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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
304/422

兆候02


 昼日中であるというのに、曇天の空から舞う色によって、都市は白く染め上げていく。

 真冬の盛りに当たる季節。例年は薄く程度にしか雪が覆うことのない都市ラトリッジは、これまでにないほどの降雪に見舞われていた。


 そんな寒々しい空気と色に覆われた中、僕は都市郊外にほど近い、鍛冶師や冶金職人の多く住む地区へと赴いていた。

 地区内の一角に位置する一軒の工房、その中へ置かれた炉の前で中腰となって、発される熱を頼りに外気に奪われた体温を戻そうと手をかざす。



「で、お前さんはどう思うよ」



 炉の熱へと当たる僕の背後から、溌剌としてはいるが長年の大声によって皺枯れたであろう、男の不審げな声が浴びせられる。

 僕は炉にかざした手を名残惜しくも離し、声の主へと振り返る。

 そこには一人の老人が椅子へ腰かけており、手にした煙管をプカリと吹かしていた。



「おかしい……、ですね。鍛冶職人や武器商も、年中通して働けるよう生産量は調整しているはずですから」


「やっぱそう思うかい。こんな時期に急な発注が立て込んだもんでよ、どうにも変だと思ったのさ」


「傭兵団の方も、特別多くの武具を発注してはいません。なのでそこまで金属の需要が増えるはずはないんですが……」



 煙管を吹かし首を傾げるこの老人は、現在傭兵団で銃器製造に携わらせている、ハルミリアという少女の祖父。

 今回僕はその彼に話があると呼ばれ、あまり人の多く訪れぬ職人街の工房へと来た。

 そこで話されたのは、最近この老人を含め幾人かの冶金職人へと、一斉に大量の注文が出されたというものであった。


 都市内の鍛冶職人たちから出された注文であるらしいのだが、僕自身も言ったように、一年の間に製造される武具の数というのはある程度決まっている。

 なので一時期に大量に生産されるとすれば、それは大規模な戦闘の前触れであるという場合がほとんど。

 だが現状そういった兆候のある地域は少なく、遠征を行うとしても小規模な衝突が見込まれる場所ばかり。

 鍛冶師たちが多くの金属を必要とする状況など存在しないはず。

 ハルミリアの祖父もそれとなく、鍛冶職人たちへと発注主に関して聞いてみたそうだが、返ってきた答えは「答えられない」というもの。もっともこの辺りは当然か。



 最近都市内に姿を現した傭兵たちや、エイダによって探知された大量の物資が入ってきているという情報。

 これらも含め、何かの繋がりがあると考えるのが自然。

 そこで僕は姿を見かけた傭兵たちに関して口にすると、老人は煙管を置き煙を吐き出すと、腕を組んで前のめりになる。



「一度は離れた傭兵連中がか、やっぱりどうにもキナ臭い気がして仕方ねぇな。……ところで今回呼びつけたのは、妙な注文が入ったのを知らせるってのもあるが、お前さんに頼みがあってよ」


