新生03
頂点となる端を斧で削り、鋭く尖らせた丸太。それを都市防御のため無数に地面へと突き差し町の周囲を覆う。
比較的建築に金も時間もかからぬ手段であり、同盟領のどこででも見られる極々一般的な防衛設備の光景。
都市と言うには少々語弊がありそうなその町は、これまでたったそれだけの、簡素な壁によって平穏を保ってきた。
それもこれも最寄りの都市であるラトリッジに、同盟最大規模であるイェルド傭兵団の本拠が存在したため。
騎乗鳥を走らせればものの数十分で着いてしまう近さであるため、野盗や盗賊といったならず者共も、手を出そうという発想すら抱かせなかったのだ。
だがそんな傭兵団による鋭い目も、やはり大元が弱体化してしまえば意味を成さなくなるらしい。
「弓手、構え! まだ射るなよ、前衛が下がってからだ」
町の入口へと前進していた、重装備の傭兵たち。
彼らがある程度進んだところで後退の指示を出し、代わりに後ろで待機する弓手たちを構えさせる。
ラティーカらも含む弓手たちは、前衛が進む前に一度銃による攻撃を仕掛けている。
ただやはり僅かな弧を描くとはいえ、銃による弾丸は基本真っ直ぐに飛ぶもの。矢のように計算した放物線を描かせることは難しく、敵との間に味方が存在する状況では使い辛かった。
下がった前衛たちの姿を確認するなり、待機していた弓手達へ合図を出し矢を射かける。
十人ほどが次々と放つそれらは、後退していく前衛たちを追撃しようとした、不用意な一部の野盗たちへと容赦なく降り注ぐ。
無抵抗な町村や、装備の乏しい隊商などを襲うのであればいざしらず、連中は集団での戦闘や防衛に不慣れであるのが見て取れた。
しかしそれはこちらも似たようなものかもしれない。
「実にもどかしい。一気に畳みかけられんとは」
「騎乗鳥を乗りこなせる人員が居ないからね。こればかりは仕方ない」
なかなかに進まぬ攻略に、歯噛みするヴィオレッタ。
ここまで二度ほど攻勢を仕掛けているのだが、もう少しで雪崩れ込める状況になるというのに、あと一歩のところで引かなくてはならなかった。
というのも、極少数を除きこちらの戦力は新米たちで構成されているため。もう少しという肝心な所で迷いが生じ、勢いが落ちるのも致し方ないのかもしれない。
おまけにこれまでこういった状況で使っていた、騎乗鳥という人を乗せて駆ける獣が今回は使えない。
個体数そのものは、ある程度の数が揃ってはいる。だが乗りこなすのに熟練の術が必要で、それはある種の専門技能と言える類であり、彼らには到底使いこなせないからだ。
かくいう僕自身も、正直苦手な部類ではあった。
「ならば少しずつ削っていくしかないのか。いっそレオに突っ込ませるか?」
「手っ取り早そうだしそれも悪くないけど、新米たちに経験も積ませたいんだよね……」
「そんなことを言ってる場合か? もう一度人質を取られては叶わんぞ」
丸太のみ作られている簡素な防壁、本来なら火矢でも放てば楽に攻略できる。
ただここは野盗のアジトなどではなく、多くの住民が住む町。野盗連中だけを炙れるなら迷う理由はないのだが、それをしてしまえば住民にどれだけの犠牲が出るかわかったものではない。
その住民であるが、今は各々屋内へと引っ込んでいるためか、戦闘の矢面となる場所へは姿を現していなかった。
だが傭兵団の隊列が町に近付いた時点で、野盗連中は一度住民を盾とし、接近を止めるよう要求してきた。
それは当然と思える行動で、連中にしてみれば最も有効な手段であると考えたのだろう。
しかし女性に刃を突き付ける男の言葉を無視し、持っていた銃を使って狙撃したのが効いたらしい。
エイダの弾道予測によって、狙い違わず撃ち抜かれた頭部を見た連中は、早々に人質を取るという手段が無意味と判断した。
「もう一度されても厄介だしな……。わかった、一気に仕掛けるとしようか」
人質の存在が無意味であると知った連中は、アッサリ立て籠もることを選択している。
