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戦意


 僕が生まれ育ったベルナーシュ星は、地球圏国家群による勢力圏内に属していた。

 広大な宇宙のどこかで行われているはずの紛争とも無縁な、地方星系の田舎惑星。

 これといった産業も無く、他星系からの観光客も居らず、住むのは惑星の開拓に携わる人々たちとその家族のみ。

 そんな一見して何も見る所のない惑星であった。


 だがそんなベルナーシュも、ある日戦火に包まれることとなる。

 地球圏国家群から独立を果たした、一部勢力が支配地域を拡大せんと、僕等の住む地へと手を伸ばしてきたのだ。

 当然そこまで価値を見出されていない開拓中の田舎星系に、碌な軍備など有ろうはずもない。

 あれよあれよという間に中央は掌握されていく。


 だが住民の多くは、戦闘が始まる前に脱出を果たせた。

 当時子供だった僕と両親も同様であり、辛うじて残っていた星系間航行の可能な船に、他四人の同乗者と共に乗り込んで逃げ出すことに成功したのだ。

 しかしどういう訳か、逃げ出した数百の民間船はその反応を消していく。

 軍用船でないというのは明らかなはずなのに、船は侵攻してきた勢力によって次々と攻撃を受け、その多くが宇宙の藻屑と消えていった。



 とはいえこれらは、僕が直接記憶している事のあらましではない。

 あくまでも船内のデータに残っていた、過去のニュース映像などから得た情報だ。


 その後の顛末は、今僕が見た夢の通り。

 なんとか追撃からは逃げ出せたものの、船は損傷し偶然近くに在った惑星の一つへと逃げ込む……いや、墜落する破目となった。


 現在でもこの惑星の外では、僕の故郷へと侵攻した勢力と、地球圏の勢力が睨み合いを続けている。

 僕が未だに救助されないのは、下手に救助の船を遣って相手を刺激したくないという理由からであると、一度だけ繋がった通信で知らされた。



 あれから救助を待って数年が経過、今となっては生き残っているのも僕一人。

 このまま待っていても、いつ頭上での睨み合いが終わり助け出されるとも知れない。

 ただここでひたすらに救助を待つのも限界だった。


 この星には文明や科学で著しく遅れてはいるものの、地球人類と同等の高度な知能を持つ原住人類たちが住む。

 名前らしい名前も付けられていない、ただ数文字のアルファベットと数桁の数字によってのみナンバリングされた惑星。

 地球の暦換算で十五歳となったこの日、僕は住み慣れた船から出てその世界へと向かうのだ。





「どこにやったっけかな……。長い間触ってないし、仕舞い込んじゃったか」



 出立の準備に必要な装備を探して、船内をひたすら動き回る。

 あれの有無によっては、今後の行動に関する制限が大きく変わってくる。

 なんとしてでも見つけ出さねばならない。



「前に爺ちゃんが使って以来だし……。捨てたってことはないだろうけど」



 装備が見つからないものの、誰か他の人に尋ねる訳にもいかない。

 何せ今この船内には、僕一人しか居ないのだから。

 いや、正確にはもう一人居たか。



「仕方ない……。エイダ、作業用のパワードブレスレットがどこにいったか、探してくれないか」


<了解しました。――完了。アルフレート、探している品でしたら、既にバックパック内に納められていますが?>


「嘘っ!? ……いや、そういえば一昨日自分で入れたんだっけか」



 僕は船内の隅に置いていた自身のバックパックを漁る。

 すると中からは探し求めていた、金属などの合材で作られた腕に着用する装飾品が姿を現した。



「すまない、すっかり忘れていた」


<問題はありません。なんなりと申し付けて下さい、アルフレート>



 僕の謝罪に対し、どこからともなく船内に響く声は、どこか嫌味ったらしい調子を纏って答える。


 女性の声でされるこれは、この船に搭載されたサポート用AIの"エイダ"だ。

 便宜的に女性としての人格で表されるそれは、僕がさっきの夢の中で幾度となく聞いた声そのもの。

 軍事用ではないみたいだが、小型船に搭載されている物にしては、比較的高性能なものであるようだった。


