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銃工05


 団長としての執務室代わりに使っている、駄馬の安息小屋を飛び出した僕は、半ば全力に近い速さで大通りを駆け、都市郊外へ構える工房へと向かっていた。

 夕刻も近くとなり、商店の多くは店じまいを始めてはいるものの、それゆえ逆に人通りは多い。

 そんな中を何度となく人とぶつかりながら走る僕の頭には、エイダによって送られてくる衛星からの画像が映し出され続ける。



「クソッ! ふざけやがって……」



 郊外へと向かうルートである、大通りから一本入った路地へと飛び込むなり強く悪態衝く。

 脳へ映し出された映像の中では、四人ほどの騎士がなにやら入り口で揉めた末に、工房へと無理に押し入る様子が見て取れた。

 その際に止めるべく工房の入り口を塞ごうとしたイレーニスが、騎士の内一人によって顔を殴打され、地面へと転がっている。

 よもやこのような辺鄙な場所で、騎士が押し入り強盗をするというのはおかしな話だが、そのような事はお構いなしに僕は猛烈な怒気を抑えることが出来ずにいた。



<急いでくださいアル。イレーニスも危ないですが、中に居るハルミリアはもっと……>



 入り組んだ路地を走る僕へと、エイダは急かすようにして忠告を向けるが、そのような事は言われるまでもない。

 髪の短さや纏う衣服から、一見して少年のようにも見えるハルミリア。

 だが近寄れば少女であることなどは一目瞭然であり、となれば押し入って子供に暴力を振るうような輩が、次に取る行動など知れている。

 例え相手がまだ少女と呼べる歳であろうと、それは変わらないだろう。



「わかっている! エイダ、ルート上に人はどのくらい居る!?」


<おあつらえ向きに、今のところは確認できません。全力で走って問題はないかと>



 上からの情報を確認すると、僕は久方ぶりに腕へと嵌めた機器を稼働させた。

 瞬時に体表を装置が発した力場が覆い、グッと力を込めた脚の動きは、普段の数倍もの膂力となって地面を抉る。

 常人によるものとは一線を画す速度で走る姿は、見られれば後々妙な噂を立てられかねない。

 だが周囲に人目がないならば構うことはない。それになによりも、今はそれどころではなかった。




 時速にして何十kmが出ているかわからぬ速さで狭い道を駆け、途中何度も足をもつれさせかけながら、都市郊外の一角へと出る。

 そこで廃屋の上を飛び越えつつ、一直線に工房へと向かう。すると次第に視界内で大きくなっていく工房のすぐ手前で、うつ伏せとなって倒れている少年の姿を目に捉えた。



「イレーニス、大丈夫か!」



 倒れていたイレーニスへと駆け寄るなり、僕は声をかけると同時にしゃがみ込み、イレーニスの腕を取り脈を診る。

 だがいつもの整った鼻から血こそ流してはいるものの、彼はただ意識を失っているだけのようだ。

 とりあえず命に別状はなさそうであるのを確認すると、僕は安堵もそこそこにすぐさま立ち上がる。今は中に居るであろう、ハルミリアの無事を確認するのが先だ。


 しかし立ち上がろうと顔を上げた瞬間、工房の中から短く鈍い、破裂音とも言える音が響き渡った。



「……まさか!」



 工房内から発せられた音を聞くなり、立ち上がって駆け勢いよく工房の扉を蹴破る。

 破った扉から中へと踏み込むと、当然そこには総勢四人の騎士らと、床へと仰向けの状態で倒れ込んだハルミリアの姿があった。

 騎士たちの内二人は隅へ置かれた椅子に腰かけたまま、そこにあったであろう果物を手に、唖然としたままで固まっている。

 残る二人の内一人は、床へと倒れ込んでいるハルミリアの隣へ立ち、やはり唖然としたままで彼女を見下ろす。

 そして最後の一人は、仰向けとなったハルミリアへ跨る体勢のまま、やはり動きを止めていた。


 だがその動かぬ四人目の騎士は、僅かな間を置いてグラリと身体を斜めにし、工房の押し固められた土の床へと仰向けで倒れ込む。



「はっ……、はっ……。アア……、ァぁぁ」



 騎士の男が倒れたことで見えたハルミリアは、呼吸すら難しいとばかりに、断続的な言葉にもならぬ声を漏らす。

 その彼女の手には自身が作ったと思われる銃が握られ、銃口からは煙の残滓が僅かに立ち上がり、先ほどの破裂音がそれから発せられたものであることを示していた。

 おそらく襲われたところで抵抗の手段として、運良く手近にあった火薬と弾の込められた銃を掴んだか、あるいはイレーニスが殴られたあたりで反撃しようとして準備したのだろう。

