新生01
翌早朝に出立した僕等がラトリッジへ帰り着いてからは、目まぐるしい忙しさに襲われ続ける。
到着早々に休む間もなくヘイゼルさんの下へ向かい、団長からの言伝を受け取ったという体で、団長職の交代をすることになると説明をした。
我ながら首を傾げたくなるような内容だが、意外にもヘイゼルさんはアッサリと了承し、急ぎ各地へ散っている幹部たちとの連絡に動いてくれる。
団長の娘であるヴィオレッタがそう証言したという点が、強い証拠として捉えられたのかもしれないし、案外彼女も事前にそれらしい話をされていたのかもしれない。
なので今後幾人かの幹部たちと順に会い、諸々の説明を行う事になっている。
ただその彼らもまた、現在の団員大量離脱の影響から、拠点の解体という作業に追われている模様。
戻ってくるのはそれらの見通しが立ってからになるのだろう。
「次はこのリストに記載された、取り引きのある武器商を全部回りな。離脱した連中が悪用する恐れは捨てきれん、こっちの体勢が整うまで一時的に取り引きを停止する」
僕等は現在も団保有の酒場である、駄馬の安息小屋へと戻るなりヘイゼルさんから指示を飛ばされていた。
当然のことながら、団の運営という面ではこれまでノータッチであった僕等は、ヘイゼルさんの出してくれる指示が頼み。
これから傭兵団を背負おうというのに情けない話だが、どういった行動を取ったら良いかがサッパリ。なのでこの短い移行期間で、ある程度傭兵団運営の取っ掛かりを掴む必要がある。
「ではついでに食料を扱う商人の方も周りますか?」
「そっちは明日でいい。金額が金額だ、武器の方だけは急いで対処する必要がある」
少々気を効かせようとするも、ヘイゼルさんはすぐさま後回しで構わないと告げ、その理由も添えて教えてくれた。
僕等が傭兵団に入って以降、ずっと世話になっているヘイゼルさんであるが、やはり頼りになる。
彼女は酒場の主人という立ち位置ながら、これまでも団への窓口となったり多方面で動いていたらしく、団内で行う活動の諸々を広く知っている数少ない人物。
となればヘイゼルさんには是が非でも残ってもらう必要があり、そのためには少々無理をしてでも、この酒場を維持しなければならないようだ。
「レオ、お前にはこいつを持っていってもらう」
「こいつは?」
続いてレオへと向いたヘイゼルさんは、酒場のカウンター下から一枚の文を取りだす。
皮紙を丸めて綴じただけのそれを受け取ったレオが尋ねると、ヘイゼルさんは小さく息衝いて難しそうな表情を浮かべる。
「南部の訓練キャンプへの伝達だ。そこは幾つか在る訓練キャンプの中でも、最も古い拠点でね」
「……となると、キャンプの解体指示ですか?」
「そうなる。団の規模が小さくなる以上、直接の利益を生まない訓練所は維持が難しくなるからな。設備の老朽化もあるから、真っ先に解体の候補に挙がった」
僕が手紙の行き先を告げるヘイゼルさんへと確認をすると、彼女はどこか寂しそうな表情で肯定した。
大勢の傭兵が去った今、ある程度戦力を補充するために、訓練キャンプの人間を早期に上げる必要性がある。先日北方で共に行動した、ラティーカとデリクのようにだ。
どうやらそれに伴い、人数の減った訓練キャンプ同士で統廃合を行うことになる。
少ない人数で決して狭くはない土地を維持するよりは、一旦解散して一か所に集約した方が効率的であるということなのだろう。
ヘイゼルさんが若干寂しそうであるのは、そこから迎えた多くの人間を思い出したため。
一番古いということは長年傭兵を輩出し続けたという事でもあり、故に最も想い入れがあるのかもしれない。
「了解した。だが俺は詳しい場所を知らんぞ」
「ん? ああ、そうだったな。ほとんどのヤツは正確な場所を知らされちゃいないんだったか」
事情に納得したレオが了承するも、考えてみれば僕等は訓練キャンプの場所を知らない。というよりもこれに関しては、多くの団員にとって同じことが言えた。
それは場所が目的を持って秘匿されているのではなく、キャンプから逃げ出す場合のハードルを上げるため、訓練生の内はわざと所在地を教えていないのが理由。
卒業した後でもそれを知らないのは、別段訓練キャンプの関係者と接触する機会がないため、聞こうという発想がなかったに過ぎない。