 単純な演算や情報収集などを行わせている時などは、エイダは割とアッサリした反応を返してくる場合が多い。

 だがうって変わって世間話をする時などは、本当に感情を持っているかのような、棘を感じる言葉を放つ時が多々ある。

 それが開発者の趣味によるものなのか、蓄積したデータを元に自動で更新された思考ルーチンのせいかはわからない。

 ただ一人になってみると、その人間味がありがたく思えなくはなかった。




「それじゃあ行ってくるよ」


<了解しました。ところでハンカチは持ちましたか?>


「……お前は僕の何なんだよ」


<アルフレートの母親代わりであると自認していますが? 現状ではあながち間違ってはいないかと>



 おかしなものだ、

 エイダは抜けぬけと言ってくるが、僕の母親を知っているだろうに。

 なにせこの船内で、落下時の衝撃で息を引き取る瞬間を、しっかりとモニタリングしていたはずなのだから。

 それでもこんな事を言ってしまうあたり、やはり機能的にこちらの気持ちまで察してくれるのは難しいのか。

 もっとも、それも今更怒るようなことでもないが。



「それじゃあエイダ、母親らしく"いってらっしゃい"とでも言ってくれ」


<了解しました。いってらっしゃい、アルフレート>



 僕の名前を呼ぶエイダの声に、本当の感情が宿っているような錯覚に襲われる。

 だが決して在り得ないことだろう。

 あくまでもデータの更新をし、得た情報から電子的に進化するしかない存在だ。

 僕が感じた感情らしきものも、あくまでも擬似的なそれに過ぎないのだから。


 僕は若干の名残惜しさを感じながら、振り返って誰も居ない船内を見渡し、何年もの月日を過ごした思い出と悲しみの共存するそこへと別れを呟く。



「行ってきます……」



 そう言って踏み出した僕の背に、今度はエイダの声が向けられることはなかった。

 だがそれはいいだろう。

 彼女の分身とも言える存在は、僕の手に納められているのだから。







 小走りで森の中を駆け、幅が数メートルはあろうかという地の割れ目を飛び越える。

 そこから身体のバネを使って跳ねると、身長の倍以上高い岩を片手一本で乗り越えた。


 普通であれば不可能なそれを成し得るのは、さきほど船内で回収したブレスレットのおかげだ。

 一見してただの金属製のアクセサリーに見えるそれは、身体能力を大幅に向上させたり、神経系に働きかけて思考速度を上昇させたりすることが可能な装置だった。

 一時的に体表を高出力の力場で覆うことによって成すのだが、当然のことながら身体にはある程度の負荷がかかるため、時々の休憩が必要となる。



 森の中を進んで約二時間。

 本来持つ僕の体力であれば、ここまで来るのに日中ほぼ全ての時間を費やす破目になっていたはず。

 全ては身に着けた装置のおかげであり、現代科学による恩恵の賜物だ。


 とはいえこれらは本来、船内及び船外での作業で用いられる、民生品のパワードスーツと言える類の物。

 軍事用に製造された物であればより強い力を発揮し、身体への負荷も最小限で済むとどこかで読んだ記憶があった。

 そちらを欲しいと考えはするものの、この状況でそれを望むのは流石に贅沢というものだろう。



 そんな事を考えていると、不意に僕の頭へととある声が響いてきた。



<警告。三時方向、距離一七〇mに大型陸生動物を探知>



 響いてきた声は、船に搭載されたAIであるエイダと全く同じもの。

 それと同時に、僕の胸元に下げられているペンダントに嵌められた宝石状の物体が、僅かにチカチカと輝きを持つ。


 このペンダント型の装置は、船に搭載されているエイダと常にリンクしており、様々なサポートを行ってくれる。

 そのエイダは航宙船が墜落した直後に打ち上げた、救難信号の発信を兼ねた小型衛星によって得られる情報をもとに、装着者へと各種情報を伝えるように設定されていた。

 ペンダント型の装置は、僕の頭皮下へ埋め込まれた受信機を介し、音声であったり脳に直接映像を投影して伝達が行われる。


 なのである意味で、このペンダントはエイダの分身であると言えなくはない。



「……肉食か?」


<不明です。最寄りの警察機関等に援助を求めるよう推奨します>



