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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
311/422

極彩色の敵意04


 暫し。高い屋根の上で思案を続けた僕は、結局飛び降りゼイラム騎士隊長の前へ立つことにした。

 既に傭兵団の拠点を取り囲む包囲網は崩壊を始めており、現在団員たちが敵の掃討を行っている最中。

 ここまでくれば放っておいても制圧は時間の問題であり、これ以上手を出す必要性も薄く思えたためだ。


 僕は壁面の取っ掛かりへと足をかけながら軽く着地する。

 そうしてかがり火の光が届くかどうかといった場所へ銃を置き、短剣一本を手に明りの中へと歩み入った。



「……来てくれたか。ありがたい限りだ」


「こうまで露骨に待たれていては、顔を出さぬわけにはいきませんので」



 こちらの姿を確認したゼイラム騎士隊長は、静かな調子で淡々と歓迎の言葉を向ける。

 彼の表情を窺えば、どこかホッとしたような色が受かんでいるのに気付く。

 ずっと遠くから、弓で射れば対峙することなく終わってしまう。それは彼自身もよくわかっていたようで、あえてそれをせず前に出てきたことへの感謝が込められているのだろう。



「君が、直接相手をしてくれるのかね」


「ええ。最初は団員を連れてこようかとも思ったんですが、折角お一人で待たれているようでしたので」


「そうか……。では改めて、礼を言わねばならないな」



 騎士隊長は周囲に人がおらず、僕だけの姿しか見えないことで、僕が相手を務めるのだろうと考えたようだ。

 それを肯定すると彼は流麗な動作で一礼し、再び感謝の言葉を口にする。


 実際彼にも言ったように、一度は戻って団員たちを連れてこようかとも考えた。

 しかしあえてそうしなかったのには、色々な事情がある。



「こう言ってはなんだが、団員に任せてしまう方が、君にとっては利が大きいのではないかね?」


「最初にそうしようか悩んだのは否定しませんけどね。家に潜んでいるフリをしていても、おそらくこの場は周辺の住民たちが覗いているでしょうし」



 静まりかえった大通り。しかしその実、この場は衆人環視のもとにあった。

 なので騎士隊の隊長である彼を倒すというのは、傭兵団側の勝利を人々に印象付けるに十分な要素となる。


 だが団長である僕が彼を倒したとしても、こちらの強さそのもののアピールにはならないだろう。

 そもそも騎士隊の面々というのは、傭兵に比べ実力面で遥かに劣るというのは周知の事実であるためだ。

 対して団員が倒せば、末端の戦力であっても騎士隊長を十分倒せる実力を持っていると、喧伝するも同然。

 起きた結果は人々の口の端へと上り、騒動の規模が規模であるだけに、すぐ他の都市へと話は伝わってくれることだろう。


 なので実のところ、まだ実力的には不足のある若い団員に倒してもらった方が、評判という面ではプラスが大きい気はするのだ。

 ただそのために団員を連れてくるのも手間が大きいし、それとは別の理由も存在する。



「そこまでわかっていて、どうして自ら?」


「正直他の者では荷が重いと感じました。傭兵団でも上の方、うちの金庫番や切り込み隊長などであれば、十分以上に貴方の相手は務まります。ですが新米たちでは流石に太刀打ちできないかと」


