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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
307/422

兆候05


 北方へと遠征に向かった五十人少々を補うものとして、僕は高空の衛星という眼を用い、エイダに監視を継続させていた。

 ただいかに高度な技術の結晶とはいえ、やはりその眼は地上に存在しないため、どうしても監視には限界がある。

 当然建物の中や路地の狭い場所、あるいは城壁のすぐ側などへ入られれば、壁が邪魔をして監視の目が届きはしない。

 そしてそういった場所は、人にとってもまた気付きにくい個所。そういった空白地帯を狙ってくるのは、当たり前の選択であると言えた。



「現在十人を一班とし、この場所を中心に捜索半径を広げています」


「ここまでに倒した敵の数は?」


「拘束できたのは三人ほど。レオニード隊長を襲った賊を含め、既に相当数の死亡が確認されていますので、」



 酒場の中央へと陣取り、都市の簡略図を置きジッと眺める。

 そんな僕へと、比較的団内でも経験を積んだ後輩である青年は、現時点までで判明している状況を報告していく。


 第一報として受けた、レオが数人の賊によって襲撃を受けたという内容。

 しかし実際にはレオだけでなく、数人の団員がほぼ同時刻に襲撃を受けていた。

 その全てが旧イェルド傭兵団からの古株であったり、あるいは新たに抜擢された若い傭兵など、比較的団内でも立場が上の者たち。

 そして当然のことながら、現在団長補佐と言える役職に在るヴィオレッタもだ。


 ここまで襲撃されたのは七人ほど。その中の四人が負傷し、現在治療を受けている。

 レオもまた不意を突かれ多少の傷を負ったそうだが、十人ほどの賊に囲まれながらも持っていた短剣を駆使し、結局はその全員を斬り捨てていた。

 ヴィオレッタも同様であり、五人に囲まれながらも三人を斬っている。拘束したと報告された三人の内、二人は彼女が捕らえた数だ。

 双方ともに無傷とはいかなかったが、この辺りは流石と言ったところか。



「襲われる数はここから更に増える、全員に市街戦用の装備着用を徹底させるんだ。それと襲われたら容赦しなくていい、拘束しようなどと考えず、自身の身を護るためにも応戦するよう伝えてくれ」



