銃工06
最初に斬りかかってきた一人の背へと、逆手に振り下ろした短剣の一撃で仕留める。
そいつが倒れる前に抜き放ち、壁へと這うようにして後退していた一人へと、抜いた勢いのまま短剣を放った。
勢いよく回転しながら飛ぶそれは、顔を強張らせる騎士の喉元を抉る。
咄嗟の出来事になにが起こったのかを理解せぬまま、空気の漏れる音をさせながら倒れ込んだそいつは、しばしジタバタと手足を動かしていた。
だが血の流れ出る量と共に、徐々に動きを弱めていく。
残る最後の一人は、すっかり怯えきった様子で剣を放り出し、腰を退かしたまま腕だけで後ずさっていく。
そうして炉の近くまで来たところで、火の点いていないそこから灰を握り、届きもしないのにこちらへと投げつける。
「く、来るな! 来るなぁぁあ!」
「往生際の悪い。でもいいさ、ご希望通り近寄らないでいてあげるよ。その代わり……」
半狂乱となって威嚇する騎士の、随分と情けない姿に肩を竦める。
そうして僕が取り出したのは、つい先ほどハルミリアが持っていたのとは別の、彼女が造ったと思われる銃の一丁。
それへとゆっくり手順通りに弾と火薬をセットし、片手で構え男へと銃口を向けた。
するとその騎士は先ほどの光景が頭をよぎったようで、動きを止め目から大量の涙を流し、引きつった笑いを浮かべる。
銃の仕組みなどは理解せずとも、これが自身の命を奪うのに十分な物であるという認識はあるようだ。
この状況で笑んでいるのは、現実や過度のストレスからの逃避であろうか。
「……なんだ、ちゃんと使えるじゃないか」
銃口が騎士の眉間へと向くなり、躊躇せず引き金を引く。
それは然程の距離が離れていないというものあるが、狙い違わず男の眉間を捉えた。
思いのほか良い精度に、絶命した男を放って感嘆が先に口を衝いてしまう。
まだ銃制作に携わって僅かな期間しか経っていないというのに、想定していた以上の出来。
だがそのように感心していたのも束の間。直後に手にしていたそれから、金属の銃身部分が軋むような音を発したかと思うと、一部へと僅かに亀裂が入っていく。
「やっぱりまだまだか。それとも先に形状を造る練習をしてたのか?」
壊れてしまった銃を工房の床へと置くと、総勢四体の騎士であった塊を置いたまま外へと向かう。
工房の外へと出ると、そこでは涙目となっているハルミリアが、まだ意識を失っているイレーニスを抱きしめて座っていた。
その彼女へと歩み寄り、ソッと強張ったままの腕へと触れる。
「もう安心していいよ。ちゃんとこっちで対処はしておいたから」
柔らかい口調を作りそう告げると、ハルミリアは無言のままでこくこくと頷く。
彼女が人を撃ったのは、というよりも人の命を奪ったのはこれが初めて。これまで比較的平穏な都市内の、職人の家で育ってきたのだから当然ではあるが。
危く襲われかけたのと、自衛のためとはいえ人を手に掛けてしまったこと。双方がハルミリアの内面では渦巻いているのだろう。
様子を見るからに間違いなく先ほどの銃声を聞いてはいるだろうが、あえて今はそれを頭から締め出そうとしているのかもしれない。
そんな彼女へと、少々無理があるとは思いはするものの、ここで起きたことに対する扱いを言い聞かす。
「君はなにも見ていないし、何もしていない。ここでは一切、特別な事は起こっていない」
「なにも……?」
「そう、全ては夢の中の出来事だ。だけどもし君が悪い夢を忘れられずにいたとしても、それについては絶対に他言無用。辛いとは思うけれど、君自身のためにもね」
僕は酷な頼みであるとわかりつつも、ハルミリアへとこの一件を決して口外せぬよう告げる。
彼女にしてみれば、命を奪った事と襲われかけた事実、その双方を誰にも言いたくはないかもしれないし、あるいは騎士隊を糾弾するため訴えたい想いがあるかもしれない。
だがどちらを本心として抱えているにせよ、事この件に関しては喋って貰っては困る。
こちらのそんな思惑を知ってかしらずか、彼女は黙ったままで再度頷く。
ハルミリアも中に居る騎士連中が、既に物言わぬ塊となっているのは理解しているだろう。
決してそれで気が晴れたとは思わないが、とりあえずこの場においては了承してくれたようだ。
「すまないね。ところでハルミリア、ちょっと頼みがある」
「な、なんですか……?」
