この惑星の感覚で言えば、むしろただ一人が頂点へ立つ方がむしろ自然だった。

 実際前の統治者たちも、一族で担ってはいたがただの一人が筆頭として据わっていた。



<ならばそのストレス、分け合ってもらえばいいんですよ。今のアルには、ちゃんと家族が居るんですから>


『……そうだな、ならやっぱり話してみないと』



 先ほどとは一転、穏やかな口調を作って告げるエイダ。

 僕はそんな言葉に浅く頷くと、いまだ都市の奥深くへと建つ、ボロボロな我が家へ赴くべく踵を返した。



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