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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
路地裏の王国
303/422

兆候01


 第一報というよりも、これは世間話に近いやり取りの中、半ば偶然に漏れた話というべきだろうか。

 その情報を最初に耳にしたのは、一日の仕事を早々に全て片付け終え、陽の落ち始める前の酒場で酒を傾けている時だった。


 現在の新生イェルド傭兵団には、都市ラトリッジの内部に住民や露天商として、あるいは行商人として潜伏し情報を集めるための要員が居る。

 その一員というか諜報を担い活動する要員の中で、ラトリッジにおける統率役となる人物が、かつて僕と同じチームで活動していたマーカス。

 彼が定時の連絡として接触を計って来た時、会話の最中で呟いたのは、かつて傭兵団から離脱し独立をした人間の名であった。



「意外だな。あの二人はかなり気位が高かったし、今更頭を下げてくるとも思えないんだけど」


「目的までは定かでありません。ですが背格好に加え愛用する装備も同じだったそうなので、まず当人に間違いはないかと」


「バートラムとサイモンか……。かなり実力もあったし、もし戻ってくる気があるなら歓迎したいところではあるな」



 ここはいつも使う傭兵団所有の酒場である"駄馬の安息小屋"ではなく、ラトリッジ市街の中心部にほど近い、比較的大きい大衆的な酒場。

 そこの隅で僕の正面へと座る、一見して体格は良いもののとり立てて特徴のない、町人風の姿をしたマーカスと言葉を交わす。

 彼が連絡事項の最後に口にしたのは、団長の交代劇が行われた際、機に乗じて独立を目論んだ元団員二名の名だ。


 彼によれば、当時は僕にとって先輩であったその二人が、つい先日このラトリッジへと姿を現したという。

 それ自体は別に問題があるというものではない。傭兵稼業である以上は移動が常であるし、抜けたからには二度とこの地に立ち入るのを許さない、ということもない。

 なのでどこかまた別の土地へ移動する最中、偶然ここへ立ち寄ったと考えるは普通の発想。

 しかしあえてマーカスが報告してきたのは、その二人がもう五日以上この地に滞在しているという理由からだ。



「彼らが最近までどうしていたかはわかるか?」


「あの一件で離脱した団員は多いので、流石に詳しくは……。ですが別段悪い噂も聞きませんし、それなりに傭兵としてやれていたのでは」


「だとすれば、上手くいかないのを逆恨みして戻って来たってことはなさそうだな」



 マーカスの告げる推測に対し、僕は腕を組んで頭を悩ませる。

 以前にも数人ではあるが、そういった事を目論んだ輩というのは存在した。

 戻って来た多くは再度頭を下げて団への復帰を要望してきたのだが、中には独立後の活動が上手くいかず、その責任をこちらに転嫁する者もいたのだ。


 ただ今回姿を現した二人は、そういったこともなくただ都市へ滞在しているだけ。

 とはいえこれといって何か行動をしているでもなく、大人しくフラついているというのが逆に解せない。

 よもや懐かしさから、観光に興じているということもあるまい。



「それと実は、他にも数名同じように姿を見せ始めた人間が」


「まだ居るのか? まさかそいつらも、さっきの二人と同じ行動を?」


「ご明察です。なにか妙な動きをするでもなく、宿を取って都市内をウロついているだけですね」



 だがそのおかしな行動をする元団員は、バートラムとサイモンの二人だけではなかったようだ。

 マーカスの口から次がれたのは、更に数名の聞き覚えがある名と、その彼らが同じく不可解な様子を見せているというもの。



「妙だな。一人や二人であればそういった事もあるだろうけど、同時に何人もとなれば、意図を持って集団で行動している可能性が出てくる。最初の二人もセットで行動している訳じゃないんだろう?」


