極彩色の敵意02
都市郊外の森でコルテオを片付けた僕は、森へと入った残る二人、そして森の西側へたむろしていた三人を排除し、急ぎ旧市街へ向け駆けていた。
騒動から逃れるべく住民たちは、一様に家に閉じこもっているため静かというのもあり、時折市街地から発せられる戦闘の音が大きく響く。
上から監視を行うエイダに確認してみれば、状況はどちらかと言えばこちらが優勢といったところであるようだ。
団の酒場を拠点とし、ヴィオレッタが全体の指揮を執っているようで、統率のとれた動きが出来ているのが要因となっているようであった。
「まずはヴィオレッタと合流する。その途中に居る敵は全て排除だ」
<それがいいでしょう。……ですが出会った相手が敵か味方か、どうやって見分けるつもりで?>
急ぎ向かう途中、簡単ながらも以後の行動をエイダと打ち合わせる。
しかしエイダにしてみれば、それ自体は異論がないと示しつつ、少々問題点も浮んでいたようだ。
完全に陽も沈み、騒動によって街中の明りも家々からは漏れぬ暗い市街。ジックリと顔を見て確認など出来ず、敵味方を識別するのは容易ではない。
<立ち止まって確認すれば十分可能ですが、瞬時にとなれば少々自信はありません>
「一応は見分けがつくように、市街で行動する人間には徽章を身に着けさせている。それを見つけるしかない」
団員たちには悪いが、僕とて数百にのぼる団員の顔と名前、その全てを記憶してはいない。
エイダなどは全員分のデータベースを作成しているだろうが、かといって一瞬の内にデータと照らし合わせるのは、この夜闇の中ではなかなかに骨が折れる。
なので今回は酒場を出る前に、戦場などで用いる身元を表すための傭兵団の徽章を、全員に身に付けさせるようヘイゼルさんへ頼んでおいた。
普段都市の中では必要としない小道具だが、今回は夜間の市街における乱戦となりかねない。
そのため数少ない判別法とするために指示したのだが、心許ないのは否定できなかった。
<なんとか判別を試みるとしましょう。それで、街に居る連中を片付けた後はどうされるので?>
「そいつは勿論、相応の報いを受けて貰う。統治者の屋敷へ乗り込むぞ」
次いでその後を確認してくるエイダへと、僕は明確な意志を乗せ打って出ると告げる。
今更都市も僕等と和解しようとしたり、穏便に休戦などと言いだすつもりはないだろう。
こうなってしまえば、後はどちらかが倒れるか。
今まで特別良好な関係とは言えないまでも、僕等と都市側は、雇用主と傭兵という関係でそれなりにやってこれた。
連中の本心がどうであったのかは知れないが、その関係を崩してまでこちらを討とうとしたのだ。相応の覚悟があってのものと判断するしかない。
ならば市街に散った敵を掃討した後に、団員たちを集め都市中枢を制圧するのは、至極当然な選択であると思えた。
今から行おうとしているこれは、応戦したという言い分が立つにせよ、一種のクーデターと言えるのだろう。
傭兵が雇用主である都市を討ったという悪評は避けられない。だがもうこっちとしても後に引けるはずがなかった。
<進行方向。直線上に六人分の人影があります>
「識別はできるか?」
<戦闘による動きもあり困難です。直接目視で確認を>
都市との全面衝突という事態に、拳には力が入る。
その状態で駆けていると、エイダからは前方で戦闘が行われているという情報が伝えられてきた。
ただどれがどちら側であるのか判別がつかぬ上、妙に人数が少ないのが気にはなる。
最低でも十人単位で行動するよう指示しているので、戦闘のドサクサで離れてしまったのかもしれない。
「このまま突っ込んで片付ける」
走る速度をグッと上げながら、再度腰へ差した短剣を抜き自身へと檄を飛ばす。
そのまま腰の短剣を抜き放ち、混戦となっている六人の中へと飛び込むなり、左の腕へと身に着けた装置を起動させた。
