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銃工03


「すみません、急なお願いをしてしまって……」


「なぁに構わねぇさ。ワシらだって中途半端な状態で帰るのは気が引けてたところだしよ」



 ガンガンと槌の振り下ろされる音と、勢いよく燃え盛る炉の炎。

 それらが一帯となって渦を巻く工房の中で、僕は一人の職人を相手に向き合って話をしていた。


 ただその相手は、先日手土産片手に挨拶をしたハルミリアの祖父ではない。

 都市ラトリッジ郊外に位置する、寂れた区画の隅に構えた傭兵団所有の工房。そこへと詰めている人物だ。

 彼はこの人目にあまり触れぬ、辺鄙な場所に建てた工房の中で、現在この国で唯一イェルド傭兵団だけが保有する銃の製造を担っていた。



「だが流石にこれだけの短期間で、完璧な状態に仕立てるのは無理だ。できるだけ製造法を解り易く記した物は置いて行くから、あとは当人の努力次第ってとこだな」


「今は急いで作る必要がないので、じっくり取り掛かってもらいますよ。下地はあるようなので、一から始めるよりはマシでしょう」


「なに、どうしても難しけりゃワシらの所まで寄越してやってくれ。追加でもう少しばかり鍛えることはできっからよ」



 鍛冶職人の男はそう言って笑い、手にしていたパイプから灰を落とす。

 彼にはしばらく前に急に押し掛け、忙しいというのに無理な頼みごとをしてしまった。

 そろそろ本来住む都市デナムへと戻ってしまうので、それまでに多少なりと礼をしておかなくては。




「親方、荷物の搬出終わったよ。次はなにをしたらいい?」



 鍛冶職人の男と話しを終えると、背後からおずおずと声が響く。

 振り返れば黒い髪を短く整え、簡素ではあるが火に強い繊維によって織られた服を纏う、活発な印象を持つ少女が立っていた。

 その彼女、ハルミリアは持ち上げていた木箱を床へ置くと、額の汗をぬぐいながら職人の男へと次の指示を求める。


 イレーニスと交流を持つこの少女と知り合って、しばしの期間が経過。

 あの日僕は継ぐ稼業を探していた彼女の祖父に提案し、この工房へと入るよう薦めたのだった。

 目的は現在僕等の傭兵団のみで使用されている、銃の製造工房を担う人材となってもらうため。

 従来の武器とはまったく異なる製法であるため、下手に癖のついていない技術。それに細かな部品を扱える器用さ。加えて製法という情報を漏らすことのないであろう意識。

 それらを全て兼ね備えた人を探すのは難しいと考えていたのだが、よもやうってつけの人物がこんな身近にいるとは思いもしなかった。



「もう他には何もねぇな。あとはワシが乗って郷里に帰るだけだからよ」


「……そっか。まだ全然教えてもらえてないのに」



 職人が返す言葉に対し、ハルミリアは不安と寂しさが入り混じった表情を浮かべる。

 彼女が工房へと弟子入りしてから、ここまでまだ十数日程度。ある程度金属の扱いに下地があるとはいえ、独り立ちするにはあまりにも短すぎる期間。

 というよりも技術を継承するには、時間が足りな過ぎるというものだ。


 だが幸運にと言うべきか否か、これまで製造を担ってきた職人たちも、元々は普通の剣や槍を造ってきた職人。

 銃製造において特段の技量があるわけでもなかったが、それでもなんとか使い物になるだけの代物を造ってきたのだ。

 祖父から宝飾職人となる道を考えられたのを証明するように、ハルミリアは元来の器用さは確かにあるようで、鋳造した部品へと鑢をかけ加工するのは得意であるらしい。

 なので楽観的な見解を持つならば、彼女もそこに追いつくのは、決して遥かに遠い話ではないはず。


 とはいえ素人に過ぎない彼女が、このような工房一つを預かるというのは不安感を覚えて当然。

 なにせハルミリアはまだ、たった十三歳の少女に過ぎないのだから。



「いざとなればデナムまで来な、少しは教えてやっからよ。それにそもそもこいつを作る技術は、こっちの団長さんが持ち込んだんだ。本人から色々聞いて試行錯誤してみりゃいいさ」



 不安気なハルミリアへと笑いながら告げる職人の言葉に反応し、彼女は椅子へと座る僕へ視線を向ける。

 なかなかに彼もプレッシャーをかけてはくれるが、ハルミリアの縋るようにすら見える目を見れば、引き受けざるを得まい。

 そもそも僕がこの工房の職人や、ハルミリアの祖父に無理を言ってお願いしたことでもあるし。



「わかりました、僕も時間がある時は見に来ましょう」


「そうしてくれっと助かる。まだ若いお嬢ちゃん一人で、こんなひと気のない場所に置いておくのは不安だからよ」


「そうですね……。ならいっそ団員の住居をこの辺りにも用意しますか」



 こう自分が差し向けた以上、やはり相応の責任を負わねばなるまい。

 僕は差し当たって、新しく入ってきた団員たちが住む仮の住居を、この辺りに用意しようかと考える。

 そうすればハルミリアも一人寂しく工房に篭る機会が減ってくれるかもしれない。



 とりあえず僕は懐から財布を取り出すと、幾枚かの比較的高額な硬貨を掴みハルミリアへと渡す。

 それを受け取った彼女は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべるも、すぐさま困惑から硬貨とこちらの顔を交互に見返した。