「おっしゃる通りです。どうしましょう、尾行を着けますか? もしかしてこの都市へと来る前に、どこかで何がしかの依頼を受けたのかもしれません」


「……そうだね、特にそういった行動に秀でているのを選抜してくれ。連中も熟練の傭兵だ、監視の気配を察知するかもしれない」


「了解しました。ではボクはこれで、また何か動きがあれば知らせます」



 周囲にそれと気取られぬよう、雑談を模して笑顔のまま交わされる報告。

 それを終えたマーカスは立ち上がると、一人酒場の外へと出て行ってしまう。……勘定は、僕持ちであるらしい。

 そのくらいなら別に構わないかと、僕もまた立ち上がり小銭をテーブルへと置く。

 酒場の給仕へと声をかけ自身も酒場を跡にすると、息の白む冷たい空気に触れ、僅かに背を震わせる。




 マルティナがこの惑星を去ってからまた暫し、季節は一巡し冬を迎えていた。

 少しの間は同郷の仲間が帰った寂しさもあったが、再び北部で再燃した戦火もあって、忙しさから次第にそれも薄れていった。

 丁度その頃にホムラ中佐から再度連絡があり、マルティナが無事地球へ帰ったと聞かされ、安堵に胸を撫で下ろしたというのもあるだろう。


 ただ彼女はその後すぐに除隊したそうで、実家に戻って家業を手伝っているということも合わせて聞いた。

 なのでこれから先、僕がこの惑星で暮らしていく限りは、決して彼女と会うことはないのだろう。

 高い技量を誇っていたのに勿体ないとは思うが、これもまた彼女の選択と尊重しなくては。



 僕はそのようなことを考え小さく息吐くと、手に抱えた外套を羽織いポケットへと手を突っ込んだ。

 まだ日没を迎えてから幾刻も経ってはいないというのに、冬の盛りであるためか随分と冷え込む。

 マーカスと会うため夜間に外出したが、サッサと帰宅して暖炉の前に陣取るとしよう。

 そこで久しく構ってやれていないイレーニスの相手でもするか、と考えながら歩いていたのだが、唐突にその思考は頭へ響くエイダの声によって中断される。



<ところでアル、少しばかり話しておきたい事が……>



 エイダが突然に話しかけてくること自体は、別に問題ではない。

 寒さ厳しい時期であるだけに、体調管理に関する小言を頂戴する事が多く、ウンザリしているのは確かだが。

 ただ今回はそれと異なるようで、エイダの少々言い澱むようなその口調に、僕は僅かに小首を傾げた。



「どうした? 珍しく口が重いじゃないか」


<いえ、先ほどの話と関係があるかは定かでないのですが、実は最近若干ながら都市内へと流入する荷の量が増えているようなのです。正確な量までは不明ですが、食料や武器その他、色々な物品であると推測されます>