瞬時に高速化された思考により、視界内の動きがゆっくりと感じられ、その中で全員の姿を目に焼き付ける。
見たところ六人の内、傭兵団の徽章を身に着けているのは丁度半分。
再度見落としがないかを確認しつつ、僕は確認の出来た一人の喉元へ短剣を奔らせ、一人の顔面へと拳を叩き込んだ。
<背後、敵攻撃動作を確認。0.6秒後に上段からきます>
とはいえ流石に三人同時に打ち倒すこともできず、残る一人は咄嗟の状態ながらも僕の背後へと周っていた。
急ぎ顔だけで振り返ってみれば、三人目の敵はエイダの言う通り、手にした剣を上段に振り上げている。
真っ直ぐ降ろしてくるそれを見据えながら、無理やりに身体に掛かる勢いを抑え込み、背中から倒れ込むように飛び退る。
直後夜闇の中を銀光が奔り、今まで居た空間を切り裂く。
ただそこまできたところで対峙していた団員たちも平静さを取り戻し、最後の一人であるそいつを両脇から串刺しとしていた。
「ご無事ですか団長!?」
「大丈夫、助かったよ。他の連中は?」
「申し訳ありません、敵と遭遇した際に離れてしまいまして……」
立ち上がって倒れ伏す三人の敵を眺めるなり、団員たちは心配そうに駆け寄る。
安堵の息を漏らす彼らは、どうやらほんの少し前にここで敵と出くわし、そのままなし崩し的に戦闘へと至ったようだ。
ただやはり予想通り、戦闘の混乱で他の仲間とはぐれてしまったようであり、安否の程は知れぬとのこと。
「今すぐ酒場へ集合だ。はぐれた仲間も大事だが、程ほどにして引き上げるように」
「は、はい……!」
倒れた敵の確認を終えると、振り返り三人の団員へと指示を出す。
彼らは一様に背を伸ばし大きく返事するなり、途中で別れたであろう仲間の方向へと走って向かった。
ここで三人、そして僕が先ほど仕留めた相手で計九人。
それに最初にされた襲撃で倒した分も含めれば、これでかなりの数を減らしているはず。
ヴィオレッタらが旧市街で相対した数などは詳しくは把握できていないが、それでも半分に迫るだけの数となっているだろう。
こうなれば都市側が雇った傭兵たちの劣勢は明らか、機を見るに敏である人間なら、ここで都市側を見限って逃走を計るはずだ。
<残念ながら、事はそう簡単にはいかないようです>
「……いったいどうしたっていうんだ?」
<増援です。旧市街、新市街を問わず都市内の各地で、武器を持った人間を多数確認>
突然に声を発し水を差すエイダは、衛星からの映像を映しだし来る。
見れば都市の各地へと、武器を手にした人間がわらわらと建物の中から出てくる光景が広がっていた。
<特に新市街、移住者の居住地区が特に多いようです>
「焼け出されて移り住んできた人たちの地域か……。となると最初から紛れ込ませていたんだろうな」
見れば都市の外れ、傭兵団の墓地がある近辺に建てられた新しい居住区から、最も多くの数が姿を現している。
あの場所は暫く前に、大火によって焼けた他都市から移り住んできた人たちが多く住む場所。
移住者がラトリッジへ住み着くのに合わせ、前もって多くの兵を潜ましていたのだろう。
あるいはその都市で起こった火災そのものが、密かに兵を潜ませるための仕込であった可能性すらある。
どちらにせよ僕等傭兵団を潰すための計画、随分と前から周到に準備が進められていたのかもしれない。
突如として沸いて来た敵の増援に、僕は一人路地のど真ん中で頭を抱える。
ただそんな状態を見かねたということもないだろうが、暗がりの奥から一人の人物が現れ、こちらへと声をかけて来た。
「アル、どうしたんですか?」
「……マーカスか」
姿を現したのは、事態が起き始めて以降ずっと、情報を得るため走り回っていたマーカス。
彼は僕を探しに来たのか、それとも敵の掃討を行う為に出張ってきているのかは知らないが、様子からすると偶然に僕を見かけ声をかけて来たようだ。
「今回ばかりは君の情報も外れたらしいよ。敵の増援が来る、急いで戻ろう」
