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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
314/422

産声 02


 傭兵団と都市側が雇った戦力が衝突し、結果僕等が都市を掌握することとなって四日。

 当初は大きな混乱が生じるかと思われた都市内であったが、思いのほか住民たちは平静を保っており、つつがなく普段通りな日常が送られていた。

 市場を見ても人通りの多さは変わらぬし、路地の入口では子供たちが並べた小石を使って遊んでいる。

 僅かに小雪が舞ってはいるが、普段とほとんど変わらぬ光景。

 ただ一点だけ違うところを挙げるとすれば、都市内の所々で幾人もの役人が、大きな木槌を持って作業を行っているということだろうか。



 ゴンゴンと大きな音を立て、地面へと打ちつけられていく木製の立て看板。

 その周囲にはパラパラと人が集まりだし、何事かと興味深そうに見入っていた。

 作業を行う役人がその場を離れるなり、こぞって看板の近くへと集まる住民たち。彼らは暫しジッとそれを凝視すると、やはりかと首を幾度も縦に振る。



「オレはこうなると思ってたぜ。あそこの新しい団長は、早々感情的になったりはしないそうだからな」


「だが処置としては甘すぎないか? いつか報復に来たりしたらどうする」


「けれど下手に首を刎ねたりしたら、それこそ敵を作るんじゃないかしら。中には子供も居るんでしょう?」



 立てられた看板の前に立つ人々は、口々に抱いた感想を言い合っていた。

 看板に記されている内容は、傭兵団が都市からの不当な攻撃を受けたことで反抗し、結果都市を制圧するに至った経緯。

 そして拘束した都市統治者一族の処分内容について。

 これらは変に隠し立てするよりも、広く告知した方が余計な勘繰りをされぬと考えたため、こうして表に出すことにしたのであった。


 もっとも戦闘が行われた経緯や結果などは、翌日には口伝で市街全域に伝わっていた。

 なので住民たちが感心を向けるのは、もっぱら統治者連中がどう処罰されるかという部分であったようだが、住民たちの抱く意見は様々だ。



「それにしても、北方の廃村へ追放か……。まだこの時期はかなり寒いだろうに」


「命があるだけ儲けものだろうさ。と言っても家臣に守られてぬくぬくとしてた奴等だ、そんな場所で生きていけるかは知らないがな」



 腕を組んで頷く住民の男は、統治者連中へとどこまで本気かはわからぬ同情を口にする。

 あれから二日後、傭兵団内で話し合い連中に課すと決めた刑罰、それはずっと前に破棄された極寒の農村への追放。

 陸の孤島とすら言われかねない、街道からも外れたそこは、北の地に在っても他国からの侵略すら受けぬ僻地の一つ。

 おそらく街の男たちが言うように、特権階級で生きてきた人間には、到底耐えられる環境ではあるまい。



「どうする、俺らも出て行くのを見物に行くか?」


「お前さん、あいつらのことなんて今まで気にもしていなかったじゃないか」


「言えてらぁ。それに仕事をサボったりしようもんなら、嫁さんにドヤされちまう」


「それ以前に、連中はもうとっくに追放されてるそうだぞ。北門近くに住んでる穀物商のおっさんが言ってたからよ」


「なら仕方ねぇな。戻って作業の続きでもすっか」



 彼らはそう言って笑い合うと、用は済んだとばかりに立て看板の前から去っていく。

 それは他の住民たちも同様であり、内容を見て少しばかりの雑談を交わすと、各々散らばっていった。

 住民たちは意外にも、ずっと都市を統治してきた連中への関心そのものは薄いらしい。

 これまで実際顔を合わせることもなく、具体的になにをしているかもわからぬ遥か遠い存在だけに、いまいち実感が沸かないというのが本音なのだろうか。


 加えて彼らにとって、これまでの統治者がすげ代わり傭兵団が統治するのも、別段重要なものではないようであった。

 実際特別彼らの暮らしが変わるわけではないのだ、その受け取り方も当然であると言える。




 立て看板の前から多くの人たちが去っていき、場が徐々に閑散としていった頃。

 街の様子を観察していた僕は外套を深く被り直し、自身もまた密かにその場を立ち去る事にした。


 大通りを抜け寒風吹きすさぶ裏路地へと入り、グッと外套の前を閉じ黙したまま歩く。

 告知などせずともほとんどの人間は知っていただろうが、これで街の住民たちへとイェルド傭兵団が、都市ラトリッジのを全権掌握したと宣言したようなもの。

 あとは後日にでも地区ごとに住民の代表を集め、事情の説明を行って承知してもらえば、新たな都市統治者として傭兵団が立つことになる。



<同盟領内でも中規模の都市とはいえ、曲がりなりにもここは一つの国。となればアル、あなたはその日から王です>


「冗談じゃないな……。こないだも言っただろう、僕のガラじゃない。それに統治者として収まるのはあくまで傭兵団だ」


<ですが住民たちは、そして団員たちもそうはみなさないはず>



 一人陽射しの入り込まぬ路地を歩いていると、沈黙に耐えかねたように話題を振ってくるエイダ。

 これまで君臨していた統治者を追い出した以上、その場に納まるのはそれを追い出した側。つまりは僕等イェルド傭兵団だ。

 ただエイダは新たな統治者を、傭兵団という組織が担うと認識させるのは、内においても外においても難しいであろうと告げる。



「やっぱり難しいかな……。本来なら住民の代表者たちの中から誰か、適当な人に統治者を任せようと思ってたんだけれど」


<流れからいくと傭兵団が担うのが自然でしょう。そしてその傭兵団を統率する人間はあなたです>


「議会を設置して、住民たち自身に統治させるって手も考えたんだけど」


<そちらも無理ですね。この土地はずっと特定の誰かを支配者とし、そこに従う形で長い年月を経ています。得体の知れない仕組みを持ち込んだとして、どこまで納得してもらえるかは>


