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天秤03


 それはこちらの希望を叶えるように、予想よりもずっと早く接触してきた。

 使者ではないかと思われた男が帰った翌日、一人夜闇の中を家路につく僕の前に、二人の共を連れて姿を現す。

 これといって外見的特徴のない中肉中背に、申し訳ないが一見しただけでは翌日には忘れてしまっているかもしれない、さして見目良くも悪くもない普通の容姿。

 格好とて普通に市街を歩く町人と変わらぬそいつではあったが、表情からは密かな余裕めいたものを感じられ、そこが少々他の人と違う点だろうか。

 理屈ではなく直感として、堅気の人間ではないのが一目瞭然。



「イェルド傭兵団の新しい団長さんですね?」


「ええ。……察するに、あなたが今暴れ回っている連中の親玉といったところですか」


「厳密には違うかもしれませんが、概ねその認識で間違ってはいません」



 狭く暗い路地の中、互いに洋灯を手にし合い見える僕等は、若干暢気さすら漂う挨拶を交わす。

 おそらく戦いという面では、彼は実力的に大したことはないだろう。

 ただ人を統括するのに、暴力という面での実力が不要であることが多々ある。

 特に無法者ではあっても表立っては普通の住民たちである彼らには、腕っ節の強さというのは然程信頼を左右するものではないのかもしれない。


 脇を固める二人の護衛らしき存在の内、よくよく見れば片方は昨日現れた男だ。

 となればやはり当人が認めたように、騒動に乗じて無関係の露天や商店を襲撃した連中を統率する人物に違いあるまい。

 そんな彼へと会話の主導権を握らんと、僕は肩を竦めてのんびりとした調子で話を聞き出す。



「では単刀直入に用件をおっしゃって下さい。僕はここ最近の忙しさで、なかなかに疲労していまして。早く済ませてベッドに転がり込みたい」


「そうですね……。こちらとしても、手っ取り早いに越したことはありませんので」



 ただ向こうもそれは同じ考えであったようだ。

 小首をかしげると苦笑し、あえて自身の名を名乗ることもせず淡々と用件を口にし始める。

 あくまで彼は無法者たちのリーダーであり、僕にとってもそれ以外ではないためだ。



「現在一般の商店までも襲っている連中。厳密に言うとあれは、私たちが統率している集団ではありません」


「一部が離反したということで?」


「厳密には本来異なる集団なのです。他の都市から流れてきたならず者たちを受け入れたのですが、最初の頃こそ比較的大人しくしていた連中は、この機に乗じて勝手をするようになりました」



 男はまるで他人事のように、淡々と抑揚のない声で話していく。

 彼の言葉を信じるのであれば、現在暴れている連中は元々は余所者。それが自身の監督下を勝手に離れ、傍若無人な行動を繰り返し始めたのであると。

 言わんとしている事はわかるし、そういった可能性も最初に考えはした。なにせこれまでも存在していたであろう集団、だが今まではこれといって目立つ行動を起こしてはいなかったのだから。