少々説明が難しい場所に存在するのか、レオがした質問に対しヘイゼルさんはしばし考え込む。
するとどうした物かと悩む彼女へと、横からヴィオレッタが割り込み提案をした。
「では私が行こうか」
「それはありがたいが、場所を知っているのか?」
「前にヘイゼルが教えてくれたのではないか。私は訓練キャンプを経ていないからな、どんなものか聞いた時に話してくれたぞ」
自身が行くと申し出るヴィオレッタは、忘れたのかと言わんばかりに自信満々に言い放つ。
確かに彼女は僕等と異なり、幼い頃から遊び代わりとして多くの傭兵たちに鍛えられてきたため、訓練キャンプというものを経験していない。
だからこそ自身と同年代の少年少女たちが住むそこに関心を持ち、ヘイゼルさんから話を聞いたことがあるようだ。
聞かれた当人は、もう忘却の彼方であるようだが。
「ではお前に頼むとするか。……いや、やはり二人で行ってきてくれ。お前たちの実力は知っているが、やはり往復に数日はかかる場所だ、一人は避けた方が良い」
「いいだろう、では行こうかレオ。往復で四日は見る、急いで準備をするぞ!」
「わかった。行ってくる」
意気揚々と告げるヴィオレッタはそのまま酒場を出て行き、レオは変わらぬ表情のままで彼女の後ろを着いていった。
ということはここから二人が戻ってくるまでの数日間、僕が一人で準備に走り回る破目となるのだろうか。
それを思うと溜息すら出かねない想いではあるが、考えてみればこれはヴィオレッタにとって良い機会かもしれないと考える。
ここまで忙しく動いていたため、夜の格納庫で彼女へと二人で話した件に関し、考える時間をほとんど取れなかったに違いない。
ならば数日とは言え、僕から離れ考え事をするには丁度いいタイミング。案外そのために自らメッセンジャーとなると言い出したのかもしれなかった。
しかしその件についてはどうやら、知らぬ間にヴィオレッタからヘイゼルさんへ伝えられていたらしい。
酒場を出て行く二人を見送った僕へ、ヘイゼルさんはボソリとその事についてを呟く。
「そういえばお前、あの子に求婚したんだってな」
「求婚と言っていいかはわかりませんが。似たような内容は伝えました」
「やるならいっそのこと、しっかり告白してやればいいだろうに。団長の命令だから結婚しようかなんて、夢もへったくれもあったものじゃない。ああ見えて年頃の娘なんだぞ」
呆れ果てたような声で告げるヘイゼルさんからは、どこか怒りにも似た空気を感じる。
幼少期から存在を知り接してきた相手だけに、人生の一大イベントがこのような流れとなったことに、同情を禁じ得ないのかもしれない。
ヴィオレッタがそういった事に夢を抱いているかというのは、これまでその件で話をしたことがないので、イマイチよくわからないところはある。
しかしヘイゼルさんの言う通りだ。思い返してみれば、ああいった話をするにしては状況に色気が無さ過ぎる。
「最初に会った時こそ刺々しかったが、傍から見てれば今は完全に打ち解けているじゃないか。今ではお前だって憎からず思っているんだろ?」
「……それは、確かに」
「なら今度こそしっかり場を整えてから、もう一度伝えてやりな。あの子も恥ずかしがりはするだろうが、決して嫌じゃないはずさね」
懇々と語るヘイゼルさんの前で、ただ恐縮し頷き続ける。
半ばお説教を食らっているような感覚を受けるが、言われることに反論できるだけの言葉を持たぬ以上、僕は黙って肩身を狭く聞く他なかった。
「ぜ、善処します」
「ならいい。装飾商街の隅に良心的な価格の店が在る、そこであの子にアクセサリーの一つでも見繕ってやるといい」
「そうですね。ではこの件が落ち着いた頃にでも……」
「馬鹿者、今すぐだ。今日のところはアタシが代わりに動いてやるから、サッサと行ってこい!」
「は、はい! 失礼します!」
ヘイゼルさんの勧めへと素直に頷くも、彼女にとってはまだ大きく不満であったらしい。
尻を蹴り飛ばされかねない剣幕で怒鳴られ、僕はつい無意識にヘイゼルさんへと敬礼をし、そのまま酒場を飛び出す破目となってしまった。
走って駄馬の安息小屋が在る裏路地を抜け、人通りの少ない昼下がりの大通りへと出る。
そこでようやく一息つくと同時に、こちらを揶揄するエイダの声が届く。
<これはもう逃げられなくなったのでは?>
『だろうな……。すっかり囲い込まれた気がする』
