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異邦者04


 中を開けて調べた結果、機体の損傷は思ったよりもずっと酷くはないようであった。

 兵装関連の回路が一部焼き切れていたり、部分的に外装が融解したせいで挙動がおかしくなりはしたものの、短距離の飛行そのものには然程の影響が見られなかった。

 これもマルティナの技量のたまものと言えるが、流石にこの状態では戦闘や大気圏の離脱は叶わない。

 なので予定通り応急処置のみを行うと、飛行艇でマルティナの操縦する機体を先導し、ラトリッジ近郊に在る格納庫へと移動した。



「迎えが来るまで、当分世話になる」


「何もない所だけど好きに使って下さい。数日分の食料は常備しているので、それが無くなる前には、向こうでの受け入れ準備が整うと思います」


「何から何まで申し訳ない。わたしの不徳の致すところだ」



 飛行艇に続きゆっくりと着陸した機体を格納庫へ納め、降りてきたマルティナは赤毛を揺らし深々と頭を下げる。


 孤島で応急処置をする間、こうなった詳しい経緯を話してくれたのだが、どうやら彼女の側に大きな落ち度があったとのこと。

 受け持ったエリアを哨戒する最中、僅かにセンサーへと反応を示した敵機を追い、上官の指示を仰ぐことなく数名の仲間と共に向かったらしい。

 おそらく敵は機体を鹵獲しようとしたのだろうとは、マルティナの見解だ。それが研究のためか、それとも別の目的で利用するためかは知らないが。

 その末が惑星直上での戦闘であり、結果辛うじて敵を全滅こそさせたものの、マルティナを除く味方全員が落とされるという破目になったようだ。


 彼女は自身の不用意が招いた事態を重く受け止め、あげく落ちた先でこのように民間人の庇護下に入るのを、恥じているような素振りすら窺えた。



「もっとも、迎えがいつになるかはわからないのだが……」


「励ましてあげたい所ですが、こればかりはその通りです。いつ迎えが来るか、そもそも本当に来てくれるのか。それは僕自身が証明していますね」


「わたしに関しては自業自得というものだ。ところで今、受け入れの準備がどうこうと言ったが、それはどういうことだ?」



 機体から降りた彼女を案内すべく、格納庫内の居住スペースへ向け歩く。

 簡素ながら幾つかの家具が置かれた、薄いパーテーションで区切られた場所へ荷物を置くなり、マルティナは怪訝そうに問うてきた。

 その彼女へと、僕は格納庫内を見渡しながら答える。



「あまり人のことを言えた義理ではないのですが、本当なら貴女はこの惑星に居るはずのない人間です。なので他に人の寄りつかない、この格納庫に居てもらうというのが無難なのですが……」


