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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
313/422

産声 01


 高波のように押し寄せる護衛を薙ぎ払い、多くの団員たちが足止めをし、僕らは統治者の屋敷内を進み最奥へと走る。

 ……などということはなく、正面の入り口から堂々と入った僕等は、一人の老人の案内によって廊下を静かに進んでいた。


 ここの執事であるという彼の先導によって向かうのは、都市の筆頭統治者が居るという執務室。

 今からそこへと赴き、その身を拘束しようというのだ。

 背後に着いて歩く人数は、レオとヴィオレッタを含めて十人程度。年齢も団内での序列もバラバラな、半分無作為に選んだ人員であった。

 城と見紛うばかりの大きな建物だが、流石に二百人以上に及ぶ団員たちが一斉に押し入るのは難しく、そのほとんどは屋敷の外で待機している。

 それに万が一、自暴自棄となった人間が建物へ火でも放とうものなら、場合によっては団が壊滅しかねない。そういった場合への予防策という意味合いもあった。



「……こちらです」



 しばらく邸内の廊下を進んでいき、最奥に近いと思われる場所へ辿り着いた時。

 先を行く老いた執事は立ち止まると、すぐ目の前に在る扉を前に道を譲った。


 彼はそこでただ頭を下げ、この部屋に統治者一族が居るとだけ告げると、あとは勝手に中へ入ってもいいとばかりに黙り続ける。

 自ら扉を開けようとしないのは、その姿を見られたくないからだろうか。

 都市統治者たちがどういった気質か、よく知らないというのが本音だが、彼らを見限ったと受け止められるのはこの執事にとって、あまり好ましくない状況であるらしい。



「では勝手に入らせてもらいます。貴方は外で待たれた方がよろしいかと」


「かしこまりました。失礼いたします」



 僕がそれだけ告げると、執事の老人はそそくさと視界から消えていく。

 やはりこの部屋に入るのは、正直な所避けたいのは確かであったようだ。


 執事が去り姿を消したところで、僕は迷いなく扉の取っ手を掴む。

 そうして重く作られた扉を引き開くと、団員たちを連れあえて無遠慮に執務室へと入り込んだ。



「無礼ではないかね」



 執務室の中へと踏み入ると、直後硬質で棘の強く感じる声が響く。

 見れば部屋の奥、壁面へ近い場所に二十人ほどの老若男女が居り、明確な怯えの混ざった視線を向けていた。

 この連中が、都市の統治者一族に違いあるまい。

 中には少年の姿なども見えるが、声を発したのは集団の中に居る一番前、こちらを睨みつけている細身な中年の男。



「無礼は承知の上。ですが礼節を弁えるにも、それに相応しい相手であるかどうか」


「では我々に対し、礼は必要ないということか」


「必要ないでしょう。少なくとも"敵"である貴方たちには」



 僕は一番前で背後の家族を守らんと立つ男、たぶんこの男が統治者のトップに立つ人間だろうが、彼に対して明確な怒気を込めて断言した。

 敵に対し一定の敬意を払うのは、傭兵としての矜持にも関わる問題。だがそれはあくまでも、戦場に立ち対峙した相手に限っての話。

 裏でコソコソと動き周り、悪意を醸造し続けていた輩に向けるものではない。

 一応口調だけは最低限のものを維持するが、それ以上の敬意を向ける必要はないだろう。


 向けた怒気によってここまで僕等を睨みつけていた男は、気圧されたように顔を引き攣らせ一歩後ずさる。

 あくまで彼は都市内における政治屋。戦場で生死のやり取りを常とする傭兵とは、住む世界が違うのだから当然か。



 ともあれ一応は念のために、この中で一番上に立つ統治者の筆頭が誰であるかを問う。

 すると壁に寄った連中は視線を先ほどの男へと向け、彼もまたスッと手を挙げた。

 その男へと近寄ると、僕は抑揚なく用件を口にする。



「ここに来た理由はわかりますね?」


「…………降参だ。雇った傭兵たちは逃げたようであるし、騎士の連中も姿を見せぬ。もう我々に抗う術は残っていない」


「いいでしょう。ではこれから全員を拘束します。ですが決して抵抗などしないように、人数はこちらが少ないですが、それでも貴方たちが叶う相手ではない」



 視線と肩を落とす男の様子に納得すると、振り返り団員たちへ拘束するよう指示をする。

