天秤02
暴走した住民を捕らえるための慌ただしさも、これで何日目となるのか。
傭兵団の本拠地として使っている酒場の中で、この日も間髪入れず送られてくる報告を相手に、僕は次々と指示を出しては眠気に目を擦るというのを繰り返していた。
酒場の隅へと置かれたテーブルで作業をしているのだが、周囲には幾人もの傭兵たちが、床に敷かれた布の上でうなされながら眠っている。
彼ら彼女らは交代でここへ戻って来ては食事を摂り、少しの仮眠を摂ってから再び街へ繰り出していく。
だが疲労に突っ伏し眠るその光景は、さながら死屍累々といった様相。
いい加減どこかで解決の一手を打たねば、圧倒的に数で劣るこちらの方が先に参ってしまう。
そんな混沌とした酒場の中で報告書へと目を通していると、不意に入口からざわめきが聞こえてくる。
視線を上げてそちらを見てみれば、止めようと説得をする傭兵たちの間を縫い、一人の男が建物の中へズカズカと入り込もうとしていた。
「いったい何なのですかあなたは!」
その男は見た所一般人だろうか、どこででも見かける何の変哲もない衣服を纏っている。
故に傭兵たちは無下に殴り倒す訳にもいかず、立ち塞がる傭兵を押しのけて駄馬の安息小屋へと踏み込む。
ただいつまでもそれを許す訳にもいかず、偶然その場に居合わせたラティーカが不満気に男を諌めるのだが、そいつはまだ少女と言っていい歳の彼女を意に介さず叫ぶ。
「ここで一番上の奴は誰だ! サッサと出しやがれ!」
「団長はお忙しいのです。会いたければ相応の手順を踏みなさい!」
だがラティーカも負けてはいない。男の腕を掴むと、これ以上先に行かせぬ決意を見せて立ち塞がった。
男は額に青筋を浮かべその手を振りほどこうとするのだが、大の男とは言えただの一般市民に過ぎぬそいつでは、少女ではあっても傭兵としてやっているラティーカには及ばないようだ。
それが逆に癪に触ったようで、遂には罵声を発しながら暴れようとし始める。
いい加減その傍若無人さを見過ごせず、他の傭兵たちも男を取り押さえにかかったところで、僕は仕方なく立ち上がりそいつへと近付く。
「僕がここの責任者です。ご用向きは?」
「お前が傭兵共のボスか、いったい何を考えてやがる!」
腕をねじ上げられ、床へと倒れ込んだ男へとしゃがんで話しかける。しかしそいつが発した言葉に、僕は首を傾げるばかり。
何を考えているとはこちらの台詞だ。突然現れたかと思えば、暴れ出して意味の解らない事を喚き散らしているのだから。
しかしいくら面倒であっても、このまま顔面を蹴って昏倒させる訳にもいくまい。
今はヴィオレッタもこの場に居ないことだし、誰かに任せるよりも僕が話を聞いてやるのが手っ取り早い。
そこでとりあえず話を聞こうとしたのだが、男が次に吐いた一言によって、ここへ来た目的は早々に判明した。
「テメェら、騎士の味方するつもりか!」
「……それを言いにここへ?」
「当たり前だ! お前らだって騎士連中がどれだけ酷いことをしてるかわかってんだろうが!」
男が怒気混じりに発する言葉に、僕はやれやれと想いながら立ち上がる。
コイツが言わんとしている事だけは、多少なりと理解はできる。事の発端が発端だけに、圧倒的に悪いのは騎士の側であると言いたいのだろう。
その騎士に組して住民を拘束する傭兵は、つまるところ悪であるという理屈だ。
男が言っている事の是非はともかくとして、まず落ち着かせなければ真っ当な会話もできはしない。
うつ伏せとなって転がる男にまたがり、腕を締め上げるラティーカへと指示を出す。
「とりあえず放してやってくれ」
「ですが団長、それだとまた……」
「大丈夫さ。もうわかってるはずだよ、どれだけ暴れても彼の力量では、ここに居る誰一人だって倒せやしないって」
軽くラティーカに告げた言葉を聞くなり、男はグッと言葉を呑みこむ。
当人としては認めたくはないだろうが、訓練も受けていない一般人では、幼さの残る少女にすら容易に組み伏されるのは否定しようもない事実。
これ以上暴れ喚き散らせば、今度こそボコボコにされ蹴り出されるのがオチだ。もしくは他の捕まった住民同様、倉庫に放り込まれるか。