「当然だろう。それに世話になる身だ、贅沢を言うつもりはない」


「でもちょっと問題がありまして。この辺りは昼夜の寒暖差が激しいので、あまり住むには適さないんです。正直壁も断熱性とかを考慮せずに作っているので」



 僕はそう言って、格納庫の壁面を軽く叩く。

 今はまだ冬の頭なのでなんとかなるが、これがもう暫くすれば冗談では済まなくなる。東から吹く風の通り道となっているため、真冬ともなれば酷く冷え込むのだ。

 暖を取るために燃やせる木々が生えてもおらず、当然格納庫に空調設備などはない。飛行艇のエンジンから発した煙なども、扉を開けなんとか換気しているに過ぎなかった。



「なので貴女には、僕が居を構えている都市に移ってもらおうかと」


「待ってくれ、都市ということは他に多くの人が居るのだろう? あまりこちらの住民と接触するのは……」


「そう言われましても、ここでは食糧調達も儘なりませんし。今はまだいいですが、冬場になれば移動するのも一苦労なんです」



 水は井戸でも掘れば出てくるだろうが、食料の類はそうもいかず、運ぼうにも真冬の移動はなかなかに骨が折れる。

 それまでに救助されれば一番楽ではあるけれど、こちらは流石に望み薄だろう。

 ならばいっそのこと、彼女にはラトリッジへ移動してもらった方が遥かに都合がいい。

 色々と問題点もあるが、動き回るエリアを限定すれば然程大きな影響はないはず。彼女自身、目立つのを避けたがっているようであるし。



「……承知した、そちらの指示に従おう。だがその前に、艦隊と連絡を取らせてもらいたい。不時着した時の影響か通信機器が不具合を起こしていてな、上手く繋がらないのだ」


「なら飛行艇の操縦席にあるのを使って下さい。型は少々古いですけど、一応は軍用品なので」


「すまない、恩に着る」



 そう言ってマルティナは改めて頭を下げた。彼女としては申し訳なさが先に立つのだろうが、そこまで丁寧にされては逆に困ってしまう。

 口調の方は、なかなかにぞんざいであるのだが。



「ところで迷惑ついでなのだが、何か着替えられる服はないだろうか。何日もこいつを着通しでね……」


「ああ、でしたらそこらへんに置いてるのを適当に。整備をする時に使っている作業着ばかりですけど」



 マルティナは自身の着るパイロットスーツの袖を摘まみ、嫌な物でも見るように眉を顰めた。

 僕自身はあまり気にならなかったのだが、救助を待つ間に孤島で塩気の混じった海風を浴び続けたことで、かなり酷い有様となっているようだ。

 当然着替えなど用意していようはずもなく、まだ幾ばくかの警戒心もあるのだろうが、こちらへと近寄ってこようとはしない。


 そんな格好を気にしているであろう彼女へ勧めたのは、僕が時折ここへ来ては飛行艇を整備をする際に利用している衣服。

 マルティナは細身ではあるが上背があるので、僕が使っている服でも問題なく着れるはずだ。


 彼女はその畳まれた作業着を手に取り、大きく開いて寸法を見ると、納得して再度「すまない」と口にする。

 ただどういう訳だろうか、マルティナは僕がその場を去るのを待つことすらなく、着ているパイロットスーツの前を大きく開け放ち、恥ずかしげもなく着替え始めた。

 下には何も着ておらず、剥き出しとなった肌に加え、細身にしてはなかなかに豊満なそれが堂々と空気に晒される。



「……せめて隠れてから着替えてくれませんかね」


「ああ、すまない。見苦しいモノを見せてしまったか」


「いや僕としては眼福なのでいいんですが……」



 しまったとばかりに苦笑するマルティナは、置かれていたタオルを手に取り、さして急いだ様子もなく前を隠す。

 あまりにも羞恥心のない仕草であるが、軍隊が皆こうであるというのではなく、単純に彼女がこういった性格なのだろう。

 そういえば最初に顔を合わせた時にも、若干軟派な調子でマルティナの容姿を褒めたのだが、彼女は別段これといった反応を示しはしなかった。

 僕はそんな彼女からようやく視線を逸らすと、着替える彼女を隔絶せんばかりの勢いで、置かれたパーテーションをスライドさせた。







 マルティナが操縦する機体を連れ、ラトリッジ近郊の格納庫へと移動した晩。

 僕は隅へと置かれた簡素なベッドへ横になる彼女から離れ、運び込んだ機体の外装を再度剥し、中の機器と向き合っていた。

 手には幾つかの工具。そして機体に搭載されたAIと意思疎通を行うため、衛星とのリンクを行うための機器。


 別に急いでこいつを補修する必要などなさそうだが、それでも万が一ということもある。

 もしも敵勢力が彼女を追ってこないとも限らず、その時には単独で逃げる手段があるに越したことはない。

 もっともここで出来る補修などたかが知れている。精々が機体を真面に飛ばせるよう、最低限の手を加える程度だ。



「エイダ、機体のAIはなんて言ってるんだ?」


<セルフチェックを行ったそうですが、結果はかなり厳しいようですね。操舵系は修繕の余地がありますが、エンジン回りがかなり不調であるようで。現状出力を四〇%ほどに上げるだけで、錐揉みして墜落しかねないそうです>


