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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
308/422

極彩色の敵意01


 都市ラトリッジはこの地が築かれた当時からある、古い街並みの旧市街を、高い壁によってグルリと囲まれている。

 大陸西部一帯において一般的な、どこの都市でも見られる構造。

 そして壁の向こうには新市街や、他都市から流れてきた人たちが築く無数のあばら家などが立ち並んでいた。

 傭兵団が保有する工房や墓地などもこの一角に在り、この辺り一帯は比較的人が少ない地域となる。


 そんな郊外エリアの東部において、樹木の少ない丘陵地帯であるこの地域にしては珍しい、鬱蒼とした緑に覆われた区域が存在した。

 木材が貴重な土地であるため、かつて材木を得るという目的により植林された場所。

 だが土地に合わぬせいか木々の生育が遅く、かかる労力や時間に見合わぬとされ、途中で放棄された小さな森だ。



「さて……、どう攻めるか」


<森の西側と南西に三人ずつ。少しばかり距離は離れていますので、察知されず仕留めるのは可能かと>


「なら西側は後に回そう。まずはコルテオの居る南西だ」



 その都市外れの小さな森を望む家屋の陰、僕はそこへと身体を潜め、森のすぐ側でたむろする連中を観察していた。

 視線の先には三人の人物、それとは別に森の南西にも三人。これらは全員が、都市統治者によって雇われた傭兵たちであった。

 中には元団員である人間も混ざってはいるが、ここで一番優先的に仕留めるのは、森の南西側に居る中の一人。

 傭兵団内へと密かにもぐり込み、色々と情報を引っ張り出し都市へ伝えていた、内通者であるコルテオだ。



<随分と優しいものですね>


「……なんのことだ?」


<レオですよ。見たところ確かに彼は負傷していましたが、あのくらいの怪我であればまだ動けたでしょう。彼自身の手で片を付けさせても良かったのでは>



 視線の先たむろする、森の西側へと居る数人の傭兵たち。

 そいつらをやり過ごし、コルテオの居る南西側へと密かに移動する中、エイダからは揶揄するような声が浴びせられる。

 いったい何を言わんとしているのかと思えば、僕がレオの心情を慮り、裏切り者の対処を背負おうとしたのだと言いたいようであった。



「無理をさせたくなかっただけだよ。まだ当分都市内は荒れるし、レオが動く場面は多々ある」


<ではそういうことにしておきましょうか。実に喜ばしいです、最低限の配慮ができる人間に育てることができました>


「……うるさいな」



 いったいどれだけ本気で言っているのか定かでないが、エイダは嬉し泣きに咽ぶ声を合成し、からかい混じりに話す。

 実際エイダが僕にとって母親代わりのようなものであるのは事実なので、育てた側としては、色々と思うところがあるようだ。

 こちらとしてはゲンナリするばかりであるので、今から戦おうかという状況でされるのは勘弁してもらいたいところだが。



 僕はエイダの言動へ、静かに嘆息しながら暗闇の中を進み、森の南西側へと移動をしていく。

 ただ延々とからかいを続けるエイダの声を聞き流していると、都市外壁の向こうである旧市街の方向から、不意に大きな声が響いてくるのが聞こえてきた。

 衛星からの映像を見るまでもない。都市内へ潜んでいた敵へと、傭兵団が反撃に打って出たのだろう。

 酒場へ戻って来たヴィオレッタが、ヘイゼルさんから事情を聴き、団員たちを取り纏め行動を起こしたのは想像に難くない。



「始まったようだ。それじゃ、行こうか」



 響き渡る声を聞いた僕は、眼前へ迫りつつある標的と相対するべく、夜闇の中静かに接近を試みる。

 当然森の側に居るコルテオを始めとした傭兵連中も、旧市街で戦闘が始まったのは理解したようだ。

 加勢するためか別の目的があるかは知れぬが、旧市街へ向け移動するべく走り始めようとする。


 ただそいつらが前へと一足飛びに駆け、手にした短剣をギラつかせながら躍り出る。

 自分たちがここに居ると気取られるなど、想像だにしていなかったのだろう。

 突如として現れたこちらの姿に、そいつらは驚き一瞬動きを止めていた。



