極彩色の敵意05
密かに。かがり火によって囲まれた大通りの一角には、大勢の視線が集中していた。
その多くが通りへと立ち並ぶ商店の窓や民家の屋根上、あるいは路地の陰から注がれるもの。
状況の全てを理解している者は多くないだろうが、都市住民は関わり合いになるのを避けたがりつつも、事の推移を見守らんとしている様が感じられた。
故に僕はこの人を、都市ラトリッジの騎士隊隊長という立場にあるこの人を倒さねばならない。
それも素人目にも明確な勝敗が判別つくほど、素早く完膚なきまでに。
<接近。攻撃の軌道予測、下段右斜め40度>
加速されていく思考の中で、接近し攻撃を計るゼイラム騎士隊長の行動を予測するエイダ。
戦闘の最中にあっては感情の篭らぬ機械的な音声を受け、微妙に回避し辛い相手の攻撃を、上体を倒しやり過ごす。
ただ彼は振り上げた腕の勢いに乗って、今度は金属の鎧で保護された膝を見舞ってきた。
騎士という存在から連想するイメージに引きずられ過ぎたのか、やはり僕は見誤っていたようだ。この人はこちらが思った以上に強い。
彼の立場にあって、いったいどこで実戦の経験を積んだのかは知らないが、傭兵団内の人員と比較しても群を抜いている。
ともすればヴィオレッタよりも強いかもしれず、僕は一撃で仕留めるべく、打ち上げられる膝を拳で横から弾き、開いた側面へ向け身体を潜り込ませた。
「申し訳ないですが、僕らは先へ進みます」
「……気に病まずともいい。互いにやるべき事を成そうとしただけなのだから」
ゼイラム騎士隊長の間近へと入り込み、そのまま激突。
身体を合わせた状態で小さく告げると、彼は先ほどまでの苛烈な攻撃に反し、穏やかな口調となって返してきた。
短剣の柄を握る自身の手には、鈍い感触が。
鎧の僅かな隙間を突いたそこからは、まだ変色を経ていない血が黒々と、地面を染めんばかりに流れていた。
ゼイラム騎士隊長の身体から短剣を引き抜くなり、僕はそれ以上に声をかけることなく背を向ける。
きっと彼も、これ以上の会話など望んではいまい。先ほど交わした僅かなやり取りで、十分であるはず。
背後からはゼイラム騎士隊長が崩れ落ち地面を叩く音と、漏れる息の音が聞こえてくる。
だが彼が発するそれを掻き消すように、僕は大きく息を吸い込むと、僅かな音すら目立つ深夜の市街へ声を発した。
「総員、集合」
真っ直ぐに街の中央、都市機能の中枢へ視線を向けながら発した言葉は、シンとした街中へと響く。
するとすぐ脇の細い路地から、幾人もの武装した傭兵たちが走り姿を現し始めた。
その数はみるみるうちに増えていき、金属の鎧と武器によって身を固めた者たちによって、大通りの一面を埋め尽くされていく。
既に都市側が雇った傭兵たちも敗走を始めているため、傭兵団はその防備を解きつつある。
なので彼らは陣頭指揮を執るヴィオレッタの指示のもと、次なる行動へと出るため移動をしてきたのだ。
つまりは攻撃を仕掛けてきた都市に対し、反攻を行い中枢を抑えるという目的のために。
そのため広い通りへと来たのだが、僕が一対一での戦闘を行っていたため、路地の中で潜み待機していたのであった。
騎士隊長と行った戦闘の行方を見守っていたのは、近隣の住民だけではなかったということになる。
これが複数を相手にしているのなら、彼らは躊躇なく飛び出し加勢していたのだろう。
「損害は?」
「十名ほどが軽傷を負ったが、生命に異常はない。最初にやられた人間を除き全員生存、問題なく参戦可能だ」
都市へ残ったほぼ全てに相当する、三百人近くの団員たちが集まったのを見届けると、路地の中から出て隣へ立つヴィオレッタへ、すぐさま損害の状況を尋ねる。
思った以上に向こうが攻めあぐねていたためか、それともこちらの練度が想定外に高かったためか、大した被害は出ていないようであった。
一番最初の頃に襲撃された人間以外は死者もなく、都市中枢を落とすには十分な戦力だ。
「こいつは……、騎士隊の隊長か」
「ああ。すまないが君たち、彼を手近な宿へ運んでくれ」
ヴィオレッタからの報告を受けた直後、いつの間にか隣へと立っていたレオが、背後で倒れ血を流すゼイラム騎士隊長へと視線を向け呟く。
僕は周囲に居た数人の団員へと、倒れた状態の彼を運ぶよう指示し、金の入った袋を手渡す。
まだ浅く息をしてこそいるが、それなりに老齢な人物。出血も多いため、おそらくあまり長くは持たない。
彼自身はここで命散らすも本望であるかもしれないが、せめてベッドの上へ運んでやるくらいの世話は、手向けとして受け取ってくれるだろう。
直立し了解を口にする数名の団員たちが騎士隊長を運んでいくのを尻目に、僕は再度都市中央へと向き直る。
両隣りにはヴィオレッタと、応急手当の跡も生々しく包帯に巻かれたレオ。
二人の姿を確認するなり、僕は一呼吸置いて意を決すると、振り返る事もなく淡々と団員たちへ指示を発した。
「標的は都市中央、統治者一族の屋敷だ。そこで邸内を捜索し全員を確保する。そこ以外は無視して構わない、抵抗しなければ使用人にも危害は加えるな」
ただそれだけを告げ、一歩を踏み出す。
