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「050」 06


 随分と久しぶりに、思考を真っ白に染め上げるという経験をしたように思う。

 その時咄嗟に起こった事態に、中剣を手に歩を進めようとした僕の思考は停止し、しばし身動きとれず固まってしまっていた。

 無数の星明りによって照らされる、少しばかり開けた墓地のど真ん中。そこで起きたいきなりの状況に、僕はただ目を見開き立ち止まる。


 もっともそれは僕だけに限った話ではなく、その場に居合わせた他の団員やレオ、そして十数人からなる賊連中に至るまで全員が。

 加えて狼藉を働こうとリアーナの腕を掴む、下卑た笑いを浮かべている男に至るまで。



「……へ?」



 だがその沈黙を破ったのは、リアーナの腕を掴んでいた男が発した間の抜けた声。

 そいつはリアーナの腕を掴んだ自身の左手と、そのすぐ近くで光る、真っ直ぐな銀光を交互に見比べた。

 そして次第に顔から玉の汗を流し始め、これが幻であれとばかりに、ゆっくりと左の腕を引く。

 しかし抵抗なく引かれた腕の動きに反し、"手"はいまだその場でリアーナを掴んだままであった。



「やるじゃないか。意外なことに」



 そこまで来たところで、僕はハッとし感嘆の声が漏れる。

 叫びを上げる男の声が夜闇をつんざくと共に、そいつの腕からは勢いよく飛沫が舞う。と同時に切り落とされた手はついに男の意志を離れ、ボトリと芝生の地面へと落下した。

 リアーナを乱暴しようと捕まえた男の腕を切り落とした代物、それは掴まれたリアーナ自身が持っていた、鈍く光る細身の剣であった。




 墓地へと徒党を組んで移動する連中を追った僕等は、ついに墓地の間近へと辿り着いた。

 そこで墓地内で潜み待ち構えている班と共に、そいつらを挟撃することもできる。

 しかし名目上は、リアーナに狼藉を働いたところを斬り捨てるというもの。なので連中がある程度無法を働いたところで、飛び出してやろうと考えたのだ。


 こちらの指示通り外へ出ていたリアーナは、当然のように男たちに取り囲まれた。

 獣性を丸出しとし、今にも襲い掛からんばかりに囲む賊の表情は粗野そのもので、見た目は非常に華奢なリアーナの無事が脅かされているようにしか見えない。

 そこでそろそろ良いだろうと、飛び出しかけた時点で起こったのが先ほどの光景。

 以前護身用に渡しておいた剣を隠し持っていたリアーナが、抜き放つと同時に自身を掴む男の腕を一刀のもとに斬り落としたのだ。



「こうなったらもう理由も何もないな。仕掛けろ、全員生かして帰すな!」



 予想外の事態に呆気に取られる多くの団員たちであったが、このような状況にあってはもう戦う以外に取る手はない。

 死者を悼む墓場でこのように血生臭い行為を行うのも如何かと思いはするが、新たに迎え入れた仲間のためだ、ここで眠る傭兵たちも別段文句は言うまい。

 そもそも全員仕留める予定であったため、僕は指示を出しながら、自身も剣を手に賊連中へ向けて駆けた。



 一直線に駆け、すれ違いざまに一人の賊を斬り捨て、リアーナのもとへと向かう。

 そこで彼女の隣へと立つと、不規則に大きく息するその背を擦りながら、さり気なく足元に転がる切断された腕を余所へと蹴り飛ばす。



「大丈夫か、動けるな?」


「は、はい……」


「なら小屋の中で待っているといい。後は僕等に任せて」



 以前から折を見て、リアーナはレオから戦いの手ほどきを受けてはいた。

 しかしあのように細い剣で腕を切り落とすには相当の技量が必要であるのに加え、リアーナ自身あまり戦いを好む気質ではない。

 なので出来ても精々が剣を振り回す程度であると思っていただけに、この状況は想定を大きく超えていた。


 とはいえやはり初めて人を斬ったことによるショックであろうか、剣の柄を握ったままの手は僅かに震え、呼吸は混乱したように荒く弾む。

 本来ならば彼女に手を出そうとした瞬間にこちらが飛び出し、そのまま殲滅するという予定であった。だがどういう心境が働いたためか、リアーナが予定になかった攻撃を行ったため、場は随分と混乱している。

