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スピカ03


 僕等この惑星に住まう傭兵が、地上で剣や弓矢を用い戦うのと同様に、地球の軍は宇宙という戦場において兵器を用い戦う。

 技術や様式の差は非常に大きいものの、他者を打ち倒し己が勢力の版図を広げる、あるいは利益を得るという点では、やっていることにそう差はないのだろう。


 戦いの前には使う武器や食料など、活動のために必要な準備を要するという点でも、そこは当然のように同様。

 マルティナを救助する際に多少なりと戦闘が行われる可能性はあり、彼女自身が戦う状況となるかは定かでないものの、それを行えるよう準備を進める必要があった。


 一方で傭兵団もまた、地方へ向け行われる定期的な野盗狩りという名の遠征が控えており、そちらの準備を行わねばならない。

 共にやることは大層なものではなく、マルティナの方は機体と武装の再チェックを行えばよく、傭兵団の方は毎度行っている遠征準備の行程を、普段通りになぞれば問題はなかった。

 とはいえ双方同時にともなれば、必要となる労は単純に倍計算とはいかないようだ。




「すまない、できるだけ早く戻れるようにはするから」



 救出の決行時期が近い初秋のその日、ラトリッジの路地奥へと広がる住宅地に在る、くたびれた外見をした我が家。

 その玄関先へと立つ僕は、腕を組んで立つマルティナを前に、しばし離れることへの謝罪を口にした。

 これから数日間、傭兵団の面々を連れてラトリッジを離れ、野盗の討伐へと従事することとなる。なので完全には完了していない機体の整備を、彼女一人に任せる必要があった。



「気にするな。一人では出来ぬ行程もあるが、可能な分だけは進めておくさ」


「事情を知る人が少ないから、格納庫までも送ってはあげられない。道中気を付けて」


「そう心配せずともいい加減道も覚えたし、武器の扱いも心得ている。わたしのことは気にせず自身の責務を果たして来ればいい」



 マルティナはそう言うと、自身の羽織った薄手の上着を軽くめくり、その下にぶら下がっている銃をチラリと見せた。

 ただ心配の言葉を口にはしたものの、格納庫までの移動に関しては別段問題はない。

 当人も言うように道案内などは必要ないだろうし、万が一迷ったとしても、エイダとのリンクも行っているため案内をしてくれる。

 道中の危険性に関しても、彼女自身が持っている銃の残弾は十分あるし、万が一の時には密かに監視しているマーカスが対処するはずだ。

 運悪く時期が被ったのは仕方がない。野盗の討伐も前々から決まっていたし、救出決行の時期に文句も言えまい。



 問題ないとばかりに見送るマルティナと別れた僕は、本隊が待機する郊外へと向かうべく路地を進んでいく。

 その途中で見つけた一人の酔っ払いらしき男へと近づくと、挨拶をするフリをして肩へと手を置いた。



「早ければ四日ほどで終わる。たぶんおかしな行動は採らないと思うけど、戻るまでは彼女のことを頼んだよ」



 声をかけた相手は、傭兵団の裏側で動く役割を担うマーカス。

 今回は露天商でなく酔っ払いへと扮している彼は、僕等がマルティナの傍を離れている時に限り、ずっと彼女を護衛する役割へと従事していた。

 なので今回野盗討伐のため都市を離れる間は、彼にマルティナを護衛してもらうことになる。


 彼女も一端の軍人である以上、そう易々と不用意な行動はしないとは思う。

 しかし救助される時が近く、出自の問題も相まって若干ナーバスな状態となっていないとも限らず、ふとした拍子に軽率な行動に出ないとは断言できない。

 なので万が一の時、マルティナを影から護るための人間が必要ではあった。



「でも気を付けてくれよ、君自身が不審者として撃たれないようにね」


「精々気を付けます。ですが彼女は、もうこちらの存在に気付いていると思いますよ?」


「でもまだ顔は見られていないんだろう。なら何も問題はないさ」



 マルティナへはマーカスの存在を話してはいないが、彼の言葉によれば気取られている様子は見られるようだ。

