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異邦者03


 傭兵団が拠点とするラトリッジを出立し、騎乗鳥に引かせた荷車で半日弱ほどをかけて、飛行艇の納められた平地の格納庫へ。

 そこで運んできた燃料を飛行艇に積み、僕は一人西の空へと飛び立った。

 当初はバッテリーにより駆動していた飛行艇だが、現在は燃料によって駆動し飛ぶ形式に換装し終えている。

 その燃料自体はかつて東の共和国から連れ帰った研究者である、ビルトーリオが生み出した物を利用している。

 かつては家庭用の照明用途のみでの利用であったが、改良が進んだ結果、今では航空機を飛ばせるまでの代物になっていた。



「あそこがそうか。エイダ、機体の反応はあるか?」


<確認。間違いなくあの島へ降りています、救難信号は発していないようですが>



 ともあれその燃料で飛ばした飛行艇は、西の海岸線から百数十km離れた洋上の孤島周辺を、旋回するように飛行していた。

 どうやら惑星へと降下してきた例の機体は、辛うじて僅かな陸地であるこの小島へと着陸したらしい。

 一応エイダへと確認すると、どういう訳か救助を求める信号の発信は確認されないものの、僅かに駆動する機体の熱を感知したようだ。

 目視ではその小さな島に降りたという機体を確認できないが、よくよく観察してみれば、密集した木々が薙ぎ倒されているのが見て取れる。


 一方で共に惑星へと突っ込んできた敵機の方は、なんとか突入そのものは果たしたものの、あえなく操作を失い海上に叩きつけられていた。

 あれから何日も経過しているし、いくらなんでもそんな状態では操縦者も生きてはいまい。



<波も然程ありませんし、難なく着水は可能でしょう。燃料は十二分にありますが、節約するに越したことはありません。早く降りるのをお奨めします>


「そうだな。向こうもとっくに気付いているだろうし、早く救助してしまおう」



 若干の緊張感を感じはするが、このままここで躊躇していても仕方がない。それに幸い、降りるのには最適な天候だ。

 エイダに促されるままグッと操縦桿を倒して旋回し、飛行艇は波の穏やかな海へと静かに着水していく。



 軽い振動と波を割く音を感じながら、ゆっくりと浜辺へと飛行艇を移動させる。

 少しばかり砂地の上から離れた場所へと停め、流されぬよう簡素な錨を下ろすと、遠浅で透明な海へと飛び降りた。


 着衣のまま海の中を数十m歩き浜辺へ立つと、すぐ側の林へと視線を向ける。

 そこに立っていた木々は無残に倒され、機体が着地した衝撃をモロに受けた生々しい痕跡が残っていた。

 もし同じ状況に陥ったとしても、僕が乗ってきた飛行艇では同様の方法で着地はできまい。強度を考えれば逆にこちらが破壊されてしまう。

 などとノンビリしたことを考えていると、浜辺へ立ち纏わりつく砂へ辟易する自身の耳に、鋭く声が響いて来た。



「動くな。抵抗すれば命は保障せん」



 喉元にナイフでも突きつけていると言わんばかりな、強い攻撃性を纏った声。

 真っ直ぐ前を向いたまま声がした方へと視線だけ動かすと、そこには掌に納まる程度の小さな銃を構えた、一人の人物が倒木の影から僅かに姿を見せていた。


 肩口付近で切り揃えられた癖っ毛な赤髪。ピタリと身体にフィットした、鈍色のパイロットスーツ。

 このような集落も見えない孤島に居る時点で間違いないが、格好からして間違いなく地球側の軍人だ。

 ただてっきり姿を現すのは、ガタイ良く強面な人物であるとばかり思っていた。

 ホムラ中佐からは巨大企業の創業者一族の身内であると言われていたが、不利な状況から敵を三機も落としたのだ、ある程度腕の立つベテランパイロットなのであろうと。



「女性とは思いませんでしたよ。それもかなりの美人さんだ」


「言葉が通じるということは、救助に来たお仲間か? だが君が乗ってきた機体はいったい……」



 姿を現した統合軍の操縦者は、野生動物のように鋭い印象さえ感じさせる、随分と整った容姿を持つ女性であった。

 以前にミラー博士がこの地に居た頃、世間話の一環として軍の話を聞いたことがあるが、あまり女性のパイロットというのは多くないと言っていた。

 ただ彼が居たかなり昔の話であるので、現在ではその数も多いのかもしれない。

 なにせこのパイロットは見た所二十代の前半、ホムラ中佐やミラー博士がこの惑星に降りた時には、まだ生まれてもいないであろう年頃だ。


 その操縦者である彼女は、僕の発した軽口をさらりといなし、海へ浮かぶ飛行艇をチラチラと見つつ状況の把握に思考を回していく。