「いまさらこの立場を拒絶すれば、無責任とも取られかねないか……」



 ハッキリと、エイダは自身に逃げ場など無いと断言する。

 わかってはいた、こうなってしまえば僕は団長のままでは居られず、新たな統治者の筆頭として祭り上げられると。

 ならば受け入れる他に道はないのだろうが、実のところ若干懸念材料がないでもなかった。

 それはこの地でどうこうではなく、僕の出自である地球における話。



「でも問題にはならないだろうか。……地球側からしたらさ」


<そこは大丈夫だと思いますよ。なにせ現状この惑星は地球の監視下にはあっても、統治下にはありませんから>



 ここまでずっと引っかかり続けていた、小さな不安を口にするも、エイダは平然と心配の無用を告げる。


 エイダの言う通り、先日の一件により地球の監視下に置かれてはいるが、まだ統治下にないこの惑星は、そこで起きる全てが地球の政府にとって関わりの無いこと。

 つまり当然地球の法が及ぶわけはなく、一介の遭難者である筈の僕が、一国の頂点を奪い取ることも裁かれる云われはなかった。


 実際僕が傭兵として、この星で多くの人を斬ってきて問題とならないのも、言い方は悪いがこの惑星の住人が、地球から見て人として定義されていないため。

 あくまでも名目としては、生存のため防衛として原住生物を狩っているという扱いになる。

 長くこの星で暮らしてきた自身としては、かなり引っかかる詭弁であるとは思うが。




「……まぁいい。ところで移送中の連中についてだけれど」


<常時追跡は行っています。それについ先ほど、無事目的地へと"到着"したようです>



 この件については、これ以上考えてもキリがなさそうだと考え、被りを振って話を変える。

 内容は住民たちも話をしていた、追放した元統治者たちについて。

 二日ほど前、移送するため街を出た総勢二十余名に及ぶ連中には、常に衛星による監視の目が向けられていた。


 その件を問うと、エイダは既に目的の場所へと移動が完了した旨を口にする。

 ただどうにも意味深さを強調せんばかりな喋り方をするエイダに、僕は内心で嘆息しながらも様子を知りたいと告げた。



「その様子を映してくれ」


<了解しました。今から30分ほど前の映像になります>



 直後脳へと真上から見下ろし、拡大された映像が映し出される。

 そこには騎乗鳥二羽立ての幌付き荷車数台に揺られ、道とは思えぬ草原を進む一団の姿が。

 周囲は十人ほどの武装した人間が取り囲んでおり、それが護衛として連れて行った人間であるのがわかる。


 周辺にはうっすらと雪が積もってはいるが、そこはまだまだ同盟領内でも中部と言える一帯だ。

 実際荷車で移動しているとはいえ、都市ラトリッジから移動したったの二日。それでは看板に記されていたような、厳寒の北地へは辿り着けようはずもない。

 そんな場所へと"到着"した一団は、すぐ近くに流れていた小川へと差しかかる。

 そこで一旦停止すると休憩を摂るとでも言ってか、幌の中に詰め込まれていた老若男女の元統治者たち一族を外へと出していた。


 中では肩を寄せて座っていたためか、凝った身体を解すべく伸びをする面々。

 老いた者はへたり込むように地面へ腰を降ろし、子供は水辺へ駆け戯れ始める。

 ただそんな連中がホッとし休んでいるのを、護衛役である人間たちは逃がさぬよう取り囲んでいた。

 彼らは今回北の地へ移送する元統治者たちのため、イェルド傭兵団外から雇った護衛役の傭兵。……ということになっている。



<滞りなく処理は行われましたが、続きも確認しますか? 見ていて気持ちの良い光景とは思えませんが>


「大丈夫だ、続けてくれ。僕はこれを見届ける義務がある」



 一時的に映像を停止し、視聴を続けるか確認してくるエイダ。

 その口調はこちらの心情を心配してといった気配を漂わせるが、今更ここまできて目を背けることもできやしない。

 僕がキッパリと言い切ると、それ以上はエイダも口を挟む意志を見せず、脳へ映される映像はより鮮明化し動き出す。

 どうやらここまでは、意図的に解像度を下げていたようだ。



