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追走


 港街ベルバークへ向けての行程の二日目。

 僕等は昼を少し過ぎた辺りで、道中立ち寄る予定となっていた村へと到着した。


 依頼主はここで少しだけ荷を降ろし、小銭を稼ぐつもりであるようだ。

 だが幾ばくかの荷を手にし、村に一件だけと思われる道具店へと入っていった依頼主は、店から出て来るなり酷く不機嫌そうな様子で叫ぶ。



「足下を見おって! こんな田舎まで運んできてやったというのに、たったこれだけか!」



 依頼主は怒りに任せて地面を蹴り、自身が乗ってきた鳥車の車輪を殴りつける。

 車輪を殴った直後、自業自得ながら痛みに悶絶していたのが見物と言えば見物ではあったけれども。


 クソ、クソと悪態をつく依頼主は、何度かチラリと僕の方を見る。

 おそらくだが、何があったかを問うて欲しいのだろう。



「いったいどうされたのですか?」


「お前には関係の無い事だ! 傭兵風情が黙っていろ!!」


「……失礼いたしました」



 ご要望通りに問うてみるも、返ってきたのは罵倒のみ。

 実に面倒臭い人だ。話は聞いてもらいたいが、同時にストレスの捌け口として罵声も浴びせたい。

 双方を満たすために、あえて質問するよう促したのだから。

 いい加減イラつく気も失せた今となっては、ただ呆れながら嵐が過ぎるのを待つのみか。



「ふんっ。まぁいい、教えてやろう。この店の店主がこともあろうに、ワシの持ち込んだ商品を買い叩きおったのだ。こんな田舎までわざわざ持って来たというのに、相場の二割増でしか払えんなどとぬかしおる!」



 ふんぞり返って偉そうな素振りで言う依頼主。

 彼は持ち込んだ商品の値に納得がいかず、商店の店主ばかりかこの村まで罵倒を始めていた。



『二割増しって……。かなり良い方じゃないのか?』


<だと思われます。そこまで距離も離れていませんし、行程も比較的安全ですので、むしろかなりの好条件かと>



 エイダに意見を求めてみると、案の定彼女も僕と同じ考えであったようだ。


 正直なところ当人の話を聞く限りでは、道具店の店主は何も悪くはない。

 なにせエイダが言う通り、この村はラトリッジから比較的安全な道をノンビリと歩いて、たった二日程度の場所でしかないのだ。

 であるにも関わらず、相場の二割増で買い取ってくれるなど何と良心的な店か。


 おそらくは激しくクレームをつける依頼主に根負けした結果なのだろうが、こんなのを相手にしなければならない道具店の店主に対し、むしろ同情的な気持ちが沸き起こるのを抑えきれない。