「君のお爺さんをここに呼んでもらえないか? 出来るだけ早い方が良い」
ひとまず頷いてくれたハルミリアへと、僕は唐突に彼女の祖父を連れてくるよう頼む。
つい先ほど騎士連中にも言ったが、一刻も早く遺体やその他諸々を処分しなくてはならない。
地面に埋めたり野に放っておけば、いずれ自然と獣に喰われたり土に還っていくことだろう。
だが連中が身に付けていた鎧などはそうもいかず、もし万が一何かの拍子で見つかってしまえば、バレることはないだろうが面倒な事態となりかねない。
なにせ騎士という連中は都市において、一定の権威を持った家の子弟が多いのだ。
そこでなかなかに悪党然とした考えではあるが、証拠隠滅のためにハルミリアの祖父に協力してもらうことにする。
厳しそうに見えても孫娘を溺愛している人物だ、おそらくはハルミリアが襲われかけたと知れば、不承不承ながらも協力はしてくれるはず。
念の為に鎧などは溶かしてしまえば、科学による捜査が存在しないこの惑星、容易に完全犯罪は成立してしまうのであった。
「……うん。少しだけ、待ってて」
「頼んだよ。イレーニスはこっちで預かろう」
その頼みを受け入れた彼女は、少しだけこちらの目を凝視すると、一礼してもたつく足取りながら急ぎ走り始めた。
何やら意味深な視線ではあるが、僕はその意図するところにすぐさま気が付く。
彼女は本当のところ、こう聞きたかったのだろう。どうしてこのような事態に気付いたのかと。
だがあえてそれを問わぬまま走って行ったのは、それが決して触れてはならないモノであると感じたためか。
もしくはただ単に、アッサリと騎士を始末してしまった僕を恐れたのかもしれない。
「さて、片づけに掛かるか」
自身の祖父を呼びに行ったハルミリアを待つことにした僕は、蹴破った扉を地面へと置き、その上へイレーニスを寝かせる。
そうしてから工房の中へと入ると、ひとまずは骸となった元騎士たちから、身に付けた軽装の鎧を外し始めた。
▽
時折大きく鳴る甲高い音と、幾度も繰り返してされる小さな音。
朝から響き渡るその金属を打つ音は、次第に繊細になりつつあるようにすら思える。
溶かした金属を型に流し入れ、冷やし固めて取り出し、慎重に微調整を行っていく。
それら一連の作業をたった一人で繰り返していくのは、幼くもこの工房の主となっているハルミリアだ。
工房が騎士に襲われてから数日、彼女は意外なほどの芯の強さを見せ、自らこの工房へと再び立つことを決意した。
僕としては急ぐでもなし、もう少しばかり休んでもいいのではと思ったのだが、彼女にしてみれば逆に、金属を打っている方が気が楽であるとのこと。
こうして今日も一人、ハルミリアは熱く燃え滾る炉の前へと座り、玉の汗と槌を共とし一心不乱に金属へ向かい合っていた。
「何か困ったことがあったら、すぐ周囲の人間に頼ってくれよ。常に誰かは居ると思うから」
「すみません、全部やってもらって」
「いや、こっちも悪かった。いくらなんでも、誰かを近くに置いておく必要はあったんだ」
槌を振るうハルミリアから少し離れた場所で、僕は彼女へと謝罪を口にする。
いくらあまり知られるのを良しとしない物を作っているとはいえ、こんな辺鄙な場所で少女を一人にするなど、考えてみれば随分と不用意であるのは確か。
なので現在は周囲の空き家を買い上げ、団に入ってきたばかりの新米たちを住まわせることで一時的に対処している。
ハルミリアの師である鍛冶職人ともそういった話をしていたことであるし、これで多少なりと身の安全は確保されるに違いない。
「それに君のお爺さんには、随分と無理を言ってしまった。また今度謝りに行かないと」
「うちのジジイなら別に気にしてませんよ。かなり怒ってたし、何でも協力するって言ってたから」
そのハルミリアの祖父にも、騎士の後始末に関して少々片棒を担がせてしまっている。
彼はあの後すぐに駆けつけると、こちらが望んでいることをすぐに察したようで、適当に置かれていた荷車へと鎧を乗せ、すぐさま自身の工房へと運び処理を行ってくれた。
それもこれも、大切な孫娘が酷い目に遭ったと知ったが故に。
加えてこの都市に限った話ではないが、騎士という存在は大抵その横暴さから住民に嫌われている。ハルミリアのような目に遭った娘というのは、実のところ珍しくはないのだ。
