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先陣の歌姫02


 軽いノックを経て、中から入室に同意する声を聞いた僕は、酒の入った小さな壷を手に控室へと踏み入れる。

 小さな獣脂による明りのみが灯されたそこには、先ほど酒場内で歌い楽器を奏でていた、二人の歌姫が腰を下ろし休息を摂っていた。



「お疲れ様。今日も見事な演奏でしたね」


「団長さん。滅相もありません、まだまだ至らないばかりで……」



 僕は控室へと入るなり、労いと称賛の言葉を向ける。

 しかし二人の内片方、長い髪を後ろで一纏めにした歌い手である女性は、破顔しながらも謙遜の言葉を口にした。

 物腰柔らかく、笑顔が素敵な妙齢の女性。

 歌っている時以外には傭兵たちの前にはほとんど出ないが、彼女は既に多くの団員たちを虜にし始めている。

 おそらくその纏う空気感が伝わるのであろう、血気盛んで色恋に飢えた傭兵たちの中には、如何に彼女を射とめようかと模索する者も多いと聞く。



「ですが二人が歌ってくれるおかげで、皆随分と機嫌がいいですよ。ここで上手く気晴らしができてるおかげで、訓練への身の入り方も上々です」


「それは何よりです。団長さんに拾って頂けていなかったら、わたしたちはどうなっていたわかりません。その御恩を返せるのでしたらいくらでも」



 もう一度こちらが謝意を告げると、歌姫のリーンカミラは深々と一礼した。

 なにもそこまで仰々しく礼を言うこともあるまいに。こちらとしても、二人には重ねて礼を言いたいくらいなのだから。



 この二人と出会ったのはつい最近、僕がリアーナの定期的な検査を行うため、彼女を連れて機器の置かれた飛行艇格納庫へ行った帰りに出会った。

 少々検査に手間取ったのに加え、格納庫に置かれた物資から必要な物を探すのに難儀したせいもあり、ラトリッジへ戻るため出発したのは既に夕方を迎えてから。

 そのまま格納庫へ泊まり翌朝に帰るという考えもあったのだが、存外彼女を可愛がっているレオが心配するというのもあって、その日のうちに帰る事にしたのだ。


 ただあえて言えば、実際の歳は数歳に過ぎぬものの、見た目は十代半ばほどの女性であるリアーナ。

 彼女と一夜を明かすという事実により、帰ってからヴィオレッタの向けてくるであろう視線を、僕自身が恐れたというのも理由の一つであった。


 ともあれ戻る途中で日没を迎えながらも、僕等は家路を急ぎなだらかな丘陵地帯を歩き続けた。

 しかしその道中、ふと焚火の明りが目に付く。もう少し歩けばラトリッジに着くという距離であるだけに、その辺りで野宿をする人というのは決して多くはない。

 なので気になってそちらへと様子を見に寄った時に出会ったのが、先ほど舞台上で歌っていたこの二人であったのだ。



「大げさですよ。あの辺りはそこまで危険ではありませんし」


「ですが万が一ということもあります。わたしは動けませんでしたし、元々戦う力はありませんので」



 そう言ってリーンカミラは、念を押すように頭を下げた。


 この二人は元々都市から都市へ渡り芸を見せる一座に、吟遊詩人として属していたと聞く。

 しかしつい最近、その座長が高齢により引退したのを機に独立し、旅をしている途中であったようだ。

 ただどうやら出会った時にリーンカミラは、ぬかるみに足をとられ酷く挫いてしまったらしく、ラトリッジまで目前という距離ながら野宿を余儀なくされていた。


 リーンカミラの言うように、都市の周辺とは言え、決して危険な野生生物が皆無であるとは言えない。

 肉食性の獣が少ない地域ではあるが、僅かながら群れて狩りをする獣も存在し、運悪くそういったものに遭遇すれば容易に命を落としてしまう。

 そのため火を熾し、獣を寄せ付けぬようわざと大きく楽器を鳴らし歌っていたところで、都市へ戻る途中であった僕等と出会ったというのが経緯。


 結局二人を放ってもおけず一緒に夜明かしをし、リーンカミラの痛みが落ち着いたところでラトリッジへと帰ったのだが、一応それによって帰りが遅くなった言い訳は立った。

 その後彼女らが獣除けにしていた演奏に目を点け、翌日に宿で休んでいた二人に、当面この酒場で演奏しては貰えないかと誘ったのが事の始まり。

 今にして思えば彼女らの不運も、僕にとっては非常に幸運な出来事であったようだ。




「姉貴。いい加減疲れたし、オレはそろそろ休みたいんだけど」


「なにを言ってるのカルミオ。折角団長さんが労いに来てくれたっていうのに……」



 そんな出会った状況を思い出しながら、僕はリーンカミラとの会話をしていく。

 しかし彼女のすぐ隣で座ったまま待っていたもう一人、カルミオはそう言って大きく欠伸を噛み殺す。

 カルミオの発した言葉を咎めるリーンカミラであるが、少々話が長くなりつつあったのは否定しようがない。


 女性的な容姿であるためよく間違われるようだが、リーンカミラの相棒であるもう一人、弟のカルミオは男性だ。

 二人は双子の姉弟で、幼い頃から共に一座でコンビを組んでやってきたらしい。見れば男女という違いはあるはずなのだが、顔の輪郭や目元といい非常によく似ている。

 楽器担当であるため声を発すことは少なく、それが余計に姉妹であると勘違いされる要因となっているのだろう。


 二人が酒場で歌うようになって以降、毎夜のように通っているヴィオレッタによれば、性別を勘違いされているのに加え寡黙で愛想を振り撒かぬこともあり、そういった好みの男からも非常に高い人気があるらしい。

