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先陣の歌姫03


 リーンカミラとカルミオの双子へと、デナムへの遠征を伝えた翌日。

 僕は一人所用を片付けるべく、市街の商店が立ち並ぶ通りへと足を運んでいた。


 デナムでの防衛人員交代を行う今回は、それなりに規模が大きな移動となる。

 そのため数日間に及ぶ行程の最中、必要となる物資も当然数が必要となってくる。

 手配はとっくに済んでいるのだが、それでも仕入れを頼んだ商店などには少々無理を言って、備蓄分の物資などを多めに回してもらっていた。

 なのでその面倒をかけた礼をして周っているのだが、武器類は武器商の集まる地区に、穀物は穀物商が集まる地区にと都市内で分散しているため、移動が面倒な事この上ない。



『次は材木商か。ここは周らなくていいんじゃないか?』


<それはどうでしょう。材木商には今回何も依頼をしていませんが、他へ挨拶に行ったのにそこだけ無しでは、後々面倒臭い状況になりかねませんよ>


『……一理ある。意外と大変なもんだな、団長ってのも』



 一か所くらいなら省略してもいいかとエイダに相談するも、すぐさまその考えは却下される。

 ただエイダの言う通り、暫く離れるため挨拶をしに来たという名目で、顔を出しておいた方が無難か。

 なにせ周囲を草原に囲まれたラトリッジ、木材の採れる量が少なさから値は高くなるため、材木商というのは比較的儲けている業種。機嫌を取っておくに越したことはない。


 そのため次に材木商が集まる地区へと移動する最中、存外動く機会の多い自身の役割に嘆息する。

 前任である人物が普段何をしているかなど、以前はあまり気にもしていなかったのだが、思いのほか彼もまた暇ではなかったらしい。

 都市統治者との会談や商人たちとの折衝、場合によっては会食などをする機会もあり、思っていた以上の労を必要とする。

 もう少し団の規模が大きくなり、任せられる人間が増えた暁には、この役割も誰かに分散させたいところだ。



 そうして汗ばむ陽気の中を歩いていたのだが、ふと前方に見知った姿を見かける。

 大通りに位置する食材を扱う商店が並ぶ地域と、材木商が店を構える地区の間。

 こまごまとした雑貨屋などが数軒軒を連ねるその地区で、二人の人物が丁度店の中から出てきたところであった。



「奇遇ですね、買い出しでも?」



 僕は軽く手を挙げ、店から出てきた二人組の前に立ち声をかける。

 姿を現したのは昨夜酒場で歌っていた吟遊詩人の姉弟、リーンカミラとカルミオの二人であった。

 リーンカミラはこちらの顔を見るなり会釈し、手にしていた小さな包みを小さく掲げる。



「はい、楽器の弦を買いに。この都市で楽器を扱うのはこの店だけですので」


「そうでしたか。ですが一件しかないなら、さぞ不便でしょうね」


「そのようなことは。楽器店が一軒もない都市は珍しくありませんし、ラトリッジはまだ恵まれている方ですよ。それなりに品揃えも良かったので」



 そう言って彼女は包みを自身の弟へと手渡す。

 リーンカミラもそれなりに仕えるようだが、今まで見た限りもっぱら楽器を演奏するのはカルミオの方。そういったメンテナンスも彼の仕事であるようだ。

 この二人を連れ、城塞都市デナムへと出発するまでは五日ほど。彼女らも準備に余念がないようで、早速市街で買い出しを行っているようであった。



「他には何か必要な物が?」


「そうですね……、わたしなどは喉を酷使するので、飴の類でもあれば嬉しいですが」



 リーンカミラはそう言い周囲を見渡す。

 甘味を扱う店でもあればと考えたようなので、僕は自身が知る限り市街に数件ある、そういった店を教えておく。

 すると彼女は嬉しそうに礼を言うなり、若干言い辛そうな気配を漂わせながらではあるが、もう一軒良さそうな店を尋ねてくる。



「あと、持つのに楽な武器や防具を買えればと思うのですが……」


「護身用の武器はともかく、防具ですか?」


「団長さんは守って下さると仰いましたが、一応念のためと思いまして。……いえ、別に信用していないという事ではないのですが!」



 しまったとばかりに、リーンカミラは大きく首を振って不信感とも取れる言葉を否定する。

 彼女らは戦いのすべを心得た傭兵ではなく、旅をし芸を見せる吟遊詩人。なので戦場となるような土地は、これまで極力避けていたのだろう。

 なので不安に思えるのは当然。彼女は失言であると考えたようだが、別段気にするようなものでもなかった。


 そんなリーンカミラへと、あまり気を使わなくてもいいと伝えようとする。

 しかし慌てる彼女の真横へと立つカルミオは、リーンカミラと非常によく似た顔の目を気怠げに細め、まるで空気を読もうともせぬ言葉を発した。



「オレは要ると思うけどな。あんたらだって、ずっとこっちの護衛ばっかしてられないだろ」


「カルミオ!?」


「だってそうだろ? この団長さんがオレたちを雇ったのは、傭兵連中の士気を上げる道具とするためだ。こういった人はもし必要となったら、連中の戦意を上げるためだけにオレたちを見捨てかねない」


