銃工04
「アル、早く早く!」
「わかったから。そんなに急がなくても、工房は逃げやしないってのに」
あまり人の通りが多くはない、ラトリッジ市街の外れに在る一角。
そこを歩くイレーニスは、スキップすら踏みそうな調子で、機嫌よさ気に僕を引っ張っていた。
ついしばらく前までは、不機嫌さからこちらへの接し方が刺々しかった彼だが、今ではそれもすっかり鳴りを潜めている。
イレーニスが上機嫌となった理由は、会いたくて会いたくてたまらなかった、ハルミリアと遊ぶのを許可されたため。
とはいっても工房へと入り、ハルミリアがしている作業を眺めているだけなので、厳密には遊びとは言い難いのだが。
そのハルミリアが居る工房の前まで来ると、イレーニスは嬉しさからか勢いよく扉を開く。
何の断りも無しに入るのは、かなり礼儀に反する行動であるため、後で少々お説教は必要かもしれない。
だが中へと居たハルミリアは、然程それを気にした様子もなく、工房内へ入ったイレーニスを笑顔で出迎えてくれた。
「イリィ、やっと許してもらったのか?」
「うん! まいにちだって来れるよ!」
「毎日は……、ちょっとどうなんだろうな」
出迎えたハルミリアへと飛びつくイレーニスは、表情を綻ばせて見上げる。
こうして見ると外見的にはまるで違う上に、性別が逆のようにすら見えるが、その姿は仲の良い兄弟姉妹であるようだ。
やはり子供同士関係が上手くいっているのであれば、一緒に行動させてやるのが一番いいのかもしれない。
ただ会いに行くのを許可こそしたものの、これから独自に修行へと励まねばならないハルミリアの邪魔をせぬよう、この工房へ来るに当たって最低限の決まりごとを設けている。
一つにはハルミリアの許可なく、工房へと立ち入らないこと。……これはさっき早々に破ってしまったので、やはり後でお説教が必要であるようだ。
もう一つは工房内にエリアを設け、ハルミリアが作業中は決してそこへ立ち入らないこと。
つまりは炎や熱した金属による怪我を、可能な限り避けようというものであった。
「悪いね。またこの子が世話になる」
「あたいも楽しいし気晴らしになるから、イリィが来てくれるのは嬉しいですよ」
「そいつは助かる。それでどうだい、調子の方は? 一人でやってくのは大変だと思うけれど」
歳の割には気を利かせたのか、丁寧な口調で彼女はイレーニスを引き受けてくれた。
彼女を指導していた親方たちは、本来の拠点である東方の城塞都市デナムへと戻ってしまっている。なので以後はその親方から教わった内容を思い出しながら、ハルミリアは半ば独学のようにして修業に励むしかないのだ。
僕がそう仕向けたとはいえ、少々過酷な状況であるとは思う。
だがそんな中にあっても、彼女は相応にやり甲斐があると感じてくれているようであった。
「まぁまぁですね。でもやっぱ親方が居ないと、どうしてもわかんない部分があるから……。それでも楽しいけれど」
「なら良かった。多少ならこっちに聞いてくれてもいいけど、僕もあまり長く時間を取れなくてね……」
「親方たちが残してくれた資料もあるし、なんとかやってみますよ」
「そう言ってくれるとありがたい。ところで少しでいいんだけど、出来た物があれば見せてもらえないだろうか?」
「え、ええ……。まだ人に見せられるような状態じゃないですけど……」
彼女の充実した様子に満足した僕は、今現在までで形となっている物を求めた。
するとハルミリアは恥ずかしそうにしながらも、すぐ近くへと置かれた箱へと寄り、中に納められていた銃の一丁を手渡す。
彼女から受け取った銃を眺めてみると、見た目はこれまで職人たちが仕上げてきたのとほぼ同じであり、おおよその形にはなっている。
所々に造りの粗さなどは見て取れるが、一見して銃としての機能は満たしているようであり、銃製造において見習いであるのを差し引いても、想像以上の出来であると言っていい。
冶金屋として金属の扱いに下地があるのに加え、彼女の祖父が器用さに太鼓判を押していたのも頷ける。
勿論このまま実戦に使うというのは、さすがに憚られるというものだが。