 それとなく存在の断片を嗅ぎ取ったのか、それとも直感によるものかはわからない。しかし密かに護衛する当人が言うのだ、間違いないのだろう。

 彼女には監視下に在るという認識を持たず、気楽に過ごしてもらいたかったのだが、この段になってはもうどちらでも問題はないか。



 これ以上話しこんで周囲に勘ぐられるのも好ましくなく、僕は早々にマーカスから離れる。

 彼には必要以上の話をせずとも、良い具合に行動してくれるだろうという、ある種の信頼感のようなものがあった。


 そのマーカスと別れた僕は、都市の大通りを抜け、南の正門を抜ける。

 相変わらずやる気のない見張り役である、騎士の横を通り過ぎて門を越えると、そこには数十人に及ぶ傭兵たちが、各々軽装の鎧へと身を包んで待機していた。

 傭兵たちを取り纏めていたヴィオレッタがこちらを振り返るなり、彼女は口を開くこともなくただ一度だけ頷く。

 万事準備は完了、すぐにでも出発できるという印だ。



「それじゃあ行こうか。サッサと終わらせて、全員で酒場へ繰り出すぞ」



 立ち並び号令を待つ傭兵たちへと、僕はあえてノンビリとした口調で呼びかける。

 当然そのこれから戦いへ向かおうという場にそぐわぬ言葉に、並ぶ傭兵たちは揃って軽い笑いを上げる。

 ただ直後に、打ち上げの費用は全額こちら持ちであると伝えると、彼ら彼女らは揃って咆哮めいた声を上げていた。







 長く見積もっても四日程度で終わると思われた野盗討伐であったが、結局かかった日数は五日。

 野盗連中が手強かったという訳ではないのだが、早期に逃走を計って散らばったため、追撃を行うのに想定以上の時間を要してしまった。


 もっともその間にもマルティナのチェック作業は進んでいるようで、時折格納庫の外へ機体を出しては、確認するようにスラスターを軽く噴射する光景が衛星で捉えられた。

 修理や最終チェックの作業そのものは、機体に搭載された補助AIとエイダをリンクさせることで、間接的にマルティナへと行程の指示を出している。

 なのでそこまでは良いのだが、一旦再度取り外した外装部分の着け直しなどは、帰還後に僕が手伝う必要があった。


 ただそこは別にいい。少々疲労も溜まってはいるが、踏ん張ればこのくらいは造作もなかった。

 問題があるとすれば、進んでいるのは彼女が繰る機体に関してだけではない点か。

 遥か空の向こう、マルティナの救出準備を進める軍の動きが、予想よりも早くなってしまったということだ。




「急げ急げ! このままだと間に合わなくなる!」



 晴天に恵まれた、真っ青な空の下。僕はどこか涼しさを感じ始めた風を切り、真っ直ぐに丘陵地帯を進んでいた。

 普段はまず乗りはしない慣れぬ騎乗鳥へと跨り、地形の起伏を無視するように突っ走っていく。

 自身を乗せる騎乗鳥の息は荒く、本来であれば高い体力を誇るそれをしても、厳しい道行であることを表していた。



「もういっそ、向こうに全部任せてはどうだ! 迎えに降りてくるくらい造作もないだろう」


「そいつは無理だ。もう上では戦闘が始まってる、図体の大きな船を降下させている余裕はないらしい!」



 ただそうして移動するのは僕だけではない。すぐ横には同様に騎乗鳥へ跨り、両の脚で挟むように打ち付け速度を上げるヴィオレッタの姿が。

 激しく揺れ大きく足音を立てる騎乗鳥の上で、僕と彼女は互いに叫び合うようにして言葉を交わす。


 僕等二人が現在向かっているのは、マルティナの待つラトリッジ近郊の格納庫。

 野盗討伐の任を終えた僕等は、その場を一旦人に任せ、特別な用の名の下に騎乗鳥を借りて本隊を離れた。

 というのも、通告されていたよりもずっと早く、マルティナの救助が前倒しされたため。

 どうやら軍の僅かな動きから異変を察知したらしい敵勢力が、惑星近域へと戦力を差し向けてきたらしい。


 結果向き合った両軍は衝突し、その戦闘によって救出の艦艇が降下できなくなったようで、彼女は自力で宇宙へと上がる必要が出来てしまった。

 丁寧な修理作業を行った結果、ギリギリではあるが彼女の愛機"スピカ"は、自力で宇宙へと帰るだけの推力を回復させている。

 しかしそのためにもまずは機体の置かれた格納庫へと戻り、外した外装などを装着し直さなければならない。

