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天秤04


 裏社会の集団を統率していると自称する男と、暗い路地で接触を果たしてから数日。

 この日の僕等は、普段よりも若干汗ばむほどの蒸し暑さに晒されながら、一軒の宿を取り囲むように待機していた。

 そこはこれから少し後、騎士隊と住民の代表同士が会談を行う会場であり、僕等は警備のために集まっているのだ。



「もう少しで双方の代表が到着する、警戒を怠らぬように」



 宿を取り囲むように十数人の傭兵たちを配置し、僕はその周囲を巡回しながら発破をかけていく。

 まだ若い者が多い傭兵団ではあるが、今ここに居るのは大量の離脱騒動でも団を離れず残ってくれた、ある程度の戦歴を積んでいる人たちであったり、もしくは多少なりと実績を積んだ人員ばかり。

 とはいえそのほとんどは僕よりも若干年下の傭兵たちであり、本来は若手であるのに違いはなかったのだが。

 それ以外のより若い傭兵たちに関しては多くが市街へと散り、普段通りに騒動が起こらぬか目を光らせている。


 警戒に立つ路地の空気は篭り、風のほとんど吹かない状態も相まって、余計に身体から水分を奪っていく。

 そんな中で水分の摂取を怠らぬよう注意を促し見回る僕のもとへ、急いだ様子で一人の傭兵が駆け寄る。

 彼は僕へと耳打ちし、この辺りでは見かけぬ二人組が近付きつつあると告げた。

 多くの傭兵たちが武器を持ち警戒に当たっているため、この辺りは一種異様な空気を漂わせている。多くの人間は異常を察し、近寄って来ないというのに。



 その彼の案内で移動をすると、角の向こうから随分とテンションの高い、酔っ払い然とした大きな声が響いてきた。

 角を曲がった先で見てみれば、そこには路地の只中で腕を組んで歩く、カップル風の男女が騒がしく会話しながら歩いている。



「申し訳ない、この先は現在訳あって封鎖されている。お楽しみのところ悪いですが、できれば余所を通っていただけませんか」


「あら、傭兵団の方? なにか事件でもあったんですか?」


「あまり詳しくは言えないのですがね。少々物騒な事態になる可能性もあるので、この区画を迂回していただけると助かります」



 腕を組む二人組へと近寄った僕は、努めて穏やかな口調でルートの変更を頼む。

 軽く頭を下げると同時に、鼻先へと強い酒精の香りが掠める。見ればその二人が纏う衣服に大きく、酒を溢したと思われるシミが散見された。

 この二人組の接近を知らせてくれた若い傭兵は、こんな昼間から深酒かと言わんばかりに、大きく嘆息するのが背後から聞こえてくる。



「そうですか、最近はこの街も物騒ですからね。ボクらも襲われては敵わないし、早く帰ることにしようか」


「そうね。お酒を被って濡れたせいでちょっと寒いわ、火でも熾して暖まりましょうよ。私たちの十八回目のデートを記念して、またお酒でも開けながら」


「……ええ、それがいいです。どうかお気を付けて」



 ベタベタとくっついて囁き合う二人は、それだけ口にして他の道へと歩いていってしまう。

 僕はそんな二人が路地から見えなくなるまで見送ると、知らせてくれた傭兵を引き連れて宿の周囲へと戻っていく。



「変な二人組でしたね、わざわざ見せつけるように話までして。それに酔っているとはいえ、こんな場所へ平気で来るなんて。空気でわかるでしょうに」


「酔っ払いなんて大抵そんなものさ。君だって酔って普段は言わないことを口走った経験くらいあるだろう?」


「まあ……、多少は。恐ろしいことに」



 見せつけるようにイチャついていたカップルに呆れたのか、怪訝そうにする彼へと、僕は苦笑しながら揶揄し返す。

 すると自身が酔った時にした言動に心当たりでもあったのか、彼は僅かに身体を震わせた。

 どうやらあまり口にしたくはない、大きな失敗をやらかした経験が有るらしい。



 なにやら根掘り葉掘りと聞き出せば、面白い話を掘り起こせそうな傭兵をからかいながら、僕等は宿の周囲へと戻る。

 そこから周辺に配置された傭兵たちへと指示を飛ばしていると、今度は先ほどの彼とは別の傭兵が近づき、今回会談の主役となる双方の代表がすぐ近くまで来ている事を知らせに来た。