 エイダの告げる言葉に、僕はクスリと噴き出してしまう。

 こんな辺境惑星の森の中、警察が存在するはずもない。

 エイダは時々こんな風に、ありえない提案をしてくることがある。

 だがそこはご愛嬌といったところだろうか。


 僕は腰に下げたナイフを鞘から抜き、カッター状のそれを告げられた方向へと向け警戒する。

 しばらく視線をやっていると、木々の向こうから姿を現したのは一頭の野生動物。

 一見すれば猿のように見えるが、そのサイズは僕よりも遥かに大きく、爪は鎌のように鋭く伸びていた。

 どちらかと言えば、以前サイエンス系の番組で見たゴリラに近いだろうか。

 随分と細身なうえに、厄介な凶器まで身に着けているようだが。



「勘弁してくれよ」



 距離を取って警戒していると、そのサルは僕の方へ顔を向けたかと思うと、急に口を開き牙を剥いた。

 ただの威嚇行為かとも思ったが、ジワリジワリとこちらににじり寄っており、口の端からは涎が垂れ落ちる。

 疑う余地もない。これは確実な敵対行動だ。



「僕が今日の昼飯ってか? もっと上手そうなのがそこらに居るだろうに……」



 通じもしない不満を口にしつつ、思考を介してブレスレット型の装置を起動、再度身体能力を強化する。

 そこから構えたナイフの柄を強く握ると、手に伝わる微妙な振動。

 ジワリと、刃先の部分が淡い赤色へと変色していく。


 武器として構えているナイフはブレスレットと同じく、本来作業用工具の一種として作られた代物だ。

 金属の切断を主目的とするそれは、通常の刃物を大きく上回る切断力を誇り、野生動物の皮膚くらいなら易々と切り裂いてしまうはず。




「クルルルルルルっ、グァアアァ!!」



 低い呻りを上げていた猿は、唐突に真正面からこちらへと一足飛びに突っ込んでくると、ナイフを構える僕の目の前で直角に飛び木の幹へ。

 そこから更に別の木の枝へと飛び移ると、鋭い爪を振りかぶって再び僕を目掛け飛びかかって来た。


 思った以上に賢い。

 ちゃんとフェイントを入れるという知能を持っているようで、僕はその存在へと好奇心が小さく刺激された。



「……っとと」



 ただそんな好奇心を満たしている場合ではなく、迫る猿の爪による一撃を回避するべく、背後に向けて飛び退る。

 一瞬前まで僕の居た場所へと着地した猿は、再び牙を剥いて威嚇を始めた。


 この惑星へと不時着して以降の数年、これまで暮らしてきて幾度となく動物を狩ってきた。

 だが食肉に向く草食動物ばかりを相手にしてきたせいか、この猿はどうにも勝手が違う。

 自衛のための動きではなく、こちらの息の根を止めるための攻撃をしてくるのだ。


 だがここでやられてしまう訳にはいかない。

 船の中という安全圏を捨て、外の世界へ出ると決めたのだ。

 この程度は困難にすらカウントされないだろう。



 僕は小さく横へとステップ踏み、様子を窺いながら少しずつ前へと進んで距離を詰めていく。

 大猿は変わらず牙を剥いてこちらを威嚇しており、撤退する様子など微塵も見せない。

 是が非でも僕を餌として狩るつもりのようだった。


 このままでは埒が明かないと考えた僕は、脚と腹にグッと力を込め、一気に地を蹴り距離を詰める。

 不意を突かれたというのもあるのだろうが、強化されたこちらの動きに大猿は反応しきれず、鎌状の爪を振って迎え撃つのが一瞬遅れた。

 懐へと飛び込むと、僕は手にした赤いナイフを毛深い腹部へスッと差し込み、そのまま払い上げるように心臓を経由して肩口へ。



「ギィィアアィィイイイイイ!!」



 水でも切るような、ほんの僅かな抵抗感。

 それと共に僕の頭上から、耳をつんざくような甲高い大猿の悲鳴が響き、身体は仰向けに崩れていく。

 ナイフの持つ熱のせいだろう、深い切断面からは血の一滴も流れておらず、若干の焦げ臭さが周囲に漂っていた。



「やっぱり人前で使うのは自重した方がいいか……?」



 斬り付けた断面を覗き込み呟く。


 普通の刃物ではありえない、大型の野生動物を一撃で仕留める切断力。

 技術水準の大きく劣るこの惑星では、明らかなオーバーテクノロジーと言える武器の威力をまざまざと見せつけられる。


