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「050」 03


 No.050ことリアーナを連れ帰ってから、十日以上が経過。

 その間レオは訓練の合間にある隙間の時間を見繕っては、都市郊外に構えるリアーナの管理する墓地へと通っていた。

 急にできた自身を兄と慕う娘に対し、どう接してよいかわからず困惑していたレオであったが、それでも地球へと帰還したミラー博士が残した存在、放っておくのも気が引けたのだろう。


 あそこは他にほとんど人が住んでいない上に、都市の郊外ということもあって、防御用の外壁なども整備されていない場所。

 そこへいくら強いとはいえ、女性一人で暮らさせる訳にもいかず、リアーナは毎日夕刻には市街に在る僕等の家へと帰ってきていた。

 その彼女から食事時などに話を聞いてみると、レオはあの土地に行っても大抵はただ植えた花の世話をする彼女を眺めているか、土や肥料を運ぶ手伝いをしているばかりであるらしい。



「それで、彼女の様子はどうなのだ?」


「リアーナのことかい? どうって……、君もいつも家で見ている通りだけれど」


「かといって全てを話してくれている訳ではあるまい。お前のことだ、心配で監視の一つでもしているのであろう」



 毎度のように傭兵団の事務的な拠点も兼ねた酒場である、駄馬の安息小屋。

 そこの一角を借りて積まれた書類へ目を通していた僕へと、同じく確認し終えた書類を片付けていたヴィオレッタが問う。

 リアーナを目覚めさせる時には、都市で留守番をしていた彼女ではあるが、やはり住処を共にするなど色々と縁深くなっている相手であるだけに、相応に様子が気にかかるらしい。