 団員たちは持って来た縄を、大人しくする連中の手首へと巻いていく。

 ただ先ほどまでの怯えた様子から一転し、連中の表情は揃って苦々しそうであり、自分たちがやらかした事態への重みを感じているとは思えなかった。

 この辺りは予想していたので、今になって怒りも何もないのだが。




「我々は、これからどうなる」



 全員を拘束し終え、どこか適当な地下にでも放り込んでおこうかと考えたところで、やはりこの中で統治者筆頭である男が一つ問うてきた。

 見れば怯えからかか、僅かに身体を震わせている。だが目の奥に光る色は、いまだ攻撃的な気配を湛えていた。

 そのことを証明するように男は、「正当な都市の統治者として、尊厳ある扱いを求める」と居丈高な要求を口にする。


 これには二つの意味が込められているのだろう。一つは身の安全を保障しろというモノであり、もう一つは都市ラトリッジを治める権利は自分たちのモノであるという主張だ。

 随分と己が立場を弁えぬ要求であるとは思うが、これまで特権階級で生まれ育った人間、このくらいは当然の権利という思考が染み付いているらしい。

 僕は勝手な思い込みで敵対した輩に苛立ちを覚えるも、ふとそこで考えを切り替え、内心で自身に対し失笑しながらも口を開いた。



「一応、貴方がたの生命は保障します。ですがこの地へ留まることは許しません、どこか受け入れてくれる場所を探すとしましょう」


「この地を離れろと!? ここは我々の祖先が開拓した土地だ、統治を担う権利と責任がある!」


「どの口がそのような事を。都市の統治を行う責任があるというなら、余計なちょっかいを出さずそれに専念すればよかったんです。それに貴方たちは敗戦者、この場で首を斬り落とされないだけマシだと思って下さい」



 なかなかに勝手な言い分を口にし激昂する統治者の男に、僕は再度苛立ちを覚え静かに捲し立てる。

 すると流石に男も二の句を継げず、口を半開きとした状態で俯いてしまった。

 単純にこちらの剣幕に気圧され、これ以上の不平は危険であると悟っただけかもしれないが。

 実際あまりにそういった態度が続けば、団員の誰かが速やかに黙らせてくれるだろう。



「処分は後日言い渡します。全員連れて行ってくれ、丁重にね。ただし抵抗するようなら、腕の一本や二本好きにして構わない」



 これ以上相手をするのも面倒と感じ、僕は団員たちへ統治者一族を連行するよう指示する。

 その際にちょっとした脅しをかけると、中の数人はビクリと身体を震わせるのが見えた。

 機会を窺い逃げるという思考を持っていたのかもしれないが、これで下手な考えは捨ててくれるはず。



 統治者たちが黙り込んだ状態で連行されるのを見送ると、僕は執務室の奥へと進む。

 先ほどまで一団が固まっていたすぐ側には、普段執務で使っているであろう、豪奢な机が鎮座していた。


 その裏へと周り、なめした革をふんだんに使った椅子へと腰かけ、レオとヴィオレッタ、そして数人の団員が残った部屋を見渡す。

 全員が一点にこちらを見据え、真剣な表情を浮かべている。

 そうだ、半ば無意識に腰を下ろしてしまったが、この椅子へ座るというのは一つの宣言をしたも同然ではないか。

 都市ラトリッジにおける、統治者の座を簒奪したのだと。



「だがいいのか、こんなに穏便なやり方で」


「……と言うと?」


「数人で済んで幸運だったとも言えるだろうが、実際私たちは団員を失っている。団員たちの怒りの矛先となる連中が、都市からの追放などという生ぬるい処分では、皆納得してくれるかどうか」



 どこか複雑な心境を抱き始めた僕であったが、思考を深く巡らせる前にヴィオレッタの声が執務室へと響く。

 確かに数人の団員をやられたことで、団内が殺気だっているのは否定できない。

 彼らの怒りを宥めるための、いわば生贄を求めている状態であり、それを担うのは敵の大将である都市統治者一族だ。



「気持ちはわかる。けれど僕等が連中を刑場へ上げる訳にはいかない、経緯はどうあれやったことは謀反でしかないんだから」


「では生かしておくしかないと?」


「怒りに任せて首を落とせば、他の都市がこちらに向ける警戒の目は一層厳しくなる。ただでさえこの件で、傭兵としての立場が揺らぐのは避けられないんだから。……少なくとも追放したという事実を、住民たちに確認してもらう必要はある」