渋々ながら拘束を解くラティーカから離れた男は、僕の指示に存外大人しく従い、酒場の隅へと移動する。
そこでテーブル前に置かれた椅子へと座ると、先ほど発していた不満を再度口にした。
内容は想像していた通り、騎士隊側が圧倒的に悪いという主張と、そこに協力し住民を捕まえる傭兵団はおかしいというもの。
あれだけ激情し暴れていた男であるが、どうやらこう見えても地域の住民を代表して来ているらしい。
「言わんとしていることはわかります。僕等だって騎士連中が正しいなんて思ってないし、正直腹が立つことなんて、接する機会が多いだけに貴方たちより多いくらいだ」
「だったら……」
「しかし今はそんなことを言ってる場合ではない。第一今の貴方たちは、碌に住民の統制も採れてはいない、一部が騎士連中と同じことをし始めているのはご存知ですよね?」
僕が目を合わせジッと見据えながら告げた言葉に、男は再度黙り込んでしまう。
正直騎士隊がしている日頃の振る舞いは眉をしかめるものであり、それが積もり積もった結果こうなったのは理解できる。当然それに対し憤る住民の心情も。
しかし当初は住民たちに同情的であった僕等も、今は若干その感傷が変化しつつある。
なにせ最初こそ横暴な騎士ばかりを狙っていたはずの住民たちだが、現在は極一部ではあるが暴走し、露店や商店を襲撃する者まで現れ始めたためだ。
これでは横暴に反抗し立ち上がった民衆などではなく、ただの暴徒であると言っていい。
「全員がそうであるなんて言うつもりはありません。ですが現にそうやって無法者が存在する以上、貴方たちの主張ばかりを聞くことはできない」
「だったら騎士は野放しにすんのか!?」
「そうではないですよ。現に今も横暴を働こうとした騎士は拘束している」
僕は再度激昂し立ち上がる男を宥め、一方的に騎士隊の味方をしているわけではない旨を口にした。
実のところ騎士隊の上の方もまた、住民たち同様に隊内の統制を取れずにいた。
比較的上の連中は、保身のこともあってか大人しくしているが、騎士の中でも若い連中が特に馬鹿な真似を続けている。
騎士隊上層部は当然それを良しとせず、密かに傭兵団へと接触を行い、なんとか事態の収拾を図ろうとはしていたのだ。
そのための手段として認められたのが、騎士の拘束を行う権限の付与。この騒動が起きている最中に関しては、傭兵団は問答無用で騎士を拘束するのが許されることとなった。
勿論そのようなこと、表だって口外することは許されないのだが。
「逆に言えば、一部の無法者を除く住民全員が大人しくしているならば、事態の鎮静化は早いってことになります」
「だが俺らは連中を許す気はないんだぞ」
「そこいらはまずこの状況を沈めてからですね。上同士で話し合いの場を設けて貰わないことには」
約三万人少々の人口を誇る都市ではあるが、よもや大部分が暴徒と化しているということはあるまい。
どれだけの割合であるかは知らないけれど、騎士と一部の無法者さえ抑えられれば、この状況はすぐにでも落ち着いていく。
なにしろ普通の住民たちは、平穏な日常が戻るのを一番望んでいるのだから。むしろここ数日は、騎士を袋叩きとする一部住民たちへの反発すら強まりつつあった。
男はそこから考え込む様子を見せると、こちらに聞こえぬようブツブツと何かを呟く。
何やらその仕草におかしなものを感じた僕は、それとなく彼にカマをかけてみることにした。「そういった交渉に適した、顔の広い人を紹介してくれないか」と。
すると彼は露骨に狼狽した様子を見せ、顔には玉の汗を浮かべ始める。
「もしそういった方をご存じであればの話ですよ。住民の代表として来られたのでしたら、他にも発言力のある方をご存じかと思いまして」
「い、いや。勿論知っているとも、……話をしておこう」
僕が笑みを作って惚けると、彼は視線を泳がせながらも任せろとばかりに大きく頷く。
そんな男の姿を視界に納めながら、僕は内心で苦笑していた。
男は自身を住民たちの代表で来ているとは言っていたが、まさかこんな激しやすい性格をした輩が、住民たちの代表として認められるとは考え辛い。