 それを倒れた状態で騎士へ突き付け、引き鉄を引いた結果が先ほどの音であったようだ。


 倒れた騎士へと視線を移せば、当然のようにそいつは微動だにしない。

 見れば胸の部分に一点だけ服が赤く染まっており、そこから滔々と流れ出る血液は、工房内の作業場へと敷き詰められた防火材代わりの土へ、黒々と浸みこんでいく。



「な……、なんだよコイツぁよ……」



 起こった事態を呑み込めぬようで、口をパクパクと開きながら、残る騎士たちはただ困惑の言葉を漏らす。

 こいつらにとって銃などという存在は未知の物。仕組みを知らなければ、概念すら頭の中には存在しない。

 なので組み敷いていたハルミリアから発せられた謎の音で、仲間の内一人が突然事切れた、という不可解な現象のみが、連中の思考には突き付けられているのだろう。



 僕は呆然とする騎士らの間を縫ってハルミリアの所まで行くと、横へ立つ騎士を無視して彼女から銃を取り上げ、そのまま軽い身体を抱き起す。

 ハルミリアの服は胸元が多少引き裂かれてはいたが、肌が露わとなるほどではない。なので彼女自身の自衛もあって、なんとか間一髪のところであったようだ。


 騎士連中はそんな突然現れた僕の行動を止めることもせず、ただ口をポカンと開いたまま眺め続ける。

 その間に抱き抱えたハルミリアを外へ連れて行くと、いまだ気絶したままであるイレーニスの隣へと座らせ、震え身体を強張らせる彼女へと静かに告げた。



「大丈夫、ここから君は何もしなくていい。後は全部任せて」



 いったいなにがどう大丈夫なのかとも思わなくはないが、混乱した彼女には何よりも、選択肢やら以後の対処やら、まず一切を手放させ落ち着かせる必要があった。

 彼女自身人ひとりを撃ち殺したという事実で、脳の処理能力を遥かに超えているのは想像に難くない。何かをしろと言っても無理だろう。


 ハルミリアはその言葉を耳にするなり、自身の震える手を見つめながらも頷く。

 そんな彼女の姿を確認すると、僕は再度工房内へと入り込み、中に居た残り三人の騎士へと向かい合った。



 そいつらはようやく我を取り戻したのか、自分たちの武器を各々手に取って立ち、威嚇せんと剣先を突き付けてくる。

 どうして仲間の一人が倒れたのかはわからないまでも、それが自分たちを害しかねない物であると理解はしたようだ。



「テメェ……、傭兵の新しい頭じゃねぇか。なんのつもりだ!」



 連中は再度工房内へと踏み込んだ僕の姿に、騎士にしては随分とガラの悪い口調で凄む。

 本来騎士階級は都市の富裕層や、統治者の家柄から出るいわばエリートとも言える存在。

 それにしてはチンピラや野盗とすら見紛うその言い様に、僕は無意識の内につい苛立ちと同時に舌打ちが漏れていた。


 ただ向こうは意外なことに、こちらの顔を知っているらしい。

 面倒なことこの上ないが、一応建前上はこの都市を護る任を帯びた騎士へと、団長へ就任した直後に挨拶をしに行ったのを覚えていたのだろう。

 もっともこちらとしては、何人も居る上に別段用もない騎士の顔などまるで覚えてはいなかったが。



「何のつもりもなにも、ここはウチの所有する工房でね。無関係な人間が立ち入っていい場所じゃない」


「……よ、傭兵の分際で、俺らの任務を邪魔してただで済むと思ってんのか!」


「任務? まだ幼い少女を襲うのがか? どうせ金が無くなって娼婦にも相手にされなくなったから、今度は抵抗もできない子供を狙ってきたんだろうが」



 虚勢が多分に篭った恫喝へと、僕は一旦怒りを抑えつつ鼻で笑って返す。

 まずというよりも確実に、騎士連中が任務云々でここに来たというのは大嘘だ。

 大抵は名家の出だが過ぎた放蕩により、家計が火の車となっている騎士は決して少なくはない。

 そのため娼婦を買う金すら尽きたこの連中は、どこからともなくこの辺鄙な場所で少女が一人きりであるのを聞きつけ、善からぬ烈情を抱いてわざわざやって来たのだろう。

 でなければ普段から街をぶらついて人々を恫喝したり、たかり行為を繰り返すような連中が、このような人の居ない場所へ来るはずがない。