 小川へと近寄り、水を飲みひと時の休息を摂る元統治者たち。

 先への不安はあろうが、今は何よりも長時間の移動による疲れを癒そうとしているのだろう。

 だがよくよく見れば、彼らの周囲に立つ傭兵たちは次第にその囲いを狭めていく。

 手には腰へ差されていた剣や、無骨さを表に出す片手斧。

 そんな連中が近付いてくるのだ、元統治者たちも流石に気付き、慌てふためいて川へ向け逃げんと走り出していた。


 振り上げた手斧を真っ直ぐに、一人の男の頭部へ向け振り下ろす者。まだ冷たい川へ飛び込みながら逃げる女の背に、躊躇なく矢を射る大柄な傭兵。

 呆気に取られ呆然とする子供に近付き、僅かな躊躇いを見せつつも槍の柄に力を込める者。

 二十余名に及ぶ都市ラトリッジの元統治者たちは、突如として牙を剥いた傭兵たちによって、次々に血達磨とされていく。

 泣き叫ぶ者も命乞いをする者も一切を無視し、ただひたすら無慈悲に行われる殺戮は、確かにエイダが見るかどうかを確認するのに十分な光景であった。



<以上です。現在は死骸の処理を行っている途中ですが、こちらは別にいいでしょう>


「すまない。記録はそうだな……、一応残しておこうか」


<了解しました。それにしても、随分と回りくどいやり方になってしまいましたね>


「ああ、人前でやるわけにもいかないからね。そうだ、彼らには後日ちゃんと礼をしておかないと……」



 告知されていた目的地ではなく、そこへ至る途中で行われたこの行為。これは当然のように元々予定されていたものであった。

 名目として命ばかりは助けた元統治者たちであったが、本当に許し生かしてやる気など毛頭ない。

 先ほど看板を眺めていた男も言っていたではないか、いつか報復に来たらどうするのかと。


 空想上の脅威を理由に傭兵団を潰そうとしたような連中。後々で恨みを募らせるというのが目に見えており、すぐとはいかないまでも十年数十年後、火種となる可能性は大いにある。

 それもある意味で傭兵団としては飯の種かもしれないが、私怨が絡んだものというのは、往々にして性質が悪く金に換算できぬ被害を受けかねない。

 なので禍根を残さぬという意味でも、ここで前もって断つことにした。


 街で雇った傭兵団外の傭兵たちという名目であった彼らは、マーカスを始めとする団の諜報要員たち。

 このような事、普通の団員たちに任せることなどできやしない。

 レオやヴィオレッタ、それに団のお目付け役であるヘイゼルさんにすら話していないこれを任せるのは、そういった暗部に慣れた彼らが適任であった。



<子供だけでも、生かすことは出来ませんでしたか?>


「子供だからこそ、大きくなるまでに恨みを募らせる。これは僕等の将来のため、傭兵団の今後のためだ」


<しかし――>


「……っ! それ以上、聞きたくない」



 統治者一族のなかには、まだ成人するには早い少年も含まれていた。

 だがそれを告げるエイダの言葉を遮ると、僕は少しだけ声を荒げ拒絶を口にしてしまう。

 直後エイダは押し黙る。だがそれは黙らせたからというよりも、こちらの心情を察してくれたが故。

 エイダにはわかったのだろう、未来のため傭兵団のためと言ったところで、結局は報復が恐ろしいだけなのだと。



 無意識に荒くなっていた息を収め、元統治者たちを処理する光景を頭から振り払う。

 ただ握っていた手にはジットリと汗が纏わりついており、その感触が血に濡れているように感じられてならなかった。


 今までも十分、この手は血に濡れてきた。そしてこれから先、今度は命令として声を発する自身の口元を、血に濡らしていく破目になるのだろう。

 だがそんなのはとっくに覚悟をしたはずだ、傭兵団を率いる立場に就くと受け入れた時点から。

 自身と家族、それに仲間。そしてこれからは都市の住民たちを護らねばならない。

 例えそれが、今回のように精神を削り取るものであったとしても。

 そのためならば血に塗れるくらい如何ほどのものであろうかと、自身に暗示を掛けるように、僕は拳を握りしめ薄暗い路地を歩き続けた。



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