 それは僕以外も同様だったようで、背後に立つ皆からはグッタリとした気配が漂ってきていた。



「まったくあいつめ、夜中に暴漢に襲われて痛い目を見ればいいのだ」



 そう言って再び僕をチラリと横目で見る依頼主。

 言いたい事はだいたい理解した。

 きっと僕等に夜中の内に忍び込み、店主を痛い目に遭わせろと言っているのだろう。


 正直言って、冗談じゃない。

 僕等は彼の私兵ではないし、そんなのは依頼の範疇外だ。


 状況によっては傭兵団も、かなり後ろ暗い依頼を受けることもあると聞く。

 しかしそんな依頼をするのは都市や騎士隊といった、公的な大きな組織くらいのもの。

 もしも仮に個人がそういった依頼をするならば、この男が到底払えぬであろう、常軌を逸する金額を積まねばならないはず。



「そうですね、そうなることを僕等も願っております」



 表では穏やかに、だが内心は心底テキトウに。僕は依頼主の機嫌を損ねぬようそれらしい言葉を返す。

 だがこれを了解と取ったのだろうか。依頼主は上機嫌となり、鼻歌交じりで鳥車へと乗って一人宿屋へと移動を始めた。



「お疲れ様です」


「ゴメンね、全部任せちゃってさ」


「ガンバレ」


<バイタルの乱れを感知。休息を取るよう推奨します>



 エイダまで含めた、全員から労う言葉を頂戴する。

 僕が矢面となって受ける多大なストレスを、全員が理解してくれているようだ。

 ならば助けてくれとも思いはするが、それが若干の救いであると言えた。







「では明日の朝、お迎えに上がります。ごゆっくりお休みください」


「わかったからサッサと失せろ!」



 依頼主の男は僕のした就寝の挨拶に対し、納得いかないといった様子で怒鳴り散らした。


 今から就寝しようかという時間であるのに、彼はかなり頭へと血が昇っている。

 これは毎度の癇癪が起ったというのもあるのだが、僕が道具店の店主を襲撃するよう望んでいた依頼主に、それだけは不可能だと断言した結果でもある。


 村に唯一存在する宿屋の一室で、僕はいったいどれだけの悪態を聞かされたのだろうか。

 キッパリと断った後で、なんとかご機嫌取りをしてようやく今解放された。

 皆は僕をリーダーだと持ち上げるが、今この場に関して言えば、ただ厄介事を押し付けられているだけに思えてならない。


 逆の立場であれば、同じようにしてしまうとは思うのだけれども。




 依頼主の部屋から出た僕は、宿屋に併設された食堂へと向かった。

 そこでただ並べただけの椅子に毛布を掛け、簡易の寝床とする。

 何か用が有った時すぐに駆けつけられるよう、僕一人だけは宿屋の中で眠ることになったためだ。



「あー……、もう限界だ……」



 椅子の上で横になった途端、ここ二日間の疲労がドッと押し寄せ、ついつい口を衝く。

 硬い椅子の上であるとは言え、ようやく人心地つける。


 小さな村にある一軒の宿屋は、飯屋が片手間に営んでいるような代物でしかなく、客室もただ二つのみ。

 しかも片方は他の旅人によって抑えられていたため、残る一室を依頼主が。

 必然的に僕等の泊まる部屋は無くなり、他の皆は哀れ満天の星空の下、村落の中にも関わらず騎乗鳥たちと共に夜を明かす状況となっていた。

 僕などはまだ屋根があるだけマシだと思わなくては。



「エイダ、今日と同じ速度だと、ベルバークへ到着するのはいつ頃になる」



 僕は椅子のベッドへと寝転がりながら、小さくではあるがあえて口に出して問う。

 思考だけで会話するというのも、楽に思えて案外難しいものだ。

 途中で変に思考が乱れると、正しく伝わらないことも多々ある。



<ここまでの移動速度から推測すると、ベルバークと推定される居住地域へは、明日の十三時ごろには到着するはずです>


「明日の昼まで辛抱か……」



 本当に疲れた。

 延々と歩いて移動するのもさることながら、何よりも依頼主による癇癪に付き合わされるのが。

 順調にいけば明日には終わる依頼だが、もしも仮に契約の延長を求められでもすれば、僕が疲労に倒れる日は近いと言わざるをえない。

 もしそんなことでも言い出されたとしたら、何か適当な理由を付けて断るつもりではあるが。



「ヘイゼルさんもきっと許してくれるよな……?」



 これといった明確な根拠はないが、なんとなくそう思える。

 彼女もこの依頼主にはかなり困っていたようであるし、気持ちは理解してくれるはず。


 ある意味で僕等が傭兵になって、今が最大の試練と言えるかもしれない。

 補給任務の最中に起こった野盗による襲撃など、今となっては笑い話であるとさえ思えてしまう。

 そんな事を考えながら、僕は徐々に眠気を感じ始めていた。






 不意に目が覚める。

 横になったままで周囲を見回してみると、灯りはなく暗い食堂の光景のみ。

 窓の外から光は射し込んでおらず、今がまだ深夜であるのは明らかだ。

 なのにどうして急に目が覚めてしまったというのか。


 これといって喉の渇きを覚えてもいないし、用を足したいという状態でもない。

 ただ何かが僕の神経に障ったのか、不意に目が覚めてしまったようだった。



「なんだ……?」



 身体を起こしてみると、どこかからカタリと音が鳴ったのに気付く。

 それはとても小さなもので、周囲が静かだからこそ辛うじて聞こえているといった程度の物だ。

 おそらく僕は、この音が原因で目を覚ましたのだろう。



 音の鳴る方を探ってみると、それは食堂の奥、宿の客室側から聞こえていた。

 起き出した依頼主が、また物にでも八つ当たりでもしているのだろうかと思い、コッソリ様子を見るべく部屋へと向かう。

 しかしそこで、宿中へ轟くような怒声が響き渡った。



「な、何者だきさまぁ!!」



 この唐突ながらも横柄さの混じる声、間違いなく依頼主のものだ。

 だがその内容からして、客室に依頼主の他に誰かが存在するのは明らか。

 僕はそれを察し、潜み歩きからダッシュへと切り替えると、部屋の前まで行き扉を開け放つ。



「大丈夫ですか!?」



 中へと飛び込むと、目に飛び込んできたのは二人の影。

 暗闇の中でもハッキリとわかる、依頼主の細いシルエットともう一つ。

 顔までは定かでないが、一人の人物が手に刃物を持って立っていた。


 その人物は僕の姿を見るや否や、壁に向かって走り出し窓へと飛びつく。

 バキリという音と共に木窓が破られ、影は外へと躍り出て逃走を計った。



「わ、ワシの宝石がぁ!」



 どうやら宝石を盗まれたようで、依頼主は悲痛な叫びと共に僕へと喚き散らす。

 早く追え、宝石を奪い返せ、ヤツを殺せ。そんな内容をだ。


 殺してしまうかはともかくとして、追うことに異論などない僕は同様に窓から身を翻し、外へと飛び出す。

 地面に着地して周囲を見回すと、近隣の建物裏へと影が飛び込んでいくのが見えた。


 影を追って建物の裏へと周ると、曲がった先は畑となっており、高く育った作物の葉が風を受け靡いていた。

 その一部分から葉の擦れる音が鳴っており、犯人がこの中へと逃げ込んだと知れる。



「止まれっ!」



 警告の言葉を放つが、聞こえたのか否か、犯人はそれを意に介さず進んでいく。

 最初からこんな警告が意味を成すとは思ってなどいない。

 しかしただの盗人相手に、過度な暴力で鎮圧する必要もないと思い、一応の警告は発したに過ぎなかった。


 僕は面倒事に対し、走りながら小さくため息ついて盗人を追い、視界の悪い畑の中へと走り込んだ。

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