 とはいえカルミオが発する声も、男性にしては若干高め。聴く人によっては、少々ハスキーな女性と捉えても決しておかしくはない。



「別に構いませんよ。少し長居してしまったようなので、僕はこの辺で」


「も、申し訳ありません。弟が失礼を……」



 謝るリーンカミラに気にしないよう告げつつ、僕は手土産とした酒を置いて控室の扉へと向かう。

 しかしふと思い出したことがあり、扉の取っ手へと手をかけたところで振り返ると、二人へ伝達を口にした。



「そうだ、実はお二人には近々、東の方へ行ってもらう事になります」


「東へ……、と仰いますと?」


「共和国との国境に在る、都市デナムへ。今度あそこの防衛要員を交代するのですが、その際にこれまで防備に当たっていた人員への慰問として、歌っていただこうかと」



 あやうく伝え忘れていたのは、二人に近いうちに東部の城塞都市デナムへ行き、そこで歌う場を設けるという話。

 共和国相手の防備を固める前線基地であるあの都市は、現在もそれなりの数の傭兵たちが駐留している。

 その多くはデナム防備の責任者である、デクスター隊長の配下である者たち。

 傭兵たちが大量離脱した際にあっても、彼の仁徳のおかげかあの地だけは、比較的多くの人員が残ってくれていた。



「あそこは対共和国の最前線というのもあって、ラトリッジ以上に娯楽が少ないですからね」


「では戦場に?」


「最近は戦闘もあまり起こっていませんが、当然そういった状況となる可能性はあります。ですけど大丈夫、お二人の安全は護るとお約束します」


「……わかりました。わたしたちの力がお役にたてるなら」



 あえて危険性を否定はしないものの、リーンカミラは力強く頷く。

 カルミオの方はあまり乗り気とまでは言えない空気ながらも、別段反対の意志は持たぬようで、小さく肩を竦めながらも了承を示した。

 よかった。前もって先方へ出していた手紙には、ちょっとした手土産があるといったニュアンスを書いていたのだ。

 二人に断られたらどうしようかと思ったが、どうやらデクスター隊長にはそれを嘘とせずに済みそうであった。



 戦場に近い場所に行くのを迷わぬ二人に安堵した僕は、一礼して控室を跡にする。

 そうして酒場のホールへと戻ると、そこは先ほどまでの様子とはうって変わり、多くの傭兵たちが酒を手に談笑を交わす光景が広がっていた。

 とはいえ先ほどよりは少々人数が減っただろうか。見れば外に居た周辺の住民も居なくなっているようで、その状況から二人の歌姫を目当てに来ている人間が多いことが窺える。



「……ヴィオレッタ、僕の分は残してくれなかったのか?」


「思いのほか早かったな。いつ戻ってくるとも知れん、故に冷めぬうちに平らげさせてもらったぞ」



 戻るなり元いた席へと腰かけるも、見ればカウンター上に置いてあった料理が見当たらない。

 そのことを問うてみるも、ヴィオレッタは弱い酒の入った大き目のジョッキを手に、平然と空になった皿を指示した。

 彼女のそんな言葉に嘆息しながらも、僕はヘイゼルさんへと追加の料理を注文する。



「そういえば、デナム行きの件なのだが」