エイダが口にしたのは、ヘイゼルさんというなかなか頭が上がらない相手によって、この先の人生設計が定められてしまったということ。
もっともそれ自体は嫌というものでもないため、決して迷惑であるとは思わない。
ただあくまでも、こういった事は自主的な意志で決めたかったという点だけだった。
<ですがいっそ丁度よかったのでは。ヴィオレッタが乗り気であるとまでは言いませんが、アルのことを嫌ってはいないようですし、むしろこのままズルズルといるよりはマシかもしれません>
『別にそこは問題ないんだよ。ただ話が急だったからさ……』
<男のプライドとかいう物ですか? 女々しいことを>
どういう心境であろうか、むしろ乗り気であるようにすら思えるエイダに対し、僕は若干の困惑をもって返す。
しかしそれに対して彼女が口にしたのは、なかなかに辛辣な刺さる言葉だ。
とはいえ反論を挟む余地もなく、今日のところは諸々のやるべき事を替わってくれると言うヘイゼルさんに甘えることにし、僕は市街地に在る装飾商の多い一角へと向かった。
その装飾品商が集まる地域の隅、そこにはヒッソリと小さな店が佇んでいた。
他の店よりも構えは簡素ではあるが、なるほど確かに逆に値段の面では安心が出来そうに思える。
僕も傭兵としてそれなりに経験を積み、分け与えられる報酬の額もある程度増えてきた。とはいえ気が向いたからと気軽に宝石類を買い漁れるほどでもなく、良心的な価格であるに越したことはない。
意を決して中へと入ると、その店はこれといった飾り気もない、質実剛健さが滲み出た内装。
悪く言えば見た目に気を使っていないとも言えそうだが、この際それはいいだろう。
出てきた老店主にヘイゼルさんから紹介されたことを告げると、彼は深い皺をより深くして笑み、いそいそと店の奥から商品を持ってくる。
「恋人へ贈られるのでしたら、この辺りがお奨めですな。南方の鉱山で産出された石で、派手過ぎず大抵の装飾品に加工できます」
「……お、お値段は?」
「普通は平均してこのくらいですかな。勿論サイズが大きければ値は高くなりますが」
おずおずと聞いた僕の質問に、老店主は手元の計算器を弾きおおよその額を示した。
提示された額を覗き込むと、そこに示されていたのは思っていたよりは安価な金額で、密かな安堵に胸を撫で下ろす。
とはいえこういった機会、あまり安い代物を渡すのも気が引けるし、甲斐性を示すのも必要なのだろう。
そこで僕は店主と相談し、同じ種類の石の中でも良い質の物を出してもらうことにした。
そうして幾つかの品と値を比べていき、その内の一つを選ぶ。
それはあまり華美さこそないものの、静かな輝きが映える宝石。ヴィオレッタの性格を想えば、この辺りが好みそうではある。
彼女自身は元々アクセサリーに関心を持つ方であるとは思わないが。
「ではこれを。そうですね……、指輪にしてもらえますか?」
「おや珍しい。大抵はペンダントや髪飾りなど、目立ちやすい物にされるものですが」
「僕が生まれた土地では、指輪を贈る風習があるんです。今回はそれに倣ってみようかと」
指輪への加工を頼むと、老店主は若干意外そうな表情を浮かべる。
この辺りには婚姻時に指輪を送る風習がないというのもあるが、そもそもこの惑星においては女性であっても、大抵はそれなりの力仕事を担うもの。
なのでどうしたところで、指に嵌める装飾というのは傷付きやすい傾向があり、どちらかと言えば敬遠される向きはあった。
だがこういった場合に贈るとなれば、やはりアレが無難だろうか。
それに以前ペンダントとしては、ヴィオレッタに贈り物をしたことがある。
彼女だけではなくレオとイレーニスも持っているので、厳密には彼女だけに贈ったわけではないが、それでも被るよりはマシというものだろう。
「では三日後にまたおいで下さい。それまでには仕上げさせますので」
それなりの額で売れたためか、ホクホク顔となった店主は深く頭を下げる。
僕はその老店主に見送られ、思ったよりも早く店を出て大通りを歩く。
三日後となると、揃って使いに出た二人が戻ってくる前。団長が帰還する期日までには、ある程度の形とすることはできそうだ。
なにやらトントン拍子に進む事態に自身も困惑しながら、僕は夕暮れに染まりつつある通りを、酒場へ戻るべく急ぎ歩を進めた。




