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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
305/422

兆候03


 ラトリッジ市街の中心部から少しばかり外れた場所に建つ、一軒の古びた宿。

 普段は旅の行商人が一人か二人使う程度な、宿の主人からしてあまり商売っ気を出した様子もない寂れた場所。

 そんな場所へと来た僕は、コンコンと、一枚の古ぼけた扉をノックする。

 年季が入ったというよりは、手入れを怠っているため劣化しただけという方が正しいだろうか。

 そのボロボロとなっている扉の前で、僕は部屋の中に居るであろう人物が出てくるのを待つ。


 一見して客が居るかどうか、非常に疑わしくなる風体の宿。

 しかしここ、本来の宿としては非常に閑散としているのだが、一部の人間によるちょっとした目的での利用に関してはとても繁盛をしていた。

 と言っても別に、娼婦を相手に逢瀬を重ねるための宿ではない。

 あまり大っぴらに出来ぬという点では同じだが、その多くは至極真面目な会談、あるいは商談の場として利用されているのだ。



「君か……」


「お待たせしました。呼び出しておいて申し訳ありません」


「構わんよ。とりあえず入りたまえ」



 ガチャリと、この手の木製扉にしては珍しい、金属製部品が鳴る音を立て開かれた扉の向こう。

 そこへ立っていた大柄な男は、暗がりのせいでよく見えぬ顔で僕を見下ろし、静かな口調で部屋へ入るよう告げた。


 その促しへと大人しく従い、小さな光源一つのみで照らされた室内へと滑り込む。

 周囲に人が居ないのを確認し素早く扉を閉めると、僕は中で既に腰かけていた大柄な男の顔を窺った。



「早速本題に入って貰いたい。君には悪いが、あまりここに長居をして勘ぐられるのも好ましくはないのでな」


「わかりました。では単刀直入に」



 小さな明りに照らされた、彫りの深く厳つい顔をした壮年の男。

 寂れた宿の一室で待っていたその男は、都市ラトリッジにおいて騎士隊を率いる隊長職に就く人物であった。


 基本的に高慢で、都市住民たちを見下す傾向が強い騎士の中にあって、彼は比較的真っ当に話せる御仁であると言っていい。

 諦めきっているのかどうか、別段無体を働く騎士たちを諌めたりはしないものの、それでも彼が密かに住民たちを気遣っているという話を度々耳にする。


 以前に傭兵団所属の銃工であるハルミリアが襲われた際、僕は口封じも兼ねて数人の騎士隊隊員を始末している。

 当然そこから数日の間、消えた騎士たちの捜索が行われていたのだが、彼の裁量によって早々にそれは打ち切られることとなった。

 その後どういう訳か、この騎士隊長から理由も言わず一本の酒が届けられたのだが、おそらく推測の末に色々と察した結果だったのだろう。

 普段から素行も悪く、騎士隊の中でも突出して問題の多い連中だったようなので、今にして思えば逆に大きな騒動となる前に処理したことへの詫びであったのかもしれない。

 無論そうであるという証拠はないし、事情を知る全員が口を開くことはまずないのだが。



 僕はその騎士隊長……、確かゼイラムと言ったか。彼の前へと腰かけると、望まれる通り要約して説明をする。

 内容は現在ラトリッジへと、イェルド傭兵団所属以外に多くの傭兵が集まっていることと、武具関連の流通がおかしいという話。

 統治者寄りの立場である彼に話して良いものかとは思うが、ここまで幾度か接してきた印象からすると、あまりそういった事を口外するような人物ではないだろう。



「残念だが、ワシはなにも聞いてはいない。ただ……」


「ただ?」



 大抵騎士隊長を勤める者というのは、都市統治者と遠縁の親戚筋に当たると聞く。

 とはいえその末端に近い位置となっている彼には、これといって詳しい情報が届いていないようだ。

 しかし何やら思い当たるフシがあるのか、ゼイラム騎士隊長は僅かに眉間を顰めると、含むようにその心当たりを口にした。



「立場上、彼らが催す宴の場へ呼ばれる機会は多々あるのだが、そこで度々口の端に上る話題がある」


「それはまた如何にも面倒そうな場ですね。で、何と……?」


「『最近の傭兵団は勢いづいている、いずれ都市そのものまで乗っ取ろうとするのではないか』、という懸念に関してだ」



 意味深な視線を交え、騎士隊長はハッキリと告げる。

 僕はその言葉にピクリと身体が反応するのを感じるも、とりあえずは彼の次ぐ話を待つことにした。



「先代の団長はどこか得体の知れぬところがあったが、表にほとんど出て来ないが故に、こちらとしても真意を測りかねていた。しかし次の代である君は違う。普通に表立って行動し、一度は減退した戦力をものの一年少々で元に戻しつつある」