「それなら今さっき伝えてきたよ。少しくらい難色を示すかと思ったけど、案外アッサリと了解してくれた」


「ならば良かった。……だが本当に連れて行くつもりなのか?」



 苦笑するヘイゼルさんが料理を再度用意し始める中、ヴィオレッタは手にしたジョッキを置き問うてくる。

 つい今しがたあの二人へと話したというのを伝えると、彼女は安堵感を表に出すと同時に、今度は小さく眉を顰めた。



「最近また共和国の動きが怪しいのだろう? そんな場所に、戦えぬ吟遊詩人を連れて行くのは如何なものか」


「彼女らにはこれから先、団に属している間は度々戦場に行ってもらうことになる。今回はその練習みたいなもんさ、耐性を付けてもらうためのね」



 小声となったヴィオレッタは、こちらの耳により強い懸念を口にする。

 だがそんな彼女へと返したように、これから先あの二人には時折前線へと行ってもらい、傭兵たちを鼓舞する役割をこなしてもらう必要があった。

 なにせ相応に訓練が進んできたとはいえ、現在傭兵団の主力となっているのは、まだ実戦経験の浅い若手ばかり。

 一旦は団を出て行った傭兵たちが、一部戻って来たとはいえ、そこばかりを当てにも出来まい。

 せめて気分なりと高揚させ、戦意の向上を図る必要性があった。



「傭兵団がゴタゴタしている時期、運良く共和国は攻めてこなかった。だけどあの国は領土拡大の野心が強い、そんな連中がいつまでも矛を収めていようはずがない。おそらくは丁度デナムへ辿り着いた頃合いで戦闘が起きる」


「だが大抵、あの都市で起きる戦いは凄惨だ。あえてあの場を選ばずとも……」



 僕が高い確率で起きるであろう戦闘の可能性を口にすると、ヴィオレッタは少しばかり嫌な顔を見せた。


 城塞都市デナムはその険しい谷に囲まれた地形に加え、強固な防壁によって非常に堅牢な守りを誇る。

 そのため圧倒的に数が多い共和国の軍勢相手でも、極端に優位な戦いとなる場合がほとんど。

 それはかつて僕自身が新米であった頃、あの地で戦った際に身を持って体験している。


 ただ言い方を変えてみれば、こちらにとって圧倒的に優位な状況であるというのは、一方的な蹂躙が起こり易いということでもある。

 懲りずも毎度のことながら、都市を前にした谷底へ共和国軍兵士の死体が積み重なり、翌日には死臭によって吐き気を催す。それが彼の地の度々見られる光景であった。



「だからこそだよ。あの二人には悪いけれど、一番最初こそキツイ状況へ放り込ませてもらう」


「……悪辣だな。もしくは外道だ」


「知ってる。でも後々はその方が楽だよ、……乗り越えられればの話だけれど」



 いつの間にか置かれていた強めの酒精が入ったカップを煽り、最後に補足するように呟く。

 これを越えることさえできれば、二人は直接の戦闘という意味ではなく、傭兵団の大きな戦力となってくれるはず。

 ただそこが上手くいかないのであれば、流石に無理強いも出来ず、このラトリッジで歌ってもらうしかないだろう。

 もっともその際には逃げ出してしまうかもしれないが、それもまた致し方なしと、僕は割り切りもう一度酒を煽った。



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