「そのようですね。迂闊でした、ずっと都市内に潜伏していたとは」
ここまでかなりの精度を誇ってきたマーカスの情報だが、こればかりは大きく外してしまったらしい。
とはいえある程度は仕方ないかと考えるも、いったいどこから得たのか、彼は既に都市内の各地に敵の増援が現れ始めているのを掴んでいた。
案外捕らえた敵から、なにがしかの手段を用いて聞き出したのかもしれない。
彼は口惜しそうに表情を歪ませながらも、今はそれどころではないと大きく頷く。
僕はそんなマーカスの姿を見ると同時に、一つ思い出したことがあり、ついでとばかり彼に聞いてみることにした。
「そういえば、騎士の連中はどうしたんだ。一切姿を見せないけれど」
「大多数は家に閉じこもっているようです。ただどうやら一部は既に逃げ出したようで、少し前に都市を出て行く姿が確認されました」
「そうか……。となると前もって知っていたのかもな」
問うてみたのは、これだけの騒動となっているにもかかわらず、まるで動く様子のない騎士隊について。
とはいえ元来が都市側に属する連中であるため、このような非常時でも当てにしていい対象ではない。
むしろ傭兵団に敵対する可能性も僅かながらあったため、場合によっては討たねばならぬ相手。
騎士隊のゼイラム隊長などは、都市に対し反抗的な姿勢が窺えたが、それでもあまり期待は出来まい。
ただどちらにせよ普段から訓練の一つもしていない連中だ。考えてもみれば、わざわざ自ら戦闘に参加するわけもない。
たぶん今頃は街中で行われている戦闘に怯え、建物に篭って嵐が過ぎ去るのを待っているはず。
一部の逃げたという騎士たちも、事前に騎士隊長から知らされ、都市を一時離れたということだろう。
「っと、あんまり悠長にしていられないみたいだ。マーカス、団員たちへの伝言を頼めるか?」
「了解です、何を伝えましょう」
「全員一時集合、"駄馬の安息小屋"を中心に防衛を行う。地の利はこちらに有るから、路地で迎え撃つことにしよう」
「わかりました。アルはどうされるので」
「僕は少しばかり戦力を削いでから向かうよ。ちゃんと合流するからさ」
それだけ告げると、僕はマーカスの腰へ差されている剣を借り受け、最も敵が多いであろう方向へ向く。
背後からは迷いなく駆け向かうマーカスの足音が響き、対して前方からは土や砂利を踏みしめる無数の足音が。
衛星から確認した限りでは、姿を現した敵の数は二百やそこらでは足りない。
ただ敵の数という脅威に慄く前に、これだけの人数を雇うのにかかる費用をざっと計算してしまっているのは、やはり団長という立場になったが故の性だろうか。
「まったく、これだけの数を雇うのも相当な額が必要だろうに」
<大半はゴロツキのようですし、案外そこまで高くはないのかもしれませんよ?>
「だとすれば、戦力としては思ったほどじゃないか。いっそこのまま一人で殲滅してしまおうか」
<流石にそれは無茶でしょうね。装備もほとんど格納庫に置いていますし>
「それもそうか。……なら止めておこう、油断して痛い目を見るのはゴメンだ」
僕は半ば冗談を交えてではあるが、そのほとんどが街のゴロツキであるという敵の戦力を、一人でどうにかしてはという空想に耽ってみる。
ただこれまでも幾度か、油断から痛い目を見てきたのは否定できない。
それにエイダの言う通り、それを可能とするであろう装備の多くは、都市から離れた格納庫へと置いたまま。
なので自重し、大人しく組織として戦うのが正解なのだろう。
エイダの忠告に苦笑しながら了承すると、僕は借り受けた剣を抜き放ち、近くの柱へと鞘を打ちわざと大きな音を立てた。
団員たちが酒場へと集合し、迎え撃つための体勢が整うまで、少しばかり時間を稼ぐ必要がある。
立てた音によって引き寄せられた敵が駆けて寄くるのを感じながら、僕は舌なめずりし、僅かでも敵を減らすべく地面を蹴った。