「……やっぱり一筋縄じゃいかないか」



 しかし不意を突いて仕掛けたはずであるが、相手もまた熟練の傭兵たち。

 そこらのチンピラ相手のようにはいかず、僅かな逡巡を経るもすぐさま反応し、腰へ差していた剣で辛うじてこちらの攻撃を牽制した。

 見ればそれをした一人は、どこかで見た顔だ。となれば僕のかつての仲間、過去にイェルド傭兵団の団員であった人間なのだろう。


 とはいえまだ完全には迎え撃つ体勢となってはおらず、今の内に畳みかけるべく足に力を込める。

 ただ駆けようとしたところで、森の西側のやり過ごした連中が発したのであろうか、突然に甲高い笛の音が夜闇へと響き渡った。

 非常時に仲間へと知らせるためであろうその音を聞いたコルテオら三人は、ビクリと身体を震わせるなり、踵を返し森の中へ飛び込んでいく。



「参ったな。エイダ、上から追えるか?」


<辛うじて。ですが三方に分かれています、どれを対象としますか?>


「当然コルテオだ、真っ先にヤツを仕留めるぞ」



 都市内のごく限られた一角にしかない森とはいえ、鬱蒼と茂った葉は姿を隠すに十分。こうなっては追跡は困難を極める。

 おまけに連中は森へ入ってすぐバラバラに逃げる選択をしたようで、葉を掻き分ける音は三方から聞こえてきた。

 なので全員を一度に追う事を早々に諦めた僕は、衛星に搭載したセンサーを頼りとし、コルテオを追うべくその一方へと向かった。



 星明りも届かぬ真っ暗な森の中。本来夜行性の動物以外では足元もおぼつかぬそこを、足早に進んでいく。

 直接視界に移るのは、ただただ真っ暗な木々ばかり。

 しかしそんな状態でも躊躇わず進んでいけるのは、ひとえにエイダからの指示であったり、前方を窺える手段あってのものであった。



「コルテオ! 大人しく止まった方が身のためだ。お前が裏切っていたのはわかっている」



 決してこのような言葉を聞いてくれるとは思わないが、一応は警告を発する。

 プレッシャーを与えておけば、適当な所で転んでくれるかもしれないし、そうすれば延々とこんな場所で追いかけっこをせずに済むというもの。

 ただやはり僅かに狼狽する気配だけは発するも、コルテオは小さく声を上げ逃走を続けていた。

 掴まればただでは済まぬとわかっているし、対峙しても敵わぬというのを理解しているせいだろう。


 だがコルテオを追うにつれ、僕は徐々に自身の苛立ちがつのっていくいくのを感じる。

 マーカスによって調べられたあいつの素性は、当然のことながら表だって話していた内容とは大きく異なった。


 純朴そうに見えた人柄は、その実多くの人を騙し続けてきた演技力によるもの。

 金遣いが荒くギャンブルに溺れ、金を得るために詐欺を働き続け、時には人を殺し金を奪っていたならず者。それがコルテオの正体。

 ただ唯一語っていた本当の身の上は、ヤツに妹が居るという話。

 もっともその妹も、金を欲したコルテオによって売り飛ばされたようであると、マーカスからの報告には記されていた。



「清々しいまでのゲスだな。……そんなやつに騙されたこっちも大概だけれど」


<そこばかりは相手を評価してもよいのかもしれません。こちらの無警戒もそうなった原因でしょうが>


「今後傭兵団に受け入れる人間は、徹底して調査する必要がありそうだ」



 長く潜伏し続けていたコルテオへの悪態がつい口を衝くも、直後に騙され続けていた自分たちの不甲斐なさが表に出る。

 そもそもヤツはかつて、他の大きな都市で裏稼業を担う組織に身を置く人間であった。

 しかしそこで問題を起こし逃げ延びた先で、どういう経緯なのかラトリッジの都市統治者に拾われたようだ。


 そんな輩にむざむざ騙され、最終的には数人の団員が命を落とす破目となったのだ。

 そのような結果となったのは、ひとえに正体を見抜けなかったせい。レオだけではない、僕もまた自らを叱咤せずにはいられなかった。



<それにしても、よくマーカスもここまで探ったものです>


「そいつは言えてる。後で相応の飴を用意しないとな」



 ただ一方で、ここまで調べ上げたマーカスの能力もまた評価する必要を感じる。

 彼とは別々の隊として分かれて以降、長く離れていたのだが、その間に随分と諜報活動の面で能力を伸ばしていったようだ。

 その彼を従える団長という立場になった以上、得意分野の違いは有れど負けてはいられない。