「ハルミリアの護衛ですね。了解です、すぐに手は打ちますよ」


「話が早くて助かるぜ。家を離れはしたが、なんだかんだで可愛い孫娘なんでな、無事に越したこたぁねえ」


「僕等にとっても彼女は大切な職人ですからね。一旦工房を閉鎖して、安全な場所に移動してもらいましょう」



 老人が真剣な表情を浮かべつつ向けてきた懇願に対し、僕は迷うことなく頷き了解を示す。

 いったい何が起きているのかはまだ定かでないが、どちらにせよ騒動の気配を感じられてならない。

 なので彼はせめて、孫娘であるハルミリアを安全な場に置きたいと考えたようだ。


 仮定の話ではあるが、もし都市内で何がしかの騒動が起こるとして、ハルミリアの保護というのはかなり優先度の高い事項だ。

 なにせ彼女が製造を担う銃は、僕等新生イェルド傭兵団にとって、他者との優位性を保つための虎の子。是が非でも無事でいてもらわねばならない。

 ただ既に一定数は製造し終えており、現在は改良のために研究を続けている状態のため、工房を閉め彼女に避難してもらうことは可能であった。



「今のところ、ワシが話せる情報と言えばこのくらいか」


「十分ですよ。こちらでも色々と調べているところなので、何かわかれば話せる範囲でお知らせします。ですが……」


「わかっとる。あまり吹聴して周るなと言いたいんじゃろう、不安感を煽っても碌なことにはならんからな」


「助かります。では僕はこれで失礼を」



 永年武力に関する産業へと携わってきた経験か、老人は必要以上に口を開くのを善しとしないようであった。

 それは彼の言ったように、不安感を撒き散らすことの無意味さもあるだろうが、下手に関わって身を危険に晒す可能性に触れるのを恐れているため。

 懸命だとは思う。僕は別にどうこうする気はないが、他の人間までもそうであるとは限らないのだから。




 ハルミリアの祖父へ礼を言い工房を跡にすると、継いで市街の中心部へと向かう。

 降りしきる雪のせいか、普段であれば人でごった返している大通りも、出店している露天商や通行人はまばらだ。

 なので人混みに押されることはないが、代わりに足下へと積もった雪のせいで歩き辛く、慣れていないため移動するだけで体力を消耗させられる。


 そんな中で雪による人の少なさもあってか、休業状態となっている一軒の店舗前へと来ると、軽いノックを経て中へ踏み込む。

 入るなり店内の暖められた空気が頬を撫で、着込んだ外套の下で汗が噴き出てくる。

 外套を脱ぎ細々とした雑貨の置かれた店内を進んでいくと、薄暗い店の奥からは、濃い髭を蓄えた長身の男が姿を現した。



「誰かと思えば。外は寒かったでしょう、奥へどうぞ」


「悪いねマーカス。できれば温かい物をもらえると助かる」


「勿論。丁度お茶を淹れたところですから」



 出迎えてくれた店の店主、マーカスは髭を生やした顔を軽く笑ませると、奥へと入るよう促した。


 この店は廃業した雑貨屋を買い取り、傭兵団の諜報活動を行う拠点の一つとして活用している場所だ。

 別に団の本拠地でもある酒場を使ってもいいのだが、より存在を秘匿し彼らの安全性を高めるためにも、離しておいた方が無難であると考え用意したのであった。

 まだ使い始めて一年と経ってはいないのだが、ダミーである雑貨屋としての機能の方も、見たところそれなりに売り上げているようだ。



 店の奥へと進み置かれた卓前の椅子へ腰かけると、マーカスはすぐさま目の前に茶を用意してくれた。

 丁度よいタイミングで来たものだと、温かいカップへ触れかじかんだ手を癒している内に、マーカスも向かい合って腰かける。

 そういえば前回会った時には普通に髭を剃っていたので、おそらく顔のそれは変装用の付け髭かなにかなのだろう。



「あれから何かわかったことは?」


「一応は。といっても、あまり詳しい内容ではないのですが」



 急な来客などに対応するためだろうか、変装を続けたままであるマーカスへ、僕は単刀直入に切り出す。

 彼……、というよりも彼を含む数人には、現在起こっている不審な物の流れについてを探らせている。

 都市に現れた元団員を尾行させている件も含め、途中経過を聞くために訪れたのであった。



「ラトリッジへ戻って来たかつての団員だけでなく、他にも方々から他の団に属する傭兵が集まってきています。現在判明しているだけで七二名」


「かなりの数だな。雇い主は?」


「話を盗み聞いた限りですが、雇用主は都市統治者一族のようです。半年ほど前から、密かに人を集める手はずを整え始めていたようで」