 身体能力の強化に関してはある程度出力の調整が出来るが、こちらはそうはいくまい。

 もしこの惑星に住む人にでも見られようものなら、これを狙って厄介な事態に巻き込まれるという事態もありうる。

 これとは別にもう一つ、念のため射撃武器を持って来てはいるのだが、そちらはこれ以上に高い威力を持つはず。

 どちらも使いどころは考えなければならないようだ。



「……喧嘩を売ったのはそっちだ、悪く思うなよ」



 傷口の焼け焦げる臭いに釣られ、別の肉食動物が現れても面倒だ。

 僕は足元で倒れる野生動物の臭いから逃れるように、再び向かう先へと駆けた。




 しばらく森の中を走り、小さな小川を発見した僕は小休止を兼ねて腰を下ろし、脳内で指示を送って装置の起動を解除した。


 一応その機能によって身体への負荷は最小限に抑えられているとはいえ、延々使い続けていればいずれ限界は来る。

 慣れないうちは度々休息を取っていかなくては。


 一息つくと同時に、ふと喉の渇きを覚えた僕は足元にある小川を覗き込む。



「水……、飲めるんだろうか?」



 周囲は自然一色で、人工物の類は一切見当たらない。

 工業排水の類などあろうはずもなく、当然水が何かに汚染されている可能性は低いはず。

 しかしそれが確実である証拠もないため、喉が渇いているとはいえこのまま生で飲むのは躊躇われた。


 僕は首に掛けたペンダントを手に取ると、水面にかざして呟く。



「エイダ、水質のチェックを。加熱処理せずに飲用に使えるか?」



 僕の言葉に反応し、ペンダントが小さく明滅する。

 少ししてそれが収まると、脳へと直接声が響く。



<スキャン完了。飲用としての使用は可能です。ですが摂取は一日八リットルまでに制限するよう推奨します>



 ペンダントに内蔵された多目的のセンサーにより、対象物が有害かどうかの判断も任せてしまえるので助かるのは確かだ。

 だが僕は彼女の告げた結果に対し、どこか可笑しなものを感じずにはいられなかった。



「一日でそんなに飲めるわけがないだろう」



 さっき野生動物が近づいた時の警察云々もだが、エイダは時折おかしな発言をしてくる。

 ただそういった点に多少の不満はあるものの、彼女が居なければ僕は途方に暮れるしかない。


 とりあえず安堵した僕は、履いたブーツを脱ぎ去って素足になると、冷たい小川の中へと足を踏み入れた。

 ヒンヤリとした心地に身を震わせると、手を浸して水を汲み、それを一息に飲み干す。

 水の冷たさが喉を凍らせ、若干火照った体を急速に冷ましていくようだった。



「あー……、美味い。濾過水じゃない水を飲むなんて、随分と久しぶりだ」



 降った雨水を濾過し飲用にする機能は、非常用として船に搭載されている。

 だがどういう訳か、今飲んだ小川の水と異なり、美味いという感覚を得られずにいた。

 精神状態による錯覚なのだろうか、味など変わらないはずであるのに不思議なものだ。




「食糧は携行食が少しあるけど、真面な物が食べたいよな……。エイダ、この先に在る町まではあとどのくらいかかる?」



 水の問題は多少解決し、次は食料とばかりに問う。

 栄養価のみを追求した、非常にマズイ固形の高カロリー保存食は僅かに残っている。

 だが流石にそればかりではつまらない。

 折角外の世界に出る決心をしたのだから、何か満足いく食事をしたいというのは当然の欲求だった。


 一瞬だけついさっき倒した猿が頭をよぎるが、とてもではないけどアレが食用に適しているとは思えない。



<現在地より南南東二五km。二時間少々で到着すると推測されます>



 小型の観測衛星から得られる情報をもとに、エイダは地理情報を伝える。

 向かう先は、僕と同じく生き残った爺ちゃんに以前一度だけ連れて行ってもらった、森から最も近くに在る町。

 まずはそこへと移動し、今後の身の振り方について考える。


 脳に響く報告の声を聞いた僕は、小川に浸していた剥き出しの足を拭いてブーツに納めると、再び装置を起動し指定された方角へと向けて歩き出した。

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