 そんなリアーナは僕の言葉に軽く頷く。しかし直後思い出したように目を見開くと、キョロキョロと周囲を見回し、こちらへと振り向き問うた。



「あの、兄さんは……」


「レオなら逃げ出した輩を追ってるよ。大丈夫、大した連中でもないしレオの実力ならすぐに終わる」


「そうですか、良かった……」



 レオを心配する言葉を発したリアーナは、不安を和らげるべく衝いた内容に安堵の色を浮かべる。

 やはり彼女にしてみれば、兄妹として脳に刻まれたレオの存在が、一番気がかりであるのにブレはないようだ。



「……ところで、どうしてあんなことを?」


「え?」


「何故武器を使ったんだい? 僕等は君にそこまでを求めていないことは、最初に言ったはずだよ」



 次々と賊が斬られていく中、息つき肩から力を抜く彼女の持つ剣をソッと取り上げながら、僕は行動の真意についてを尋ねる。

 本来ならリアーナは何もせずとも良かったのだ。ただ悲鳴の一つでも上げて逃げ出し、賊が斬られる間は墓地に建つ小屋にでも逃げ込めばいいと、最初の時点で打ち合わせている。

 だがその予定に反し、彼女は自身を乱暴しようとした男の腕を斬り落とした。

 それが出来るだけの技量があるとはいえ、あえて彼女自身がする必要はないというのに。



「……自分は、兄さんの荷物になるのはイヤです」


「レオは別にそんなこと思っちゃいないだろう。ずっと君のことを心配しているし、ついさっきまでずっと君を囮にするのを不服そうにしていた」


「それではダメなんです。折角博士に創ってもらった命、目を覚ました以上は兄さんの役に立ちたい。でないと自分はずっと人形のままにしかなれないし、何もできないなら兄さんの側には居られません!」