だがそれもいつまで有効かはわからない。再度同じ行動を取られたとして、今度も上手く対処できるとも限らない。
なので僕はヴィオレッタの苦言を受け入れ、早期の解決を図ることとした。
本当なら別働隊を編成し、住民の保護に動くという手段もあるのだが、やはり今の戦力ではそれもできはしない。
今攻め込んでいる側とは反対側の門、そちらはあえて取り囲まず、いつでも野盗が逃げ出せるようにしている。それは住民を置いて逃げ出すのであれば、それはそれで好都合であるという意図でだ。
しかし妙に深読みしすぎているのだろうか、連中は逃げ出すことをせず、町に立て籠もり続けていた。
「ではまず前衛連中を一旦休ませるぞ。そろそろ体力も限界だ」
「頼んだよ。それとレオに準備させてくれ、いい加減出たくてウズウズしてるだろうし」
「ああ、精々暴れすぎないよう忠告しておこう」
出した指示を伝えるため走って向かうヴィオレッタを見送り、僕は彼女の背へ向け目を細める。
どうしたところで上に立てば、いかに自身を戒めようとある程度増長してしまうもの。
元来の性格やこれまで共に行動してきた親しさから、彼女は僕に対する言動に遠慮がない。なのでどこかで増長する僕を諌めてくれるであろう、ヴィオレッタのそんな気質こそが逆に好ましい。
彼女の明確な立ち位置はまだ決まってはいない。だが今後傍らで小言でも口にしながら、辛辣な言葉で諌めてくれるなら幸いに思えた。
一気に攻勢を仕掛ける前に、僕等は後方に用意した陣へと順に戻り、束の間の休息を摂ることとした。
陣とは言うものの、総勢で数十人程度でしかない一団が使う物。
それほどしっかりとした設備などではなく、軽く煮炊きを出来る簡素な竈と、身体を伸ばせるよう布を置いた簡易的な寝床のみ。
それでも経験のない傭兵たちにとっては、ようやく得られた休息のひと時とあって、食事へ飛びつく者やすぐ寝床へ転がる者ばかりであった。
「少しでも武具に不安があるなら交換しておくんだ。戦っている最中に壊れたら目も当てられないぞ」
戻った陣で休息を摂る面々へと、僕自身も水を口にしながら指示を出す。
陣へ戻ってきているのは、全体の半分ほど。残りは町の正門を取り巻くように待機し、にらみを利かせ続けていた。
対峙するこちらが減ったのは野盗連中にとって明白で、これを機に逃げ出そうと考えてくれるなら御の字だ。
僕自身はまだ前線へ立っているつもりだったが、今のうちに休んでおけというヴィオレッタの勧めを受け入れ戻ってきている。
その言葉自体はご尤もだと思うのだが、今回色々と動き回ってくれている彼女に、若干主導権を握られているように思えてならない。
「もう尻に敷かれているのか」
「冗談。……というかどうしてそういう発想になるんだ」
団長となるのに、それでいいのだろうかと自身に首を傾げていると、姿を現したレオが揶揄するような言葉を向けてくる。
僕がヴィオレッタの勧めで陣へ戻って来たのを、そのように受け取ったようだ。
しかし一応否定はしておいたものの、彼の発した言葉があながち外れているとも思えないのが口惜しい。
「どうしてと言われても、お前らは結婚するんだろう?」
「誰から聞い……、いや、当人からか」
「ああ、訓練キャンプに行った時にな。別に驚きはしなかったが」
口を衝いた言葉の根拠を問うと、彼はさも平然と僕とヴィオレッタに関することを言い放つ。
どうやら先日、二人で訓練キャンプへと使いに行った際、道中相談事として話されていたようだ。
別段隠し事をしているつもりはなかったし、折を見て彼には話すつもりではいた。
だがよもやそれを知っていたとは思わず、なんとも気恥ずかしい思いがし、他の誰かに聞かれていないか周囲を見回してしまう。
周囲を窺うと少しばかり離れたところで、ラティーカが一人武具の手入れをしているのが見える。
偶然その彼女と目が合い、向こうは疲れているであろうにスッと笑顔を浮かべると、嬉しそうに小さく手を振っていた。