 突然の状況であるため、警戒に出ている傭兵たちの多くは装備が心許ない。

 なので一旦戻って装備を整えさせるべく、僕は数人の酒場内で待機する傭兵たちへ、警戒を続ける者たちへ伝達するよう走らせた。


 ただレオが斬った相手の中に知った顔があったことで、こちらを襲撃している連中の正体は明らかとなる。

 酒場の前へとレオが運んできた死体を確認すると、その顔はバートラムという、かつて団に所属していた男のものであった。

 そしてヴィオレッタを襲った方の中にあった死体も、同様に元団員の男が確認されている。

 こいつらに共通すること。それは元団員であるというだけでなく、現在都市統治者によって雇われているという点だ。



「アル、やはりこの敵は……」


「間違いないでしょう。こちらに攻撃を仕掛けているのは、都市そのものです。ここまで来れば向こうも隠す気は無さそうですが」



 地図へと襲撃が行われた地点をチェックしていく僕へと、一杯の茶を持って来たヘイゼルさんが声をかけてくる。

 既にある程度の事情を話している彼女は、これが都市による攻撃であるというのを理解したようだ。



「思いのほか早かったな。だが隠そうとしないのであれば、尚のこと厄介だ」


「ええ、向こうは僕等と全面対決するつもりです」


「レオやヴィオらを先に狙ったのは、腕の立つ目ぼしい連中を先に仕留める為か……。本気で潰しに来ているな」



 ヘイゼルさんは僕の前へと茶を置くと、腕を組み眉間に皺を寄せ呻る。

 彼女の言うように、都市はこちらの戦力を削ぐことを優先したのだろう。

 あえて正攻法ではなく奇襲を選んだのは、単純に確実性を優先したためだと思うが、彼我の戦力差がいまいち測りきれない以上、そうするのは当然であるのかもしれない。

 そしておそらくレオとヴィオレッタが狙われ、僕がいまだ襲撃されていないのは、単純に独りとなる状況がなかったためだろう。



「わかっている範疇ですが、敵は八十人ほど。その内、二十人少々が死亡したか拘束されています。残りが何処へ潜んでいるか……」


「囮を出して誘き寄せる訳にもいかんか。ゴロツキが相手ならばともかく、向こうも経験を積んだ連中だ」


「下手をすればこちらが斬られるだけですからね。……やはり向こうから出てくるのを待つしかありませんか」



 ある程度仕方がないことではあるが、どうしても後手後手に回ってしまう。

 こちらから打って出ようにも、まずどこへ敵が潜んでいるかというのが定かではない。それに上からの監視を行うにしても、密集した市街地ではその効果も限定的だ。

 おまけに団員たちには迫る状況を知らせていなかったため、突如として団を襲う災禍に混乱気味であるのは否定できなかった。

 これは都市内に伝わってしまうのを恐れ、意図して知らせていないので仕方のない話ではあるが。



 さてどうしたものか。僕はヘイゼルさんが持って来た茶に口を付け、地図へ視線を落としながら思案する。

 向こうが行動に出るタイミングを察知できなかったのは不覚だが、今はその反省よりも対処が先。


 なによりも優先すべきは、団員たちの生存。決して一人で行動させず、襲撃されることを前提としなくては。

 都市内の各地に分散して居を構えている団員たちも、一時的にここを中心とした場所で寝起きしてもらう必要があるだろう。

 如何な連中であろうと、こちらが集まっているからといって火を放つような愚行はすまい。

 こうも家々や商店が密集していれば、下手をしなくても自分たちが炎に巻かれてしまうからだ。


 僕は地図上に在る複数の空き家などを確認しながら、団員たちをどう配し動かしていくかを考える。

 ただそんな僕へと、ヘイゼルさんは少々思うところがあったようで、再度問いかけてきた。



「それにしても、どうやってあいつらが一人の時を狙った。決してこの都市も狭くはない、徒党を組んで探し回っていれば、いくらなんでも気付かれるだろう?」


「……それについては心当たりが。というよりもまず間違いないでしょう」


「と言うと?」


「内通者が居ます。一応はその目星もついていますが」



 僕はヘイゼルさんへとそう告げると、すぐさまエイダへと思考を繋げる。

 都市内がキナ臭くなり始めてからこれまで、マーカスに頼んで周辺の人間を洗って貰っていた。

 周辺とはつまり傭兵団内。騎士隊の隊長が警告してくれて以降は、特に身内にそういった人間が居ないかを警戒し続けていたのだ。

 そして今の状況が起こるほんの少し前、マーカスからは疑いを向けるに十分な内容が届けられている。



『コルテオだ。彼を探し出してくれないか』



 僕は一人の名を挙げ、都市の中に潜んでいるであろうその男をエイダに捜索させる。

 レオがここ最近ずっと目を掛け、熱心に指導を行っているという若い傭兵。

 当然警戒は彼にも及んでおり、マーカスらの調べによってその素性が判明していた。

 我が家にまで招き交わした談笑。その中でコルテオの口にしていた故郷や家族、これまでの経歴など諸々の全てが嘘であるということが。


 レオにはまだ話していないが、今に至っては疑うに足る十分な理由となる。

 それに先ほどカルミオも言っていた。コルテオが団に属する人間のあれこれや、北への遠征のため都市を離れる一団に関し、根掘り葉掘り聞いていたと。

 かねてより傭兵団を排す機会を窺っていたであろう都市統治者は、最も団の戦力が落ちる時期を探るべく、潜り込ませていたのだろう。



<やってみましょう。ただもし屋内へ潜んでいたなら、こちらではどうしようもありませんが>


『頼んだよ。今更遅いけれど、それでもヤツをどうにかできれば、団内の統率を取り戻す役には立つはず』



 まだあくまで状況証拠の域を出ないが、コルテオが都市から派遣された間者であるのは濃厚。

 ヤツが傭兵団へ加入した時期は確か、僕が先代団長から傭兵団を託された直後辺り。

 となれば都市統治者一族はそれ以前から、こちらに対し善からぬ企てを持っていたことになる。

 その間者を団員たちの前で晒し上げれば、明確に自分たちの敵が誰であるのか周知させられるはず。


 ともあれそのためにもまずは、コルテオの所在を明らかとし捕らえなくては。