 大きく被りを振るリアーナは、グッと拳を握りしめて小さく叫ぶ。

 彼女は自身について、ミラー博士によって生み出された存在であると認識している。そのため創ってもらったと口にした点は別段おかしなものではない。

 ただどうにも自己を肯定するのが苦手であるようで、護られ可愛がられるだけでは、自身を人形も同然でしかないと捉えているようであった。

 だからこそ本来自身が持つ力を振るい、戦力として側に居ようと考え他のだろう。


 彼女とレオを除く、他の四八体の実験体たちがしていたような物言いに、彼女もまたやはり作られた存在であることを認識せずにはいられない。

 だが今ではそういったしがらみもなく、リアーナという個の生命であるのだ。今更そのようなことを気にする必要はないというのに。


 ただそんなリアーナをどう宥めたものかと悩んでいると、不意に彼女の背後に影が現れる。

 その影はすぐ後ろへと立つなり、ソッと手をリアーナの白髪の頭へと置いた。



「なにを馬鹿なことを言っている」



 リアーナの背後に現れ、彼女へと触れた影は小さく呟く。

 その影、レオは被っていた外套を脱ぎ、リアーナへと柔らかく被せてやった。



「兄……、さん?」


「レオか、もう追撃の方はいいのかい?」


「ああ、粗方片付いた。うちのボスがサボっている間にな」



 どうやら賊のほとんどを処理し終えたらしい彼へと尋ねると、少々珍しくも嫌味らしい返答を持って返してくる。

 そんな彼の言葉に苦笑していると、レオは少しばかり腰を曲げてリアーナの目線へと顔を合わせた。

 そこから数秒ほどだろうか、ジッと彼女と視線を合わせ、意を決したように口を開く。



「俺は……、お前が人形だとは思わない」


「ですけど兄さん――」


「いいから聞け。人形は熱心に花壇を作らないし、うまそうに飯を食わない。必死に剣を覚えようとしないし、……人を斬って動揺もしない」



 リアーナの声を遮り、彼女の手を取るレオは顔を寄せなんとか言葉を捻り出していく。

 これはリアーナを起動してからここまで、共に過ごしてきたレオの記憶であるようだ。

 彼は僕らのことを家族であると思ってくれている。それは僕がヴィオレッタへ指輪を渡すに至った時、祝いをしようと言ってくれた時にも明言していた。

 ただそれとは別の意味で、リアーナは彼にとって家族となっているようだ。実際の血縁はなくとも、それこそ兄妹として。



「それにお前が人形なら、俺や今はいない他の連中も似たようなものだ。お前は以前の……、アルたちと行動を共にする前の俺より、ずっと人間らしいからな」



 そう言って彼はリアーナの頭を優しく撫でる。

 直後リアーナの目にはジワリと涙が滲み、飛び込むようにレオへと抱き着く。

 そんな彼女の頭を再度撫でながら、レオはこれまであまり見たことのないほどに、穏やかな口調で呟いた。



「だから、妙なことを考えずにずっと居ていい」


「……はい」



 僕はそのような二人を視界に納めながら、静かに後ずさりつつ離れていく。

 ようやく本当に打ち解けつつあるのだ、お邪魔虫は下手に声をかけず退散するというのが無難であろう。



 二人から離れて墓地の中を移動していくと、中央に次々と積まれていく影が見える。

 近付いて見てみれば、それは今回討伐した賊共の死体による山であり、近くにいた団員によって全員が討たれたことを伝えられた。

 よくよく見ればその内の一体へと、以前僕へと接触してきたリーダー格である男のものが見える。


 その戦果に満足し頷いていると、すぐ近くから僕を呼び止める声。

 振り向いて見てみれば、それは一切が片付いたことで、数人の配下を引き連れ後始末に来たであろう騎士隊隊長の姿あった。



「ご苦労様です。お約束通り、全て片が付きましたよ」


「助かる。これでようやく我々も肩の荷が降りるというものだ」


「それは何よりです。ところで確認なのですが、この連中は……」


「わかっている。こいつらは食料を奪おうとしたどころか、君たちの仲間へと無法を働こうとしたため、"極めて正当な理由によって"討たれた。他に理由はない」



 近づいて来た騎士隊長に一礼。僕は彼と軽く言葉を交わし、建前上は具初的に起きたものであると確認する。

 後々公にはこのように公表する予定だ。当然怪しむ者は居るだろうが、傭兵団までもがそれに同調するならば、あまり大きな騒動には発展すまい。

 なのでこの件はこれで終了。晴れて都市を混乱に陥れた連中は、その全てが露と消えるのであった。



「それにしてもわからぬな。今回君たちにとって、賊を討つというのは大した利にならぬであろうに。ほぼ我々だけが得をしている」



 ただ騎士隊長は怪訝そうに、僕等傭兵団が協力を申し出たことに疑問を投げかける。

 彼から見れば、傭兵団は報酬を要求することなく無償で戦力を動かし、騎士隊と都市に協力しただけに見えるのは当然。

 ただこちらの本意などは言えたものではなく、それとなく曖昧な返事を持って返すと、騎士隊長はこれ以上聞いても無駄と考えたか、肩を竦めてそれ以上を問うことはなかった。



「ところで彼らはどうしたのかね?」


「なに、ちょっとした家族の交流ってやつですよ。お気になさらず」



 僕の態度に返答を諦めた騎士隊長は、今度は墓地の一角でいまだ寄り添うレオとリアーナへと視線を移す。

 このような血生臭い墓地の中にあって、そこだけ切り取られたように少々異なる空気が漂っている。

 流石に違和感を感じてしまうその光景に苦笑しながらも、僕は肩を竦めて返しつつ、そこから小さく独白のように言い加えた。



「ですがあえて言うならそうですね……。アレが今回僕等が得た、一番の利でしょうか」



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