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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
315/422

産声 03


 築年数で言えば、もう百数十年以上は経過しているであろう古い建築物。

 これまで永年権力を湛え醸造してきたであろう、荘厳な佇まいを持つこの屋敷は、代々の統治者たち一族が暮らしてきた場所だ。

 その中にある一室でこの日、僕は朝から延々数人の人物を相手に顔を突き合わせ続けていた。


 時刻は既に昼間近。いい加減腹も減り眠気も覚え始めてはいるが、かといってこの場を放り出すこともできはしない。

 なにせ相手は全員が、都市内の各地区において顔役となっている人物。

 これから先都市を統治しようかという傭兵団の長としては、彼らとの関係性なしには事が進まないのであった。



「とりあえず今のところは、住民たちも落ちついている。このままでもやっていけるのではないか?」


「穀類や野菜などは問題ない、だが肉の類はどうする。この地域で産する分だけでは、今までの消費分を賄えない。冬の間はまだ我慢も出来ようが、春頭になれば物資の不足は目に見えてくるぞ」


「鍛冶に携わる者が多い我々の地区からすれば、金属の仕入れが滞るのも困る。なにせこの地域では掘っても何も出ない」



 屋敷の一室へと集まった各地区の顔役たちは、各々が担う地区の状況を踏まえ、とりあえず不安となるであろう点を口にしていく。

 朝から延々長い時間を掛けても、なかなか結論が出ずにいる内容は、他の都市とどう関係を保っていくかという件。


 今までは巨大な傭兵団の拠点があるというのを除けば、ラトリッジは同盟領内においてあくまでも、中規模なだけで特筆する点もない都市であった。

 だが今はその傭兵団が都市を掌握し、以後の実権を握ろうとしているのだ。

 さながら他の都市から見れば、これまで平穏であった共同体の中に、突如として強力な軍事国家が誕生したも同然。


 おそらく他の都市を統べる統治者たちは、この街の前統治者一族と同じようなことを考えているだろう。

 いずれ善からぬ野心を抱き、同盟全土を自分たちの傘下に治めようとするのではないかと。

 つまりそれによって起きる交易の不調や物流の停滞、各地区の代表者たちはそういったことを心配しているのだ。

 そんな彼らへと、僕はノンビリとした口調で告げる。



「ひとまず、こちらに敵意がないと示す必要はありますね」


「どうやってですかな? 手紙一通送って納得してくれるほど、生易しいとは思えませぬが」


「手紙を送るというのは当然行うとして、実際そこまで拗れはしないでしょう。なにせ我々傭兵団がやる事そのものは、これからも変わらないのですから」



 彼らは傭兵団が統治者として据わることそのものは、別段問題とはしていなかった。

 昔であればともかく、現在この都市において傭兵の地位というのは意外に低くはなく、横暴を働く騎士などを排した事もあって、評判自体は然程悪くはないためだ。

 だがやはりネックとなるのは、都市そのものが警戒される事態から起こる弊害。商業活動の妨げとなるのを心配するのは当然であった。


 ただ僕は彼らほどには心配しておらず、どこか楽観的な思考を持っていた。

 現状同盟内に傭兵組織は複数存在するが、その多くは五十人に満たない中小規模のものばかり。総勢で300名を越えるイェルド傭兵団以上の勢力は存在しない。



「どちらにせよ、彼らは我々と手を組む他ありません。現在も北方での戦闘は散発的に発生していますし、東のワディンガム共和国という存在もあります」


「では事を構えるとまではいかぬと?」


「傭兵団が同盟を見捨て、ラトリッジだけの防備に専念すれば、困るのはあちらですから。それに連中には、こちらとやり合うだけの戦力はありません」



 僕は不安を露わとし続ける地区の代表者たちへと、自信を前面へ押し出して断言した。

 ただこれはなにも虚勢などではなく、ある程度の根拠あっての物。

 今までだってイェルド傭兵団が同盟最大の戦力として、侵略の矛先を向ける敵と戦い続けてきたのだ。

 そんなこちらを相手とするだけの度量が、決して一枚岩とは言えぬ複数の都市にあるとは思えないし、そもそも向こうにはそうするだけのメリットすら無い。


 それにこちらには百を越え数の、銃という武器が存在する。

 当然その存在は地区の顔役たちが知りようもないが、これは他者に対する大きなアドバンテージ。

 今頃それぞれの都市統治者には、そういった武器の存在はそのものは断片的に伝わっているころだろう。



 その後も僕は淡々と代表者である人たちへと、過度な心配をする必要がない旨を伝えていった。

 最初こそ懐疑的な目も見受けられたが、話すにつれ徐々にその様子も収まっていく。

 朝からぶっ通しで話を続け、ここに至ってようやく困惑や不安の言葉が落ちついてくれたようで、完全に不安が払拭こそされてはいないだろうが、次第に声高に脅威を叫ぶ者はいなくなる。