 本来全く地球と交流のない惑星、なので言語がそのまま通じるという事はまずあり得ない。

 なので僕が地球発祥の人類であるというのは間違いないが、木材によって造られた飛行艇の姿は、混乱を生じさせるに十分な要素であったらしい。



「僕は貴女と同じ、地球人で間違いありません。現在敵対している連中の側ではなく」


「……説明を求める。悪いが色々と納得のいかない点がある、言葉が通じるからといって全面的に信用するわけにはいかない」



 抵抗の意志はないと示すように両の腕を上げ、降下してきた機体の操縦者である女性へと、警戒を解いてもらうべく訴えかける。

 ただ彼女はゆっくりと倒木の陰から姿を現しつつも、構えた拳銃の銃口はピタリと僕の額へ向けられていた。

 纏う雰囲気はどこか、出会ったばかりな頃のヴィオレッタに似ているだろうか。非常に鋭利で他者を寄せ付けぬ、棘のような空気感。




 それなりに納得のいく説明をできねば、向けた銃口は下ろしてもらえないのだろう。

 そう考えた僕は腕を上げたまま、大まかにではあるが取り巻く事情を口にしていく。

 自身がずっと前にこの惑星へと不時着した民間人であること。開戦の影響で救助されぬまま、長い時間をこの惑星で過ごしていること。

 そして紆余曲折あってこの惑星に定住を決め、現在はここでの居住を条件に軍へ協力をしていることなどをだ。

 最後の点は軍の機密情報に当たる内容ではあるが、ここを話さない限りは説明のしようもない。この件に関しての箝口令は、追々軍のお偉いさんにでもやってもらえばいい。


 そこまで話したところで、ようやく彼女は多少なりと納得してくれたらしい。

 もう一度下手な動きをせぬよう念押しすると、ゆっくり構えた拳銃を収め深く息を衝いた。



「では君が救助してくれるとして、わたしはどうすればいい?」


「ひとまずは僕が使っている拠点へ移動します、普段あの飛行艇を隠している場所がありますのでそこに。この島に居続けてもらうわけにはいきませんし」


「……わかった、世話になる」


「ですが貴女の機体をこのままにはしておけません。ここからですとしばらく飛ぶ破目になりますが、動かせそうですか?」



 納得して以降は存外素直な態度を示す彼女は、僕の問いに対し「何とも言えない」と曖昧な答えを返す。

 パイロットなので、多少は機体の構造などについての知識はあるはず。だがどれだけ今の状態で飛ばせるかは、流石に判断が付かないということらしい。

 とはいえ飛行艇へ戦闘機一機を乗せることはできず、ならば少なくとも格納庫まで移動できる程度に応急処置をし、騙し騙し飛ばしていくしかない。

 幸いにも上から熱を感知したように、エンジンまではやられていないようであるし。



「では最低限の補修をしていきましょう。手伝っていただけますか」


「それは構わないが、君は幼い頃からこの惑星で暮らしているのだろう。できるのか?」


「一応乗っていた航宙船のAIが生きているので、支援を受けながらでしたらなんとか。そちらにも一式データを送りましょう」


「そうしたいのは山々なのだが、実は頭へ高性能な代物を埋め込んでいないせいで、あまり大容量のデータを処理できないのだ」



 構造の複雑な兵器を扱うのだ、流石に言葉での指示だけでは難しいため、僕は前もってホムラ中佐から預かっていた機体データを渡そうかと告げる。

 しかしパイロットの彼女は大きく首を横へ振り、そのような大容量データを扱うだけの機器が、自身に埋め込まれてはいないと返した。

 少しずつ分割してなら処理できるようだが、受け取ったデータ一式を丸々となると、処理能力を大きく超えるらしい。



「珍しいですね。僕が向こうに居た頃でも、ほとんどの人がそれなりの物を埋め込んでいたと思いますけれど」


「それがインプラントの類が苦手でな……。実家がそういった物を作る稼業だったせいで、危険な面も多々見てきたせいかもしれない」



 意外と口にする僕へと、彼女は若干申し訳なさそうにしながらも理由を口にする。

 昨今では幼児から老人まで、圧倒的多数が脳へとそういったデータのやり取りを容易とする、端末の類を埋め込んでいる。

 これがあるからこそ僕は衛星を介し、航宙船に本体を置くエイダとやり取りが出来るし、この惑星住民の言語も翻訳が行われているのだ。

 それにこのような機体に乗るパイロットであれば、普通に高性能な物を埋め込んでいると思っていたのだが、意外にもそうではないらしい。


 口振りからすると軍へ圧力を掛けたという彼女の実家は、そのような機器を製造するメーカーであるようだ。

 そういった企業は大抵軍事関連にも携わっている、なので軍へ影響力があるというのも、あながち不思議な物ではないのかもしれなかった。