 そこはマルティナ一人ではどうにもならないため、僕等が急ぎ向かう必要性に迫られたのだ。




「まったく、お前の同胞とやらはどれだけ私たちに迷惑をかける気だ!」


「そこは僕に言われてもね……」


「少しは文句くらい言わせろ。おかげで財布の中身が空っぽだ!」



 互いに騎乗鳥の走る足を急がせる中、ヴィオレッタはこちらを向いて大きく不満を口にする。

 彼女が立腹しているのは、野盗討伐への出立前に団員たちへ約束した、酒場の費用を僕が持つという話に関わる。

 本拠への帰還前に二人揃って離脱したため、その約束を違える気であると思われないよう前もってポケットマネーで費用を渡したのだが、流石に手持ちだけでは足りず彼女に不足分を借りたのだ。

 それによってヴィオレッタの財布は随分と寂しい想いをしているようで、後で精算こそするものの、少しばかり機嫌を損ねてしまっている。


 とは言うものの、ヘイゼルさんは余程気が乗らなければ、ツケによる会計を許してはくれない。

 レオはあまり多額を持ち歩く性質ではなく、他の団員たちに借りる訳にもいかなかったため、あの時はヴィオレッタに借りる以外手はなかったのだ。




「もうちょっと耐えてくれよ……。後で十分に水をやるから」



 少しばかり不満気であるヴィオレッタの視線から逃れ、僕は自身が跨る騎乗鳥の首元を撫で声をかけた。

 跨る身体へと感じる鼓動は早鐘を打ち、吐き出す息は荒々しさを増していく。特別遠い距離ではないが、ここまで走り通しであるためそろそろ限界が近いようだ。


 とはいえ騎乗鳥たちだけでなく、僕もまたあまり余裕はない。決して得意とは言えぬ騎乗に悪戦苦闘し、ただ真っ直ぐ進むので精一杯。

 それはヴィオレッタも同様であり、悪態を口にはしつつも、その半分は僕でなく自身に対し向けられているようにも思える。

 騎乗鳥を駆るのは本職である騎兵の役割であると、これまで訓練しようともしなかった自身に腹を立てているようにも思えた。


 まだまだ人的に潤沢とは言えぬ傭兵団、これから先も状況次第で、慣れぬ人間が乗らねばならぬ時が来るかもしれない。

 僕等だけではなく、団員たち全員にある程度の手習いをさせておいた方が良いだろうかと、僕は僅かの間だけ思考を団長としてのものへと逸らした。




「見えたぞ! あいつも外で待っていたようだ」



 ただそのような事を考えていると、隣を進むヴィオレッタが大きく叫ぶ。

 彼女が発した言葉に反応し遠く前を見れば、前方には目的地である格納庫が姿を現していた。

 その外、大きく開かれた入口の前には、僕等の到着を待っていたであろうマルティナが大きく手を振っている。

 彼女の様子からすると、あとは僕等の手を借り機体の外装を元に戻すだけという状態であるようだ。


 あと一踏ん張りと騎乗鳥を走らせ、出迎えたマルティナのすぐ横で停止。

 直後飛び降りて彼女へと近寄ると、ヴィオレッタに乗ってきた二羽の世話を任せ、僕等は急ぎ格納庫へと駆けこんだ。



「急ごう。もうあまり時間が無い」


「間に合わないかと思っていた。遠征先から真っ直ぐに来たのか?」


「それは勿論。僕等の役割は君をちゃんと送り出すことだ、少しくらいの無茶はするよ」



 マルティナと共に格納庫内の機体へと駆け寄る中、彼女へと急ぎ最後の仕上げに取り掛かる旨を告げる。

 どうやら間に合わぬと思っていたようで、マルティナの口から出たのは感嘆にも似た言葉。

 だが要請を受けたというのが理由ではあっても、保護した上に半年以上もの間を共に過ごした相手。無事故郷に帰してやりたいというのが偽らざるところ。

 なにせ機会は早々あるものではない。下手をすれば彼女が故郷へ帰るのは、これが最初で最後のチャンスとなるかもしれないのだから。



「そうであったな。……では、最後にもう少しだけ手伝ってもらおうか」



 置かれた工具を拾い上げながら告げた言葉に、表情を和らげるマルティナ。

 そんな彼女へと言葉無く大きく頷いた僕は、自身の身体へと装着した機器を起動させ、重い外装を持ち上げ機体へと押し付けた。



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