よくよく見れば袖の下には僅かに刺青が覗いており、そもそも男が堅気ではないことが知れる。
とすれば男の正体はおそらく、どさくさに紛れて商店を襲撃した連中が送り込んできた使者。あくまで推測ではあるが、無法者ばかりが集まった土着の集団だろう。
目的としてはこちらの出方を探るためと、騎士との間にどういった取り決めがあるのかを探るため。
ならばここでそれらしくカマをかけておけば、戻ってから色々と報告をしてくれるはずだ。
今はあえてこのまま男を帰し、後から接触してくるのを待っていればいい。
僕はあくまでも彼が、近隣住民の代表としてきたという体を崩さず、丁重にお帰り頂くこととした。
「では住民の皆さんにも、ここでの話をお伝えください。我々は騎士たちを野放しにするつもりはないですし、それは今まさに無法を尽くしている連中に関してもです」
「……わかった。みんなに伝えておこう」
こちらの予想がおおまかに当たっているのを裏付けるかのように、男はすごすごと引き下がっていく。
それとなく周囲で作業をしながら、チラチラとこちらを窺っていた傭兵たちの間を、どこか気まずそうな様子ですり抜け酒場から出て行った。
男の様子を警戒し窺っていた傭兵たちに対しては、気にせず外での活動に戻るよう告げる。
ラティーカなどは男を監視した方が良いかと聞いてくるも、直接彼女を煩わせる必要はない、そういったことに適任な人物は他に居る。
そのラティーカにも外で治安維持活動の継続を指示すると、僕は椅子へと腰かけて深く息を吐いた。
そうして身体の力を抜くも、休憩を許すつもりはないのか頭にはエイダの声が響く。
<先ほどの男が、暴れている連中の一員なのはわかります。ですがもし向こうが何も行動を起こさなかった場合は、どうするつもりですか?>
『その時はその時さ。また別の炙りだす手段を考える』
<つまりはノープランですか。住民の大半が捕らえられる前に、事態が収束すればいいのですが>
『大丈夫さ、一般の住民たちはむしろ落ち着きを取り戻しつつある。一部の堅気ではない連中が何かしようものなら、余計に悪目立ちするのは間違いない』
いかにも面倒臭そうに告げるエイダに内心で苦笑し、僕はテーブルへと置かれた資料を拾い上げる。
そこには捕まえた人間を放り込んでいる倉庫の状況や、必要な食糧に関する報告が書き連ねられていた。
資料を見る限り、現在が騒動が起きてからここまでで最も食料の消費は激しい。
このままこういった状況が続けば、色々と都市の財政や食料事情を逼迫していくのは間違いない。
だが補足するように、書類にはこう書かれてもいた。「拘束によって平静を取り戻し始めた市民も多く、順次釈放を行える見込み」であると。
こればかりは今の状況にあって朗報と言える。もしこのまま拘留を続ければ、いずれは都市がその費用に悲鳴をあげてしまう時が来かねないのだから。
ともあれ沈静化の兆しは見えてきている、あとはいまだムキになって傍若無人を繰り返す騎士隊の馬鹿どもを殴り倒し、先ほどの男の身内へと然るべき処罰を与えればいい。
どうして一介の傭兵団団長が、このような事に頭を悩ませねばならないのかと想いはするものの、ここまで来ればいっそこちらでどうにかした方が早いというもの。
一つ懸念があるとすれば、さっきの男の正体が僕の勘違いであった場合だ。
先ほどはラティーカに監視は不要だと言ったが、それは少々早まった真似だっただろうか。
『エイダ、さっきの男だけど……』
<そうくると思っていました。ちゃんと動きは補足しています、安心していいですよ>
『悪いね、拠点らしき場所がわかったら知らせてくれ』
一応確認しておこうとするも、エイダはしっかりと男の居場所を捉え続けていてくれたようだ。
そんな彼女の行動に安堵すると同時に、密かな感謝を抱く。
だがついでとばかりに、エイダへともう一つ頼みごとをする。これが叶うかどうかで、以後のやり易さはかなり変わってくるはず。
『それと一人、所在を探して欲しい人間が居る。たぶん今はラトリッジへ戻っていると思うけれど』