「それでよくあれだけ戦えたものですね、AIの支援を完全に受けれない状態だと、機体を飛ばすのも厳しいでしょうに」


「なんだ、見ていたのか。だが簡素な代物なら入れているから、AIとの会話くらいならば行える」



 とはいえ完全にサラの状態ではないようで、それこそ影響の最小限となる、性能の低い小さな端末だけは備わっているようだ。

 だが逆に言えばそのような代物しか持たず、戦闘機に搭載されたAIの支援を完全には受けられぬ状態であれだけの戦果を叩き出したということ。

 彼女の驚異的といえる操縦技術やセンスに、僕は表に出さぬまでも驚きを禁じ得なかった。




 そこから一度飛行艇へと戻った僕は、中に置かれていた諸々のキットを持ち、不時着した機体のもとへと移動する。

 そこで目にした機体は、最初に衛星越しに見た綺麗な純白とは程遠く、全体的に薄く灰がかっており、所々に融解や亀裂などが見て取れた。

 ただ幸いにも煙をもうもうと上げているということはなく、エイダによれば一部の機能をカットすれば、辛うじて短い距離を飛べるであろうというものであった。

 なんとかそれらを行うための代用品は、ミラー博士が去る前に一式置いて行ってくれている。



「そういえば、まだお名前を窺っていませんでしたね」



 早速脳へと必要な補習の手順を表示し、手を動かしていきながら、背後へと立つ機体操縦者の女性へと話しかける。

 彼女をどれだけの期間、保護し続けることになるかはわからない。しかし名前を知らないままでは色々と不都合だ。

 なので僕はまず最初に自身の名を告げると、彼女は軍人らしくビシリと直立し、敬礼しながら所属と名を口にした。



「統合海軍ユーラシア極東艦隊所属、マルティナ・此瀬(このせ)少尉だ」



 マルティナと名乗った彼女は、敬礼を解くなりスッと自身の手を差し出す。

 僕は彼女へよろしくと返しながら手を握り返すと、彼女の赤みがかった髪や長い手足をそれとなく見る。

 名前からして日系なのだろうが、あまりそうは見えない。

 そういえば僕を救助にやった中佐も日系だったか。彫りの深い顔立ちなので、そういった認識はほとんどなかったのだが。



 そのマルティナと挨拶を交わした僕は、気合を入れ直し損傷した機体へと向き合う。

 人ひとりが乗って飛ばすには、少々大型ではないかと思われるその機体は、おそらく大量の弾薬などを積むためなのだろう。

 薙ぎ倒した時に付着したと思われる、擦れた葉の汁まみれとなった外装の一部を手で払うと、そこには機体の型式を示すアルファベットとアラビア数字が組み合わさった、十数桁の羅列が刻印されていた。



『……知らない機体だな』


<どうやらここ十年以内に開発された機体のようです。中佐から新たにデータを受け取るまで、該当する機体の情報はありませんでした>


『それって十分新型じゃないのか?』


<それだけ機種更新のサイクルが早いのでは。生産ラインはさぞ忙しいことでしょう>



 うろ覚えではあるが、型番を見る限りでも僕が知る物よりは随分と後の機体のようだ。

 なので僕がこの惑星へと落ちて以降に出てきた機種であるのに間違いない。

 だがホムラ中佐はこの機体を、さほど新鋭機でもないと言っていた。ということは開戦以降、次々と新型が投入されているということなのだろう。


 僕が幼い頃に見た機体は、今触れているこいつよりももっと小型だった気がする。

 もっとも戦争の勃発当時、僕が住んでいた星を守っていたその機体は、攻め込んできた敵勢力に一矢報いることすらできず落とされている。

 当時ですら老朽化した機体であったようなので、あれから新しく物が出てきているのも当然と言えば当然か。



「なんとかなりそうだろうか?」


「……わかりませんね。でもとりあえず手は尽くしてみますよ、ダメなら素直に諦めますけれど」



 背後から覗き込むマルティナは、険しそうな中にも若干ながら不安が混じった表情を浮かべていた。

 そんな彼女へと、僕は肩を竦めながら振り返り正直な感想を口にする。

 彼女としては愛機をこのまま放置するのもしのびないだろうが、こればかりはやってみなければわからない。

 なにせ飛行艇を若干弄りはしていても、基本的には僕も素人同然。だが後々解体し分けて運ぶ労を考えれば、ここで直せるのが一番楽であるのに変わりはない。

 軽く頬を叩いて気合を入れると、僕は手にした工具で外装のロックを外し、恐る恐る開き中を覗き込んだ。



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