 ヴィオレッタの言う通り、人のほとんど居ない場所とはいえ、リアーナにとって始めて触れる外の世界。

 上手くやっていけるか気になっていた僕は、エイダに指示して衛星からその行動を定期的に報告してもらっていた。

 ただそれはこちらから教えるまでもなく、ヴィオレッタにはとうにお見通しであったようだ。



「隠し事はできないな。でもこれといって変わった様子はないよ、毎日早朝に家を出て、墓地へ着いてからは掃除や花壇作りに精を出している」


「だが本当に一人で大丈夫なのか? レオも毎日は行ってやれないであろうし」


「そこは今のところ問題はなさそうだよ。他に誰も居ないせいで静かに過ぎるけれど、当人はあまり気にしていないみたいだ」



 僕は手を動かしながらも怪訝そうにするヴィオレッタへと、衛星から確認できる範囲での行動を伝える。

 今も状況を確認してみれば、種をまき終えた花壇へと順に水をやり続けていた。

 前団長が持っていた個人的な土地とはいえ、その広さはそれなりのものがある。

 ただリアーナはかなり体力面は持ち合わせているようで、簡素な農具しかないというのに、ほぼ一人で土地をグルリと囲むように土を掘り起し終えようとしていた。

 いったいそれだけの広さ、一人で管理できるのだろうかと思いはするが。



「そうだ、二~三日前にイレーニスも様子を見に行ったらしいよ。ハルミリアと一緒にさ」


「……そういえばあそこは彼女の工房が近いのであったか。上手くやれているのか?」


「おそらくね。リアーナが温厚な性格をしているせいか、案外馬が合うのかもしれない」



 そんな中で僕は記憶を掘り起し、つい先日話していた言葉を思い出す。

 イレーニスと親しくなった銃工見習いであるハルミリア、彼女の構える工房はあの辺鄙な土地の、比較的近くへと建っている。

 なので休憩も兼ねてであろうか、イレーニスが彼女を連れ出し、リアーナのもとへと遊びに行ったようであった。


 そこからどういった会話が成されたのかは知らないが、その時は小屋の外へと置かれた椅子へ腰かけ、三人は仲良く会話を交わしているようすが見て取れた。

 実際の年齢で言えば、リアーナはまだ片手で数えられる程度でしかない。

 しかし見た目に関しては然程変わるものではなく、三人は短い時間なれど、それなりに親しくなれていたようだ。

 実に良い傾向ではあると思う。リアーナもレオだけと親しくするよりは、その方がずっと社会への適応が早くなるはず。




「そいつは結構だ。だが万が一ということもある、武器などは持っていっているのか?」


「ああ。一応は小屋に一本、中剣を置かさせてもらったよ。当人は要らなそうにしていたけれど」



 そこそこ上手くやっていそうであるということを告げるなり、ヴィオレッタは柔らかく安堵の表情を浮かべる。

 だが直後に眉を顰め、リアーナへと何かがあっても、誰かに助けを求められぬ状況への不安を口にした。

 物理的な危険が迫っているという事態ならば、彼女は相当の力を持つため対処は容易。

 しかし念の為と置いて行った武器であるが、やはり設定された温厚な気質が邪魔をしてか、鞘から抜かれた刃から目を背けようとすらしていた。



「少しくらいは訓練をしてやった方がいいのではないか? いくら元が強いとはいえ、そういった覚悟がないのではいざという時に動けん」


「そうだな……。ならレオに頼んで稽古をつけてもらおうか、身を護る気概くらいは身に付けてくれるかもしれない」


「レオが訓練してくれるのであれば、喜んで受けるだろうな。真剣はともかく、木剣なら抵抗も然程ではあるまい」



 この都市一帯は平野や丘陵地帯で、森林や山岳といった地域が近くにない。

 そのため野生動物も危険な類は少ないのだが、それでもやはり一切そういった危険が無いとは言い切れなかった。

 なによりも墓地は都市防御のために建てられた外壁の外側。いつ野生動物の被害に遭うとも限らない。

 なのでヴィオレッタが言うように、多少なりと戦うための心構えとして、訓練を受けさせるのは道理であると思えた。



「ならこの機会に、少しずつ街の人たちとも交流を持ってもらおうか。いずれは身内以外の人たちにも受け入れてもらわないと。ずっと一人で墓守をさせるのも気が引けるし」


「それはそうなのだろうが……」


「大丈夫だよ。しっかりと礼節を弁えた子だし、いざとなれば助けてやればいい」



 気分はまるで娘を持つ親のようだ。僕はレオへと訓練を頼むのに乗じ、上手くリアーナが街へ溶け込めるよう手を考えることにした。

 まだ幼いイレーニスという少年を預かっているため、その感傷も今更といった気がしなくはないが。

 それにこれから先延々と、一人で墓の側で過ごさせる訳にもいくまい。

 おそらくは彼女を残していったミラー博士が望んでいたであろう、限りなく普通に近い一生を送らせてやれるよう、出来る限り手段を講じてやるのが半ば義務であると思えていた。







 ヴィオレッタと相談し、リアーナが自衛のための手段を身に着けさせることにしてから暫し。

 早速時間を見計らっては訓練を開始した彼女は、持ち前の能力の高さもあってか、みるみるうちに戦いの技術を習得していった。

 性格的に傭兵が向いていないのは変わらずだが、これはやはりレオの言っていたように、戦力として引き入れた方が良かったのではないかと、今更ながら後悔の念に襲われそうになる。


 ただそのような事は置いておくとして、リアーナにはレオの訓練を通じて少しずつではあるが、僕等以外との人と接点を持つ機会を増やしていっている。

 まずは同じ傭兵団の、外見的に同年代に見える人間から。

 そこを通じて少しずつ、特異な容姿を持つ彼女の存在を周知してもらい、いずれは誰に気兼ねすることなく外を歩けるようになればいい。

 だがゆっくりと都市の人たちに溶け込んでもらおうと考えていたのだが、とある事情によりそれは難しくなってしまう。



「アル、墓場の周りなんだが……」


「知っているよ。人が増えているんだろう?」



 いつも通りの酒場の奥まった一角、繁盛する時間となる夜までの時間を借りて使う、仮の執務場所。

 そこで書類片手に頭を抱えていた僕へと、珍しくこの場所を尋ねてきたレオが、困惑した表情を浮かべて駆け寄ってきた。

 彼がそこまで血相を変える理由には想像がつく。リアーナへと任せた墓地の周辺、これまで碌に人影を見ない地域であるはずの場所へと、数十人以上の人間が大挙しているからであった。