 雇い主に牙を剥いたという事実が存在する以上、傭兵としてはやっていき辛くなるのは避けられない。

 ならばせめて、都市統治者一党へと温情めいた処分を科すことで、多少他都市からの心証を良くしておくに越したことはない。

 今の時点で採れる対処としては、このくらいが精一杯だ。



「それに年端もいかぬ子供が含まれていた。流石に子供を処刑なんてしたら、住民たちもこっちを見る目が変わってしまうよ」


「……わかった、歯痒いが仕方あるまい。皆には私から説明しておこう」


「悪いね」


「構わん。では先に戻っているぞ、お前はもう暫くそこを堪能しているといい」



 ヴィオレッタはそれだけ告げると、軽く笑んで執務室から出て行く。

 レオもまた数人の団員を引き連れ、一応邸内に武器を持った輩が潜んでいないか確認してくると言い残し、扉を閉め出て行ってしまった。



 僕は一人残された執務室の中で、椅子の背もたれへと体重を預け天井を見上げる。

 そこで二~三度深く深呼吸し、少しばかり感じ始めた眠気を振り払うと、閉じられた扉へ向けて声を発した。



「マーカス、居るんだろう?」



 ただ一人だけしか居ない執務室へ響く声。

 傍から見れば侘しい独り言にしか聞こえぬそれであるが、ほんの僅かな間を置いて、肯定するように静かな音を立て扉が開かれる。

 開かれた扉の向こう、薄ボンヤリ明りの灯った廊下へ立つのは、長身のガッシリとした体形の青年。先ほど名を呼んだマーカスだ。

 彼はそのまま執務室へ入り扉を閉めると、机の前へと立ち次の指示を求めてきた。



「一人になったら、すぐにでも呼ばれると思ってました」


「こうまで察しが良いと、喜ぶより先に困惑が先に立つな……」


「こういった事も、ボクらの役割だと教わりましたからね。ではどうしましょう、如何様にも動きますよ」



 マーカスはそう言って笑うと、大仰な身振りでこちらの言葉を促す。

 おそらく彼は既に、僕が何を指示しようとしているのかを理解している。それは彼が担う、諜報という役割から察するに十分なもの。

 表が在れば裏が在り、光が在れば影が在る。そして冷静さを表に出した建前というものが存在するならば、当然そこには感情の発露した別の行動が存在する。

 今から僕は、マーカスに後者を成す役目を託そうとしていた。


 しばし双方押し黙り、シンとした空間に無音が響く。

 そして他に聞き耳を立てる者も居ないであろうと確信すると、抑えた小さな声で、マーカスへとここから先の行動を示した。



「了解しました。よろしいのですね?」


「やってくれ。……これは必要な行為だと思う、僕等傭兵団の今後のためにも」



 最終的な確認を求めるマーカスへと、迷うことなく告げる。

 彼はその言葉を聞くなり軽く一礼し、ほんの小さな足音と扉の音だけを残し、執務室から姿を消していった。



<どうですか、都市の頂点に立って初めての采配は>



 マーカスが去って再度静かとなった執務室。次に響いた声はエイダのもの。

 だが自身の脳にだけ響く音声であるため、部屋の中は変わらず静まり返っており、僕はそのヒンヤリとした空間へと声に出し返す。



「……最悪だ。団長なんかになっておいて言えた義理じゃないけど、権力者ってのは性に合ってない気がする」


<年代物の果実酒と、高級な葉巻でもあれば気分は盛り上がるかもしれませんよ>


「いっそ半裸の女性でも侍らせて、大物の悪役でも気取ってみろと? そいつは笑えないな」



 感想を求めてきたエイダは、冗談めかして酔狂な真似事を提案してくる。

 しかしそれをする自身を想像してみたところで、あまりにも似合わず滑稽な姿となっているのがオチであると思い、僕はすぐさま被りを振って打ち消した。

 高価な酒と嗜好品、美女たちに耽溺するにはまだ若すぎるし、そんな姿は人に見せられたものではない。

 特に長い付き合いのある、あの路地裏に建つ我が家へ暮らす家族に対しては。



 エイダと冗談のやり取りを済ませ、僕は執務室内を今一度見渡す。

 贅を凝らした設えではあるが、決して華美に過ぎず、なかなかに品の良さすら窺える内装や調度品の数々。

 これが都市統治者の見る風景かと思うと、なにやら感慨深いものはある。

 僕が傭兵となってまだたった数年、いつの間にか下っ端の団員から隊長位へと昇り、次いで団長へと居たり、気が付けば都市そのものを掌握しようとしていたのだから。

 ある種のサクセスストーリーと言えなくはない。だがここへ至るまでの道は、随分と赤黒いものとなっている。



「醜悪な部屋だ。壁も調度品も、別に悪趣味な物ではないってのに」


<いずれ慣れますよ。今からここは、アルが使っていくんですから>


「本当に、そう思える日が来るんだろうか……」



 一人で執務のためだけに使うには広く、金の掛かり過ぎているそこは、品の良さと同時にある種のグロテスクさすら感じさせる。

 いつの間にか優越感や傲慢に支配され、前後不覚となってしまう毒のような、柔らかな座り心地の椅子も含めて。

 そんな部屋へと、窓からは徐々に姿を現した朝日が差し込み始めていた。


 僕は慣れを強調するエイダの言葉に、睡魔から呆とし始めた思考のまま、疑問の混ざる掠れた声で呟く。

 いつかこの部屋に慣れた時、統治者連中と同じ道を進んでしまうのではないか。そういった不安が、重く下がっていく瞼の裏へ刻まれているようだった。



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