 ただそうなると今度は、別の点が気になりだしたらしい。

 一人の老年な男が挙手し問うてきたのは、以後の傭兵団の立ち位置。

 傭兵団が新たに統治者として立つことによって、今まで騎士がしていたように、横暴な振る舞いをし始めるのではという懸念だ。



「信じて頂けるかは今後の振る舞い次第ですが、住民への不当な行為に対しては断固とした処置を行うつもりです。これまでは騎士たちを縛る法がほとんどなかったので、この機に新たな法へと手を付けようかと」



 なによりもまずは、彼らだけではなく住民たちの信を得なくてはならない。

 そのためにも、これまで騎士たちの横暴を許してきた要因ともなっていた、罰するための根拠を整備する必要があった。

 ただ僕は自分自身で口に出しつつ、またもや面倒な作業が残っているとウンザリする。

 ……住民との折衝も面倒だが、これが一番大変であるかもしれない。このあたりはエイダのデータベースに残っているであろう、地球のそれを参考としながら作るとしよう。



「そういえば騎士で思い出しましたが、あいつらはどうなりましたか? 先日の騒動が起こる直前から、一向に姿を見せませんが」


「彼らなら騎士隊長を除いて、ほぼ全員が逃げ出しました。つい数日前に何人かが戻ってきて、騎士を続けられるよう要求してきましたが」


「それで何と?」


「勿論追い返しましたよ。連中の身分を保障してやる義理はないですし、そもそも戻ったところでまた悪さをするだけ。こっちだって忙しいんです、相手をしている暇もありませんしね」



 地区代表者の一人である、三十代に入ったかどうかと思われる女性が小首を傾げ問う言葉に、僕は肩を竦めおどけて告げる。

 すると部屋の中にはこれまでなかった、快活な笑いが響く。

 実のところ顔役たちや住民は、この件もかなり気になっていたらしい。

 ただそれも当然か、横柄な連中が一時的とはいえ初めて消えたのだ、二度と戻ってくるなと考えてもおかしくはない。



「騎士連中は徐々に戻って来ようとするでしょうが、当然今後も受け入れる気はありません。本来の騎士としての自覚を持つ者が居れば別ですけれど、あの中に居たとは思えませんし」