「少しは口を慎みなさい! どうしたのよ急に……」



 突然に口を開き、こちらを値踏みするような眼を向けるカルミオ。

 彼は自身の姉に窘められながらも、ジッとこちらの反応を窺い、強い警戒感を隠すこともなく表に晒していた。

 これまで見せて来なかったカルミオの不審気な態度に、僕は不機嫌となるどころかむしろ感心に息を漏らす。


 彼は自分たちが既に傭兵たちの間で、相応以上の人気を得ていることを自覚している。

 なのでカルミオが言っていることは、なかなかに的を射ていた。



「ほら、早く謝りなさい!」


「いえ構いませんよ。当然わざと見捨てるなんてことはしませんが、極端に戦場が混乱した場合、守りきれなくなる可能性が皆無とは言えませんから」


「ですが……」


「それにお二人を迎え入れたのが、傭兵たちの士気を上げるためという彼の言葉は間違っていませんしね」



 後ろからグッと押し、カルミオの頭を下げさせようとするリーンカミラ。

 その動きを制しながら、僕は申し訳なさそうにする彼女へと微笑んだ。


 それにしても、カルミオは随分と勘の働く人間であるようだ。

 既に傭兵団の酒場"駄馬の安息小屋"のシンボルとなり、毎夜ホールを満員とする人気を誇る二人が敵によって倒れれば、さぞや傭兵たちの戦意は高まるだろう。怒りという方向で。

 勿論そのような状況へと、意図的に導くつもりなど毛頭ない。

 あくまでも不慮の事態で二人が倒れるような事となってしまった場合、その状況を利用しようというだけに過ぎなかった。


 これまでただ面倒で口を開かないという、社交性のない人間であると思っていたカルミオであったが、その評価は改める必要がありそうだ。

 というよりもその実、勘が鋭いというよりも常に思考し、警戒を怠ってはいないのではないか。

 自身と他者の価値を平静に測り、周囲が二人をどう利用しようとしているか見極めようとしているようにも見える。




「大通りの南側に、武器商の集まる地区があります。そうですね……、お二人に丁度良い防具でしたら、入口の扉に大きく獣の顔を彫った店があるので、そこで相談するのが良いかと」


「すみません、無礼を働いた上に……」


「お気になさらず。あそこでしたら、服の下へ身に付ける薄手の防具も見つかるはずですので」



 僕は次ぐ言葉に困るリーンカミラへと、彼女らが使うに良さそうな武具を扱う店を教える。

 吟遊詩人が全身を鎧で覆っていては格好がつかないし、そもそも体力的に厳しいモノがあるはず。ならば服の下に着れるような代物がいいだろう。

 傭兵団名義で買えば料金はこちらで持つと伝えると、彼女は再度弟の頭を強引に下げさせ、何度も礼を言い続けた。

 決して安い代物ではないが、二人の不安感を軽減するのと万が一を考えれば安い物だ。

 なので大人しく受け取ってくれるよう頼むと、どこか面白くなさそうなカルミオは、視線を逸らして呟く。



「まあ……、貰える物はもらっとく」


「そうしてくれると助かるよ。もっとも君たちを前線に出す気はないし、負けるつもりもないから無用の長物だとは思うけれどね」



 彼としてはこちらの思惑が気に食わないのかもしれないが、実際雇われて金を受け取っている以上は納得する他ない。

 それに求める防具まで無償で供出しようというのだから、流石にこれ以上の文句は言えた義理ではないと考えたようだ。

 もっともそんなカルミオの態度に、姉のリーンカミラは恐縮し通し。なかなかに心労が絶えないと見える。




 そんな二人へと、僕はまだ用事が全て済んでいないことを告げ別れる。

 あまりリーンカミラへ気を使わせ続けるのも悪いし、一方でカルミオはあまり他の人間との関わりを好んではいまい。

 なので予定通り材木商の多い地区へと移動する最中、ここまで沈黙を保っていたエイダが、怪訝そうに声を発してきた。



<本当に大丈夫でしょうか? 姉の方はともかくとして、弟はどこかで騒動を起こさなければいいのですが>


『彼もそこまで我儘を通したりはしないさ。それにおそらくあれはただのシスコンだ、リーンカミラの迷惑を第一に考えるって』



 今後何がしかのトラブルが起こるのではと懸念を示すエイダであったが、僕は反してその点に関しては楽観的であった。

 見た所おそらく、カルミオは重度のシスコンの類。

 普段リーンカミラ以外の人と話そうとせず、今回はこちらに僅かな抵抗を示してきたのは、それが原因なのだろう。

 男女の違いはあれど非常に似た容姿を持つ故、なにかと思うところでもあるのかもしれない。



<色恋沙汰での敵意も厄介でしたが、これはこれでまた……>


『ラティーカとデリクのことを言っているのか? 確かにあれはあれで大変だったけど』



 やれやれとばかりに、面倒そうな口調を作り呟くエイダへと、僕は苦笑しながら返す。

 以前に北方で共に行動した、傭兵団のルーキーである二人。ラティーカへと好意を寄せるデリクから一方的に敵視された時のことを言いたいようだ。

 ただ今回はあの時とは異なり、向けられているのは対抗意識ではなく警戒心。

 ならば対応する手段としては簡単だ、カルミオが心配するようにもし戦闘が起こったとしても、そこから離れた場所で退避してもらえばいいのだから。


 僕はエイダにそう言うと、「それはそうなのでしょうが」と淡々と告げた後、こちらの脳へと一枚の画像を映し出してくる。



<約束通りちゃんと戦闘から遠ざけてあげることですね。それが起るのは、避けられそうもありませんから>


『……? ああ、動き出したのか。思ったよりも大規模だなこいつは』



 エイダが出してきた衛星が捉えた一枚の画像に、今度はこちらが渋い表情を浮かべる破目となる。

 それはこれから都市デナムへと移動を開始しようかという、共和国による思いのほか規模の大きな軍勢を写したものであった。



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