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銃工01


 イェルド傭兵団の前団長がこの惑星から去り、僕がその座に納まってからしばらく。

 本拠地であるラトリッジは冬の寒さも一段落し、ようやく春の足音が聞こえ始めていた。


 だが寒さが落ち着いた外の陽気に反し、現在傭兵団の本拠地として機能する酒場『駄馬の安息小屋』は、冷え込みすら感じさせかねないピリピリとした緊張感が張り詰めていた。

 徐々に団長という職にも慣れ、まだまだ至らない面が多々ありながらも、ようやく団内のあれこれへと目を向ける余裕が生まれてくる。

 しかしそれが故に、諸々の粗や問題点というのに気付き始めるもので、僕は就任当初の忙しさをここに至って再度思い起こす破目となっていた。



「穀物商組合からの、次回納入分はどうなってる? そろそろ在庫分が底を着き始めている」


「そっちは問題ない、明日には既定分が運ばれてくる。それよりも材木商の組合がせっついているぞ、うちとの契約はどうなるんだとな」


「悪いけどそっちは後だ。今日のところは保留にしてもらってくれ、後で必ず伺うから」



 決して得意な部類ではないだろうに、補佐に就くヴィオレッタと共に、僕は傭兵団と取り引きを行っている商人たちとの連絡に奔走していた。

 他にも随時変わり続ける団の規模に合わせた、食材仕入れ量の調整。そして傭兵団で使用する消耗品の購入内容の精査や、修繕を行う武具の料金交渉も控えている。


 都市に納める税に関しては、他の依頼よりも都市ラトリッジの防衛を優先するという、特段の契約を都市側と締結することによって免除されている。

 ただそれにしたところで、このように破格な条件は以前の規模があってのもの。弱体化した傭兵団では、いつまでそれが有効であるかはわからない。

 なので折を見て再度都市の統治者と会談し、なんとかして免除の確約を取り付けなくては……。

 ともかくやる事は山積みで、ここ数日はまるで休む暇もない。



「それにしても、こうも連日だといい加減疲れも溜まるな……」


「ならば少し仮眠でも摂ってはどうだ? 奥の物置でいいのならばな」


「……君が励ましてくれるなら、もう少し頑張れそうなんだけどね。少し前にしてくれた、頭を優しく抱きしめてくれるやつとか」


「馬鹿も休み休み言え。いつ団員たちが入ってくるとも知れんのだぞ、そのような情けない姿を晒すつもりか」



 大量の書類が積まれたテーブルへと突っ伏した僕は、声を抑えてヴィオレッタへ冗談を飛ばす。

 しかし彼女にはそれが冗談に聞こえなかったようで、多分に呆れの混ざった溜息を漏らしながら、手にしていた書類の束で僕の頭を小突いてきた。

 確かに今は他にひと気もないが、団の共有物である酒場の一角であるだけに、いつ人が入って来てもおかしくはない。

 家では疲れている時にしてくれた行為も、ここでは流石に無理ということであるようだ。




「……ところで鍛冶組合からだが、ついさっき進行中のアレはどうしたらいいのか聞かれたぞ。これまで通りの製造ペースだと、正直人手が足りんそうだ」


「銃の問題か。デナムから借りている職人も、いつまでも留めてはおけないし……」



 ヴィオレッタに癒されることを諦めた僕は、気力を奮い起こし一つずつ順に問題を片付けていこうとした。

 そんな中で彼女は思い出したように、以前から懸念していた一つの問題を口にする。

 都市や商人組合との交渉も難題だが、これもまた頭の痛い問題。前団長の頃から進めていた、銃の試験生産が滞りがちであるという件だ。

 これこそが多くの団員を失い、傭兵団を大々的に再編することになった理由の一つであるが故に、今更開発の中止を宣言することもできない。

