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異邦者01


 時折、稀にではあるが、エイダへと頼んで"上"の様子を探ってもらう時がある。

 上というのは言うまでもなく、現在居るこの惑星から見てのもの。つまりは宇宙空間を指すものだ。

 そこで行われているのは、地球側勢力である地球圏国家群が擁する戦力"統合軍"と、敵対勢力が擁する軍勢による長期に渡る戦闘。

 僕が折を見てその戦況を確認しているのは、単純にすぐ近くで行われている戦場が気になってしまうという、ある種傭兵としての職業病によるものだ。

 もっともすぐ近くとは言うが、実際その距離は数千kmで済まぬのだが。


 ただ現状両者による戦況は膠着状態といったところだろうか。

 というよりも双方決定打を与える気があるのかないのか、あまり大規模な戦力を投入する気配はない。

 そうなっている理由としては、地球の側は戦争による特需の維持を目的として。一方で敵勢力の方は、推測にすぎないが単純な戦力不足だろう。

 とはいえこれは僕が出した推論ではなく、今は地球へと帰ってしまった、イェルド傭兵団元団長であるヴィオレッタの父親によるものだ。


 戦闘がまだまだ続いていく以上、僕が彼の空へと帰る日は来そうにもない。

 双方ともにこの惑星を手に入れていないという認識があり、下手に相手を刺激せぬよう降下を自重しているためだ。

 もっとも僕は地球へ帰ろうなどという気がさらさら無いので、それでも一向に構わないのだけれども。



 ともあれ僕はこのように、思い出したように宇宙の様子を覗くことがある。

 今日がその思い出した日であり、久しぶりに戦場を覗いてみようかと考えたのだが、この日はどういう訳かエイダの側から情報を伝えてきた。



<少々、近すぎる気がします>


「なにがだ?」


<戦闘が行われている宙域がです。小型の戦闘機が数機ずつ、大気圏スレスレとまでは言いませんが、ほぼ惑星の直近と言っていい場所で。外に出れば目視できるはずですよ>



 夜間、一人部屋の中で酒を楽しんでいた僕へとエイダが伝えたのは、上で行われている戦闘が普段と異なるという点。

 この惑星を挟み向かい合っていると言い表わす両陣営だが、実際に行われる戦闘は大抵、ここから数十万km以上離れた宙域になる。

 なのでそのようなすぐ間近で行われている非常事態に、エイダは自ら報告を行ったようであった。


 僕はその言葉を聞くなり、すぐさま自室に据えられた窓を全開に開く。

 寒い時期の肌を刺すような空気が頬を撫でるも、それを無視しジッと空を見上げた。

 澄んだ空気の中、空には無数の星が瞬き季節と位置を知らせてくれる。

 しかしよく見れば、普段は夜空へと見られない幾つかの光源が、時折現れては消えるというのを繰り返していた。



「アル、たまには二人だけで呑むというのも悪くないのでは……、どうしたのだ?」



 空を見上げ目を凝らす僕の背へと、突然に向けられる声。

 そちらへと振り返ってみると、手に酒と思われる小壷と二つのカップを手にしたヴィオレッタが、少しばかり嬉しそうな表情で扉を押し開けていた。

 ただ彼女は窓から身を乗り出している僕の様子に、すぐさま怪訝そうに眉を顰める。

 なにせここは二階、そんな場所から身を乗り出すなど普通はするまい。しかも夜間に。



「おそらくお前の身体では、ここから飛び降りても楽に死ねんと思うのだが」


「そんなんじゃないって。ちょっとこっちに来てみなよ、珍しい物が見れるから」


「なんだ、身投げではないのか。……それで、いったい何が見れるというのだ?」



 怪訝そうにしつつも、言葉を聞くなりすぐ近くへと来るヴィオレッタ。

 彼女は窓のさんと僕の腕へ掴まりつつ、身を乗り出して星の覆う夜空を見上げた。



「……時折おかしな光が見えるな。アレがそうなのか?」


「ああ。本当ならここまでハッキリ見える場所ではあり得ないはずなんだけれど……」


「その言い様だと、お前の故郷に関するモノだな。何が起こっている」



 空を見終えたヴィオレッタは、部屋の中へと戻るなり置いた酒をカップに開ける。

 ちびりちびりとその酒をやり始めながら問う彼女へと、僕は同じく酒を手に空を眺めながら、大雑把ではあるが状況を説明した。

 ヴィオレッタが僕の正体を知った今となっては、それを話すことに別段の支障などはないためだ。

 勿論宇宙での大規模な艦隊や、科学技術を用いた兵器の話をしても埒が明かないので、相当に要約したものではあるが。



「……つまりは空の向こうが戦場となっていて、あの光はその戦場で燃える炎の一部であるというのだな?」


「概ねその認識で間違っていないよ」