 それにあまり数が多くはないが、他の都市から移り住む者というのは存在する。

 住んでいた土地が戦場となり追われた者もいれば、罪を犯して土地から逃げるしかなくなった者なども。彼が言いたいのはその後者の方だ。

 しかしある程度は納得いくとは言え、それをこのまま鵜呑みにもできはしない。



「そう言い切る証拠がないですが、僕は貴方の言葉を信じてもいいのかどうか」



 あくまで彼が言っているのは方便であり、責任逃れのためそういった連中を切り捨てただけである可能性は捨てきれない。

 一回の傭兵に過ぎなかった頃であれば、聞いた話を上に相談して伺いを立てればよかったが、今の立場ではそうもいくまい。疑いの思考を備えておいて損はないはずだ。

 だがそんな疑念を口にするも、彼は首を大きく横へと振るとさして動揺した素振りもなく言い放つ。



「確かにそれを証明する手立てはありません。ですがその代わりと言ってはなんですが、貴方がたに対し相応の対応をお約束しましょう」


「というと?」


「我々は傭兵団がする行動に看過しません。あの連中を拘束し追放するなり、斬り捨てるなり」



 男が告げた言葉に、僕は腕を組んで頭でその言葉を反芻する。

 つまりはもし僕等傭兵があいつら無法者を斬り捨てても、彼の影響下に在るほかの連中は報復などの行動を採らないということ。

 そもそもが余所者であるうえ、都市内に要らぬ緊張や混乱を振り撒いているのだ。同類であるはずの悪党内からしても厄介者そのものであり、斬られたところで自業自得といったところか。