「買い被り過ぎだ。知っての通り、昨今の騎士はあまりに脆弱。その連中を統率するワシもたかが知れている」


「ご謙遜を。動きの一つを取っても、やはり滲み出るものですよ。こう言ってはなんですが、貴方は騎士にしては随分とお強い」



 首を振り苦笑するゼイラム騎士隊長であったが、僕は彼の言葉を打ち払い断言した。

 彼の言うように、騎士という連中のほとんどは普段から訓練もせず、ただ怠惰を貪り続けているため非常に弱い。

 それは他の都市でもほとんど同じであり、その騎士を統率する騎士隊長という役職に就く者も、似たり寄ったりである例がほとんど。


 だがこの人物、ゼイラム騎士隊長はそこから除外される数少ない例だ。

 あまり実戦向きとは思えぬ、華美な鎧のせいでよくは見えないが、所作からして身体が鍛えあがられているのがよくわかる。

 重いはずの鎧を軽々着こなし、歩く動きも実に自然。歳にしては並々ならぬ体力があるのは確かであるし、見たところ下げている剣も手入れの後が窺える。



「ですので、僕がお相手をするのが一番無難かと。それに……」


「それに?」


「わざわざこうやって騎士隊を率いる方が、お一人で待たれていたのです。相応の敬意を示したいと考えました」



 僕がそう言うと、騎士隊長はこれまで向けていた皺の深い顔を僅かに綻ばせる。

 どうやら喜びらしき感情を抱いたようで、彼は一言だけ「感謝する」と言って、腰へ差した剣の柄へと手を伸ばした。

 僕もまた相対するべく短剣の柄を握るのだが、彼が一人しか居ないという事で少々思い出す。



「一応お聞きしますけれど、他の騎士たちは?」


「わかっているだろう、とっくの昔に逃げ出したよ。今頃は何処か他の都市にでも身を寄せているはずだ。事が終わったら、何食わぬ顔で戻ってくるとは思うがね」



 居ないとわかっていつつも、少しばかり周囲を窺い問う。

 すると彼は深く、とても深く息を吐くと、若干寂しそうな表情となって事情を口にした。

 本来騎士は都市に住む住民たちを護り、統治者たちを守護し、最後の盾となるべく結成された組織。

 故に騎士隊長である彼は、騎士たちの余りの不甲斐なさを嘆いているようだが、今更形骸化したその理念を口にしても空しいだけなのかもしれない。

 ただ少しだけ、共に並び立ち戦う戦友が居ないのを悔やんでいるだけだ。



「元々戦力面で遥かに巨大な君たちを相手に、成功する可能性はほとんど存在しなかったのだ、あ奴等が尻尾を巻くのも当然やもしれぬ。統治者たちは妙な不安感に煽られ、判断を見誤っていたようだが」