「まったく、世界というのは妙なことが起るものだ。お前の世界での戦争は、羽を持った者同士で行うとでもいうのか」



 酒を手にしたヴィオレッタは、若干強めであるそれをグッと口に含み、あまりよろしく無さそうな機嫌を表に出す。

 起っている事態が正確に掴めないもどかしさと、おそらくは少しばかりその気(・・・)になって部屋に来たのを阻害された不愉快さからだろうか。



「ともあれ今は、目に見える距離で戦闘が行われているのだろう。これはそんなに珍しいことなのか?」


「これまでには無かったかな。今回はやけに近い……」


「よもやこちらに戦火が及ぶなどということはあるまいな。私はお前の世界における戦場を知らんが、それでも到底こちらの戦力で太刀打ちできる相手だとは思わん」



 不機嫌そうにするヴィオレッタはカップ内の酒を飲み干すと、ベッドの縁へ腰かけた状態で、窓の外へ再度視線をやり懸念を口にする。

 ヴィオレッタはこれまで、幾度か地球に関する技術や武力の断片を垣間見ている。

 それは僕が持っている装備然り、ミラー博士の残した飛行艇や、レオにリアーナといった常軌を逸する力を持つ戦士を生み出した技術然り。

 彼女にしてみれば、到底抗いようのない驚異となりうる存在が近づくことによって、火の粉が降りかかるのを心配しているようであった。



「と言っても、たぶん地上を戦場にすることはないよ」


「そういうものか?」


「そうだよ。現状は双方共に、わざわざこっちに戦力を送り込むだけの利点が無――」



 若干不安感すら漂わせる彼女を安堵させるべく、僕は彼女の隣へ座り肩に腕を回す。

 だが自身の言葉を断言させるべく、根拠となる言葉を次ごうとした矢先、突然にエイダから事態がまた動き始めた様子が告げられることとなる。



<アル、理由は不明ですが、更に接近しています>


『映せるか?』


<暫しお待ちを。……映します>



 そのエイダへと確認をすると、僅かな時間を置いて脳へ衛星によって捉えられた映像が投影される。

 投映される映像には、濃紺の宇宙を奔る幾本もの光が。

 推進剤を大量に消費し加速しているであろう、総数七機程になる小型機が舞い、大量の実弾をばら撒きながら交戦していた。


 到底肉眼では判別できぬ無数の弾丸を受け、一瞬にして霧散する敵勢力の機体。

 一方で発射されたミサイルの追尾を撒ききれず、遂には着弾し爆散する地球の統合軍所属機。

 宇宙空間特有の重力を感じさせぬ無茶な軌道と、触れるだけで機体ごと命を蒸発させる無慈悲な兵器の数々。

 僕が毎度地上で行っている、剣や弓による戦いとは概念すら大きく違う、遥かに異質な戦場がそこには映し出されていた。




「おい、急にどうしたのだ」


「あ、ああ。ちょっと様子が変わったみたいでさ」


「空がか? ……私にはこれといって違いがわからんが」


「君にも見せてあげられればいいんだけどね、どうやら更に近づいてきているみたいだ」



 映し出された映像に呆としてしまっていたのか、ヴィオレッタは肩へと触れ揺さぶってくる。

 その彼女は再び窓から身を乗り出して外を見上げるも、そこから見える光景は変わらず、星が時折瞬いているだけのようであった。


 だが間違いなく、戦闘は近づきつつあるのだろう。

 映像の隅には数桁の数字が表示されており、刻々とその数字が減っていくのが見て取れる。

 エイダが映像から算出した、地表との距離を示したものだろう。それを見る限り、どんどんと惑星に向けて移動しているようであった。



<おそらくは誘い込まれたか、あるいは追い込まれたか。最も近くに居る艦艇からも離れすぎています>


『哨戒にでも出ていた部隊かな。かなり危ないな……』



 見れば既に数機が撃墜され、今は総勢四機の機体が戦闘を行っている。ただその内、地球側の機体は既に一機のみ。

 地球側の識別を出している純白の機体は、敵勢力の機体三機に囲まれながらも、全開で加速していく。

 見た所援護のために味方は出撃しているようだが、到着する頃には戦闘は終わっているに違いない。


 必死に粘っているのだろう。しかし数的な不利は覆しようがなく、これではすぐにあの機体も撃墜されてしまう。

 などと思っていたのだが、なかなかどうして一機となった機体を操るパイロットは腕が立つらしい。

 全速で飛ばしていたかと思えば突然にその加速を止めてグッと機首を転換し、すぐ近くに漂っていた、艦艇の残骸と思わしきデブリの塊へと飛び込んでいく。

 直後後ろを追う三機の内二機が同様に飛び込んでいくが、デブリの裏側が強く光ったかと思えば、出てきたのは逃げる真っ白な機体と追う一機だけ。