 僕は路地の壁へと背を着くと、堂々と迷いなく言い放つリーダー格の男へ、こちらもそれをする準備がある事を匂わす。



「実のところ都市統治者からも、いい加減沈静化しろとせっつかれていましてね。場合によっては強硬手段に出なくてはならない」


「それはこの先暴れる者に対してでしょうか。それとも私共も含めて?」


「一応は前者になります。貴方たちが大人しくしているのであれば、そう酷い扱いはしませんよ。どちらにせよ今は手が回りませんし」


「ならばそちらが採る行動は変わらないわけですね。ではこちらは一切動かぬよう厳命しておきます、その間に事態を収めていただきたい」



 彼自身若干の危険を推して僕の前へ現れているからか、話が早く非常にありがたい。

 他の配下たちに自制を促しておくから、反面以後暴れている者たちに関しては、一切知ったことではないと、この男は僕が告げた都市からの指示に対しそう返したのだ。


 都市統治者たちからはこの日使いを介し、いかなる手段を採ってでも事態を鎮静化するように要請が届いている。

 いずれはそう指示される時が来るだろうと考えていたのだが、思いのほか早かったことに頭を抱えていた。

 しかしその件は男が発した言葉によって解決しそうだ。

 これで多少はなんとか事態が解決に進んでくれるだろうかと、内心で息衝く心地であったのだが、彼はついでとばかりに一つの質問を向けてくる。



「ではこの間に、住民と騎士隊の間で話し合いの機会を設けるつもりで?」


「ええ、そうできればいいとは。騎士隊も上の人たちは、決して今の状況が良いとは思っていませんからね」



 ようやく事態が好転し始めたのだ、今の機会を逃さず、双方で解決に向けて動いてもらわねばならない。

 そのための会談の場を用意する必要があり、どういう訳か都市はその役割を僕等傭兵団へと振ってきた。

 治安維持の実働部隊として動いている関係もあってか、随分と便利に使ってくれるものだ。本来は統治者連中の役割であろうに。


 そのような事を聞いてくるからには、この男としても事態の鎮静化は望むところなのかもしれない。

 裏で悪事を働くにしても、ある程度の平穏は必要ということか。



「ただ住民たちも騎士に対し報復をしてますから。騎士隊も大人しく謝ってくれるとは思えませんけど……」


「そうでしょうね。騎士というのは他の都市でも、無駄にプライドが高い存在でしたから」


「近いうちに会談の場を用意しますよ。もっとも仮に頭一つ下げたとしても沈静化するとは思えません、住民と騎士隊の対立は根が深い」


「だとしても、是が非でも解決して頂きたいところです。私共の商いも、市場が混乱したままでは碌に利益を得られはしない」



 男はジッとこちらの目を見据える。やはり裏社会において利益を出す構造も、平時であるのが前提の物であるようだ。

 ただこちらの心持の問題もあるだろうが、どこか胡散臭い気配を感じられてならなかった。

 堅気ではないのだから当然かもしれないけれど、男の言葉をまだある程度は疑っておいた方がいいのかもしれない。



「では私はこれで失礼を……。上手くいくよう願っています」



 ただそんな僕が持つ疑いの意識に気付いてか否か、男は会話を切り上げる。

 彼にとってはここまでで全ての用件は済んだようで、これ以上の会話は不要ということであろう。それだけで十分であったようだ。

 男はそれだけ告げると、共を連れ踵を返し、足早に暗闇の向こうへと消えていく。

 人目に付き難い路地の暗がりとは言え、やはり長時間顔を晒し続けるのは避けたかったようだ。




 接触を計ってきた男と別れた僕は、家に帰ろうとしていた歩を方向転換し、先ほどまで居た傭兵団の拠点へと向かう。

 早足となってその拠点である酒場、駄馬の安息小屋へと入ると、中で飲み物を片手にヘイゼルさんと談笑するヴィオレッタへと声をかけた。



「すまない、一軒でいいから宿を手配できるか。できれば三日ほど貸し切りたい」


「それは可能だと思うが……。会談に使う会場か?」


「ああ、いい加減この騒動を終わらせる必要があるしね。騎士隊の側は難色を示すかもしれないけれど、これに関しては嫌とは言わせないよ」



 話しかけるなり、僕はヴィオレッタに会談を行う場所の確保を頼み込む。

 このような場だ、本来役場でも使えればいいのかもしれないが、それでは住民たちは警戒するはず。

 一方で騎士隊の側は普通の宿に行くのに難色を示すとは思うが、ここは向こうに折れて貰うしかあるまい。

 事の発端は騎士側であるのだし、それが嫌だと言うのであれば、会談は無しと伝えれば呑むしかなくなる。

 なにせ彼らを使っている都市統治者も、住民たちが騒動に辟易して逃げ出す前に事態を収集したいのだから。



 僕はヴィオレッタとヘイゼルさんへ、おおまかに先ほどあった出来事を話す。

 彼女らはその事情に納得をしてはくれたものの、少々表情には難しそうな色が浮かんでいた。



「だが上手くいくものか? もう一悶着ありそうに思えるのだが」


「すんなり解決するとは思えないがね。騎士連中との対立は永年に及ぶものだ、会談までは上手くこじつけても、そこからはまた荒れるぞ」



 ヴィオレッタとヘイゼルさんは、これが早々思い通りに運ばぬのではと懸念を口にした。

 その意見には僕も同意する。もしどちらかが譲歩をしようものなら、相手へ更なる要求を突き付けようとするのが道理。

 下手をすれば二日や三日の話し合いでは終わらない可能性すらあり、長引けば長引く程に、互いの手綱を引き締め続けるのが難しくなっていく。

 その会談を行っている最中、再び衝突でもしようものなら即座に破談だ。



「かもしれない。でもこれが延々続けば、都市そのものが崩壊してしまう。なら例え細い藁であっても縋らないと」



 そんな二人へと、僕は率直な考えを伝えた。

 他に手が無い以上、この機会に賭けなくては他に打つ手がないのは事実。双方ともに解決の糸口を探っている今のうちに、上手く擦り合わせてやる必要がある。

 するとヴィオレッタは大きく頷くと、困ったものだとばかりに卓上へと置かれた洋灯の一つを手に取る。



「まったく、ようやく休めるかと思ったのだがな。いいだろう、宿であればまだ開いているだろうから、今から行って相談してみるとしよう。店主にはまだ詳細を話さない方がいいのだな?」


「ああ、まだあまり知られたくないから。そうだな……、できれば大通りに面していなくて、そこそこ大きな宿がいい」


「要望の多いことだ。大通り以外でそれなりの規模の宿か、まぁ探せばあるだろう」



 僕が少しばかりの希望を告げると、彼女は記憶を探るように首を傾げながら、風の吹き抜ける路地へと出て行った。


 ヴィオレッタが酒場を出て行き、中には僕とヘイゼルさんだけが残される。

 そこで少ししてから振り返り彼女へと向き直ると、使っていたカップを片付け始めているヘイゼルさんへと、僕は少しばかりの悪巧みを相談するのだった。



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