 僕は先ほどまでの苛立ちを負けん気へと転換しつつ、暗い森を逃げ続けるコルテオを追い続けた。

 だがヤツは枝葉が刺さる痛みと暗闇を進む疲労によってか、徐々にその動きは緩慢となりつつある。

 おそらくは背後から迫る死の足音に、急速に精神を摩耗させているせいもあるだろう。



「あ……っ、ガァっ!」



 そしてしばらく進むうち、ヤツの逃走も終わりを迎える。

 暗がりの中で木の根へと躓いたようで、コルテオは身体を前方へ放り出すようにして転がっていった。

 僕は地面を這いつくばり呻くそいつへ向け、ゆっくりと歩を進めていく。

 手には大振りな短剣を握りしめ、これ以上無駄な抵抗をせぬよう圧をかけながらコルテオへと向かうのだが、ヤツは思いのほか情けない声で懇願を口にした。



「た、頼む! 見逃してくれ!」



 いったいどの口が言うのか、コルテオは怯えの強く滲む表情を浮かべ、自身の命を惜しむ。

 今更誤魔化そうとしないのはいいが、こいつのしたことで数人の団員が命を落としたのだ。

 最初からこちらを騙そうと近づいて来たので、裏切りというのは少々違うかもしれないが、だとしても到底許容できるような願いではない。



「な!? あんたも同業なんだ、恨みっこなしだってのはわかんだろ!」



 この恨みっこなしという点に関しては、ヤツの言わんとすることもわからないでもない。

 私怨で誰かを斬るなんてのは褒められたことではないし、こいつだってあくまでも金銭を受け、役割として潜入したのだから。

 だが言葉に反し、半ば無意識にではあろうが手近な小石などを投げつけているようでは説得などあったものではない。

 もっともそれがなくとも説得される気などさらさらなく、敵対する連中が寄越した人間を排除するというだけに過ぎなかった。


 それにしても、潜り込んでいる時にはあれほど堂々とし、自然な演技をしていたというのに。

 これまで僕等へ向けていた丁寧な話し方はどこへやら、コルテオの口調は粗暴さを表に出したものへと変わっている。

 というよりも、おそらくこれがこいつの本性なのだろう。



 僕は続いてこちらを懐柔しようとするコルテオの言葉を、短い言葉で遮る。

 そうして長々と、いたぶるように見逃す気が無い理由を口にしながら近づくと、コルテオはなおもこちらへと取引らしきものを持ちかけてきた。

 腰の抜けたコルテオの耳元へ顔を近づけ、その言葉を突き放すと、僕は小さく告げながら握る短剣の柄へと力を込める。



「僕自身がお前を許すつもりはない。そしてあいつも決して許しはしない」


「やめっ――」



 明確な殺意を言葉に込める。

 コルテオの絶望に染まった制止の声が響きかけるも、それを無視し短剣を胸へと沈めた。

 助命の声を発しようとするも、ヤツは気道からせり上がる血液によって声が出せぬのか、呼吸すらままならぬ音が口から漏れ出る。

 視線によって非難めいた意志を向けてはくるが、僕はそれを無視し短剣を引き抜くと、喉元へ当て刃を横へ引く。


 鮮血を撒き散らし、グラリと後ろへ倒れていくコルテオ。

 そいつの死していく様子を見届けることなく視線を逸らし、僕はすぐさまその場で立ち上がる。



<アル、残りはすぐ近くに居ますよ>


「わかってる、二人だろう? サッサと終わらせてみんなと合流しよう」



 コルテオ一人を始末して安堵する訳にはいかない。なにせまだ二人の敵が森には潜んでいるし、早く旧市街の方へも駆けつけなくては。

 僕はエイダの忠告に返すなり、残る二人を迎え撃つべく近くの木へと身を隠した。


 そこから懐へ手を伸ばし、投擲用の小振りなナイフを一本取りだすと、草を掻き分け近づいてくる相手へ狙いを定める。

 森の中で合流したであろう残る二人。そいつらは先ほどの攻撃へ冷静な対処をしたかと思えば、今は随分と不用意に声を発しやり取りを始めていた。

 おそらくは不意の襲撃という想定外の事態によって、少しばかりの不協和音が生じているため。

 かつての仲間の醜態に嘆息をしつつも、こちらにとっては好都合であると、手にしたナイフの刃を摘まみ、早々に片を付けるべく一人へ鋭く投げつけた。



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