「では都市側の戦力は……」


「この身が最後の一枚、で間違いないのだろうね。雇った傭兵たちも、頃合いを見計らって逃げるはずだ」



 彼はそれだけ言うと、腰へ差した剣を抜き放つ。

 両の手を柄へ添え、身体の芯に対し真っ直ぐに構える姿は、ピタリと止まり微動だにしない。

 構えに至るまでの動作もまた堂々としたものであり、何千何万と繰り返してきた型の重みが、可視化され伝わってくるようだ。



 既に戦う意志を表に出したゼイラム騎士隊長に対し、こちらもまた無防備ではいられず、自身も大振りな短剣を逆手に掴み構えた。

 ジワリジワリと、間合いを測りつつにじり寄る騎士隊長へと、僕は攻撃を仕掛ける前に小さく告げる。



「貴方のように、本来の役割に殉じようとする騎士は非常に少ない。そんな人は僕の知る限り、これまで一人しかお目にかかってこなかった」


「ワシの他にも、そのような者が居てくれるとは嬉しい限りだ。もしもっと前に教えてくれていたなら、是が非でも会いに行ったのだが」



 かつて今の彼と同様に、騎士として本来の役目に実直な人物と交流を持ったことがある。

 その人物はもっと若く末端の騎士であり、しかも女性であったのだが、今目の前で対峙する騎士隊長のように在ろうと騎士としての道を模索していた。

 これまで各地の都市で、何十では済まぬ騎士と顔を合わせてきたが、たったそれだけの数だけ。

 この二人のような騎士がもっと多ければ、僕等も遥かにやり易かったのだろうと考える。


 ゼイラム騎士隊長にしてみても、そういった存在はずっと渇望していたらしい。

 僕の話すその北方の都市に居る、女性騎士に関する話を聞くなり、剣を構えながらもどこか羨ましそうな表情を浮かべていた。



「しかしその日は来そうもない。実に残念だ」



 ゼイラム騎士隊長はそれだけ告げると、もう話すことはないとばかりにグッと身体を沈める。

 彼は完全に戦闘を行う体勢へと移行している。

 あとはもう命のやり取りを行うだけであり、彼に対し心残りを渡してしまったことを、僕は胸の内で密かに後悔した。



 その彼は重心を下げた流れのまま、一気に地を蹴り突進を計る。

 歳の割には俊敏で力強いその動きに、やはり自身が相手をするという選択が正しかったと確信する。

 レオやヴィオレッタであれば十分対応できたろう。しかしそれ以外の団員であれば、下手をすればこのまま両断されかねない。

 そのくらいの勢いと迫力の纏う攻撃だ。



「おおおぉぉお!!」



 轟声を上げ突進し、上段に構えた剣を振りおろす。

 僕は彼の繰り出す渾身の一撃を、持った短剣で僅かに逸らしながら、力を込めた左の拳を顔面に向け繰り出す。


 相手は壮年の男がたった一人。このまま都市中枢を制圧するだけであれば、別段無視してもいいのかもしれない。

 ただ騎士隊というのは、その戦力こそ非常に微々たるものなれど、都市における権力行使の象徴とも言える集団。

 その隊長を排除するということは、都市統治者の顔面を殴り飛ばすに等しい行為だ。つまり都市住民たちへと大々的に、為政者の排除を宣言するも同然。


 なのでゼイラム騎士隊長を倒すというのは避けられないのだが、死なせるにはあまりに惜しい存在。そのため僕は彼を無力化するべく、気絶させようと拳を放つ。

 だが拳が顔に届く寸前、直感的に嫌な物を感じた僕は、その腕を無意識に引っ込め距離を取った。



「君は間違いなく、ワシよりもずっと強い。だがあまり侮ってもらっては困る」


「……これは失礼を。貴方の言う通りだ」



 距離を取った僕に対し、ゼイラム騎士隊長は視線だけを向けながら静かに言い放つ。

 直後僅かに腕が熱を持つのを感じ、見れば上着の二の腕部分がバッサリと切り裂かれ、その下に露出した肌へは浅い傷が刻まれている。

 次いで騎士隊長の姿を見ると、かがり火に照らされた彼は、片方の手に先ほどから構えていた直剣を、そしてもう片方の手には小振りな小剣が握られていた。


 傷から滴る自身の血を見下ろし、僅かにゾクリと背筋を震わせる。

 あのまま拳を振り抜いていたとしたら、彼を気絶させる代償として、僕は腕を一本失っていた恐れすらあった。



「珍しいですね、騎士がそういった戦い方をするなんて」


「……決して優雅であるとは言えぬ。しかし騎士の道とは作法に非ず。例え愚か者であろうとも主君は主君、それを護るためならばどのような誹りも受けよう」



 そう言って彼はもう同じ手が通用するわけはないと考えたか、手にしていた短剣を投げ捨てる。

 騎士にしては随分と実践的な戦い方をするものだと感心するも、本来騎士というのはそれぞれの都市を守護する、正規軍としての立ち位置であったのだ。

 昨今ではお遊戯剣法などと称されるそれも、かつては戦争の中で磨かれた超実戦主義な代物。


 僕はどこまでも本気であろう、ゼイラム騎士隊長の戦意に小さく口元を綻ばせる。

 ただ単に無力化すれば事が済むと考えたのだが、それは彼にとって侮辱に等しいものであったようだ。

 ならば惜しいなどという考えは捨て去り、一撃で片をつけるべきか。

 そう考えなおした僕はスッと目を細め、逆手に持った短剣の刃を突きだし、真正面に立つ本物の騎士の姿へ重ねるように構えた。



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