「ではハルミリア、今日のところは親方の送別をしてあげてくれ。それはその費用」


「こんなに……。いいんです?」


「勿論。親方にはかなり無理を言って残ってもらったからね」



 他の職人たちはみんな既に帰途に付き、この親方だけがハルミリアの指導を行うため、帰郷時期を引き延ばしてくれていたのだ。

 帰る前に良い酒でも飲んでもらい、帰ってからの土産話にでもしてもらえればいい。




 それだけを告げると、僕はそそくさと工房を跡にする。

 彼女らは決してこちらを邪魔扱いなどしないだろうし、むしろ送別の場に同席して欲しいと言ってくるはず。

 だがそこに邪魔するような野暮でいるつもりはないし、それ以上に僕はこれから用事も残っていた。

 なので逃げるようにして退散したのだが、工房から出てひと気のない通りを歩いていると、不意にエイダが話しかけてくる。



<それにしても、本当に彼女に任せるつもりですか? 正直上手くいくとは思えないのですが>


「だろうな。いくら冶金職人の家系で下地があるといっても、実際に金属を打って加工するのはまた別の技術だ。金属の性質を知っている分、それなりに習得し易いといってもね」


<ではハルミリアにはあまり期待をしていないと?>



 唐突に発したエイダの疑問は、本当に鍛冶師たちが去った後の銃製造を、ハルミリアに任せて大丈夫なのかというもの。

 彼女はまだ冶金職人としても一人前にはなれておらず、さらに鍛冶師としては見習いになったばかりでしかない。

 エイダが先行きを不安視するのも、無理のないことであると言えた。



「そこまでは言わないよ。ただどちらにせよ戦場で銃が本格的に投入されるまで、まだ当分の猶予がある」


<それはそうでしょうが、銃を正式に採用している"王国"が、いずれ野心を抱く可能性は高いかと>


「だとしても今はまだその兆候が見られない。それにミラー博士がもたらしたのは、銃製造の初歩と言える技術だ。あれじゃこっちが今持ってるのと大差ない」



 僕はエイダが示した懸念に対し、少々暢気な調子で返す。

 大陸南部に位置するシャノン聖堂国こと、通称"王国"。今は地球へ帰還の途に就いたミラー博士が研究の場として選び、その環境を得る対価として一部の技術を譲渡した国。

 渡した技術の一端には銃や火薬の製造も含まれていたため、それを用いて他国へ侵攻を開始するのではという話だ。


 しかしもしそうなったとしても、当面はなんとかなるのではないだろうか。

 博士によって無から完成形となる技術を得たというのは、その過程を踏んでいないという事に他ならない。

 王国は金属加工の技術に優れているとは聞くが、得た銃の技術を発展させるための基礎を持たぬため、使い辛い銃を実戦向けに改良するのは困難を極めるはず。

 かといって技術を渡した博士に助けを求めようにも、その博士は既にこの惑星を去り、地球への帰途についてしまっている。



「最低限、初戦で敵を怯ませるだけの武器は作り終えている。『敵よりずっと有利な装備であるはずが、どうしてか同じ武器で反撃されたぞ』ってね。そうなれば補給経路の確保が難しい王国は、早期の撤退を視野に入れるしかなくなるさ」


<……確かにこちらへ侵攻するのであれば、以前に利用した坑道を通るか、東の共和国経由のルート、あるいは海路になるでしょう。王国は船舶利用の技術があまり高くないようですし、侵攻が成功しない限りは片道切符となりかねません>


「そこまではちゃんと隠し通す必要があるけどね。それにこれは一年や二年でやるものじゃないよ。少なくとも十年以上は待つつもりだし、その頃には多少なりとハルミリアも物になってくれているさ」