 都市人口三万少々の中から、たった一人を見つけるのは至難の業とは思うが、数十人いる敵の全員を探すより多少はマシといったところか。




「団長!」



 ただエイダへとコルテオの捜索を指示し、ヘイゼルさんへと詳細を伝えようとした矢先。

 開け放たれている酒場入口から、勢いよく一人の団員が飛び込んでくる。

 彼はこちらへと一目散に駆け寄ると、息を切らせながらも状況の報告を行った。


 荒く弾む肩と上擦った声でする報告を聞くにつれ、僕はゆっくりと目を細めていく。

 それは僕だけでなく、隣へと立つヘイゼルさんも同様であり、また周囲で休息を摂っていたり別の作業を行っている団員たちも同様。

 報告を持って来た団員へと労をねぎらうと、再度エイダへと思考を接続する。



『エイダ、前言撤回だ。捕まえるだけで済ます訳にはいかなくなった』



 伝えられた内容を聞いた僕は、先ほど発した言葉の訂正を行う。

 新たに届いた報告は、警戒へ当たっている団員たちが賊によって襲撃を受け、内二人が命を落としたというもの。

 これまでも十分敵対行動として認めるに足るだけのモノであったが、実際に団員がそうなっては、もう全面対決へ至る他ない。



<それはまた穏やかではありませんね。ですが丁度いいです、こちらも見つかりましたよ>


『助かる。そのままマークしていてくれ』



 かなり急いで捜索してくれたらしく、エイダはあれから然程時間が経っていないにもかかわらず、広い都市の中から一人の人間を見つけ出していたようだ。

 僕はエイダから発見の報を聞くなり、ヘイゼルさんへ一通りの伝達をすると、置かれた一振りの大振りな短剣を腰へ差し出口へ向かう。

 こうなってはもう後に引くこともできぬし、なによりこれ以上侮られたうえ、さらなる被害を出しては傭兵としての沽券に係わる。

 なので都市に対し報復行動には出る。だがその前に、裏切り者への対処を行う必要はあるだろう。




「アル、一人でどこへ行くんだ?」



 ただ酒場を出たところで、警戒から一時戻って来たレオや複数の団員と出くわす。

 そのレオは誰も連れず一人外へ出た僕へと、危険であるという認識のためか肩を掴み押し留めた。

 しかし肩を掴む彼の手へ触れ外すと、真っ直ぐに視線を向ける。



「すまないレオ、しばらくここで待っていてくれないか」


「どうした。お前が居ないと、指示を出す人間が……」


「大丈夫だよ。そろそろヴィオレッタも戻ってくるだろうし、いざとなればヘイゼルさんが采配してくれるはずだから」


「なら俺も連れて行け。なにかあったんだろう」



 一度は外したレオの手であるが、今度はこちらの手首を掴み上げる。

 こちらの表情を窺ったためにだろうか、それともすぐ背後に在る酒場の中が、同様に只ならぬ空気に包まれているのを察したのかもしれない。

 自身も賊に、というよりも都市からの刺客によって襲撃されたが故か、珍しく厳しい剣幕で詰め寄るレオ。


 見れば彼の身体には数か所へ包帯が巻かれ、その下からは赤黒く色が滲んでいる。

 突然の襲撃を受け、十人もの敵を排除したものの、自身もまた傷を負った証。

 そんな彼へと僕は真っ直ぐ視線を向け、ここで待つよう告げながら、これから行おうとしていることを話す。

 当然、彼が目を掛けていたコルテオの裏切りが濃厚であるという話も。



「俺のせい……、なんだろうな」


「いや、見抜けなかった僕等全員の責任だ。レオはただ自分の役割を果たしただけだよ」



 こちらの話す内容を聞くにつれ、愕然とするレオ。

 俄には信じがたいと言いながらも、より信頼の度合いは僕の方が高くあってくれているようで、告げる内容を大人しく受け入れていく。

 そのレオへ決して彼自身だけの問題ではないと告げるも、僕は内心で自身に対し歯軋りをする想いであった。


 実際はレオのせいどころではない、むしろ責を負うべきは僕の側。

 マーカスら諜報要員を動かし、団員たちの素性を把握しておくべきであったというのに、それを怠った自身の落ち度だ。

 レオは団員たちの訓練を担い、それを果たした結果有望そうな人間に目をかけていたのだ、決して責められたものではなかった。



「アル、やはり俺も行く。あいつとのケジメは俺が……」


「悪いけれどそれは認められない。さっきの襲撃で受けた傷、思いのほか深いんだろう?」


「だが――」



 レオが負った傷はなかなかに深いものであったようで、今すぐ倒れるという程ではないにせよ、あまり動き回っていいものではない。

 背後の酒場から漏れる光によって照らされるレオの顔は、平時よりもずっと青褪めているように見える。

 それがコルテオが敵側であったという事実だけでなく、失った血によるものというのは明らか。。

 むしろ今の時点で、立っているのがやっとであるはず。ここで会話をしていることすら辛いであろうに。


 自身も行くと言って聞かぬレオへ、僕は拳を軽く彼の肩へ押し当てる。

 そして一時的に口を閉じさせると、静かながらも有無を言わさぬ口調で告げた。



「負傷した君の口惜しさを晴らすこと、そして間者であったコルテオを罰するのは僕の役目だ。これだけは、絶対に譲りはしない」



 レオ傭兵団の大きな戦力であると同時に、僕の家族も同然な存在。これ以上無理をさせられないと。

 それに敵であったとはいえ、あれだけ可愛がっていた後輩、手に掛けさせるのはしのびない。

 僕自身が責を負うためにも、レオには悪いがここは譲れなかった。


 グッと力を入れ言い放つ。するとレオは言葉を詰まらせ、僅かに視線を逸らす。

 納得してくれたかはわからない。しかしこちらの剣幕に圧されたか、それとも自身の負傷を考え自制したか。

 どちらにせよこの場を任せてくれることにしたようで、小さく「すまない」と告げ、レオは酒場の中へと入っていった。


 酒場へ姿を消していくレオを見送り、寒風吹きすさぶ路地の奥へと向き直る。

 差した短剣の柄を強く握りしめ、陽の落ちた市街を闇に溶け込むよう、なんとか冷静さを保とうと堪えながら進んでいった。



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