「つまりは傭兵団を、というよりも僕に対して警戒していると」


「警戒というよりも焦り、あるいは恐怖か。連中には君が、過度の野心を抱いているように映ってしまったようだ」



 持って回った言い方をすることもなく、ゼイラム騎士隊長は淡々と都市統治者たちが抱いているであろう不安を代弁していく。

 ようするに彼が言いたいのは、都市が密かに集めた戦力の矛先が向かうのは、僕等イェルド傭兵団ではないかと言いたいようだ。

 容易に都市を掌握してしまえるだけの戦力を持つこちらへの、抑止力として傭兵と武器を集めているのか、あるいはいっそ潰してしまおうという腹積もりであるのか。

 現時点では判断がつかぬし、もっと他の意図があるのかもしれない。




「聞いておいてなんですが、いいのですか? こんな話を漏らしてしまって」


「善くはない。公になれば罰せられることはなくとも、騎士隊隊長の職を辞さねばならぬ」


「ではなぜ……」


「正直、連中を好いてはいないからだな。遠戚に当たるため昔から接点はあったが、一定の距離を取っているが故に悪い面も多々見える」



 有益な情報をもたらしてくれた騎士隊長へと、僕は勝手ながらも問うてみる。

 本来であればこのような事、こちらに伝えていい内容ではないのだろう。

 半ば名誉職に近い隊長という地位ではあるようだが、だからこそ追い出されれば汚名は非常に重いモノとなるはず。

 ただ嘆息混じりに開いた彼の口振りからすると、遠縁の親戚とは言え好意的な感情を持ってはおらず、統治者一族からもあまり厚遇されてはいないようだ。

 内心ではある種の反発心があるのかもしれず、こうして急に呼び出しての問いにも、然程抵抗なく口を開いてくれているようであった。



「だがワシの立場では、これ以上はなにも話せぬよ。知らぬせいで話したくとも話せぬが」


「いえ、助かりました。このお礼は後々……」


「では酒の一本でも頼もうか。食事で気楽に飲むような、安いやつがいい」



 話せる内容の全てを語ったとばかりに、ゼイラム騎士隊長は席から立ち上がる。

 僕は背を向け部屋を出ようとする彼へと、後日に謝礼を届けさせる旨を告げようとしたのだが、すぐさま要望を返された。

 おそらく一切の礼を固辞するよりはいいと、多少なりとマシな落としどころとして提案してくれたのだろう。

 こういった時の為に用意はあったのだが、どうやらこちらの懐具合を気に掛けてくれたと見える。


 一人残された部屋の中、獣脂の燃える小さな火を眺めながら腕を組む。

 ともあれこれで色々と得心がいった。これまで都市とは別段騒動を起こしたことはなく、あくまでも傭兵とその雇用主という関係を続けてきた。

 特別良好な関係とは言わぬまでも、それは先代団長の頃からずっとだ。

 だがもしも現在の傭兵団を都市が脅威と感じ、こちらを潰そうと画策しているのであるとすれば……。



 僕は暫くして部屋を跡にすると、暗い通路を通り宿のロビーへ。

 宿の主人に幾ばくかの金銭を支払い外へであると、そこには外套を着こんだヴィオレッタと、中年の男に扮したマーカスが立っていた。



「ようやく出てきたか。なにかわかったことが?」


「そいつは後で話すよ。……少しは天気も持ち直したみたいだね、準備は済んだかい?」


「既に最後の確認も済んでいる。誰かさんの号令一つあればすぐにでも出られるぞ」



 外へ出るなり、寒そうに白い息を吐くヴィオレッタは、こちらの成果を問うてくる。

 しかしいくら立場上口が堅いとはいえ、宿の主人に聞かれかねない場所でそのような話をする訳にもいかない。

 そこでとりあえずは、騎士隊長と話している間に進めていてもらった事項を小声で確認した。


 現在傭兵団の人員五十数名は、北方への遠征準備を進めている。

 今日は最後に確認だけ行い、あとは出発するだけという状況なのだが、午前中は天候が悪かったため待機してもらっていたのだ。

 だがゼイラム騎士隊長とのやり取りを終え外に出てみれば、寒さこそ厳しいものの雪の勢いもそれほどではなく、一応は移動が行える天候にまで回復している。



「マーカス、彼らにはそっちからも何人か同行してくれるんだろう?」


「二人ほどを。何かあればすぐに戻って知らせてくれるはずです」



 ヴィオレッタによる準備完了の報告を受け、今度はマーカスへと向き直る。

 本来ならば僕が同行しない代わりに、エイダへ頼み衛星を使って遠征組の様子を窺っているところだ。

 しかし今のゴタゴタとした状況に在っては、悪いが上空からの監視の目はラトリッジに注視させなくてはならない。

 かといって遠征を延期するわけにもいくまい。なにせあちらに戦力が必要であるのに変わりはなく、駐留する僅かな人員は今か今かと到着を待っているのだから。



 僕は待機する人員の待つ広場へ移動しつつ、二人へと宿の中でした会話についてを話す。

 勿論人通りが少なく閑散としているとはいえ往来の只中、小声となり内容もかなり要約したものであったが。

 とはいえ簡潔な説明であっても、二人は相応に状況がおかしな方向へと転びつつあることを理解したようだ。



「もしその推測が正しいとして、そうなった場合にはどうする。戦うのか?」


「極力避けようとは思う。せめて一矢報いれるだけの戦力を、備えとして持とうとしているだけかもしれないし、まだそうであるという確証もない」


「では当面は静観か。もどかしいものだ」



 話を聞き終えたヴィオレッタは、すぐさま以後の行動を確認する。

 団内の諸々を監督する彼女にしてみれば、その方針次第で準備の仕方が変わってくるためなのだろう。

 しかし怪しいからといって、すぐ全面対決の態勢になどという訳にもいかない。

 僕等はあくまでも傭兵、依頼をしてくる雇用者と支払われる金銭あってこその武力組織であり、真っ当な理由なく雇用者に牙を剥けば悪評はあっという間に知れ渡ってしまう。

 なので彼女の言う通り、もどかしくも今はまだ黙し推移を窺うのみだ。



「だけど、もし本当に都市がこちらへ刃を向ける気であるなら……」



 ただ現在傭兵団の重鎮となっている二人に対し、最も最悪な事態となった場合の指針くらいは示しておいていいだろう。

 その方が万が一に備え気構えてくれるだろうし、なにより団長として毅然とした姿勢を見せておく必要がある。

 僕は浅く息を吸い、僅かな間を置いて小さくもハッキリと呟く。



「その時は決して容赦しないよ」



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