<おそらく白い機体が、デブリ内で機雷を撒いたのでしょう。運良く片方を仕留めたようです>


『やるじゃないか。まだ不利な状況には違いないけれど』



 発された光は、白い機体が置き土産とした機雷であり、それが敵機に接触し爆発したものであった。

 二機同時に仕留めるとまではいかなかったが、上手く接触するよう狭い範囲へと誘導したようだ。

 その光は強く燃えてデブリを呑みこみ、宇宙空間では不要ではないかと思われる白いデルタ翼に反射し輝く。

 とはいえい危機を脱したとは言い難い。なにせまだ二体一という状況、白い機体にとっては決め手となる一手が欲しいところだ。



 白い機体はそこからどういう訳か、再度推力を上げると、今度は惑星へ向け猛進する。

 そのまま突入しかねないコースだが、そいつは加速し推進剤を燃やす強い明りへ混ぜ込むように、機体下部へマウントされていたボックスを密かに切り離した。

 おそらくだが、ミサイルが格納されている物だろう。

 その動きを逃走と捉えたのだろうか、白い機体を追って残る敵機も速度を上げる。

 だが敵機が切り離されたボックスを追い越した先で、それは展開され中から小型のミサイルが無数に発射された。



『掛かったな。全速で飛ばせば振りきりながら白い機体を追えるだろうけど、それだと惑星への突入コースに入りかねない。かといって下手に減速すればミサイルの餌食か』


<生き残るには惑星へ降りるしかありませんが、宇宙空間専用で羽を持たない機体では、突入しても着陸は不可能でしょう>



 白い機体はおそらく、いざとなれば惑星に入り込む気だろう。大気内に入っても、翼を持つため飛行が可能だからだ。

 大して残る二機の敵機は、宇宙空間専用の機体であるためか翼を持たない。となれば惑星に突入しても目に映るのは墜落の二文字。


 今であれば敵機はまだ、追跡を諦めミサイルからも逃げ出すことができる。

 だが敵はたったの一機だけ。おまけに味方を何機も落とされた状態で、おめおめ逃がすという判断を下すかどうか。

 ただエイダによれば、極々僅かなタイミングではあるが、ミサイルを振り切りながらも白い機体を攻撃するタイミングはあるらしい。

 たぶん敵もまた、機体に搭載したAIから同じ内容を提示されていることだろう。


 こうなればもう後はただのチキンレースだ。敵を見逃して自身が助かる道を選ぶか、あるいは最後まで追い、ギリギリの状態で離脱を計るか。

 ただそれは非常にシビアなタイミングに過ぎるものであり、人の思考で天秤にかけるにはあまりにも短い時間。

 結局追う二機の内、片方の機体は撤退を選択し、もう一方は追撃を選んだ。もっとも、辿る道はどちらにせよ同じであったようだが。



『お見事』



 敵に囲まれながらも、結果最大限と言っていい結果を出した白い機体のパイロットへと、僕は簡潔な称賛を思考内で口にした。

 白い機体は旋回可能な砲塔を後方へ向けると、離脱を選んだ一機が機首を上げた瞬間を逃さず、若干機動力の落ちた状態の敵機へと星の数ほどの実弾を叩き込む。

 一人乗りの機体であろうに、搭載されたAIの補助を受けているとはいえ、随分と難しい操作をやってのけるものだ。


 一方の追撃を選択した方は、追い縋り放った弾丸が辛うじて白い翼を破損させるに至った。

 しかしその代わり離脱のタイミングを僅かに逸し、惑星への逃れ得ぬ突入コースへと引き込まれてしまう。

 どんな人間が乗っているかはしらないが、自身の命運が尽きるのは理解しているだろう。

 見た所大気内での運用を想定していない機体、突入に耐えうる構造はしていないはずだ。




 空の上で行われていた戦闘の顛末を見届けた僕は、脳へと映された映像を遮断。

 薄暗い部屋へと意識を戻すなり、大きく息を吐き出した。



「また難しい顔をしおって。で、どうなったのだ?」


「とりあえずは終わったみたいだ。……これが良い展開かどうかは、何とも言えないけれど」


「どういう意味だ……?」



 のけ者にするなとばかりに問うヴィオレッタへと、僕は苦笑しながら置かれた酒を煽る。

 あの白い機体は最終的に、たった一人で三機もの敵を落とした。多少損傷したようだが、生存している以上は戦果として上々。


 しかしこの惑星へと降りてくるのは間違いない。それにあの損傷だと、自力で宇宙へ戻るのはまず不可能。

 となれば救助を待つ必要があるのだが、今の戦況ではそれも期待できないはず。

 僕は白い機体のパイロットへと直接称賛の言葉を送りたくなる。しかしその一方で、これはまた厄介な事態になるのではと、頭を抱えたくなる想いがしているのは確かだった。



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