なので時にその鬱憤は、こういった形で発露することもまた珍しくはない。
「イリィは、大丈夫なのかな……」
「ああ、イレーニスなら問題はないよ。今はまだ顔が腫れてるけど、傷も残りそうにはないしすぐ元通りになる」
「そっか……、良かった。あいつ女みたいな顔してるから、傷物にされたら困るだろうし」
次いで彼女はふと手を止めこちらへと振り返る。
そうして口を衝いたのは、あの時自身を庇おうとして騎士たちの怒りを買い、殴られてしまったイレーニスについて。
どうやら騎士によって絡まれたハルミリアを助けるべく、比喩表現抜きで連中へと噛み付こうとしたらしく、僕が衛星からの映像で見たのはそれによって騎士が激昂した瞬間であったようだ。
彼女はそう言って笑いながら、イレーニスの顔に傷が残らぬ事を喜ぶ。
確かに彼の顔は少女と見紛うばかりではあるが、自身はもっと酷い目に遭いかけていたであろうに。
「でもそれは君も同じだよ。よく銃を用意していたもんだ」
苦笑するハルミリアへと、僕は半ば呆れの混ざった口調で、使用された銃についてを口にする。
すると彼女はビクリと身体を震わせ、手にしていた槌を床へと置いてしまう。かなり、不用意な言動だったかもしれない。
すぐさまその無神経と言える言動を謝罪すると、彼女は一瞬だけ口をつぐんだ後、少々重苦しい声色で問う。
「傭兵って、いつもあんなことしてるんですか?」
「それは人を撃ったり、斬ることを言っているのかな? ……いつもではないけれど、そういった機会が多いのは否定できないね」
「じゃあイリィもいつかは、この前のあたいみたいに人を撃つのかな……」
なにやら意味深にも思えるハルミリアの質問に返すと、そこから彼女が自問するように呟いた言葉に、僕はつい首を傾げてしまう。
詳しく聞いてみれば、彼女の話によるとあの日二人で居た時、騎士が押し入ってくる前に話していたのは、イレーニスが将来的に何をしたいかという件について。
どうやら彼はこれまでおくびにも出さなかったが、いずれは僕等同様に傭兵になろうと考えているとのことであった。
だがそれ自体は不思議なことではないのかもしれない。
周囲に居る大人たちの大半は傭兵で、年齢の近い子供もこれまで傭兵団団員の子供たちばかりであった。それに今ではハルミリアもまた、団の関係者となっているのだ。
まだ幼いにも関わらず、イレーニスが自然と傭兵という選択を思い浮べるのは、無理からぬことであった。
「傭兵という道を選んだ人間の大半は、止むにやまれぬ事情でなってるんだ。イレーニスは今のところ、そうする必要がない」
「でもあいつ、大人になったら団長さんと一緒に戦いたいって」
「……参ったな、こんな危険な稼業、あまり薦めたくはないんだけど」
僕は彼女が告げるイレーニスの意志に、頬を掻き困り果てる。
その辺りは父親の後を継ぎたいと考え、自身も傭兵への道を選んだヴィオレッタと同じなので、若干ながら彼女に影響されてしまった可能性はある。
ただハルミリアを護ろうと、武装した大人である騎士へ武器もなく立ち向かったあたり、少女然とした整った顔に似合わずなかなかに気位は高いようだ。
そういった点ではある意味で傭兵に向いているとも言えそうではある。
そんな困って沈黙する僕へと、ハルミリアは顔を上げ表情を引き締める。
彼女はそこから口を開くと、イレーニスに触発でもされているのか、以後も槌を振るい続ける決意を口にした。
「あたい、これからも銃を造るよ。イリィが怪我をしないように、死なないように敵を倒すための武器を」
「こんな工房に押し込めておいて勝手だけど、本当にいいのかい? これから先、幾度かは揉め事に巻き込まれるかもしれないよ」
「覚悟は出来てるさ。あたいが自分で選んだんだ」
ギラリと鋭い眼光を向けるハルミリアは、おおよそ十三歳の少女とは思えぬ迫力を漂わせていた。
技量はまだまだ追いついていないが、その目だけは一端の職人に思える。
そんなハルミリアへと、首を縦に振るだけの了承を返す。
まだ傭兵としての訓練さえ始めていないというのに、イレーニスは随分と頼もしい仲間を得たものだ。
そんなことを密かに嬉しく思いつつも、僕は反面どうやって思いとどまるよう説得するべきか、内心で肩を落とさんばかりに考え始めていた。