会話を聞かれてはいないようだが、レオと話していた内容が内容だけに若干気まずい。
「これが終わったらするのか?」
「すぐにって訳じゃないけど。でも団長が郷里に帰る前には、形として示しておきたいかな。……一応プレゼントも買ったし」
僕はラティーカへと微笑み返しながら、問うてくるレオへと静かに返す。
ヴィオレッタから斬り込み役となるのを伝えられているのだろう。レオは重装の武具を装着しながら、ノンビリとした様子で今後についてを尋ね続けていた。
珍しく人に関心を持ったものだと思う。だがそこはやはり、長年共に過ごした相棒たちの話であるせいか。
「なら祝いをする必要があるな」
「あくまでも向こうが了承してくれればの話だけどね」
「それは大丈夫だと思う。ヴィオレッタは受け入れてくれるはずだ」
「……だといいけど。それにしても祝いだなんて、珍しく気が利くじゃないか。どういう風の吹き回しだい?」
「別に普通だろう? めでたいことだ。それに……」
突然に祝福の場を設ける必要があると告げるレオに、僕は若干面食らったのを隠しきれなかった。
普段のレオは、決して自らこのような事を言い出す人間ではない。
なので内心で小さく動揺しながらも、続けて何かを口にしようとするレオへ、僕は無意識のうちに問い返す。
「……それに?」
「家族が幸せになるんだ、俺が祝ってやらないで誰がする」
恥ずかしげもなく平然と言い放ち、防具を装着したばかりの脛を叩き立ち上がるレオ。
彼はそのまま愛用の剣を持ち上げ、睨み合いの続く町の方へ向け陣から離れようとした。
意外な言葉を向けられた僕は、しばし口を開きポカンと彼を見送る。
だが少しばかりそうしていると、今度は妙に可笑しく感じられ、人目も憚らずくつくつと笑いを漏らしてしまっていた。
考えてもみれば、彼との付き合いも随分と長くなる。
ヴィオレッタよりもずっと前から共に行動し、共に生活を送っている戦友は、僕とヴィオレッタを家族と認識してくれているようだった。
「た、隊長!」
ただレオのかけてくれた言葉に、少しばかり和んでしまう僕であったが、状況はそんな感傷に冷や水を浴びせ掛けてきた。
慌てふためいた様子の傭兵が一人、こちらを呼びながら走ってくるのが見える。
なにやらトラブルでも起きたようで、彼は必至に走り息を切らせていた。
「どうした、何か問題でも起きたか?」
「そ、それが……。……どうかされましたか?」
僕の前へと来て膝へ手を付き、荒く息を弾ませる少年。
彼は何がしかを報告しようと顔を上げるも、口を開きかけたところで怪訝そうに首を捻る。
どうやら僕は先ほどの表情のまま、戦場には似つかわしくない状態を保ってしまっていたようだ。
僕は軽く咳払いをすると、なんとか表情を整えて報告を求める。
「ああ、いや何でもないよ。それより早く報告を」
「は、はい! 実は数名が町の裏手に回り、内部へ突入しようと……」
おそるおそる状況を告げる少年の言葉に、僕は頭を抱えて小さく嘆息した。
野盗連中が逃走を図るためのルートとして空けておいた北門だが、どうやら先走った新米たちの一部がそこから攻め込もうとしているようだ。
如何に相手が装備の貧弱な野盗とはいえ、たったの数名では圧倒的に多勢に無勢。
建物を障害物として利用する術も心得ていないだろうし、あっという間に囲まれて斬り捨てられるのがオチだ。
「今から止めにいっても間に合わないか。仕方ない、攻撃を早めるとしよう。休憩をしている全員に指示を、今すぐに総攻撃をかける」
「りょ、了解しました!」
やれやれと首を振りながら少年へと指示を告げると、彼は直立して一礼し、陣でひと時の休息を摂る傭兵たちへ伝えるため走る。
もう少しばかり様子を見ておきたかったし、今睨み合いを続けている人員にも休息を与えたかった。
しかし状況はそれを許してくれそうにはなく、僕は置いた武器を拾い直すともう一杯だけ水を呷り、再度戦闘の場へ向け歩を進めていった。