「試し撃ちとかはしてみたのか?」
「まさか! たぶん大丈夫だと思うけど、まだ本当に撃つのはちょっと……」
試しに銃を構え具合などを確かめながら、ハルミリアへと試射を行ったのか尋ねてみる。
すると案の定彼女は勢いよく首を横へ振り、試射用に受け取った火薬の箱に触れてもいないと告げた。
彼女には工房へと案内した最初の時点で、自身が製造する銃というのがどういった物かを見せているため、その威力に怖気づいているのかもしれない。
ともすれば暴発すらしかねないだけに、慎重となるのは当然。むしろそのくらいの慎重さがあってくれたことを、ありがたいと思うくらいだ。
「ではある程度完成したら教えてくれ。なに、急ぐことはないよ。早く生産するよりも、君の技量を上げる方が優先だ」
「が……、頑張ります!」
「結構。では今日のところは失礼するよ、無論この子はもう少しだけ置いて行くけれど」
僕はそのままハルミリアへと銃を返すと、イレーニスの頭へポンと手を置く。
イレーニスはその言葉へ嬉しそうに反応するなり、そわそわとし工房内をウロチョロと動き回り始めた。勿論指定された範囲内だけであるが。
お説教の方は、夜に彼が帰宅してからでいいだろう。
イレーニスをハルミリアへと預け工房を跡にすると、見送りに出てこようとした彼女を制し、僕はまだ山積みとなっている事務仕事を片付けるべく、半ば重い足取りとなって市街地へと歩き始める。
しかし背後の工房からは楽しそうな声が響き始めていたのが、救いと言えば救いなのだろうか。
▽
ハルミリアの工房へと、イレーニスが再度出入りするようになってから数日。
この日も早朝から工房へ遊びに行くイレーニスを送り出した僕は、相も変わらず団内の諸々に関する書類と睨み合っていた。
とはいえ傭兵団継承からここまで、片付けるべき内容の多くは消化し終えている。このペースだと、頑張れば今日中には当面必要な全てが片付くかもしれない。
ひとえにヘイゼルさんらに尻を叩かれながら続けた甲斐であるのだが、これでようやく元の安定した日々に戻れるかと思うと、浮足立つ気持ちは抑えられない。
「……どうしたのだ、急にニヤつき始めて」
「いやちょっとね、この事務処理の山が終わったら何をしてやろうかって」
どこか気の早い喜びに表情を緩めてしまっていると、すぐ横から呆れたようなヴィオレッタの声が。
見れば彼女は手元を動かしながらも、目線だけでジトリとこちらを見ている。まだ終わってもいないというのに、浮かれ始めた僕を嗜めようということであるらしい。
ヴィオレッタは傭兵団継承以降、いつの間にやら秘書のようなポジションへと収まっており、今日もまたすぐ隣で束となった皮紙の書類を分類していた。
本来なら時期を見てそれなりの役職を用意しようかと考えていたのだが、彼女がこうして隣で見張ってくれていなければ、案外もっと時間が掛かっていたかもしれない。
なので今にして思えば、隣で補助をしてくれているのは非常に助かる。
それにまだ行ってはいないが、いずれ彼女と式を挙げるのであれば、逆に役職に就かず補佐をしてもらっていた方が都合は良いのかもしれない。
「まったく、そのようなことは終わってから考えればいいであろう。お前が浮かれていては、他に示しがつかん」
「返す言葉もないよ。でもヴィオレッタだって、これが終わったらやりたい事の一つや二つあるだろう?」
「まぁ、無いとは言わんが」
窘める言葉を吐くヴィオレッタに、僕はつい肩身の狭くなる思いがする。
今は他に見ている人も居ないからいいが、確かに他の若い団員が居る前でこの表情では、威厳も何もあったものではない。
なので彼女の言うように表情だけは直しつつも、話のついでとばかりに、ヴィオレッタが何を考えているのかを問うてみることとした。
「例えば?」
「一日、ゆっくりと過ごしたいな」
「たったそれだけ? 時々の休みでも家でくつろいでると思うんだけど」
「……お前と二人だけでだ。悪いとは言わんが、いつもはレオとイレーニスも居るからな」
なんとも欲のない発言をしたヴィオレッタに真意を問うてみるが、返されたのは随分熱のこもったアプローチとも言えるものであった。