 それに銃の保有は弱体化したイェルド傭兵団にとって、数少ない他者に対するアドバンテージ。そう易々と諦めるわけにもいかないだろう。



「幸い最近は、アレを使うような規模の戦闘が起ってはいないからな。時折訓練中に破損するくらいの損耗だ」


「ならいったん製造は停止しても問題ないかな。デナムから来てくれてる職人は、ひとまず戻ってもらうとしよう」


「わかった、では早速行って伝えるとするか。丁度昼時でもあるし、私はついでに外で食事も摂ってくる」



 ヴィオレッタはそう言って手にした皮紙束を置くと、凝った肩を回しながら酒場の外へ向かい、僕を置いて食事に行ってしまった。

 なにやらその素っ気ない態度に寂しい物を感じなくはないが、彼女もずっと連絡に都市内を駆け回っているのだ、昼時の休憩くらいはゆっくりとってもらわなければ。



 僕は酒場内に一人置かれたことで、少しばかり身体の力を抜きながらも、ヴィオレッタが置いていった皮紙の束を手に取る。

 その内の数枚へと記載されていたのは、銃の製造を行うための材料確保の手段であったり、費用や職人に払う手当てなどの金銭面に関して。


 材料そのものは然程高いものではないが、熟練の器用な職人というのは、なかなか財布に大きな穴を空けてくれる存在だ。

 それにそういった職人は、元々この街に定住している人間ではなく、多くの鍛冶師を抱える東方の城塞都市デナムから借り受けている人たち。

 彼らをいつまでもこの地に引き止めたままでは、その都市デナムの防備を統率しているデクスター隊長にも申し訳ないというものだ。


 視線を落としその皮紙束をテーブルへと奥と、僕はグッと伸びをして霞む目元を押さえる。

 ヴィオレッタの言うように物置を使うかはともかく、仮眠を摂ること事態には賛成だ。

 しかし少しばかり休憩しようと目を閉じかけるも、その目論みはすぐさま走って飛び込んできた若い傭兵によって、降って沸いた荒波へ投げ捨てられることとなった。



「団長、訓練キャンプから次に送られてくる新兵なのですが」


「ああ……、そろそろ次が来るんだったね。わかった、後で指示を寄越すから向こうで待機しててくれ」



 ようやく訪れかけた休息の時間を蹴飛ばす次なる厄介事。

 そういえば不足している人員を補うため、統廃合した訓練キャンプの中から、実戦に投入できそうな訓練生を上げることにしたのだった。

 ただ人が増えたことによって、傭兵たちに払う給金も増額しなくてはならない。なのでまたもや調整をやり直しだ。

 連絡に走っていった若い傭兵が見えなくなると、僕は深く深く息を吐く。

 大勢の人間を抱える組織の運営が、こうまで大変であるとは思ってもみなかった。僕はこの時になってようやく、前任の団長が通ってきたであろう苦労の一端をようやく理解できた気がした。





 そこからなんとか諸々の手続きを終えた僕は、拠点として機能する酒場から出て、仮眠を摂るためようやく家へと辿り着いた。

 帰り着いた家はこれまで同様、都市の路地奥へと建つ慣れ親しんだボロボロな家屋。

 僕等が傭兵となってすぐに貸し与えられた、人の住まぬ空き家をなんとか手作業で修繕した家だ。



「団長になっても変わらずこの家ってのは、どう捉えたらいいものやら……」



 僕は内装こそ普通ではあるが、外観はいかにもといったボロ屋の我が家を見上げる。

 傭兵団の団長職に就いた今に在っても、僕は変わらずこの家へと住み続けている。


 前団長は都市の中心部にほど近い場所へと、それなりに立派な屋敷を保有していた。その屋敷も住む当人が居なくなったため、当然前団長の娘であるヴィオレッタが継ぐこととなる。