 急に告げてきたのは、昨今入ってくる物資の量がおかしいというもの。

 エイダは常々衛星によって都市周辺を監視し、何がしかの異常が起きてはいないかを確認している。

 そしてこれは半ば趣味と言っていいのだろうか、エイダは都市を出入りする物流などから、経済状況の推移を予測するというのを日常的に行っていた。

 そんな変わった趣味を持つだけに、出入りを行う商人らの姿には敏感であるらしい。



「時期が時期だ、他所の都市から備蓄用の食料でも買い込んだんじゃないか? 武具類は溶かして使う用とか」


<最初はそう考えました。例年この時期は、雪が積もる前に多くの行商人が出入りしますので。しかし今回は昨年一昨年よりも、遥かに多いのです>



 一瞬だけ考え、それらしい理由を挙げてみる。

 しかしエイダにしてみればそこも込みで、今年の量は異様であるという結論に至っているらしい。



<中でも最も多いと思われるのは、武具関連を運び入れる荷です。使われる荷車の種類や、荷の大きさに対して引く動物の頭数などからした推測ですが>


「騎士隊の装備を全部新調でもするのか……? でもそれなら御用聞きの商人が走り回っているはずだろうし」



 数年に一度といった頻度ではあるが、威厳などを保とうと騎士隊の鎧が一斉に新調されることがある。

 大抵は碌でもないゴテゴテとした意匠が追加されるだけの、実に馬鹿馬鹿しいものであるのだが、そういった時には都市内の御用商人が慌ただしく走り回っているものだ。

 ただ今回はそういった話も聞かないので、おそらくは違うのだろう。

 ではいったいどういう事なのか。最近舞い戻ってきた連中に関する内容と、二つが同時に頭へと襲い掛かってくる。



 ただエイダの報告に頭を悩ましているうちに、家まで帰り着いてしまったようだ。

 僕は今の段階では何もわかりはしないと、息衝いてから家の扉を開く。

 そのまま無言で玄関を越え廊下を通り、明りの漏れるリビングへ繋がる扉へと手をかけた。


 開かれた扉の向こうには、普段と変わらぬこの家の住人たちの姿。

 まだ式は挙げていないが妻に当たるヴィオレッタに、僕が傭兵となって以降ずっと共にあるレオ。

 旅の途中で拾いそのまま身元を引き受けた少年のイレーニスに、ミラー博士が生み出したレオの同類であり、もうすっかり我が家の一員として馴染んだリアーナ。

 地球へと帰ったマルティナの姿はもうないが、僕にとって家族も同然の人たち。



「帰ったかアル。外は寒かったろう」


「頬が凍るかと思うくらいにはね」



 迎えの言葉を向けるヴィオレッタに、僕はちょっと軽口で返す。

 リビングの中央へと置かれた大きなテーブルを囲み談笑する彼女らの姿に、帰宅の安堵感から肩の力が抜ける。

 しかし今回はどういう訳だろうか、毎日見る四人とは別にもう一人、地球へ帰ったマルティナとは異なる人物の姿がそこには見られた。



「珍しいな、お客さんかい」


「ああ、俺が呼んだんだ。悪いな勝手に」



 僕がその見慣れぬ姿に声を発すると、すぐさま返してきたのはレオだ。

 彼は自身の横へと座る男青年の背を軽く叩くと、機嫌の良さそうな様子を見せた。

 どうやらその人物、珍しいことにレオによって連れて来られたようで、立ち上がるなりこちらへと一礼する。


 とはいうものの、僕はその青年の姿をこれまで全く見たことがないという訳でもなかった。

 以前にレオが団員たちの訓練を見ている場所に顔を出した時、それとなく紹介してくれたはず。

 確かかなり筋が良いとレオが太鼓判を押し、熱心に指導をしているという団員の一人だ。



「すみません、お宅にまでお邪魔してしまいまして」


「構わないよ。折角だしゆっくりしていってくれ」



 年齢的にはそれほど僕等と変わらないが、彼は丁寧に家へ上がり込んだことを詫びた。

 名は確かコルテオ。レオに連れて来られたであろうに詫びる彼の所作は、傭兵にしては存外に丁寧だ。

 どうやら既にここに来て食事を終えているらしく、卓上には僅かに使用後の小皿が残されている。

 僕はそのコルテオへと座るよう促すと、リアーナが淹れてくれた茶を受け取り談笑に混ざる事とした。



 内容はもっぱら僕等が傭兵団へと入った時のことや、互いの家族などに関して。

 この辺りはある程度親しくなった傭兵同士の定番ネタではあるが、逆に言えばそこまで親しくない内は決して聞くことのない内容。

 なので既にコルテオとレオは、それなりに気心が知れているようだ。

 とはいえ当然のことながら、僕やレオの素性に関しては除外される。それはイレーニスにもまだ話していない内容なので当然だが。


 話を聞けばどうやら、コルテオには故郷に一人妹が居るらしい。そのため傭兵団へ入って以降、得た金のほとんどを仕送りしているとのこと。

 なので普段は倹約に励んでいるようで、なかなか支給品以外の新しい装備が買えないとぼやく様子からは、純朴そうな空気が漂っていた。




「そういえば、今度の遠征だけれど……」


「遠征をされるのですか?」



 そんな交わされる会話の中、眠気を覚えたイレーニスをリアーナが部屋へ連れて行った時。

 ふと以後の予定を思い出した僕は、少しばかり談笑の空気を抑えて確認するように呟く。

 唐突に発された団の予定について反応したコルテオは、目を大きく開いて聞き返す。

 そういえばこの話はまだ、一般の団員には話していない。別に知られたところでどうというモノではないのだけれども。



「近いうちに北方へね。最近またキナ臭くなってきたから、五十人ほど向かわせようかと考えている」


「で、誰を向かわせる気だ? そろそろ指揮を任せてもいい人間が数人は居るだろう」


「そうだね、今回はラティーカに任せてみようかと思う。あまり派手な戦闘にはならないだろうし、以前にも彼女はあの辺りで戦った経験がある。最初の指揮経験としては、丁度良いんじゃないかな」



 その話へと入ってきたヴィオレッタは、遠征を行う指揮官を誰にするか問うてくる。

 前もって今回は僕やヴィオレッタ、それにレオも参加しないことを前提とし、誰かに遠征を任せてはという話になっていた。

 徐々に傭兵団も以前の規模へ戻りつつあるし、他に前線で指揮を任せられる人間の数を揃えていきたいところ。

 今名前を挙げたラティーカは、特別戦闘に高い能力を発揮する方ではないが、面倒見がよく気が利くタイプ。

 いずれは誰かの補佐役に回そうかと考えていたのだが、その前に一度、リーダーとしての経験を積ませておくのも悪くはないだろう。



「五十人ですか、それなりに多いですね」


「最近は共和国との国境も静かになって、動かせる人員も余裕があるし、念のためにね。でもこれ以上増やすと、新米指揮官には荷が重いだろうけど」



 なにやら興味深そうに聞き入るコルテオ。彼は思いのほか多い北方へ向かう人数に、驚きを持って反応を示す。

 とはいえ衝突の規模が大きくなりそうであれば、もっと多くの人員を向かわせる場合も多々ある。

 今回は比較的小競り合い程度のものと推測されるため、指揮経験の浅い人間へ任せることにしたのであった。


 折角レオが珍しく目を掛けているのだ、彼も向かわせて参加させてもいいだろうか。

 などという考えが一瞬だけよぎるも、既におおよそ向かう人選も頭の中で終えている。

 そのことをコルテオに茶化しながら伝えると、彼は微かにホッとしたような気配を身体から滲ませていた。

 それなりに実力があるとは聞いているが、この真冬の最中に北方へ行くというのは、なかなか抵抗があるのかもしれない。



「では、次の機会に行かせて頂きます」


「その時には頼んだよ。一応全員が一度は経験する戦場だからさ」



 とはいえこれから先、十年やそこらでは済まぬ時間続く戦場。

 また向かってもらう機会もあるだろうと考え、僕は棚から酒の入った小壷の一つを取り出し、もう少しばかり雑談に花を咲かせようと、彼の前にカップごと差し出した。



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