 すぐさま宿の入り口前へと移動すると、程なくして数人の男たちが歩いて近づくのが見える。

 おそらく徒歩で来ているのを見るに、住民側の代表者なのだろう。



「お待ちしてました。わざわざご足労頂きまして」


「これはこれはご丁寧に。貴方が新しく団長に就任された時以来ですかな」


「はい、なかなかご挨拶に窺えませんで。……ところでお伝えしたと思いますが、例の彼は一緒では?」


「彼でしたら、自分のような若輩に出る幕はないと言って、参加を遠慮してきましたよ」



 住民の代表者として来たのは、めっきり頭の薄くなった代わりに、長い髭を蓄えた老人。

 その老人と共に、先日接触してきた男にも同席するよう要請をしている。というのも事情を互いに納得させるため必要と判断したため。

 しかし代表者である老人は、例の男がこの場に現れないことを告げた。

 若輩が云々と言って断ったようだが、おそらくそこは本心ではあるまい。あくまでも裏社会に身を置く存在であるため、以後の行動を制限されぬよう警戒したということだろうか。

 ただこの辺りに関しては折り込み済み、実際に来てくれる可能性はほとんどないと考えていた。



 老人を宿の中へ案内するのは宿の従業員へと任せ、僕は続けて外で待機する。

 そうして次に来た騎士隊の代表者は、二羽の毛並みの良い騎乗鳥に引かせる、随分と豪華な意匠が施された荷車に乗って現れた。



「ご足労をかけます。……閣下はご一緒ではないのですね」


「うむ。あの方はご多忙につき、今回は我々へと全権が託された」



 黒塗りな荷車の扉を開け現れたのは、全身を豪奢な鎧と艶やかな織物で纏う、白髪の混ざった壮年の男だ。

 彼は都市ラトリッジ騎士隊の隊長職に就く人物であり、確か都市統治者の遠縁の親戚に当たると聞き及んでいる。

 先ほど僕がその騎士隊隊長に問うた閣下というのは、その親戚である統治者本人を指す。



「そう言う貴方もお忙しいでしょうに。申し訳ありません、無理なお願いをしてしまいまして」


「構わん。丁度我々もどうにかせねばならぬと考えていたところだ。それに君がああまで頼み込んでくる以上、無下にするというのもな……」



 僕は大きく頭を下げ、騎士隊隊長である彼に急な予定を立てさせたことを謝罪する。

 年齢のこともあるが、僕も傭兵団の団長という役職に在るとは言え、やはりその立場は騎士隊隊長に比べればずっと弱いため。


 ただ著しく弱体化したとはいえ、それでも碌に訓練もせぬお坊ちゃんで構成された騎士隊よりは、イェルド傭兵団は遥かに強大な戦力であるのに変わりはない。

 現実としてひ弱な騎士が戦場に立たぬ以上、実質この都市の正規軍とも言える傭兵団を統率するこちらに、あまり無碍な態度を取れないというのが本音であるようだ。

 だからこそこの場を設けると話しに行った時、この騎士隊隊長も然程時間を置かず了承の返事をしてくれたのだろう。

 末端の騎士連中にはそういった認識が無く、ただ目下の小煩い傭兵程度にしか思われていないけれども。



「ではこちらへ。住民の代表者は既にお待ちです」



 一通りの社交辞令で迎えた騎士隊隊長を案内し、宿の入り口を開ける。

 その際に門のところへ立つ傭兵の一人に耳打ちし指示を出すと、僕は宿の奥にある応接間へと移動した。

 応接間の中には数人の団員が四隅へと立ち、万が一トラブルとなった場合に備えて待機している。

 そのうちの一角にはラティーカが立っており、騎士隊の隊長を連れて入った僕は、彼女の近くへと置かれていた椅子に腰かけた。



 応接間の中で向かい合う住民代表と騎士隊隊長。その両者は挨拶もそこそこに、早速本題へと取り掛かる。

 あまり良好な関係とは言えない両者であるだけに、長く顔を突き合わせているのは、心情的にもよろしくはないということか。


 半ば仲介役のような立場である僕もまた、部屋の隅で椅子に座ったまま、そこで交わされる嫌味と社交辞令が混ざったウンザリするような会話に晒される。

 ただ両者ともに口を衝く内容からは、それなりに解決に導こうという意志が窺える。その点はまだ救いであると言えた。


 ここから先は僕がどうこう言える類の問題ではなく、その間に応酬される言葉を聞き流しつつ考えていたのは、もし非常事態が起こった時にどう彼らを避難させるかであった。