背後からは指示に対する反応のように、地鳴りのするような重い重い足音が無数に響く。
男女問わず傭兵たちが着込む鎧は軽装とはいえ、それなりに金属を多用した代物。当然その重量は相当なもの。
鳴らす重い足音や、揺れて擦れ合う金属の音は圧力を感じさせるものであり、都市統治者の持つ権力をすり潰していくかのよう。
いや、今から実際にそれを潰しに行くのだ。
この光景を目の当たりとすれば、今更ながら納得がいく。
ゼイラム騎士隊長が言っていたように、やはり都市統治者たちは僕等を恐れたのであると。
前任者の団長よりもずっと若いが故に、霧散した戦力を急速に回復させていく様は、野心を抱いていると誤解させるに十分だったのだろう。
『それでも、一線を越えちゃいけなかったんだよ。これがなければ敵対なんてせずに済んだ』
<そう……、なのでしょうね。で、どうするつもりなのですか?>
僕は大勢の団員を引き連れ、街の色を塗り潰さんばかりに威圧しながら大通りを進む中、エイダへと心中を吐露する。
なにせ統治者たちがしたその謀によって、大切な団員を幾人も死なせたのは事実。
これは金銭に換算すれば甚大な損失であり、換算しないとしても到底許容できるものではなかった。
戦場で味方が死ぬのは当然のこと。それは覚悟の上であるし、敵側だってこちらを殺さなければ、自分がそうなってしまうのだ。どうこう言う筋合いはない。
だがここは戦場ではないし、されたのは裏切りに等しいもの。雇用者と傭兵という、金だけの関係であったとしてもだ。
僕は神妙な調子で問うてくるエイダへと、確かな意志を持って断言した。
『前も言ったろう。決して許しはしない、犯した罪は相応の報いが必要だ』
微かに口元を歪めながらエイダに返し、腰へ差した短剣の柄へと触れる。
笑っている場合ではないのかもしれないが、突き付けられた状況を思えば、自然と苦笑に近い笑みが漏れ出ていた。
全てを無かったことにし、互いに手に手を取って平和に話し合いましょう。などというのは今更あり得ない話。
ならば敵対してきた統治者連中には、報いを受けてもらわねば事が納まらない。
<当分は荒れるでしょうね。内も、外も>
『覚悟の上さ。でもきっと僕等が傭兵団を拡張していくのには、避けて通れなかったんだよ』
<これからどうするつもりで? 曲がりなりにも統治者は都市のトップ、それを引き摺り下ろすのですから>
多くの団員たちを引き連れ進む中、エイダのハッキリとした問いに、危く歩を止めそうになる。
実際のところここまで押し寄せる火の粉を打ち払うばかりで、その後をどうするかはまだ決めてはいなかった。
事の起こりはラトリッジ統治者側にあるとしても、それを説明していったいどれだけの都市が、こちらの主張を信用してくれるかはわからない。
僕等が雇用者である都市に反旗を翻し、制圧し統治者を拘束したという事実だけが独り歩きする可能性すらある。
どちらにせよここまでくれば、傭兵団としての立場は危うくなるだろう。
『とりあえずこれを片付けて、一晩寝てから慌てて考えようか』
<わかってはいましたが、貴方は存外無鉄砲ですね。これからしばらく、無い肝を冷やすはめになりそうです>
『……悪いね、こいつは性分らしい。まだ当面は付き合ってもらう事になる』
<今更。それにこの身はアルを補助するための存在として最適化されています、起動し続ける限りは付き合いますよ>
もうどうにでもなれと言わんばかりに、エイダは嘆息混じりに告げる。
おそらくエイダに実体があるとするなら、大仰な身振りで肩を竦めていることだろう。
本来は航宙船の運用を行うAIだったはずであり、人とのコミュニケーション等は補助的な機能であるはず。
なのに今では自己のデータ更新を繰り返し、ライフスタイルにすら小言を言うようになってきた。
だがそんな永年の相棒であるエイダだからこそ、頼り甲斐があるというモノだ。
僕はエイダへと申し訳ないと告げつつ、再度密かに口元を綻ばす。
しかしいつまでも暢気に会話をしてはいられない。
僕等は都市の中央、旧市街を覆う円形な防壁の中心に位置する、一つの大きな館の前へと辿り着く。
そこは都市統治者一家とその身内が居を構える、ほぼ城とも言えそうなほど大きな建築物。
統治者とは都市のトップ、いわば都市国家ラトリッジの王。僕等は今から、その居城へと武器を持ち踏み込むのだ。
「さあ、覚悟はいいかい?」
「そんな御託はいいから、早く終わらせるぞ。いい加減私は眠たくなってきた」
統治者の館を前に、腰へと手を当て再度背後へ問うてみるも、返ってくるのはヴィオレッタの面倒臭そうな声だけ。
あとは他の団員たちが発する、密かな苦笑くらいのものだろうか。
隣へと立つレオはいつの間に回収したのか、自身愛用の大剣を握り、鞘へ納めたまま地面へ重い音を立て突き立てる。
彼もまた準備万端、別に邸内では戦闘へ発展しないだろうけれども、こうやって威圧してくれる方がすんなりことは運びそうだ。
僕はレオにヴィオレッタ、そして大勢の団員たちが乗り気であるのを感じると、勤めて軽い調子を作り、真っ直ぐ正面へ指を差しながら大きく告げた。
「わかったよ。……それじゃあ、行こうか」