 なのでまだ式こそ挙げていないものの、ほぼ夫婦も同然となった彼女と共に、一緒にそこへ住むという案もあるにはあった。

 しかしヴィオレッタは易々とそれを拒絶、傭兵団の運営資金の足しとするべく、早々に売り払ってしまったのだ。



 自身も育った思い出深い家であろうに、思い切りの良すぎる彼女の行動に苦笑しつつ僕は自宅の扉を開ける。

 すると開いた扉の音を聞きつけたのか、奥から軽快な足音が響いて来た。



「おかえりアル!」



 家へ踏み込んだ直後、タックルをかますように飛びついて来た影。

 その叫びながらすっ飛んできた影を見下ろすと、それは僕の胸よりも下の位置に頭があり、グッとこちらの腰へと腕を回していた。

 この影がヴィオレッタであれば、いかにもな新婚家庭の光景であると言えるのかもしれない。

 だが残念……、ということもないのだが、それは彼女のものではなかった。



「イレーニス、皆はもう帰っているのか?」


「ううん。ヴィオレッタは居るけど、レオは今日帰れないって。ずっとくんれんだって」


「……そういえばそうだったか。今日は野営訓練に同行してるんだったな」



 出迎えてくれた少年、イレーニスへと確認すると、彼はレオが帰宅せぬことを教えてくれた。

 彼はかつて僕等が任務で他国を渡った帰り、漂流していたところを偶然船に拾い上げ助けた少年だ。

 結局どこから来たのかわからぬため、僕等が預かることになったのだが、以来ずっと僕等と共にこの家で暮らしている。


 ただこの家を使い続けることになった時、イレーニスはまだ幼いにもかかわらず、ここから出て別の場所で暮らすなどと言い出した。

 きっと僕がヴィオレッタとそうなった事によって、自身が邪魔になると考えたらしい。

 とはいえボロではあるが意外にも広いこの家、他に二人や三人暮らしても問題ないし、そもそもヴィオレッタは存外この少年を可愛がっている。

 行き場所も考えていないくせに、一人で荷物を纏め始めたイレーニスへと軽くゲンコツをかまし、ここで暮らさせ続けることを半ば無理やり了承させたのだった。

 それと当然のように、今日は居ないがレオもここに住み続けている。



「……お前たち、いつまで玄関にいるのだ。食事なら用意出来ているぞ」



 そのイレーニスとじゃれ合っていると、家の奥からヴィオレッタが姿を現し、玄関へと立ったままである僕等を呆れたように眺めた。

 室内着へと着替えた彼女の手には、大きな一枚の皿が持たれ、言葉からはすぐにでも食事が始められるよう準備していたことが窺えた。

 あまり料理などが得意ではないはずだが、最近は少しばかり人に習い、手の込んだ品も作ろうとしているらしい。



「ああ、今行くよ」


「イレーニスも早く着替えてこい。その汚れた服のまま食事をする気か?」


「はーい!」



 僕から離れたイレーニスは、大きく返事をしてパタパタと自身の部屋へと戻っていく。

 見れば彼の服は妙に黒く汚れており、直後に自身の服を見下ろせば、その汚れがうっすらとこちらにも着いているのがわかった。

 すぐ食卓に着こうかと思っていたのだが、これでは僕も先に着替えてきた方が良さそうだ。



 急ぎ自身の部屋へと戻った僕は荷物を置き、一日中動き回ったことで汗まみれな服を脱ぎ放つ。

 そこから身体に付いた僅かな汚れを、置いていた適当な布で拭き落とすと、クローゼットへと納められた部屋着へと着替えた。


 使う部屋は変わらず、一人で過ごすには十分なだけの広さでしかない。

 レオなどはヴィオレッタと一緒にもう少し広い部屋に移ればいいなどと言ってきたのだが、それは一瞬にして赤面をしたヴィオレッタによって却下されてしまった。

 指輪を渡しこそしたものの正式に式を挙げた訳でもなく、彼女との関係を大々的に知らせた訳でもないため、そういうのはまだ早いということなのだろう。

 それに家の中にはまだ幼いイレーニスも居るため、教育面でも色々とよろしくはなさそうだ。



 少々肩透かしな現状に苦笑いをすると、部屋を出て食事が用意されているリビングへと移動する。

 そこで椅子へと腰かけ、野菜の端や細かな肉などを適当に放り込んで煮込んだスープや、近所の人にもらったチーズ、それと少しばかり贅沢な真っ白のパンという食事にありついた。



「ところでイレーニス、さっきの服はどうしたんだ? 随分と汚れていたみたいだけど」



 僕とヴィオレッタとイレーニス、どこか普通の家庭にも見える三人で囲む食卓の光景。

 そこで会話もないのは寂しいと感じ、パンを一口呑みこんだ僕は、それとなく頭へ浮かんだものを口にする。

 さきほどイレーニスは随分と服を汚していたが、一見したところ泥だらけになって遊んだものであったとは思えない。

 というよりも彼は少々人見知りをする方であるため、積極的に他の子供たちに近寄りはしないのだ。



「最近遊び相手を見つけたようだぞ。服に着いていた汚れのほとんどは煤だ」


「煤?」


「ああ、確か冶金職人街の住人だそうだ。そこに在る工房の一つに出入りしているらしい」



 イレーニスへと問うたはずの言葉ではあるが、それに対して答えを示したのはヴィオレッタ。

 彼女はいつの間にやら、イレーニスの交友関係をしっかりと把握していたらしい。まるで幼い子を持つ母親のように。

 隣へと座るイレーニスへと視線を移すと、彼はスープに入れられた具を噛みしめながら、嬉しそうに大きく頷いていた。



「すごいんだよ、石がドロドロになってくんだ。フイゴ? とか使うんだよ」


「まあ、冶金職人ならそうだろうな。でも危なくないのか?」


「だいじょうぶ。ハルミリアが一緒だもの」



 そう言ってイレーニスはニカリと笑み、テーブルへ置かれたパンの一つへと手を伸ばした。

 おそらく今言ったハルミリアという人物が、ヴィオレッタの言うところの、イレーニスの新しい遊び相手であるらしい。

 名前からして女性だろうか。年齢の程はわからないものの、冶金の工房で幼いイレーニスを見張っていられる辺り、それなりの歳ではあるのかもしれない。


 だがこれで納得がいった。強い火力を扱う冶金職人ならば、服が煤だらけになるのもわかる。

 そのような場所へと出入りするのが良いのかどうかはわからない。ただ危険も知らず走り回るような年頃だ、きっと面倒を見るのも一苦労だろう。



「なら今度、挨拶をしに行かないとな」


「アルもくるの?」


「そうだよ。イレーニスと仲良くしてくれてるんだ、一杯お礼をしないと」



 最近は傭兵団の継承やら新入団員の教育やら、他にも色々とやることが多かったせいで、ほとんどイレーニスと遊んでやれてはいない。

 新しい遊び相手を見つけたというのも、碌に構ってやれなかった反動であるのかもしれなかった。

 ならばその間に面倒を見てくれていた人と顔を合わせ、礼の一つでも言うのが保護者である者の務めだろう。


 僕はそう考え、今の忙しさが一段落ついた頃にでも挨拶に行こうと考えた。

 しかしそんな僕に対し、ヴィオレッタは若干苦笑混じりの視線を送りながら、小さく呟くように告げる。



「……親馬鹿も程々にしておけよ」



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