「飛ばすだけならいいけど、戦闘行動は無理って事か。当然宇宙に上がるのも」


<時間を掛けて修理を行えば多少は改善するでしょうけれど。今のところ彼女を追って来る形跡がないのが救いですね>



 眼前の機体へ搭載されたAIとのやりとりは、エイダが間に入り通訳をしてくれている。

 どうも僕の頭へ埋め込まれているチップとの兼ね合いであるのか、それとも軍用機故にプロテクトが掛けられているせいか、直接の会話が難しいためだ。

 ともあれそのAIによると、やはりここでの修理には限界があるらしい。本気で元の状態にしたければ、製造元に送り返すしかないと告げられる。

 だがそれが出来れば苦労はしない、今はここに在る設備と機材でどうにかするしかないのだから。



 僕はそんな状況に嘆息しながら、すぐ横に刻印されている機体の型番へと再度手を触れる。

 ただよくよく注意してみれば、その傍へ"スピカ"と刻印された小さな文字が目に留まる。

 それは機体の開発者たちによって、現在の軍で主力の一角を担うこいつへ付けられた名称であったか。



「兵器へ付けるにしては、随分と夢のある名前だな。名付けた開発者は随分とロマンチックらしい」


<乙女座ですか。確かに兵器には若干不釣り合いなイメージを受けますが>



 乙女座の中で最も明るく輝く恒星であるそれは、遥か昔から人々の目に映ってきた。

 だが宇宙で強く輝き在り続けるそれの名を冠するも、戦場を走る機体としては在り続けることが叶わないようだ。

 今はそのうち一機がこの惑星へと落ち、暗い格納庫の中で傷を晒している。それにここまで製造されてきた多くが、宇宙のチリと消えていったことだろう。




「わたしとしては、その名もなかなかに気に入っているのだがね」


「起きていたんですか?」


「なかなか寝付けなくてね。……どうだ、少しは飛べそうだろうか?」



 機体へと刻印された名に若干の感傷へ浸っていると、シンとした格納庫内へとマルティナの声が響く。

 振り返ってみれば、作業着に身を包んだ彼女は毛布を肩へかけ、白い息を吐きながら近寄ろうとしていた。

 どうもエイダとしていた会話によって目を覚ましたらしい。折角休んでいたというのに、少々悪い事をしてしまったかもしれない。

 機体の名称に関してを口にしたあたり、会話の内容も聞いていたようだ。別段隠すような内容ではないので、別に構わないのだけれども。


 そのマルティナへと、なんとも中途半端ながらも肯定の言葉を向ける。

 すると彼女は少しばかり残念そうな顔をしながらも、僕のすぐ横へと立ち、灰色に変色してしまった機体を撫でながら口を開く。



「こいつは冠した名のせいもあるだろうが、本来の純白で流麗な見た目と操作性も相まって、女性の戦闘機乗りからは人気のある機種でな」


「わかります。貴女が戦っている光景を見させてもらいましたけど、ついつい見入ってしまった」


「そいつは嬉しいことを言ってくれる。……こいつが共にあれば、きっとどのような敵にも負けぬだろうと、必死の想いで操縦者の座を得たのだ」



 そう言って優しく外装へと掌を押し付けると、切れ長な双眸をスッと細めるマルティナ。


 よくわからぬ星へと落ち、救助がいつ来てくれるかも定かでない。そんな状況への不安からか、あるいはただ一人と思われる同胞であるためか。

 まだ知り合って間もない相手に過ぎぬ僕へと、マルティナは淡々と語り始めた。


 彼女の話すところによると、どうやら敵というのは単純に戦争の相手を表しているのではなく、彼女自身を取り巻く環境というか、自身の出自からくる権威を指しているようだ。

 軍に入るも身内の威光が常に付き纏い、腫物のように扱われ続けた結果、単純なマルティナ個人としての評価を得られずにいたのであると。

 そんな彼女にとって、この"スピカ"という星の名が付けられた機体には、常に自身へ纏う七光りを打ち消す光であれという願いが込められているようだ。



「ただ問題があるとすれば、乗っているのが乙女というには少々薹が立っている人間ばかりという点か」


「そりゃあ、パイロットになるくらいですからね。当然十代の少女とはいかないでしょう」


「世は儘ならないものだ。だが清純とはいかないまでも、精神の一部くらいはそうありたいところだな」



 話す内、マルティナは徐々に舌も回ってきたらしい。半ば冗談めかした口調でとなり、どこか堂々とした素振りを見せる。

 その置かれた状況に反し愉快気にすら見えるマルティナへと、僕もまた便乗し軽口を持って返すことにした。



「精神が乙女という割には、まったく羞恥心の欠片もありませんでしたけどね」


「……先ほどのことか。なかなかに言ってくれる」


「常日頃から口の減らないのが側に居るもので。すっかり慣れてしまいましたよ」


「なるほど。常日頃から、か。その相手は君の想い人かなにかかな?」



 良い反抗のネタを見つけたとばかりに、薄く微笑むマルティナ。

 二人とはいうものの、片方は自身の側へと常に寄り添うAIであるエイダ。そしてもう一人は、想い人というよりは嫁さんなのだが。

 最初に会った時の鋭い気配が鳴りを潜め始めたマルティナへと、僕は同じく薄く笑い、期待を持たせるべく小さく呟く。

 「近いうちに会えますよ」、と。



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