 そこですぐ隣で立っているラティーカへと顔を向けると、小さな声で確認をする。



「離脱ルートの確保は済んでいるな?」


「はい。隣室の窓から続く細い路地を行く方法と、地下食糧庫の壁が崩れた先の水路を利用する方法。ご指示通り二つの経路を確保しています」


「もしもの場合は第一に地下の経路を優先する。人の配置は?」


「両方とも既に。上には三人、地下には二人が待機しています」



 状況を確認する僕へと、ラティーカは頭に叩き込んでいる内容を、表情を変えることもなく小声で伝えてきた。

 この区域は大きな通りに面してはいないが、四方八方に道が伸びている。なので万が一の場合に逃げるルートには不自由しない。

 しかし逆に言えば、それは多方面から一度に攻撃され易いとも言い換えることができ、そこが逆に警護し辛い点であった。

 ただこの場所を確保してくれたヴィオレッタは、いったいどこから聞き出してきたのか、地下の水路に続く道という、なかなかに発見が難しいルートを持つ宿を選んでくれたようだ。



「ですが団長、本当に刺客など現れるのでしょうか……」


「常に万が一を想定しておくに越したことはない。備えが無駄になったとしても、笑って済ませられるからね」



 いくら騎士隊と住民たち双方の代表者が介しているとはいえ、警戒過剰ではないかと思えたらしく、ラティーカは表情に出さぬものの訝しげにしていた。

 彼女には非常時に対する備えであると返しはしたが、僕はこの場が騒動に巻き込まれることになると、確信を持って考えていた。


 双方の代表は、一刻も早い事態の鎮静化を望んでいる。それは都市の統治者も含めて一致していた。

 しかしそう考えてはいない輩は確実に存在する。一日でも長く騒動が続き、より都市が混乱し破綻していくのを望む存在が。

 今回の会談は都市内の騒動を収めるためという目的が主。だがもう一つ、騒動が続くよう願い動く輩を誘き出すという目的も存在した。

 そのためにあえて秘密裏に会談を行わず、数日前から傭兵たちを目立つよう警戒に立たせている。



<アル、周辺区域へ接近する姿を複数確認しました>



 僕は椅子へ腰かけたままでそのような事を考えていると、不意にエイダが人の接近を告げる。

 やはり来たようだ。同時に複数が接近しているというからには、偶然通行人が通りかかったということはあるまい。

 エイダは周辺の地図を簡略化した物に、接近する人物をマーキングをした映像を脳へと映し出す。

 どうやら民家の屋根伝いに接近しているため、路地で待機する傭兵たちからは見えていないらしい。だが逆に衛星で監視を行うエイダには丸見えだ。


 ただ傭兵たちへと更なる警戒を促そうとした矢先、接近する内の一人が足でも滑らせて音を立てたのだろうか。

 下で警戒をする傭兵たちが不審な輩へと気付き、俄に外が騒がしさを増していく。

 次第に窓の外からはざわめきが強くなっていき、それまで応接間で白熱していた代表者たちが困惑する中、遂には金属を打ち合う音までが聞こえ始めてきた。



「……団長、代表たちを逃がしますか?」


「いや、まだいい。この様子だともう少ししたら片付くだろうし、もしそれが失敗したらでいいさ」


「了解です。ではあたしは宿の人間を落ち着かせてきます、あちらも少しばかり混乱しているようなので」



 外の喧騒にどうしたものかと悩んだラティーカは、少しばかり腰をかがめて耳打ちしてくる。

 彼女としては念の為移動して貰った方が無難かと考えたようだが、次第に音は収まっていく気配があるうえ、上から見る限り接近していた連中は次々と拘束されていってる。

 そもそもが若いとはいえ、ちゃんと訓練を積んでいる傭兵たち。視界の外から近づいているにも関わらず、不注意で存在を気取られるような間抜け共には後れを取るまい。

 なので問題はないと告げると、ラティーカが次に気になったのは宿の中の様子であったようで、宥めて来ると言って応接間から出て行った。


 出て行ったラティーカを見送った僕は、その場で立ち上がり応接間の中央へと歩み寄る。

 さて、いったいどんな獲物がかかったことやら。少々困惑気味である代表者たちへ落ち着くように告げると、内心で小さく笑みながら、窓の外で取り押さえられている男の一人を眺めた。



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