「このあいだ、東部の都市で大規模な出火があったろう? 相当酷く燃え広がったそうで、再建を諦めて移住を決めた人たちが雪崩れ込んできたそうだ」



 あのように殺風景な場所、いったいどうしてそれだけの人数がと思うのも当然だが、比較的近隣の都市が災害に見舞われた以上、それも納得のいくというもの。

 その時に発生した黒煙は、数十km以上離れたこのラトリッジでも確認でき、酷く都市中を騒がせたものだった。

 早々に人を遣って情報を集めさせたのだが、大規模な火災の結果として、小規模な都市ながら三割近くもの面積が使い物にならなくなってしまったらしい。



「こちらでもひと騒動あったばかりだというのに、よくここを逃げる先として選んだものだ」


「とはいえこっちはもう沈静化しているからね。それに灰になった街よりはマシだと考えたんじゃないかな。……想像以上に酷くやられたみたいだから、おそらくまだ増えていくよ」



 横で黙々と書類を纏めていくヴィオレッタは、視線を向けることもなく厄介そうな事態に息を衝く。

 この都市ラトリッジに置いても、つい先日に都市内で住民と騎士隊の間で、血生臭い揉め事が起こったばかり。

 今はその事態を悪化させた首謀者も拘束され、一応は街中の平穏は取り戻されている。しかし他の一切異常のない都市に比べれば、やはりゴタゴタした場所に映るはず。

 それでもあえてこの地を目指して逃げてきたのは、ひとえにその近さ故にだろうか。



「……理由はわかったが、だが勝手に住み着いて問題はないのか?」


「あの辺りは元々特定の誰かが保有しているわけではない。都市側も管理の手間が増えるのを嫌って、ずっと所有権を明らかにすることなく放置していたのだ」



 事情を理解したであろうレオは、少しばかり考え込んだ後に一つの疑問を口にした。

 大勢の人たちが一度に押し寄せ、外壁の外側とは言え都市に住み着いたのだ。

 レオはそこで何か問題でも起こるのではないかと懸念したようだが、すぐさまヴィオレッタは首を横へと振り否定をした。

 おそらく都市としては、これまで手を付けていない土地であるだけに、勝手に家を立てて都市の規模を大きくするには干渉するつもりはないらしい。

 とはいえあの地もラトリッジの施政が及ぶ範囲、いずれは税を徴収しようというのが、思惑としてはあるのだと思うけれど。



「でもレオが気にしているのは、人口の増加とかそういった話じゃないんだろう?」


「あ、ああ……。アイツがちょっかいを受けたりはしないだろうか」


「リアーナにあの場所を頼んだのは、元々人が居ない場所だからだしね。たぶんすぐ揉め事になったりはしないと思うけれど」



 レオがわざわざ僕等の所まで相談に来たのは、やはりあの場所にリアーナが居るため。

 接し方に苦慮し素っ気ない態度を取っている彼ではあるが、自身を兄妹として慕ってくる娘が居るのだ、やはり気にせずにはいられないようだ。

 僕はそんな彼の様子へ密かに笑むと、手にしていたペンを置いて立ち上がる。



「いずれにしろ、何がしかの騒動は起こると思う。あの場所への見回りを強化する必要はありそうだ。ヴィオレッタ、警戒に何人かを回せるかい?」


「今は方々の戦闘も落ち着いているからな、少しであれば人の都合はつく。二~三人ほど遣って監視させよう」


「頼んだよ。あと騎士連中を近づけさせないようにしないとな……」



 いくら柵による囲いがある墓場とは言え、リアーナのように目立つ容姿をしていては、逃げ延びてきた人たちからの好奇の視線は避けられまい。

 ただ数人であっても見回りを行う人間が地域をうろついていれば、妙なトラブルも多少なりと抑えられるはず。

 加えて移り住んできた人たちに、騎士連中などが善からぬ要求を突き付けぬとも限らないのだ。当面は警備をする人員が必要になる。



「とりあえず僕は騎士隊の詰所に行ってくるよ。連中がまた馬鹿をやらかさないとも限らないし」



 二人へとそれだけ告げると、残る書類仕事を任せ酒場を跡にする。

 都市の治安維持も傭兵団の役割である以上、これはなかなかに忙しい状況となるかもしれない。

 リアーナの件だけを対処すればよかったはずが、思いのほか面倒になりそうな事態に、僕は無意識のうちに進む足取りが重くなっていた。



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