 そして僕が挑発気味に発した言葉は、なかなかに的を射ていたようだ。

 一瞬の絶句を経た騎士たちは、顔を赤くさせてこちらを睨みつけてくる。

 そんな連中の姿に呆れを示しながらも、もう他に選択肢はないとばかり、静かにこれからについてを呟いた。



「……どちらにせよ、こうやって事が大きくなった以上はただで済むわけがないな」


「ああそうだ! あのクソガキは騎士を一人殺りやがった、てことはお前らも――」


「……そうだね。もしもこれが公になったら、都市は傭兵団を潰しにかかるかもしれない。公になればだけど」



 騎士の一人が叫ぶ声を遮り、抑揚なく口を開きながら腰に差していた短剣の柄へと手を伸ばす。

 街中であるため、普段は戦場で使うような武器を携行してはいない。しかしこの惑星に置ける常として、最低限の護身用となる短剣程度であれば持ち歩いているのだ。

 僕はひたすら拗れてしまった事態に内心嘆息しながら、掴んだ短剣を躊躇なく抜き放つと、騎士連中はビクリと反応し表情には緊張が奔る。


 このような事態となる前に、ちゃんとこの工房が傭兵団の管理下にあると、騎士隊の隊長あたりと話を付けておくべきであったのだろうか。

 とは言えあまりこの工房のことを公にはしたくなく、存在を知られたらそれはそれで別の機会に探りを入れられた恐れはあるのだが。



「き、騎士とやり合うつもりか……」


「仕方ないだろう? 戻って報告するってのなら、その前に口を封じるってのは至極真っ当な手段だと思うけれど」



 短剣を連中に突きつけ一歩前へ出ると、三人の騎士は更に数歩壁へ向かって後ずさる。

 連中は自分たちが非力であること、一般の市民たち相手ならばともかく、戦場で立ち回る傭兵には太刀打ちできないことを十分に理解している。

 普段地位を振りかざし偉そうにしてはいるが、この点ばかりは覆しようのない事実だ。

 なので普段市民たちを恫喝しているのと同様に、権力を傘にきてこちらを威圧してきたのだが、それが通用する相手ではないと瞬時に悟ったようだ。

 手にしていた武器の剣先を下ろすと、オロオロと動揺しながら取り引きらしき物を持ちかけてくる。



「わ、わかった! ここでの事は黙っておいてやる、だから――」


「もうそういう次元の話じゃないんだよ。こっちとしては、あまり見られたくはない物を見られたからね。加えてうちの関係者に手を出した以上、そもそも許す気なんてさらさらない。今見逃したとしても、どうせまた繰り返すだろうし」



 銃の存在はそれなりに隠してはいるが、いずれはどこかから漏れていく。そこは避けようもないことだ。

 しかし今はまだ、傭兵団も弱体化による権威の低下が顕著であり、都市に対抗しきることが出来るかは疑わしい。なので都市から干渉される可能性は、少しでも排除しておきたかった。

 それに四人で行動していたはずの騎士が三人となって帰り、一人は行方不明となれば、いずれこいつらは白状するに違いあるまい。


 加えて家族も同然であるイレーニスが殴り倒され、その友人であり今は傭兵団所属の職人でもある、ハルミリアまでも暴行されかけたのだ。

 まだ幼い傷付いた二人のために、そして傭兵団そのもののためにも、採るべき手段など他に存在しなかった。



「死体はどこか適当な草原にでも放っておけば、そのうち動物が片付けてくれる。装備はそうだな……、冶金屋にでも頼んで処理してもらおうか。おめでとう、これでめでたく全員が原因不明の失踪をしたことになる」



 恐れ後ずさる騎士連中へと、恐怖感を煽ってやるように笑顔で呟きつつ迫る。

 するとその言葉が嘘ではなく、本気である事を悟ったのかもしれない。騎士の一人が奇声をあげ、無謀にも大上段に斬りかかってきた。

 だが普段から訓練すらせず怠け、市民を脅すばかりの名ばかりな騎士。

 まったくの隙だらけな攻撃を半歩だけの移動で避けると、背を向けるそいつへ逆手に握った短剣を真っ直ぐ振り下ろした。



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