 僕は彼らへと今後も騎士の受け入れを拒むと告げながら、ふとその存在に想いを馳せる。

 本来の騎士は、都市統治者だけでなく住民を守護し、治安に寄与し誇り高く在る存在。

 ここよりずっと北の地で一人奮闘を続ける女性騎士は、以前再会した時に酒の席でそう言っていた。

 都市ラトリッジに居た騎士たちの中で、このような考えを持っていたのは、おそらくゼイラム騎士隊長ただ一人だけだったのだろう。



「団長殿と騎士隊長との一戦、実はわたしも拝見いたしましてな。いや実に見事なものでした」


「これはお恥ずかしい。実はあの時少々苦戦致しまして、まだまだ未熟ということですね」


「ご謙遜を。ところであの騎士隊長、聞いた話では一命を取り留めたとのことですが。処罰はされないのですか?」



 謙遜を口にする僕を突然に褒め称え始めた老人は、騎士隊長をどう処するかを尋ねる。

 あの時仕留めたはずのゼイラム騎士隊長、意外なことに辛うじて命を繋いでおり、現在は自宅にて療養生活を送っていた。

 最後はせめてベッドの上でと思い、瀕死の彼を団員に宿へ運ばせたのだが、その団員がした話によれば、宿の主人が医術の心得を持つ人間であったらしい。

 傭兵団が居を置くこの都市には案外多いのだが、元々は傭兵団で医療を担っていた人間であり、流石に捨て置くのもしのびないと治療を施したのだという。


 彼もそれなりの高齢であったはずなのだが、日頃から鍛えていたため体力があったおかげか。

 何にせよ死なすには惜しい御仁であっただけに、僕は口には出さぬまでも、内心で安堵したというのは事実であった。



「彼の処遇は、追々考えるとしましょう。とりあえず本日はこの辺りでいいですかね」


「ではまた後日。そちらも大変でしょうから、都合の良い日にでも」


「ご配慮感謝します。では外の客車へ、団員たちに送らせますので」



 今日一日だけで、全ての内容を話し終える事などできやしない。

 なので今日のところは一旦ここまでとし、場をお開きとした僕は代表者たちと共に、外で待つ複数の荷車が置かれた場所へ移動する。




 邸宅の外へと出ると、代表者たち全員一人ずつと丁寧に挨拶を交わし、別に危険などはないだろうが団員を伴い返っていく彼らを見送る。

 そうして最後の一人が去り、愛想の良さを浮かべた笑みのままで元統治者邸へと入り扉を閉めてから、ようやく表情を崩して大きく息を衝く。



「終わったか。反応はどうだった」


「そこまで悪くはないかな。こっちの事情はある程度理解してくれたしね」



 扉へと背を預け脱力しかけていると、左右へ伸びる廊下の向こうから声がかかる。

 僕はそちらへと視線を向け返すと、声の主である両手に大量の書類を抱えたヴィオレッタは、労をねぎらうように薄く笑んだ。

 一人で持つには少々大変そうなそれを半分受け取り、彼女が来たのとは反対側の廊下へ歩を向ける。



「万事滞りなく協力を取り付けたとまでは言えないけれど、一応批判的な態度を取ったりということはなさそうに思う」


「住民からしてみれば、やる事は今までとそう変わるモノではないからな。むしろ騎士を野放しにしてきた連中よりは、マシであると考えたのだろう」


「ほとんどそれと同じことを言われたよ。……ただ逆に言えばそれだけだ。信を得たとは言えないってことだけれど」



 廊下の全面へと敷かれた豪奢な絨毯を踏みしめ、行った会談の内容を話しながら進んでいく。

 今から行こうとしているのは、この大きな邸宅内の隅へ在る執務室。ここを占拠した時に、統治者連中が固まっていた部屋だ。

 今までは傭兵団の持つ酒場である、駄馬の安息小屋の一角を執務室代わりとして使っていたのだが、都市を掌握した今はそうもいくまい。

 以前の統治者筆頭が使っていた、多くの調度品が置かれたその部屋を、当然のように使用することとなっていた。


 その執務室へと入り大きな卓へ書簡の山を置くと、ヴィオレッタはやれやれとばかりに呟く。



「お前もよくやるものだ。連日誰かと会談を続けるなど、頭が痛くなりそうだ」


「時々は代わってくれると嬉しいんだけれど」


「丁重にお断りさせてもらおう。私はこの先傭兵団の財務から身を引き、都市統治者の妻として悠々自適の生活を送るのだからな」



 そう言うとヴィオレッタは、書類の重みから解放された手をヒラヒラと振り、いかにも気楽そうな素振りを見せる。

 ただ彼女にそのような気はさらさらないだろう。

 最初こそ嫌々やっている空気が漏れ出ていたが、彼女も最近はいい加減慣れ、日々充実した様子を見せていた。

 それにヴィオレッタ自身、大人しく家庭で編み物をするような性分ではあるまい。


 なので僕がそんな例えを言葉にして問うてみると、彼女は自身が暖炉の前で穏やかな表情となり、編み物をする姿を想像してみたらしい。

 一瞬だけ表情を固めた後、冗談ではないとばかりに嫌なモノを見る表情へと変わった。



「そ……、それは置いておくとしてだ。お前の方はどうするつもりなのだ」


「どうすると言うと?」


「傭兵団の団長と、都市の新しい統治者。どちらを優先するのかという話だ。はっきりと言えば、両立はまず不可能だろう」



 話をはぐらかすように咳払いをするヴィオレッタ。

 ただ彼女が代わりに向けてきた話題は、なんとも切実というか、目下決断を迫られている事柄であった。

 まだ数日ながら実際やってみて痛感したのは、なかなかに都市を治めるという役割は甘くないというもの。

 騎士の横暴を見逃した上に、傭兵団を潰そうとした元統治者の連中ではあったが、この点ばかりは相応に役割を果たしていたらしい。



「アレでも前の統治者連中は、一族で役割を分担していたらしい。対して我々には都市監督のノウハウもない上、当面はお前一人が負担を被る破目になる」


「基本的には都市をことを優先しないといけないだろうね。でも傭兵団としての活動もあるし、その時だけでも任せられるよう、ノウハウとやらに触れた経験のある人を迎え入れるとしようか」


「最後の承認部分だけ担うのであれば、いっそ人に任せてしまうのも手か。しかしそのような人物、そう簡単に見つかるものか……?」



 ヴィオレッタは僕の決めた事そのものに異論を挟むつもりはないようで、すぐさま次に必要となるであるものへ思考を向けた。

 ただそうなると、今度はこちらを補助してくれる人間が早々見つかりはしないと考えたようで、険しい顔で首を傾げる。

 僕はそんな彼女へ心配が無用であると告げ、まだ引き受けてくれるかは定かでないが、一人の人物の名を挙げた。



「問題はないよ、僕にちょっとした心当たりがある」



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