 早速内容を報告し始めるマーカスの口から聞かされたのは、想像していたよりもずっと多い人数。

 元団員だけであれば、ここまでで噂として十数人程度の名を聞いていた。

 しかしそれよりもずっと多い人数に加え、他の傭兵団に属している者まで入り込んでいるとなれば、これはただ事ではない。

 以前にも他都市で似たような状況に出くわしたことがある。ただその時に傭兵を集めていたのは一部の住民たちで、クーデターの準備をしているというものであった。


 しかしマーカスの話によれば、その傭兵たちを集めているのは都市統治者一族。

 ここまでの人数を動かすからには、統治者の誰かではなく、その中の筆頭となる人物の指示によるもの。

 となるとクーデターをする先などはなく、ますますもって意図がよくわからなくなってくる。



「目的は? まさか共和国や王国みたいに、ラトリッジだけで正規の軍を組織しようってんじゃないだろうし」


「そこまでは……。ただアルの言っていた、都市内へ運び込まれているという物資。あれはやはり武具の類がほとんどでした。おそらく集めた傭兵たちに持たせるのでしょう」


「ついさっきハルミリアの祖父に会ってきた。冶金職人たちへ一斉に、鍛冶師たちから相当量の金属が発注されたらしい」


「ではそれも彼らに使わせる武具になるのでしょうね。いったい何を目論んでいるやら」



 そう言ってマーカスは一口茶を飲み、眉間へ皺をよせ怪訝そうにする。

 大陸西部に位置する、西方都市国家同盟に属する都市国家は、その全てが軍事力というものを保有していない。

 複数の小さな都市国家で構成された共同体であるため、特定の都市が過度な権力を持たぬよう、最低限の治安維持組織である騎士隊を除き、武力を持たぬ取り決めをしているためだ。


 その代わりに他国から同盟の領土を護るのは、彼らからの委託を受け武力を行使する各傭兵団。

 なので戦闘が行われるような状況が迫っていれば、真っ先に傭兵団へと話しが来るはずなのだ。

 一時は弱体化したとはいえ、現在も同盟領最大の戦力であるイェルド傭兵団には、当然のように依頼や相談が舞い込んでくる。

 だからこそ、今回のように都市が密かに戦力を集めているというのは解せない。


 真っ先に思いつくのは、同盟領内の他都市を独自に攻めようとしているという可能性。傭兵団はそういった依頼を断るためだ。

 いくら同じ同盟に属しているとはいえ、多少関係がこじれた相手は存在するし、対立に近い構造を持つ都市同士もあり、決して一枚岩とは言えない。

 もっとも、これはあくまで想像の範疇を越えないものではあるのだが。



「現在判明しているのはこの程度です。……すみません、あまり役に立てず」


「いや、ありがとう。これからもわかる事は増えていくだろうし、引き続き情報を集めさせてくれ」



 何だかんだで一団員と団長という対場はあれど、僕とは親友にも等しいというのに恐縮そうに頭を下げるマーカス。

 もっとも現状ではここまでわかれば十分。僕はマーカスに礼を述べると、調査を継続するように頼んだ。


 あまり長居をするのも気が引け、用件を済ませて立ち上がったところで、少しばかり思い出したことがあり頼みを口にする。



「そうだ、あと少しだけ……」


「なんなりと。とはいえボクらに出来ることなんて、たかが知れていますが」


「謙遜しなくていいよ。それにおそらく可能な範疇の話だから」



 詳しい情報を得られなかったことに対する、名誉挽回の機会と捉えたのだろうか。

 マーカスは完璧を確証こそしないものの、表情を引き締め力強く応える。

 そんなやる気に満ち満ちているであろう彼へと、僕は幾つかの調べ事や使いを頼んだ。



「……了解しました。ですがいいのですか?」


「あくまでも念の為にだよ。ただ無理はしなくていい、もし危険を感じたらすぐに引いてくれ」



 頷き確認するマーカスへと、過度な無茶はせぬよう念押しをする。

 それだけを告げると、僕は脱いだ外套を着直し、茶の礼を言って雑貨屋を跡にした。



 外へ出ると変わらず冷たい空気が吹き付けるものの、雪はやみ一定数の通行人たちの姿が見られた。

 ようやく客足が戻ってくると判断したのか、市街の店々も僅かな時間であっても客を呼び込もうと、軒先を開け威勢の良い声を上げ始める。

 まだまだ冬も只中、今年は随分と寒いようなので、雪も降る日は多々あるのだろう。

 だが僕はここ最近の不穏な状況に、厚く積もった雪をも解かす騒動の気配を感じずにはいられなかった。



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