 納得をしてくれるかどうかは怪しいが、エイダへと僕はとりあえず考えていたことを伝える。

 そもそもこの銃器製造。同じ種の武器を手にしている王国への備えとして始めたものであり、その脅威が無いのであれば本来必要のないものだ。

 ある程度の数は既に確保しているので、王国の初撃に対して見せつけるだけの反撃を行えれば、膠着状態へ持ち込むことはできるはず。

 相手に対して武力で優位性を確保できたと判断したからこそ、侵攻の決断を下すのだから。


 我ながら楽観視が多分に含まれているように思えなくはない。

 だがもし万が一それで矛を収めないようであれば、こちらも別に色々と手段を講じるまでだ。

 なにせミラー博士は飛行艇を始め、少々物騒な代物も色々と置いて行ったのだ。いざとなれば一千や二千くらいの敵を、一人で何とかできるくらいの代物を。





 エイダへと言い訳のように話す僕は、ようやくひと気の在る地域へと戻ってくる。

 大通りへと出て適当な露店で果物を買い、駄馬の安息小屋へと顔を出し、ヘイゼルさんに新米たちに配って欲しいと言い果物を渡すと、そのまま我が家へと戻る。

 この日は久方ぶりの休日、まだ昼を少し回ったくらいであるため、日頃の寝不足を補うべく惰眠を貪るのも悪くはない。


 だがその愛しいボロ屋へと帰り着くなり、僕は毎度のことながら勢いよくイレーニスのタックルを食らった。

 いつもの事ではあるが、出迎えにしては少々手荒な対応に、腰の辺りへしがみ付く少年の薄灰色の頭をわしわしと手荒に撫でる。



「アル! ハルミリアはどうしたの!?」


「……だから言ったろう。彼女は今すごく忙しいんだ、なかなか会う時間が取れないんだよ」



 撫でつけていた手を首を振って払うと、イレーニスはこちらを見上げる。

 その目は若干涙ぐんでいるようだが、珍しく鋭い眼光で僕を睨みつけているようにすら見えた。



「きのうもそう言った!」


「そりゃ昨日の今日じゃ何も変わらないよ。彼女には今が大切なんだから、寂しくても待ってあげないと」



 子供特有の金切り声に近い叫びに、僕は宥めるべく声を抑えて告げる。

 だがそんなのはお構いなしに、むすりと頬を膨らますイレーニスはフイと顔を背けると、勢いよく身の部屋へと飛び込んでしまった。


 僕がハルミリアとその祖父へ、傭兵団保有の工房へ誘ってから今まで、イレーニスはハルミリアと碌に遊べてはいない。

 すぐさま彼女が工房へ行くと決め居を移し、そのまま親方の教えを乞うていたせいなのだが、それがイレーニスには気に食わなかったらしい。

 それまでも遊ぶといえど作業を眺めていただけであるようだが、一緒に居ることそのものが楽しかったようで、イレーニスは以来僕への不満を爆発させている。



「すっかり嫌われたものだな」


「参ったよ。すっかり文句以外で口もきいてもらえない……」


「最近はヘイゼルの子も、他に出来た友達と遊ぶのが忙しいらしくてな。人見知りなイレーニスでは輪に入り辛いようだ」



 イレーニスへと置いて行かれた僕が玄関に立ちつくしていると、陰からその様子を見ていたであろう、ヴィオレッタが薄笑いとなって近寄ってくる。

 彼女はこの日、丸一日の休息となっており、イレーニスと共に自宅でノンビリしていたようだ。

 そういう風に予定を配したのはヘイゼルさんなので、きっと僕へと気を回した結果なのだろう。


 そのヘイゼルさんの子供とイレーニスは、これまで度々一緒に居たようだが、彼女の話によれば最近はそれもご無沙汰であるようだ。



「これまで通り、見学だけさせてやるわけにはいかんのか?」


「難しいと思う。前はハルミリアの家族も近くに居たおかげで、それなりに見張ってもらえてたからね。でもこれからは彼女一人だ、何が起こるかわからないだろう」


「まったく、過保護なものだ。男の子なのだから、少しくらいの火傷は許容範囲であろうに」



 やれやれとばかりに、ヴィオレッタはまるで母親のように息を衝く。

 彼女の言うように、眉目整い艶やかな髪を持つイレーニスは、見目が少女然としていてもれっきとした男の子。である以上、少しくらいの怪我は勲章かもしれない。


 その意見には賛成だ。いかな可愛くとも、そこまで庇っていては逆に可哀想というもの。

 しかしもしイレーニスが怪我でもしようものなら、僕等はよくともハルミリアの方は酷く後悔するに違いあるまい。

 炉が発する高温の火に晒されるせいもあって、普段のハルミリアはどこか少年のような格好を好んで着ている。しかしそんな彼女だが、話してみれば存外その内面は少女だ。

 そんな彼女にイレーニスの無事にまで責任を負わすというのは、流石に酷というものだった。



「そのうち機嫌も直すだろう。それまでは精々癇癪に付き合ってやることだな」



 それだけ言って笑うヴィオレッタは、指輪を嵌めた手をひらひらと動かしながら部屋へと戻っていく。

 ヴィオレッタの言うように、当面はそうするしかないらしい。とはいえこれまでずっと懐いて来てた少年が、突然に顔を背けはじめたのだ。

 なかなかに寂しい想いを感じられてならず、どうしたら機嫌を直してくれるのだろうかと、僕もまた自身の部屋へ戻りながら苦悩する破目となっていた。



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