ただ言った直後に彼女自身恥ずかしくなったのか、フイと余所を向いてしまう。おそらくは顔を熱くしているのかもしれない。
彼女は決して、共に暮らすあの二人が邪魔であるとは思っていないだろう。
ただ既に家族も同然な関係であるとはいえ、ここまでほとんど二人だけで過ごす時間というのは摂れていない。
一番直近で思い起こせるのは、彼女の父親である前団長が惑星を離れる瞬間を見送った、あの夕刻以来ではないだろうか。
だとすればそういった欲求があっても不思議ではなく、感情をぶつけるような言動を吐いたヴィオレッタへと、僕は自然と口元を綻ばせてしまっていた。
「なら今度丸一日休みを取って、二人でどこかに出かけようか。あの二人には留守番をしてもらって」
「それも悪くはないが、いずれお前の両親の墓前にも行かねばならんのだぞ」
「そっちは一日じゃ無理だな……。もう少し落ち着いてから、十日くらい留守にしても大丈夫な状況になってからか」
「ではその時を楽しみにしているとしよう。レオはともかく、イレーニスには少々可哀想だがな」
「大丈夫だよ、最近はまたずっとハルミリアの所に通い詰めだしさ。今もきっと工房で見学でもして――」
そんなヴィオレッタへと僕は日帰りでの遠出や、いずれは行こうと考えている両親の墓前へ行くという話をする。
彼女は苦笑しながらそれらを楽しみであると告げつつ、置いてけぼりを食らうイレーニスが不憫であると口にした。
しかし今のイレーニスは日がな一日工房へと出入りしているため、少しの間を留守にするくらいであれば問題ないだろう。これまでもそういった機会は多々あったことであるし。
僕がそう考えたところで、エイダは気を利かせたのか、高空の衛星から見下ろす工房の様子を脳へ映し出す。
その衛星は拠点となっているラトリッジを含めた、周辺地域を常に広範囲に監視しているため、映像を回してくれたらしい。
しかし拡大化された工房周辺の映像が映し出されるなり、僕はそこにちょっとした異常を発見することとなる。
『珍しいな、あの地域に人が寄りつくなんて』
<はい、それもあって映像を出しました。決して貴方のためだけではないのですよ?>
送られてきた映像に映っていたのは、普段ひと気のない工房の周辺へとたむろする複数の人影。
子憎たらしい口調で告げるエイダは、そのいつもと異なる状況を訝しみ、念の為こちらへ映像を回してきたらしい。
いくら辺鄙で人が居ない地域とは言え、まったく誰も来ないという訳ではない。農地へ移動する商人かもしれないし、あるいは空き家を根城とするコソ泥の可能性もある。
だがよくよく見れば、その連中の格好は随分と小奇麗であり、腰には剣まで差しているため商人や盗人などではない。
格好から推測するに、この都市ラトリッジの騎士階級に位置する人間。だがどうしてそんな連中が、あのように市街からずっと外れた場所に……。
などと考えている内にそいつらは、どういう訳かモウモウと煙突から煙を吐く工房へと向かっていく様子が見えた。
何の用かは知らないが、これは少々マズイ事態だ。
「どうしたのだ?」
「……すまない、コイツを片付けるのは明日以降になりそうだ」
突如として口をつぐんだ僕の様子を怪訝に思ったのか、ヴィオレッタは首を傾げる。
その彼女へと顔を向けて立ち上がると、手にしていた皮紙の束をテーブルへと置いて謝罪を口にした。
あそこで製造している銃は、現在のところ傭兵団が独自に運用しているものであり、他所に流出させていいような代物ではない。
傭兵団を離れていった連中に関しても、どれだけの効果があるかは怪しいが、離脱する際には他言せぬよう一筆書かせたくらいの代物。
もし騎士などに見つかってしまえば、都市内資材の緊急徴収などというお題目のもと、強制的に接収しようとしかねなかった。
すぐにでも行って、何か起これば対処せねばならない。
その旨をヴィオレッタへと伝えると、彼女はやれやれと肩を竦めながらも、この場を任せて行って来いと言い放つ。
実にありがたい。僕はその言葉へと甘えることにし、急ぎ郊外の工房へ向けて駆け出した。




